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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第五章 積み重ねたもの
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アルネリアの外へ

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

出発の日は、思っていたより静かだった。


まだ朝日が街の屋根を照らし始めたばかりで、通りを歩く人も少ない。俺は宿の前で荷物を背負い、腰の剣と、包みにまとめた二本の木剣を確かめた。


ゼノはいつも通りだった。


黒い外套を羽織り、古びた長剣を腰に下げている。旅立つ日だからといって特別な準備をしているようには見えない。


「忘れ物は」


「ない」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんって言ったな」


ゼノが宿の中を見る。


俺も振り返った。


もう一度だけ頭の中で確認する。


着替え、食料、水袋、火を起こす道具、簡単な治療用品。それから剣と、ラウルにもらった木剣、ダリオにもらった短い木剣も持っている。


「ない」


「なら行くぞ」


「うん」


歩き出そうとしたところで、通りの向こうから声が飛んできた。


「レオン君!」


フィナだった。


朝からギルドの制服を着ている。隣には杖をついたセラナもいた。


「間に合いましたね」


「見送り?」


「一応」


フィナが笑う。


セラナは俺を見ると、真っ先に腰の剣ではなく顔を見た。


「次の町で夜の森に一人で入ったりしないでしょうね」


「しない」


「即答するようになったのは進歩ね」


「前も反省してた」


「反省してた人は、あんな状態になる前に戻るのよ」


何も言えなかった。


ゼノが横で笑っている。


「お前も言われてるぞ」


「なんで俺まで」


「監督役でしょう」


セラナが当然のように言うと、ゼノは少しだけ肩をすくめた。


「本人が勝手に森へ消えるんだ」


「それを止めるのが監督役じゃないの?」


「九歳児の行動を完全に管理できるほど暇じゃない」


「開き直らないで」


二人が話している間に、フィナが一枚の紙を差し出した。


簡単な地図と、街道沿いの宿場が書かれている。


「途中までは安全確認の取れている街道です。ただ、南西へ行くほどアルネリア周辺とは魔物の種類も少し変わります」


「どんなのがいる?」


「行き先まで全部聞いてしまったら、ゼノさんが教えたがらなかった意味がなくなりますよ」


フィナが少し笑った。


「ただし、知らない魔物を見つけたら、まず確認してください。名前も危険度も分からないまま近づかないこと」


「分かった」


「あと、依頼を受けるなら現地のギルドで情報を確認すること。アルネリアでの常識が、そのまま別の地域で通用するとは限りません」


それは少し意外だった。


「同じギルドでも?」


「基本的な制度は同じです。でも、地域によって多い依頼も、魔物も、冒険者に求められる技能も変わります」


なるほど。


それを聞くと、少しだけ楽しみになった。


アルネリアでは森と街道を歩くことが多かった。


次の場所では、違うものが必要になるかもしれない。


「レオン」


セラナが呼ぶ。


俺は顔を向けた。


「強くなるのは勝手だけど」


一度言葉を切る。


「ちゃんと帰ってきなさい」


俺は少し考えた。


前なら、強くなることと帰ってくることを別に考えていた。


今は違う。


「うん」


それだけ答えた。


セラナは俺の顔を見て、それ以上は何も言わなかった。



街の門を抜ける。


アルネリアの外へ出るのは初めてではない。


依頼でも何度も街道を歩いたし、北の森にも村にも行った。


それでも今日は違う。


帰ってくる時間を決めずに、街そのものを離れる。


門から少し歩いたところで振り返った。


石壁の向こうに、街の屋根が見える。


最初に来た頃より、ずっと大きな場所に感じた。


ここでいろいろ覚えた。


そして、いろいろ負けた。


「名残惜しいか」


ゼノが聞く。


「少し」


「珍しいな」


「俺だってそういうのある」


「そうか」


ゼノは立ち止まらない。


俺も前へ向き直った。


道は南西へ伸びている。


以前いた町から街道を進み、宿場町を経てアルネリアへ入り、さらに北の砦や村まで、自分が実際に歩いた場所は少しずつ増えてきた。それでも地図を広げれば、知っている範囲はまだほんの一部しかない。


