ACT1 ある日の朝
初めての投稿です。
瀬田宮と申します。
以後よろしくお願いしますm(__)m
脊髄反射のみで書きました。ラブコメのつもりです。ラブコメは初めて書きました。
ではどうぞ。
目が覚めたのは腹の辺りにある心地よい重みの所為だった。羽根のようなというと言い過ぎだが、昨晩ベッドに入る時には被っていた筈の毛布と同じくらいには柔らかな軽さ。生まれる前から庭にある古木からの木漏れ日を目蓋に感じ、暫くまどろんでいたいという欲求を覚える。
構わないだろう。昨日が土曜日だったから今日は未だ日曜日だ。というかそれ以前に長期休暇中だ。時間は十二分にあり、それにしても毛布はどうしたのだろうかと考える余裕もある。蹴飛ばす程に寝相が悪かった筈はないのだが。
──まあ、これもいいか。春先、夜は未だ少し冷えるという季節柄だが、薄手の布が一枚無かったとして、人肌の温度は単純に居心地が良かった。起き抜け故の夢見心地も手伝って、何となく遠い昔、子供の頃に感じたような懐かしい思いを抱く。
と。
不意に意識がはっきりした。……人肌?
寝起きの緩慢さを残したまま瞼を開くと先ず木漏れ日が眩しく、反射的に細目になる。ここで大分覚醒した。
次いで目に入ったのは鼻先の位置から覗き込んでくる、くりくりとした緋色の双眸。俺にとっては見慣れた少女の顔がそこにはあった。肩にかかる黒髪を後ろ頭の首に近いところで左右に分けて結んでいる。俺の目が開いた事に気付いたのか小首を傾げ、ローツインテールの先端がくるりと揺れる。いつもつい小動物を連想してしまう、歳より幼い笑顔を見せる。
「おはよう、兄様♪」
「おはよう、朱葉」
呉羽朱葉──くれは、あかは。この間まで中学生だった、一つ年下の妹。どうやら、重みと温度の正体ははかなげな外見の割にアグレッシブなこの妹のようだった。
身体を跨ぐようにして腹の所に座り込み、そのぱっちりとした二重の緋色の目で寝顔をじっと観察していたらしい。容姿だけでなく、中身まで子供のままのようだと思う。そして、その少しぽっちゃりとしたかわいらしい右手に合うようあつらえたかのような、業物とおぼしき白刃。
というか俺から見て左手側から喉元へと機械のように正確に、よく研がれたカタールの切っ先が滑り込んできていた。
これはただ跨いで座るなんて可愛いげのあるものではない、撲殺その他を狙うならもってこいの、マウントポジション──!
理解し、咄嗟に受けようとした両手がまるで解っていたと言わんばかりの朱葉の左手一つで容易く阻まれ無力化され、ならばと軽い身体ごとまとめて跳ね飛ばそうとしたが瞬時に加重点が移動し封殺され、挙げ句には跨ぐふとももで腰骨と背骨を軽く極められ、あらゆる抵抗力をねこそぎにされる。
脳の活動レベルが睡眠から極度の緊張状態へと跳ね上がり、ハイに陥った思考の中で剣閃がひどくゆっくりと駆けてくる。人生十七年、下天の内に比ぶれば。走馬灯がちらっと。あ、涙まで。必殺という言葉の意味をごり押しで理解させられれば、泣きたくもなる。
カタールはそのまま寸分違わず頚動脈に向けて突き進み、
鋭く弧を描いて通り過ぎた。
「……れ?」
予想では、この瞬間には重要な物資供給路である頚動脈の寸断どころか、カタールの威力的に身体が首に独立戦争を吹っ掛けてベッドの上は血のバレンタインと化している筈だった。いや、朱葉の合格も決まったのだからもう三月も末か。
ともかく。
俺は事態に全く付いて行けず、というか拾った命が捻くれた物語の終わりみたいにいきなり奪われるのではないかと戦々恐々で思考停止してしまっていた。朝一番に斬られて死ぬ人生なんて理不尽にも程があるよなあ、と心の端で思う。
ふと、けたたましいザ行音が部屋に響く。聞き慣れた目覚まし時計の騒音。耳元にある筈なのに、遠く感じるのは何故だろう。緊張から来る耳鳴りがぐわんぐわん頭の中でなりひびいているからかな?
