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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第四章 凡才と天才
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62/254

届かなかった人

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

翌朝、俺はいつもの半分、五百回だけ剣を振った。


昨日ゼノに言われた通り、それ以上はやらない。一回ごとの姿勢と足の位置を確かめながら振り終えると、まだ身体には余裕があった。


以前なら、その余裕がもったいないと思っていた。


今は違う。


今日は歩く。


なら、そのために残しておく。


「終わった」


宿の入口で待っていたゼノに声をかける。


「五百か」


「うん」


「増やしてないな?」


「増やしてない」


ゼノが少しだけ疑うように俺を見る。


「本当に?」


「本当に」


「成長したな」


「剣?」


「頭が」


褒められた気がしない。



北門を出たのは、朝日が城壁を越えたころだった。


アルネリアから北へ伸びる街道は広く、午前中は商人や旅人の姿も多い。ただ、二時間ほど歩くと畑が減り、代わりに草原と低い丘が目立つようになった。


目的地の古い砦跡までは、歩いて半日ほどらしい。


「三日町を離れるって言ってたよね」


「ああ」


「半日なら今日着く」


「着くな」


「明日帰れる?」


「用事が一日で終わればな」


つまり、終わるかどうか分からないらしい。


ゼノは相変わらず詳しいことを話さない。


「会う人、冒険者?」


「昔はな」


「今は?」


「違う」


「兵士?」


「違う」


「傭兵?」


「違う」


「何してる人?」


「今は何もしてない」


余計に分からなくなった。


「強いんだよね?」


「昔はな」


昨日と答えが違う。


俺がゼノを見ると、ゼノは前を向いたまま歩いていた。


「今は弱い?」


「お前よりは強い」


「じゃあ強い」


「基準を自分にするな」


難しい。


それ以上聞いても答えてくれそうになかったので、諦めて歩くことにした。



昼前、街道を外れた。


そこからは人の姿がほとんどなくなり、緩やかな丘を越える細い道を進む。遠くには山が見えるが、以前いた町の西にあった山ほど険しくはない。


途中で簡単な昼食を取り、さらに二時間ほど歩いた。


やがて、丘の向こうに石壁が見えてくる。


「砦?」


「跡だ」


近づくにつれて、その意味が分かった。


外壁の半分は崩れ、見張り塔らしい建物も途中からなくなっている。蔦が石を覆い、門があった場所には扉すら残っていなかった。


それでも完全に捨てられているわけではない。


煙が上がっている。


洗濯物も干してある。


壁の一部には新しい木材で補修した跡があった。


「住んでる」


「だから来た」


「一人?」


「今はな」


門跡を抜ける。


中庭だった場所には小さな畑が作られていた。野菜が何種類か植えられ、その横には薪が積まれている。


剣士が住んでいるようには見えない。


「遅かったな」


声がした。


建物の陰から、一人の男が出てきた。


最初に目についたのは髪だった。灰色が混じった短い茶髪で、年齢は四十代後半くらいに見える。ゼノより少し低いが肩幅は広く、日に焼けた顔には細かな皺が刻まれていた。


服装は普通だった。


薄茶色のシャツ。


黒いズボン。


使い古した革靴。


鎧も着ていない。


剣も持っていない。


でも。


歩き方がおかしい。


右脚を少し引きずっている。


「久しぶりだな、ゼノ」


「ああ」


男が俺を見る。


薄い茶色の目。


頭から足まで、一度だけ見られた。


「そいつか?」


「そうだ」


何の話だろう。


「レオン・アルヴェイン」


自分から名乗る。


男が少し笑った。


「聞いてる。俺はダリオ・ベルグだ」


手を出される。


握る。


手が大きい。


硬い。


剣を握っていた手。


「九歳だったか」


「うん」


「小さいな」


「九歳だから」


「そういう意味じゃねえよ」


身長のことらしい。


仕方ない。


ダリオは俺の腰にある剣を見る。


「それ、こいつのか?」


「もらった」


「まだ持ってたのかよ」


「いらんからな」


「嘘つけ」


ゼノが黙った。


珍しい。


「知ってる剣?」


俺が聞く。


「ああ。こいつが若い頃に使ってたやつだ」


初めて聞いた。


剣を見る。


ただの古い剣。


魔法もない。


装飾もない。


でも、急に少し違って見える。


「ゼノ、何歳のとき?」