世界は広い。


その事実を、ようやく実感し始めていた。



午前中は歩き続けた。


ゼノの歩く速度は速い。


走っているわけではないのに、一歩ごとの無駄が少ない。


俺も遅れないようについていく。


ただ歩くだけではもったいない。


最初の一時間ほどは普通に進み、その後、俺は両足へ薄く魔力を流した。


右。


左。


交互ではない。


両方。


歩きながら維持する。


以前よりは続く。


呼吸を乱さずに歩いているだけなら、かなり安定してきた。


そこへ両手を加える。


四か所。


一気に難しくなる。


右手の魔力が薄くなったので、意識を向ける。


今度は左足が乱れる。


直す。


右足が消える。


「……また」


「歩きながら何してる」


前を歩いていたゼノが振り返らずに聞く。


「四か所」


「魔力か」


「うん」


「前見ろよ」


「見てる」


「今、石踏んだぞ」


足元を見る。


小さな石が転がっていた。


「見てなかったな」


「ちょっとだけ」


「戦闘中なら死ぬぞ」


その通りだった。


魔力を四か所へ流すことに集中して、道を見る意識が薄くなっていた。


俺は魔力を止めた。


ただ維持できればいいわけじゃない。


周囲を見ながらできなければ、戦いでは使えない。


歩きながら、今度は《戦域把握 Lv3》を意識する。


ゼノが前方。


右側には低い草地。


左には林。


後方から馬車の音がする。


まだ遠い。


さらに耳を澄ますと、林の中で小さな鳥が動く音がした。


そこへ魔力を足す。


両足だけ。


周囲を見る。


維持。


今度は大丈夫。


両手を加える。


意識が魔力へ寄る。


後ろの馬車の音を忘れそうになる。


戻す。


また魔力が崩れる。


「難しい」


「何が」


「同時にやるの」


「当たり前だ」


ゼノは歩きながら答える。


「お前は今まで、一つずつ覚えたものを無理やり同じ頭の中へ入れようとしてる」


「無理やりじゃ駄目?」


「最初はな」


「じゃあどうする?」


「慣らせ」


予想通りだった。


「特別な方法ないの?」


「あると思ったのか」


「少し」


「残念だったな」


俺はまた両足へ魔力を流す。


それなら慣れるまでやるだけだ。



昼前、街道脇の木陰で休憩を取った。


干し肉と硬いパンを食べ、水を飲む。


食べ終わると、俺は掌を上へ向けた。


魔力を集める。


《水生成 Lv1》。


小さな水の塊が掌の上に生まれる。


以前より形は安定している。


大きくはない。


飲み水として使うなら、一度では足りない程度だ。


「それ、旅じゃ便利だな」


ゼノが言う。


「まだ少ないけど」


「量より、出せること自体が便利だ」


確かに。


水場がない場所でも、少量なら作れる。


戦闘以外でも使える。


俺は水を地面へ落とした。


少し考える。


「これ、戦いでも使える?」


「使えるだろ」


「どうやって?」


「自分で考えろ」


またそれだった。


俺は地面を見る。


掌から落とした水が土を濡らしている。


火を消す。


目にかける。


床を濡らす。


足元を滑らせる。


どれもできるかもしれない。


ただ今の量では少なすぎる。


それでも、ほんの少しでいい場面もあるかもしれない。


例えば、踏み込む位置に水があれば。


相手の足が僅かに滑る。


その一瞬で剣が届くかもしれない。


「ゼノ」


「なんだ」


「戦ってみていい?」


「休憩中だ」


「一回だけ」


「嫌だ」


即答された。


俺は黙って水をもう一度作る。


今度は地面の少し離れた場所へ落とそうとする。


掌から直接落とすのではなく、少し前へ。


《魔力放出 Lv1》を使う。


魔力を押し出す感覚に、水を作る操作を重ねる。


形が崩れた。


水が自分の膝に落ちる。


「……」


ゼノが見る。


「何も言わないで」


「まだ何も言ってない」


もう一度。


今度は少しだけ前へ飛んだ。


十数センチ。


それだけだった。


でも、できた。


「これ、伸ばせるかな」


「何を」


「水を出す場所」


「練習すればな」


また練習。


結局そこへ戻る。


嫌ではない。


むしろ分かりやすい。


できないなら、できるようになるまで試せばいい。



午後になって、街道を外れることになった。


崩れた橋を避けるためだった。


迂回路は林の中を通る。


道そのものはあるが、街道ほど整備されていない。


「ここから少し注意しろ」


ゼノが言う。


「魔物?」


「いる可能性はある」


俺は頷く。


剣にはまだ手をかけない。


その代わり、歩き方を変える。


足音を少し抑える。


《隠密 Lv3》。


周囲を見る。


木の根。


土。


折れた枝。


踏まれた草。


追跡役に教わったことを思い出す。


足跡だけを追うな。


糞、毛、血、折れた枝、草、臭い。


通ったものは何かを残す。


それを繋げる。


少し進んだところで、地面に跡を見つけた。


丸い。


人間ではない。


俺はしゃがむ。


「ゼノ」


「見つけたか」


「これ」


ゼノも近づく。


「何だと思う」


すぐには答えない。


まず形を見る。


前に見たグレイファングとは違う。


大きさも少し小さい。


爪の跡がある。


土の縁は崩れていない。


少し湿っている。


「新しい?」