……いかん、また泣きたくなってきた。
だが、その目覚まし時計の音はすぐに途切れる。
「……?」
電池切れにしてはタイミングが良過ぎるし、まるで誰かが待ち構えていて押したような。
気になって真横、枕元を見る。古い型の目覚まし時計の頭をカタールが叩いていた。説明が遅れたが、カタールとはインドの刀剣だ。三角形の刃に持ち手が垂直に付いている暗殺剣であり、零距離間合いでは日本刀に引けを取らないという物騒な代物。
再び前を見る。未だ必殺のマウントポジションを取っている我が妹に視線を向けてみる。
「んとね? 折角のお休みだし、兄様にはゆっくりして貰おうと思って、鳴りそうだった目覚ましを止めてみたんだけど。起こしちゃった?」
説明的な台詞を有難う。
俺は暫く前から春休みだが似たようなカラミティ的なサービスを受けた覚えは一切無いし、そもそも海兵隊も真っ青な制圧力を見せ付ける必要も無い筈で、結果として体内時計が狂う程の迅速な目覚めを得てしまっている。多分向こう二日は刻み込まれた恐怖で眠れないのでは無かろうか、とまで言ったら大袈裟かもしれないが。
何にしろこれも説明的な台詞か。
一息。その間に眉間に寄った皺を手で隠すようにしながら、取り敢えず年輩者である兄として一言言っておかねばなるまいと思う。
「朱葉」
「なあに、兄様?」
朱葉はまた小首を傾げる。緋色の瞳は無垢なまま。実際、ちょっとした悪戯のつもりなので困る。容姿や立ち振る舞い。言葉遣いだけでなく、朱葉は中身もあまりに幼く。
そして。
俺は言葉を選ばなくてはならなかった。
「……起こすのは構わないが、起き抜けから光物は止めてくれ。心臓に悪い」
……少し、ちょっとした事情がある。そしてその為に、この無邪気な刃物を持つななどとは言い得ないのだから。この程度の“じゃれつき”は認とめてやらねばならない。それは、幼かった俺が自分で決めた義務みたいなもので。
守り通さねばならないものだ。
俺の言葉に、何故だか朱葉は下を向いて俯いてしまった。カタールを振り回しておきながら寝起きで元気が無いなんて事ではないのは確かだ。
どうして良いか解らないので、そのまま起き上がってみる。弾みで朱葉が後ろに転がり、勢いベッドからも落っこちてしまったが、こてんという軽い音しかしない。カタールだけでなく、朱葉は基本的にあらゆる暗殺技において一線級の使い手。こんな事で後頭部打撲なんて有り得ないから、問題はない。
転がる朱葉も可愛いかったし、というのはどうでも良い余談。
朱葉は床にぺたんと座り込んだまま、きょとんとしていた。立ち上がった俺を見上げている。何やら考え事の最中だったらしいが。
肩を竦めて見せる。
「どうした? 起きたんだから下に行って朝飯だろ?」
そう言って部屋を出、ふとその時に中を見ると馬乗りになる時にはいだらしき毛布が部屋の隅っこに畳んで置いてあった。
表情が緩むのを自覚。実に、朱葉らしい。
俺や朱葉の部屋は二階にある。朝食をとる居間は一階。階段に差し掛かると、とてとてと軽い音がして、すぐにパジャマの裾が掴まれた。首だけで振り返る。捜すまでもなく、左後ろ斜め下──そこが朱葉の定位置。一つ違いでしかないが男女差もあるし、何より朱葉はかなり小柄だ。自然、俺の事を見上げてくる。どこか焦ったような仕種だった。
「兄様、ごめんね」
何の事だか解らなかったので、黙って続きを促す。しっかり真っ直ぐこちらの目を見て話せる朱葉は偉いな、と全く関係無い事を思う。
「朱葉、そういうことよりももっといけないこと、やっちゃったんだよね?」
少し目を見張った。
朱葉は何がいけないことなのか理解していない。
人を起こすのに刃物を向けて驚かすなんて言語道断だっていう常識を一欠片も解ってはいない。今迄もそうだったし、そもそも朱葉は“そう”なのだ。元から。もう変えようもなく。……だから俺は、例えば他人の見ている前ではカタールを抜かないとか本当にやばい事柄だけ間接的に注意するにとどめていた。それでは解るものだって解るようになる筈もなく。
「だから、ごめんね。朱葉はただ兄様に早く起きて欲しくて」
察した、のだろうか。こいつだってもう高校生になる。誰も教えないままだって、自分で解って行くという事だろうか。
……こういう時、複雑な感情が湧いてしまうというのはどうなのだろうね。少し寂しい、とか諸々に混じって一瞬でも思ってしまったのは兄として。兄故に? まさか。妹離れなど、出来て当然だろうに。
まあ結局、この色々な感覚の欠如した暗殺妹だっていつかは独り立ちをするという、ただ解りきったそれだけなのだろうし。阿呆らしい感慨でしかない、そう理解する。理解することにする。
「……兄様?」
見ると、朱葉が不安げな眼差しで見上げて来ていた。相変わらず、上目づかいとかそういう類でない、真っ直ぐな瞳。
あ、でもちょっと泣きそう。緋色の目がうるうるしてる。
昔からよくやるように、ぽんぽんと朱葉の髪を軽く叩いた。朱葉の頭は今も昔も大変手頃な位置にある。驚いた顔も小動物みたいだ、なんて思いながら。
溜息混じりに、ぶっきらぼうに言う。
「解ってるって。入学式が今から楽しみでしょうがないんだろ?」
目をいっぱいに見開いた、どんぐりみたいな眼差し。俺は少しばかり困ってしまい、明後日の方を向いてぽりぽりとこめかみを掻いてみる。
朱葉は咲くように笑った。考えを読まれたことに頬を朱く染めて、けど、気恥ずかしい中で嬉しいという感情を隠し切れなくて。
今日は買い物の日。高校入学を控えての色々を揃える為の。
受験も終わって。三月も末で。だからそんな時期である。ある意味最も心の躍るそんな時期。わくわくして、待ち切れなくて、それであのくらいの“じゃれつき”なら。
いくらだって我慢出来ると。
朱葉の笑顔を見ていると、切にそう思う。
……だが。だがね?
