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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第三章 世界への一歩
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44/254

選ばせる剣

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

西から戻った調査隊の報告によって、その日のうちにギルドの動きは変わった。


西門には常時二人だった見張りが四人に増え、夜間の巡回には冒険者も加わることになった。周辺の村へ向かう依頼は一時的に制限され、特に西側はギルドの許可なしでは出られない。町の東側についても、ゼノたちが持ち帰った地図に印があった以上、無関係とは決めつけられなかった。


西の拠点で死んだ冒険者は、ハインという三十四歳の男だった。罠と追跡を得意とするC級冒険者で、妻と六歳の娘がこの町にいるらしい。遺体は持ち帰れなかった。敵に発見されたあと戦闘になり、撤退する途中でハインが最後尾を引き受けたのだと聞いた。


俺はそれ以上を聞かなかった。


知らない人だった。それでも、四日前に西門から出ていった八人の中にいたことは覚えている。腰に細い工具を何本も下げ、出発直前までガレスと何か話していた。


七人で帰ってきた。


それだけは忘れないようにした。


翌朝、俺はいつもの時間に訓練場へ行った。


木剣を構える。


《剣術 Lv4》。


表示は変わっていない。


千回という回数も変えない。けれど、一昨日までと同じ千回を繰り返すつもりはなかった。ガレスから教わった「選ばせる」という考え方と、ラウルとの訓練で偶然できた動きを、一振りずつ確かめる。


剣を右上から振る。


相手が左へ逃げるなら、追う。


違う。


追っている時点で遅い。


もう一度。


今度は左側を狭くするように半歩だけ立ち位置を変えてから振る。相手から見れば右側の方が広い。そこへ逃げると仮定して、先に右足を運ぶ。


でも、決めつけない。


右へ行かなかったときに対応できる程度には、身体を残す。


百回。


二百回。


昨日より難しい。


単純な素振りなら身体が覚えている。でもこれは、存在しない相手の選択まで想像しなければならない。右へ逃げる。後ろへ下がる。剣で受ける。前へ入る。相手が何を選ぶかによって、俺の次の動きも変わる。


三百回を越えたころ、後ろから声がした。


「それ、素振りって言うのか?」


振り返るとディルがいた。短い赤茶色の髪にはまだ寝癖が残っている。その後ろから、栗色の髪を結んだリナも歩いてきた。


「たぶん違う」


「自分で分かってねえじゃん」


「相手を想像してる」


「それは見れば分かるけどさ」


ディルは俺の足元を見た。


「さっきから変なところに動いてね?」


「動かしたい方向があるから」


「誰を?」


「相手」


ディルが少し考えてから、木剣を取った。


「じゃあ俺がやる」


「いいの?」


「人いないと分かんねえだろ」


確かにそうだった。


向かい合う。


ディルは短剣を使う。俺より背が高く、腕も長いが、ラウルほど力はない。その代わり動きが速く、思い切りがいい。


「当てたら勝ち?」


「うん」


「よし」


開始した瞬間、ディルが来た。


速い。


俺は右へ避け、剣を返す。ディルが下がる。追う。


違う。


また反応した。


「もう一回」


「おう」


二度目は俺から行った。


左へ振る。


ディルが右へ避ける。


追わない。


右側へ先に入る。


でもディルは急停止し、左へ戻った。


空振り。


「今の危なかった」


ディルが笑う。


「でも、お前が右来るの見えたから戻った」


「見えた?」


「足」


俺は自分の右足を見る。


先に入りすぎている。


行き先を教えていた。


三回目。


今度は足を動かさず、上半身だけで左側へ圧をかける。


ディルの目が右へ動く。


右へ来る。


そう思った瞬間、ガレスの言葉を思い出した。


――選ばせるのと、決めつけるのは違う。


俺は待った。


ディルは右へ動かなかった。


前へ来た。


短剣が腹に触れる。


「俺の勝ち」


「うん」


でも、今のは悪くなかった。


読めなかったから負けたんじゃない。


右へ行く可能性を作って、それでも右へ行かなかったことを見ていた。


だったら次へ繋げられる。


「もう一回」


「まだやるの?」


「あと百回」


「多いわ!」


結局、ディルは二十七回まで付き合った。


そのうち俺が取れたのは九回。最初の十回では二回だけだったが、最後の十回では五回取れた。ディルも途中からわざと同じ動きを見せて別方向へ切り返すようになり、それを俺が待つようになると、今度は何も見せずに突っ込んでくる。