「忘れた」


「俺は覚えてるぞ」


ダリオが笑う。


「こいつが十五くらいの――」


「余計なこと言うなら帰るぞ」


「相変わらずだな」


面白そうなのに。


あとで聞こう。



砦の中には、まだ使える部屋がいくつか残っていた。


ダリオが暮らしているのはその一角だけらしい。寝室と台所、それから倉庫。中庭には井戸もあり、一人なら生活には困らなそうだった。


荷物を置いたあと、三人で遅めの昼食を取る。


野菜の入ったスープと固いパン。


味は普通。


母さんのパンより柔らかい。


少しだけ思い出した。


「それで」


ダリオがパンをちぎりながらゼノを見る。


「わざわざこいつを見せに来た理由は?」


「別に」


「嘘つけ。お前が子供連れて半日歩いてくるわけねえだろ」


ゼノはスープを飲む。


答えない。


ダリオが俺を見る。


「何か聞いてるか?」


「強い人に会うって」


「誰が?」


「ダリオ」


笑われた。


かなり。


「ゼノ」


「何だ」


「何笑ってるの?」


「俺じゃない」


確かに。


ダリオはしばらく笑ったあと、右脚を軽く叩いた。


「昔の話だ」


「今も俺より強いって」


「それはそうだろ」


即答された。


少し悔しい。


でも相手は大人。


「どれくらい強かった?」


聞くと、ダリオの表情が少し変わった。


笑っている。


でも、さっきまでとは違う。


「Aランクになるつもりだった」


「なれなかった?」


「ああ」


「何ランク?」


「Bだ」


十分強い。


俺はE。


シオンがC。


その上。


「何で辞めたの?」


「レオン」


ゼノが止める。


聞かない方がいいことだったらしい。


でもダリオは気にした様子もなく、右脚を伸ばした。


「これだよ」


ズボンの上からでも分かる。


右脚だけ少し細い。


「怪我?」


「ああ」


「治らない?」


「治らん」


魔法がある世界でも。


治らない怪我はある。


「魔法でも?」


「治癒魔法は何でも元通りにする奇跡じゃねえ。切れた直後ならどうにかなったかもしれんが、俺の場合は遅かった」


それ以上は聞かなかった。


ダリオも話さない。


少しだけ空気が変わった。



食事のあと、ダリオは畑へ出た。


俺もついていく。


ゼノは砦の外壁を見てくると言って、どこかへ行った。


「手伝う?」


「客に畑仕事させるほど困ってねえよ」


「暇」


「なら水でも汲んでろ」


井戸から水を汲む。


意外と重い。


《運搬 Lv4》があるから持てるが、九歳の身体には大きな桶だった。


二往復して戻ると、ダリオが野菜の周りの土を整えている。


「何でここに住んでるの?」


「静かだから」


「町は?」


「うるさい」


ゼノと似てる。


「ゼノと昔、一緒に冒険者してた?」


「何度かな。あいつと組んで生き残った仕事もある」


「ゼノ強かった?」


「昔から腹立つくらいな」


「ダリオより?」


土を触っていた手が止まった。


少しだけ。


「強かったよ」


普通に答えた。


「最初から?」


「最初から」


その言葉が引っかかった。


「才能あった?」


「ゼノに?」


「うん」


ダリオは少し考える。


「少なくとも俺よりはな」


俺は黙る。


エリオットを思い出した。


同じ七歳から剣を始めた。


俺は《剣術 Lv5》。


エリオットは《剣術 Lv6》。


少ない練習でも、俺より早く上がる。


「ダリオは?」


「何が」


「才能」


ダリオが俺を見る。


「なかったよ」


すぐに答えた。


「剣?」


「ああ」


「どれくらい?」


「さあな。人並みじゃねえか?」


曖昧。


でも。


気になる。


「じゃあ努力した?」


「した」


「いっぱい?」


「したよ」


「どれくらい?」


「お前、質問多いな」


「知りたい」


ダリオは土のついた手を払い、近くの石に腰を下ろした。


俺も向かいに座る。


「朝から晩まで剣振ってた時期もある。寝る前まで素振りして、手の皮が剥けても振った。強い奴がいるって聞けば会いに行ったし、負ければ何度でも挑んだ」


似てる。


俺と。


「強くなった?」


「なった」


「どこまで?」


「Bランク」


十分。


でも。


ダリオはAランクになりたかったと言った。


「Aには?」


「届かなかった」


右脚を見る。


「怪我したから?」


「それもある」


ダリオが空を見る。


雲がゆっくり動いていた。


「でも、怪我する前から分かってたよ」


「何が?」


「上には上がいるってことだ」


その言葉なら何度も聞いた。


俺も知っている。


でもダリオの言い方は違った。