「……あ、」
朱葉が呟く。
あ? と言うどころではあい。思う間も無かった。
カタールが視界の端、頬から僅かに一寸の空間を下から上へと薙ぎ払っていた。烈風が側頭部を叩き、寝癖がばさりと掻き乱されて更に大変な事になった。
クイックドロウなんてものじゃない、初動すら全く感知されない抜剣をしてみせてくれた妹は、悪びれた様子もなく両腰に吊られたホルダーにカタールを戻し(朱葉は二刀流である)、その紅葉のような手を差し出した。
はらり、とその手に無数の何かが落ちる。小さすぎてよく解らないが、これは──。
「兄様、蚊ぁ」
無邪気な笑み。
……、どうやら、憐れな小型生物の残骸らしい。ただでさえ小さい虫が明らかに五つ以上のパーツにまで細切れにされているというのは、要するにあの刹那に少なくとも三回、カタールがまるで日本の町工場の職人の如き制度で振られたという事なのだろうか。
嫌な汗がどっと出た。体中から。
「……うん、よくやった、朱葉。ごみ箱に捨てといで」
「はぁい」
良い子のお返事。
……やっぱりこの妹は何も解っとらんのかもしれん。
とてとてと朱葉が駆け出す。居間のごみ箱に向かったようだ。
俺は取り敢えず、洗面所。気合十分、準備万端の朱葉と違い寝癖すらそのままだし、朝食前に刃も研いて……、じゃない、歯も磨いておきたいしな。
ふう。
鏡を見る。あれだけ刃物を振り回されておいて、今の所、切り傷一つ無いから俺の悪運も中々のものだ。……いやまあ単に、朱葉の腕に依るんだろうけど。
「あぁー!」
今度は何だろ。
「兄様ー! 早くー!」
何だか解らん。軽く返事を返して、ぺんぺんはねる寝癖を直すのもそこそこに居間に向かう。
朱葉は未だ何やら騒いでいる。切羽詰まったものではなく、驚きとかそんな感じで。まあ、賑やかなのは良い事だ。
一体、何なのだろう。こんな感じで始まって死にそうな目にあった経験も何度だってあるが、少し楽しそうだと期待してしまうのは、慣れなのかね。
いつものように。今日も今日とて朝から朱葉に振り回されつつ。ちょっと思うのは。
朱葉から刃物は取り去れない。だから可能な限り、死力を尽くして朱葉の刃を許容する。先刻言った通りそれは俺が決めた事だが。
だからといって全てを認めていたら周囲や身やらがもちそうにない──。
それが目下の所の、この俺、呉羽火鉈──くれは、かなたの幸せな悩み事であったりする。
「兄様ぁー!」
朱葉は未だ騒いでいたりして。
……うん、まあ楽しそうだというのは変わりないけど、やっぱり嫌な予感もひしひしと感じ始めていたりで。
だけどまあ。
「……それも良いかぁ」
ACT1 "ARUHINO-ASA" is over.
...to be continued.
・お読み下さり有難うございました。ご意見ご感想などよろしければ。
・呉羽火鉈(地の文の俺)は下手したら朱葉以上に変人ですね。書き上げ直後のテンパった頭では良く解りませんが。じゃなきゃ兄様とか書きませんし。
・ラブコメは初めて書きます。脊髄反射のみで書きました。書き始めは性別転換もので行こうとか考えてました。朱葉も出した当初は素クールの予定でした。本当に火鉈殺して幽霊ストーリーもありかなとか思ってました。
・浪人&遅筆なので、更新は遅くなるかもしれません。
・本当に、ご意見ご感想などよろしければどうでしょうとか。更新が早くなるかもしれません。
・そんな感じですが、“暗殺妹。”、気に入って戴けましたら、以後よろしくお願いいたしますm(__)m