相手も考える。


当然だ。


だから完成しない。


でも、それでいい。


「……面白いね」


横で見ていたリナが言った。


「何が?」


「最初はレオンがディルを動かそうとしてた。でも途中から、ディルもレオンを動かそうとしてた」


俺とディルは顔を見合わせた。


「俺そんな難しいことしてた?」


「してたよ。レオンが右を空けたら、わざと右を見るようになったでしょ?」


「だってこいつ、それで右に来ると思うから」


「それ」


リナが笑った。


俺は少し考える。


俺が選ばせる。


相手も俺に選ばせる。


なら、一方的に操作する技にはならない。


相手の選択肢を減らす。


選びやすい道を作る。


それでも別の道を選んだなら、そこから変える。


それが今の俺には合っている。


午前の訓練を終え、ギルドへ戻ろうとしたところで、東門の鐘が鳴った。


三回。


今度は知っている。


緊急だ。


俺たちは走った。


ギルド前にはすでに十人以上の冒険者が集まっていた。西の調査から戻ったばかりのゼノもいる。ガレスは左肩の傷があるため、建物の壁際で腕を吊っていた。


受付の男が声を張る。


「東のローネ村から急報! 村の北に魔物が出た! 確認できているのはグラウンドハウンド六、グレイファング二! 村人がまだ畑に残っている!」


空気が変わった。


グレイファング二体。


以前なら、それだけでも俺たち三人で簡単に相手をしていい魔物じゃなかった。


そこにグラウンドハウンドが六体。


「討伐班を組む!」


受付の男が名前を呼び始める。C級一人、D級三人。ゼノも前へ出ようとしたが、別の職員に止められた。


「ゼノさんは残ってください。西の件があります」


「八体なら四人で足りる」


「村人の救助が――」


俺は地図を見た。


ローネ村。


昨日、西の拠点から持ち帰った地図に印があった場所から近い。


「俺たちも行く」


受付の男が俺を見る。


「駄目だ。今回は――」


「討伐じゃない」


俺は村の簡単な地図を指した。


「畑の人を戻す。魔物と戦わなくていいなら、俺たちでもできる」


受付の男が黙る。


ゼノが俺を見る。


「戦闘になったら?」


「村人を逃がす。追わない」


「グレイファングが村人を追ったら?」


「止める」


「何体までだ」


少し考える。


「一体なら三人で止められる。二体ならラウルも必要」


「俺も行くぞ」


いつの間にか後ろに来ていたラウルが言った。


ゼノは四人を見る。


「勝てるかどうかを聞いてるんじゃない」


「分かってる」


俺は答えた。


「守れる範囲で戦う」


数秒後、ゼノが受付の男へ向いた。


「救助班として出せ。討伐班とは別行動。村人の回収が終わった時点で帰還。深追いは禁止」


許可が出た。



ローネ村までは走って四十分ほどだった。


途中で討伐班と分かれ、俺たちは村の南側から入った。畑は北と東に広がっている。村人の多くはすでに避難していたが、北東の麦畑に老人一人と若い男二人が残っているらしい。