「俺より遅く剣を始めて、二年で追い抜いた奴がいた。俺が一週間かけて覚えたことを、一度見ただけでできる奴もいた。俺より若くて、俺より強い奴なんていくらでもいた」


エリオット。


シオン。


ミレイユ。


ルシアス。


アルネリアへ来てから見た人たちが浮かぶ。


「悔しかった?」


「死ぬほどな」


「やめたかった?」


「何度も」


意外だった。


俺は剣を振るのをやめたいと思ったことはあまりない。


辛いことはある。


負ければ悔しい。


でも。


次の日には振る。


「それでも続けた?」


「続けた」


「何で?」


ダリオは少し考えてから笑った。


「追いつけると思ってたからだ」


その答えは。


俺と同じだった。



夕方。


ゼノが戻ってきた。


外壁の向こうを確認していただけらしい。


「問題は?」


ダリオが聞く。


「今のところない」


「なら明日だな」


何の話か分からない。


聞こうとしたが、その前にダリオが立ち上がった。


「レオン」


「何?」


「剣抜け」


突然だった。


「戦う?」


「少しだけな」


右脚を見る。


「大丈夫?」


ダリオの眉が動く。


「舐めてんのか」


「違う」


「なら抜け」


本物の剣は使わない。


倉庫から木剣を二本持ってきた。


中庭。


俺とダリオが向かい合う。


ダリオは右脚を少し引いている。


やっぱり。


動きにくそう。


「一本?」


「お前が俺に触ったら勝ちでいい」


昨日と同じ。


「それ、やった」


「誰と?」


「シオン」


ダリオの目が少し細くなる。


「ヴァレルの坊主か」


知ってるらしい。


「触った」


「何回目で?」


「十三回」


「十二回死んだか」


ゼノと同じことを言う。


「最後も相打ち」


「じゃあ十三回死んでるな」


もっと悪くなった。


「やる?」


木剣を構える。


「来い」



最初から全力で踏み込んだ。


右脚が悪い。


なら、動ける範囲は狭いはず。


正面から斬ると見せ、途中で左へ回る。ダリオの右側――動きにくい方へ抜ければ触れる。


そう考えた。


木剣を振る。


ダリオは動かなかった。


俺の剣を自分の木剣で受ける。


軽い音。


次の瞬間。


視界が回った。


「え?」


背中。


地面。


倒れている。


何された。


分からない。


「立て」


ダリオが見下ろしている。


立つ。


もう一度。


今度は剣を見る。


踏み込む。


振る。


受けられる。


その瞬間、ダリオの左足が俺の前足の外へ入った。剣を押されたわけじゃない。肩と腰の向きを少し変えられただけなのに、前へ出していた力の行き先が消える。


身体が流れる。


そこへ肩を押された。


また地面。


今度は分かった。


投げられたんじゃない。


自分で転んだ。


「もう一回」


「来い」


三回目。


同じ入り方はしない。


《誘導歩》。


左を空ける。


ダリオにそちらを選ばせる。


動かない。


シオンと同じ。


なら。


誘導を拒否することを使う。


右。


踏み込む。


ダリオの右脚側。


今度は剣を振らない。


近づく。


触ればいい。


あと一歩。


ダリオが木剣を横へ出した。


俺は下を潜る。


左手を伸ばす。


届く。


その瞬間、ダリオが右脚を半歩だけ引いた。


悪い脚。


それでも動く。


俺の指が服の前を通り過ぎた。


ダリオの左手が俺の肩に触れる。


押された。


たったそれだけ。


でも前へ出ていた勢いが横へ変わり、俺は三歩よろけて膝をついた。


「……強い」


「今さらか」


立ち上がる。


呼吸は乱れていない。


まだ三回。


「もう一回」


「終わりだ」


「まだできる」


「俺が疲れた」


嘘。


息一つ乱れてない。


「右脚、悪いのに」


言ってから。


少しまずかったと思った。


でもダリオは怒らなかった。


自分の右脚を見る。


「だからだよ」


「何が?」


「動けねえから、動かなくなった」


意味が分からない。


ダリオは木剣を肩に担ぐ。


「昔の俺はもっと走った。踏み込んだ。避けた。相手より速く動こうとした」


右脚を軽く叩く。


「それができなくなった」


「じゃあ今のは?」


「動かなくていい方法を覚えた」


シオンとは違う。


シオンは距離を支配していた。


ダリオは。


俺の力を使っていた。


俺が前へ出る。


俺が振る。


俺が避ける。


その力を少しだけ違う方向へ変えている。


だから。


ほとんど動いていない。


「それ、怪我してから覚えた?」


「ああ」


「強くなった?」


ダリオが黙った。


少し長く。


「昔より上手くはなった」


「じゃあ強く――」