「どれくらい」


難しい。


さっき雨は降っていない。


土の湿りだけでは分からない。


周囲を見る。


近くの草が倒れている。


完全には戻っていない。


「今日?」


「広すぎる」


「数時間以内?」


ゼノが頷いた。


「そのくらいだろうな」


当たった。


少し嬉しい。


「何の足跡?」


「それは分かるか」


もう一度見る。


知らない。


「分からない」


「なら、それが正解だ」


俺はゼノを見る。


「分からないのが?」


「知らないものを勝手に決めつけないのは大事だ」


フィナにも言われた。


俺は立ち上がる。


「危険?」


「跡だけじゃ分からん」


「じゃあどうする?」


「進む。ただし、気づいてないふりはするな」


剣へ手を近づける。


林の中へ入る。


足跡は道を横切っていた。


追わない。


俺たちは予定通り進む。


それでも、しばらくは周囲への意識を強くした。


音。


草。


枝。


匂い。


《戦域把握 Lv3》だけでは、姿を見せていないものの位置までは分からない。


最後に聞いた音を頭の中へ残すことはできても、音がなければ何も始まらない。


だから探す。


俺は右側の茂みを見る。


何もいない。


左。


風で葉が揺れる。


前。


ゼノ。


後ろ。


静か。


さらに数分進んだところで、耳に音が入った。


枝が一本折れる。


右後方。


俺は止まった。


ゼノも同時に止まる。


「聞こえた?」


「ああ」


剣を抜く。


姿は見えない。


音がした場所を頭の中へ置く。


右後方、十数メートル。


ただし今の位置は、もう違うかもしれない。


葉が揺れた。


今度は右前。


移動した?


速い。


違う個体かもしれない。


もう一度音。


前方。


「複数?」


俺が聞く。


「まだ決めるな」


ゼノの声は静かだった。


そうだ。


音が複数あったからといって、相手が複数とは限らない。


一体が動いているだけかもしれない。


俺は呼吸を整える。


視界の中に敵はいない。


なのに、森そのものが急に狭く感じた。


アルネリアの北とは違う。


知らない足跡。


知らない音。


知らない魔物かもしれない。


胸が少し高鳴る。


怖くないわけではない。


でも。


以前とは違う。


分からないから近づくのではない。


分からないから、まず見る。


音が止まった。


十秒ほど何も起きない。


ゼノが剣を抜かないまま言う。


「どうする」


試されている。


俺は周囲を見る。


戦う必要はない。


目的地は別にある。


相手がこちらへ来ているかも分からない。


「進む」


「理由は」


「追う理由がないから」


「それでいい」


俺たちは再び歩き始めた。


ただし、完全には警戒を解かない。


最後に音を聞いた位置を頭の中へ残しながら進む。


しばらくして、もう音は聞こえなくなった。


そこでようやく剣から手を離した。


何も倒していない。


経験値が増えた感覚もない。


新しい技能も出ない。


それでも、少し前の俺なら違う行動をしていたかもしれない。


気になって、追っていた。


確認したくなっていた。


今は追わなかった。


知りたいことと、近づくべきことは別だ。


それを覚えたのも、アルネリアだった。



夕方には林を抜けた。


遠くに小さな宿場が見える。


今日はそこで泊まるらしい。


俺は歩きながら振り返った。


林はすでに薄暗い。


あの中に何がいたのかは、結局分からなかった。


「気になるか」


ゼノが聞く。


「少し」


「戻るか?」


「戻らない」


「成長したな」


「ちょっと馬鹿にしてる?」


「かなり褒めてる」


信用できない。


でも戻るつもりはなかった。


まだ知らないものは、これからいくらでも出てくる。


全部をその場で確かめる必要はない。


覚えておいて、必要になったときに知ればいい。


宿場へ向かいながら、俺はまた両足へ魔力を流した。


周囲も見る。


前にはゼノ。


道の先には宿場。


左には畑。


右には低い林が続いている。


その全部を意識したまま、次に両手へも魔力を広げる。


四か所。


一瞬だけ安定する。


次の瞬間、左手側が薄くなった。


崩れた。


でも止まらない。


歩きながらやり直す。


アルネリアを出ても、俺がやることは変わらない。


失敗して、直して、またやる。


ただし。


これから失敗する場所は、もっと広くなる。


知らない土地。


知らない人間。


知らない魔物。


知らない魔法。


俺がまだ持っていないものが、この先にはいくらでもある。


それを思うと、怖さより先に身体が少し軽くなった。


強くなるために足りないものが、まだこんなにある。


だったら。


もっと増やせる。


俺は南西へ続く道を見た。


アルネリアで作り始めたものを持って、その先へ進む。


全部を繋げるには、まだ材料が足りない。


なら、集めればいい。


世界は広い。


それはきっと、俺が強くなれる余地も同じだけ広いということだった。

お読みいただきありがとうございました!

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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