「俺とディルが前。リナは中央。ラウルは後ろ」


「俺が後ろ?」


「一番速く前に出られるから」


ラウルは一瞬だけ不満そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


麦畑へ入る。


視界が悪い。


背の高い麦が俺の胸より上まである。


《戦域把握》。


視界の中にあるものだけじゃない。


音。


麦の揺れ。


足跡。


風向き。


右前方から人の声。


そのさらに北から低い唸り。


「人、右前。魔物は北」


走る。


三人いた。


老人が足を痛めている。若い男二人が肩を貸していた。


「村まで戻る!」


ディルが叫ぶ。


そのとき、左側の麦が大きく揺れた。


速い。


「左!」


灰色の身体が飛び出した。


グレイファング。


以前より先に見えた。


俺が前へ出る。


噛みつき。


半歩下がる。


牙が目の前を通る。


剣を振る。


首じゃない。


肩。


木剣ではなく、今日は実剣だ。


刃が右前脚の付け根を浅く裂いた。


グレイファングが着地する。


俺は追わない。


「ディル、村人!」


「分かった!」


リナが杖を向ける。


グレイファングが俺を見る。


一体。


これなら止められる。


そう思った直後、右側の麦も揺れた。


二体目。


「ラウル!」


「見えてる!」


ラウルが飛び込んだ。


剣が二体目の牙を弾く。


金属音。


グレイファングが横へ跳ぶ。


一体目が俺へ来る。


正面。


速い。


でも、知っている。


グレイファングは一度正面から圧をかけたあと、横へ回りたがる。


以前は、その速さについていくことで精一杯だった。


今は違う。


俺は左側を空けた。


右にはリナがいる。


火を嫌うなら、そちらへは行きにくい。


グレイファングの目が一瞬だけリナを見る。


左。


俺が空けた方へ跳んだ。


追わない。


先に一歩。


剣を置く。


グレイファングが俺の間合いへ入ってきた。


振る。


首に刃が入る。


浅い。


でも止まった。


そこへリナの火球が横から飛んだ。グレイファングが反射的に身体を反らし、俺は踏み込んで二撃目を入れる。


倒れた。


「……一体!」


声を出したのはリナだった。


俺も少し遅れて理解した。


一人で受けて、一人で動かして、一人で致命傷を入れた。


以前なら、グレイファング一体を相手にするだけで全神経を使っていた。


でも今は、まだ周りが見えている。


右。


ラウルが二体目と戦っている。


後方。


ディルが老人を背負い、若い男二人と村へ走っている。


さらに北。


麦が揺れた。


一つ。


二つ。


三つ。


「グラウンドハウンド来る! 三体!」


ラウルがグレイファングの爪を避けながら叫ぶ。


「どうする!」


逃げる。


それが最初の答えだった。


村人はもうディルが連れている。


でも俺たちがそのまま下がれば、魔物はディルたちを追う可能性がある。


数秒だけ必要だ。


「ここで止める!」


リナが俺の右へ。


ラウルが左へ。


グレイファング一体。


グラウンドハウンド三体。


四対三。


でも数だけじゃない。


敵は連携していない。


俺たちはできる。


グラウンドハウンドが先に来た。


三体が横に広がる。


広げさせない。


俺は中央へ踏み込んだ。


一体が俺へ。


右の一体がリナへ向く。


「リナ、一歩左!」


リナが動く。


俺との間隔が狭まる。


グラウンドハウンドが迷った。


俺とリナの間を抜けるには狭い。


外へ回る。


その先にラウルがいる。


「ラウル、右!」


「おう!」


ラウルが剣を振る。


グラウンドハウンドが止まる。


後ろから来た二体目がぶつかる。


一瞬だけ、三体の動きが重なった。


見える。


敵。


味方。


空いている場所。


次に埋まる場所。


今まで点で見ていたものが、繋がる。


《技能【戦域把握】の習熟度が規定値に到達しました》


文字が視界の端に出る。


今じゃない。


俺は中央の一体へ踏み込む。


斬る。


肩。


反転。


後ろからグレイファング。


「レオン!」


リナの声。


見ていない。


でも、さっきまでいた位置と走る速さは分かる。


右後ろ。


俺は左へ一歩ずれた。


牙が空を噛む。


振り返るより先に剣を横へ振る。


当たった。


腹。


グレイファングが転がる。


その瞬間、表示が変わった。


《技能【戦域把握】の成長条件を満たしました》


《戦域把握 Lv1 → Lv2》


頭の中で何かが広がった。


魔法みたいに敵の位置が見えるわけじゃない。


知らないものが分かるわけでもない。


ただ、さっき見たものが消えにくい。


ラウルの位置。


リナの位置。


倒れた一体。


走っていたグラウンドハウンド。


最後に見た方向と速度。


視界から外れても、その続きが頭の中に残っている。


「ラウル、下がって!」


「は?」


「二歩!」


ラウルが下がる。


直後、さっきまでラウルがいた場所へグラウンドハウンドが飛び込んだ。


空振り。


その横からリナの火球が入る。


「ディル!」


返事は遠かった。


「村人、入った!」


もう守る必要はない。


「下がる!」


誰も反対しなかった。


俺たちは走った。


魔物が追ってくる。


でも全部じゃない。


負傷したグレイファングは立てない。グラウンドハウンド一体も肩を斬られて遅れている。


残り二体。


ラウルが最後尾に回る。