「でも、弱くなった」


言葉が止まる。


ダリオは笑っていた。


悲しそうではない。


普通に。


「できることが減ったからな。速く走れねえ。長く戦えねえ。昔なら追えた相手を追えない。だから、残ったもので戦えるようにしただけだ」


俺は何も言えなかった。


強くなれば。


できることは増えると思っていた。


でも。


減ることもある。


その中で。


また戦い方を作る人もいる。



夕食のあと、俺は砦の外壁に座っていた。


夕日はほとんど沈み、遠くの草原が赤く染まっている。


少しして、ダリオが隣に来た。


「考えてんのか」


「うん」


「珍しいな」


「今日会ったばっかりなのに何で分かるの?」


「ゼノから聞いてる」


何を。


怖い。


しばらく二人で黙っていた。


「ダリオ」


「何だ」


「Aランク、諦めた?」


「ああ」


「悔しい?」


答えはすぐには返ってこなかった。


風が吹く。


草の匂い。


少し冷たい。


「昔はな」


ダリオが言う。


「今は?」


「分からん」


「分からない?」


「諦めたって言葉は便利なんだよ」


意味が分からない。


ダリオは自分の右脚を伸ばした。


「できないことを受け入れたのか、本当はまだやりたいのに逃げただけなのか、自分でも分からなくなる」


俺は黙って聞く。


「俺は努力した。少なくとも、自分ではそう思ってる。才能のある奴に負けて、また振った。追いつけなくて、また振った。それでも最後まで届かなかった」


声は静かだった。


怒っていない。


泣いてもいない。


だから余計に残る。


「努力しても、届かないことはある」


「……うん」


知ってる。


そのつもりだった。


でも。


実際に届かなかった人から聞くと違う。


「怖いか?」


聞かれる。


少し考える。


エリオット。


シオン。


ゼノ。


俺より上にいる人たち。


これから何年振っても。


追いつけないかもしれない。


《超越》がある。


でも。


それでも絶対とは限らない。


相手も成長する。


俺が怪我をするかもしれない。


死ぬかもしれない。


「少し」


正直に答える。


ダリオが笑った。


「そうか」


「でも」


言葉を探す。


前にも考えたこと。


たぶん。


俺の中ではもう答えがある。


「やめたら、もっと届かない」


ダリオが俺を見る。


「やっても届かないかもしれない。でも、やらなかったら絶対届かない」


自分で言って。


少しだけ怖くなった。


これは。


前世ではできなかったことだ。


できない理由を探して。


向いていない。


才能がない。


今からじゃ遅い。


そうやって。


やらない方を選んだ。


この世界では。


もう。


それをしたくない。


「だからやる」


ダリオはしばらく何も言わなかった。


やがて、前を向く。


「……若いな」


「九歳」


「そういう意味じゃねえ」


今日二回目。


でも今度は、少し声が違った。


「俺も昔、同じこと言ってたよ」


その言葉に、胸の奥が少し重くなる。


ダリオも。


そうだった。


それでも。


届かなかった。


なら俺も。


同じになるかもしれない。


「それでもやる?」


ダリオが聞く。


「やる」


今度は迷わなかった。


ダリオは小さく息を吐いた。


「なら、好きにしろ」


それだけ言って立ち上がる。


右脚を引きずりながら、砦の中へ戻っていく。


その背中を見る。


強い人。


でも。


届かなかった人。


初めて会った。



夜。


寝る前に剣を持とうとして、やめた。


今日は五百回で終わり。


ゼノに言われたからだけじゃない。


明日も動く。


そのために寝る。


布団へ入ると、昼間のダリオとの手合わせを思い出した。


右脚が悪い。


できることが減った。


だから、残ったもので戦える形を作った。


才能がなくても。


努力しても。


届かないことがある。


それでも。


積み上げたものまで消えるわけじゃない。


目を閉じる。


明日。


ダリオに何を教わるのかは分からない。


そもそも、教えてくれるとも聞いていない。


でも一つだけ。


アルネリアで天才を見るより前には知らなかったことを、今日は知った。


才能がなくても努力すれば、必ず追いつける。


そんな保証はない。


努力しても負ける。


届かないこともある。


それでも努力しなければ。


次も絶対に届かない。


だったら。


俺は明日もやる。


お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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