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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第五章 積み重ねたもの
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小さな風

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

翌日の朝、俺は宿の裏庭で木剣を振っていた。


ラグナードに来てからも、朝の訓練は変えていない。軽く走って身体を温め、短い加速を何本か入れたあと、剣と足運びを確認する。ただし今日は両足へ魔力を流しながら動き、安定したところで右手にも流す場所を増やしていた。


三か所なら、以前より長く保てる。


右足から左足へ重心を移し、踏み込みながら木剣を振る。右手の魔力が一瞬薄くなったものの、完全には途切れなかった。


もう一度。


今度は剣を振り終えたところで左足への流れが崩れた。


俺は構えを解き、原因を考える。振ることに意識を取られたというより、踏み込んだ瞬間に右手と右足へ注意が偏ったらしい。


「四つ目は?」


庭の端からゼノの声がした。


「まだ」


「珍しいな」


「三つできてから」


以前なら、失敗してもすぐ四肢全部を試していたと思う。でも一つ増やすだけで崩れるなら、崩れたまま繰り返しても仕方がない。


オルドに教わったことも似ていた。


分からないものを、分かったことにしない。


できていないものを、できていることにもしない。


「今日は魔法だったな」


ゼノが言った。


俺は木剣を収める。


「うん」


昨日ギルドで確認したところ、ちょうど冒険者向けの基礎魔法講習が開かれる日だった。火、水、風、土の初歩を扱うらしく、魔法を専門にしていない冒険者でも参加できる。


俺が一番試したいのは風だった。



講習が行われる場所は、冒険者ギルドから少し離れた訓練施設だった。


石壁に囲まれた広い庭のような場所で、地面の大半は固く踏み締められている。端には木製の標的や藁人形が並び、その反対側には水を張った桶、石、砂袋などが置かれていた。


参加者は俺を含めて七人。


全員、俺より年上だった。


十代後半くらいの若い冒険者が三人。二十代らしい男女が二人。それより少し年上の男が一人いる。


視線を感じる。


俺を見る。


カードを見る。


また俺を見る。


昨日から慣れてきた。


「九歳?」


近くにいた男が聞いてきた。


「うん」


「魔法使い?」


「違う」


「剣士?」


「たぶん」


男が困った顔をした。


俺も少し困る。


剣は使う。


でも剣だけを使いたいわけじゃない。


そこへ、施設の奥から一人の女が歩いてきた。


三十代半ばくらい。濃い赤茶色の髪を後ろで束ね、灰緑色の目をしている。長い杖は持っておらず、腰に短い杖と細身の剣を一本ずつ下げていた。


「集まってるね」


女は全員を見回したあと、自分の胸を指す。


「ヴェラ。今日の講師だ。先に言っておくけど、派手な魔法を撃ちたい奴にはたぶん退屈な講習になるよ」


何人かが顔を見合わせる。


俺は少し前へ出た。


「なんで?」


ヴェラが俺を見る。


「派手なのが好き?」


「見たい」


「正直だね」


少し笑われた。


「でも今日はやらない。冒険者が最初に覚えるべきなのは、威力を上げることじゃないからね」


ヴェラは地面に置かれていた桶を指した。


「水が欲しいなら、一杯で足りるところに十杯出す必要はない。火をつけたいだけなら、家を燃やせる炎はいらない。魔力は使えば減るんだから、必要な場所へ必要なだけ使う。今日はそれを覚えてもらう」


俺はヴェラを見る。


面白そうだ。



最初に確認されたのは、全員の魔力操作だった。


手のひらへ魔力を集め、一定量を維持する。次に増やし、減らし、また元へ戻す。


俺は問題なくできた。


ヴェラが俺の手を見る。


「もう魔力操作は習ってる?」


「うん。《魔力操作 Lv2》」


「なるほど。放出は?」


「《魔力放出 Lv1》」


「属性魔法は?」


「《生活魔法 Lv1》と《水生成 Lv1》」


「水だけ?」


「今は」


ヴェラが頷く。


驚いた様子はない。


魔力量を確認されたときも同じだった。


多いとも少ないとも言われない。


普通。


それでいい。


「じゃあ、水を出してみて」


言われた通り、手のひらへ魔力を集める。


《水生成 Lv1》。


少量の水が生まれる。


そのまま《魔力放出 Lv1》を重ね、前へ押し出す。


水が十センチほど飛んで地面へ落ちた。


「それ、何のために練習してる?」


ヴェラが聞いた。


「まだ決めてない」


「決めてない?」


「できることを増やして、あとで繋げたい」


ヴェラが少しだけ俺を見る時間を長くした。


「変わった覚え方するね」


「駄目?」


「別に。ただ、使い道を考えながら練習した方が上達は早いよ」


使い道。


俺は地面へ落ちた水を見る。


足元を濡らす。


目に入れる。


火を消す。


何かを洗う。


飲む。


まだあるはずだ。


「今日は風をやりたい」


「理由は?」


昨日見た光景を思い出す。


「落ちた箱を風で遅くした人がいた」


「なるほど」


「あと、砂とか土を動かせる?」


「できるよ。力量次第だけどね」


「目に入れられる?」


周囲が少し静かになった。


ヴェラが俺を見る。


「できる」


「じゃあ覚えたい」


「発想が冒険者というより喧嘩屋だね」


でも駄目とは言われなかった。



風の初歩は、思っていたより難しかった。


水なら、自分の魔力から水を生み出す感覚がある。でも風は目に見えない。


「空気はある」


ヴェラが言う。


「作る必要はない。そこにあるものを魔力で動かす感覚を掴む」


俺は右手を前へ向けた。


魔力を集める。


前へ押す。


何も起きない。


もう一度。


今度は少し強くする。


服の袖がわずかに揺れた気がした。


「今の?」


「違う。お前が腕を振った風」


失敗。


もう一度やる。


魔力を前へ放つ。


動かない。


何度繰り返しても同じだった。


隣では別の参加者が先に成功した。


男の手の前で砂がわずかに動く。


「できた!」


見る。


どうやった?