「来るぞ!」


「そのまま!」


道が狭くなる。


左右に柵。


二体が並べない。


一体ずつになる。


先頭がラウルへ飛ぶ。


ラウルは避ける。


その横を抜けようとした瞬間、俺が柵の陰から出た。


斬る。


首。


倒れる。


後ろの一体が止まる。


逃げ道はある。


俺たちは追わない。


グラウンドハウンドは数秒こちらを見たあと、麦畑へ戻っていった。


誰も動かなかった。


呼吸だけが聞こえる。


「……レオン」


リナが俺を見る。


「何?」


「さっき、見えてなかったよね?」


「何が?」


「ラウルさんの後ろから来たやつ」


俺は頷く。


「見えてなかった」


「じゃあ何で分かったの?」


答える前に、ステータスを開いた。


《戦域把握 Lv2》。


そこだけが変わっている。


「上がった」


「何が?」


「戦域把握」


ディルが目を丸くする。


ラウルはしばらく俺を見てから、自分が二歩下がった場所を振り返った。


「……お前がいると、俺まで動きやすくなるな」


その言葉で、少しだけ分かった。


俺自身が強くなるだけじゃない。


敵の位置を見て、味方の位置を見て、次に空く場所を考える。


そこへ誰かを動かせるなら。


三人で戦う意味は、もっと大きくなる。



討伐班と合流したのは、それから十分ほど後だった。


残っていた魔物も討伐され、村人に死者は出なかった。負傷者は二人。どちらも軽傷だった。


そして、魔物が現れた北側の林から、壊れた荷車が見つかった。


檻が二つ。


扉は開いていた。


壊れてはいない。


同じだった。


荷車の下には、黒い布の切れ端も落ちていた。


偶然じゃない。


少なくとも今回の魔物は、誰かがここまで運んだ可能性が高い。


町へ戻ったころには日が傾いていた。


ゼノは報告を最後まで聞き、俺たち四人に怪我がないことを確認してから俺を見た。


「グレイファングを一体?」


「リナもいた」


「最初の致命傷は?」


「俺」


「そうか」


それだけだった。


でも、ゼノの目が少し変わった。


「戦域把握も上がった」


「Lv2か」


「うん」


「何が変わった」


俺は説明した。見えていないものが分かるわけではないこと。一度確認した位置と移動方向、速度を頭の中に残し、その先を以前より正確に予測できること。ただし相手が途中で方向や速度を変えれば外れること。


ゼノは頷いた。


「いい理解だ。能力が上がった直後が一番危ない」


「できることを多く見積もるから?」


「そうだ」


覚えておく。


ガレスは壁際の椅子に座ったまま話を聞いていた。左腕はまだ吊っている。


「それで?」


俺を見る。


「選ばせる方はどうだった」


少し考える。


「一回できた」


「一回?」


「グレイファングに左を空けた。リナの火を嫌って、そっちに来た」


「決めつけたか?」


「来なかった場合も見てた」


ガレスが笑った。


「なら、一歩進んだな」


俺は自分の剣を見る。


まだ《剣術 Lv4》。


限界は越えていない。


でも今日、以前なら危険だったグレイファングを倒した。


戦域把握も上がった。


数字だけじゃない。


戦い方が変わっている。


「名前つけたら?」


突然、ディルが言った。


「何に?」


「さっきのやつ。相手を行かせたい方に動かすやつ」


「まだ技じゃない」


「でも毎朝そればっかやってんじゃん」


ガレスが面白そうに俺を見る。


「技かどうかは、世界が決めることもあるぞ」


「世界?」


「同じ動きを、同じ目的で、何度も再現できるようになればな」


俺は黙った。


技。


ゼノの剣には、俺にはまだ真似できない動きがいくつもある。ガレスの槍にもある。


でも、今やっているものは誰かから教わった技じゃない。


ガレスから教わったのは考え方だけだ。


それを俺が、自分の剣と足に合わせて作っている。


「まだ名前はいらない」


俺は言った。


「完成してないから」


「お前らしいな」


ガレスが笑う。


その夜、寝る前にステータスを確認した。


《戦域把握 Lv2》。


《剣術 Lv4》。


一つは上がった。


一つは止まっている。


でも、止まっているから終わりじゃない。


翌朝。


俺はまた木剣を持った。


一振り目。


左を狭くする。


二振り目。


右を空ける。


三振り目。


相手がそこを選ばなかった場合まで残す。


四振り目。


五振り目。


百。


二百。


昨日のグレイファングを思い出しながら、一つずつ修正する。


そして四百七十二回目。


振り下ろした剣を止めた瞬間、文字が現れた。


《特定動作の反復・修正を確認》


《技能【剣術】【観察】【戦域把握】との複合使用を確認》


《同一目的に基づく技術体系の形成を確認》


俺は動きを止めた。


次の文字が浮かぶ。


《新規技の習得条件を満たしました》


誘導歩ゆうどうほ


しばらく、その名前を見る。


誘導歩。


相手を操る技じゃない。


選択肢を作る。


一つを選びやすくする。


そして、それでも別の選択をしたなら、そこからまた考える。


俺には合っている。


木剣を構え直した。


《剣術 Lv4》。


まだ壁の手前。


でも、その壁の前で覚えられることは、まだ残っている。


俺は四百七十三回目を振った。


お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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