魔力の流れまでは分からない。


俺は自分の手を見る。


もう一度試す。


失敗。


十回。


二十回。


三十回。


変化はない。


「一回止めな」


ヴェラに言われた。


「まだできる」


「そういう意味じゃない」


ヴェラは俺の前へ来ると、手を上げた。


少し離れた場所に細い紐が張られている。その紐から、小さな布が何枚も吊るされていた。


ヴェラが人差し指を向ける。


一枚だけが揺れた。


隣の布はほとんど動かない。


「すごい」


「今、お前がやろうとしてるのはこれの逆だ」


「逆?」


「とにかく前へ風を出そうとしてる。範囲も距離も量も決めずに、魔力だけ押してるんだよ」


言われて気づく。


確かに何も決めていなかった。


ただ風を出そうとしていた。


「最初は一枚でいい」


ヴェラが一番近い布を指す。


「これを動かせ」


距離は一メートルくらい。


「どれくらい?」


「少し」


「少しって?」


「それを自分で決める。揺らすだけなら、吹き飛ばす力はいらないだろ」


俺は布を見る。


動かしたい。


大きくじゃない。


ほんの少し。


手を向ける。


魔力を集める。


前へ出す。


動かない。


また失敗。


でも、さっきまでとは考え方が違う。


前全部へ出さない。


布のところだけ。


必要な分だけ。


魔力を細くする。


《魔力操作 Lv2》。


集中する。


放つ。


布は動かなかった。


「惜しい」


ヴェラが言った。


「何が?」


「魔力はさっきよりまとまった。方向がずれてる」


見えない。


水ならどこへ飛んだか分かる。


風は失敗しても分かりにくい。


「どうやって分かる?」


「そこから覚えるんだよ」


また布を見る。


一回。


二回。


三回。


動かない。


焦る。


隣では、さっき成功した男が今度は二枚の布を揺らしていた。


速い。


俺より上手い。


もう一度やる。


魔力が少し乱れた。


「レオン」


ヴェラの声で止める。


「他人を見るのはいい。でも、他人の成功回数で自分の魔力は動かないよ」


「分かってる」


「なら一回戻せ。さっきより雑になってる」


手を下ろす。


息を吐く。


魔力を整える。


剣と同じだ。


エリオットに負けたときも、速く追いつこうとすればするほど余計な動きが増えた。


一つずつ。


俺はもう一度、布へ手を向けた。


距離を見る。


一メートル。


布の中央を見る。


必要なのは、ほんの少し動かすだけの力。


魔力を細く集める。


前へ。


布は動かない。


でも、その隣の布がほんのわずかに揺れた。


「……そっち?」


ヴェラが笑った。


「外れ」


失敗。


だけど初めて、魔力で空気を動かせた。


たぶん。


「もう一回」


「いいよ。ただし、今の量を増やすな」


「なんで?」


「当たらないからって威力を上げる癖をつけるな。必要なのは力じゃなくて方向だ」


俺は頷いた。



講習が終わる頃になっても、狙った布を動かすことはできなかった。


一度だけ隣の布が揺れ、そのあとにも二回、別の場所で小さな動きがあった。それ以外は失敗で、システムから新しい技能や魔法を獲得したという通知もない。


それでも最初とは違う。


風を出すのではなく、空気をどこへ、どれだけ動かすのかを決める。


ヴェラが片づけをしているところへ行く。


「また来ていい?」


「講習日は決まってるよ」


「それ以外は?」


「自主練習なら施設は使える。ただし火は勝手にやるな」


「風は?」


「周りに人がいないところならね」


「土は?」


「まず風を一枚動かしてからにしたら?」


言われた。


俺は少し考える。


「分かった」


ヴェラが意外そうな顔をした。


「素直だね」


「一個できてから次」


口にして、ユノを思い出した。


ハルウェンで俺が言った言葉だった。


自分で言ったなら、自分もやる。


施設を出ると、入口でゼノが待っていた。


「どうだった」


「できなかった」


「そうか」


「でも少し動いた」


「できたんじゃないか」


「狙ったところじゃない」


それなら、まだできたとは言えない。


俺は歩きながら考える。


水は十センチしか飛ばせない。


風は狙った布すら動かせない。


剣なら、どちらも何の役にも立たないような小さな差に見えるかもしれない。


でも、必要なのは大きな魔法じゃない。


相手の足元に少しだけ水があれば、踏み込みが変わるかもしれない。顔の近くへ一瞬だけ風を送れれば、砂や埃で視線を外せるかもしれない。その一瞬に《誘導歩》を重ねれば、相手が選ぶ方向をさらに狭められる可能性もある。


俺には大きな魔力も、特別な魔法の才能もない。


だったら、小さいものを使えばいい。


剣も、身体も、魔力も、《戦域把握》も、《追跡》も、それだけで一番になる必要はない。今の俺にできることを一つずつ増やして、それぞれを正しく繋げられるようになればいい。


宿へ戻る途中、風が吹いた。


道端に落ちていた小さな葉が転がっていく。


俺はその動きを目で追いながら、さっき揺らせなかった布を思い出した。


明日は、狙った一枚を動かす。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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