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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第三章 世界への一歩
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見つけた道

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

翌朝、ギルドへ行くと、いつもより人が多かった。依頼を受けに来た冒険者だけじゃない。受付の奥では職員が何人も資料を運び、壁際の大きな机には町の周辺地図が広げられている。昨日まで印のなかった場所に、赤や黒の小さな石がいくつも置かれていた。


「増えてる」


俺が地図を見ながら言うと、隣にいたリナも頷いた。


「昨日の三件だけじゃなかったみたい」


ディルが身を乗り出した。


「何個あんの?」


「触るな」


後ろからゼノの声がして、伸びかけていたディルの手が止まる。


「触ってねえよ」


「今から触るところだった」


「触ってないなら同じだろ」


「違う」


ゼノは俺たちの横を通り、そのまま地図の前に立った。長い黒髪はいつものように首の後ろで緩く結ばれている。黒い外套の下には剣が一本だけ。いつもと変わらない格好なのに、今日は朝から出る準備をしているように見えた。


「昨日から過去二月分の報告を洗った。魔物そのものの目撃は多すぎるから除外して、荷車、檻、縄、捕獲具、人の痕跡に絞った」


ゼノが地図を指す。昨日聞いた西街道の放置された荷車、北西の小村近くで見つかった檻。それ以外にも三つ、新しい印が増えていた。西の森に近い猟師小屋で太い鎖が見つかった場所。南西の農道で、荷物のない荷車を夜中に見たという証言。そして町からかなり離れた北西の林で、獣用とは思えない大きな罠が捨てられていた場所。


「五件?」


「確度の低いものを含めれば七件だ」


「全部、西」


俺が言うと、ゼノが頷く。


正確には西だけではない。北西から南西まで、町を囲むように広がっている。ただし、どの地点も森の奥へ進めば最終的に西側へ繋がる位置だった。昨日までは一つずつ離れた出来事に見えていたものが、地図に並べると形を持ち始めている。


「これ、道になってない?」


リナが言った。


俺も同じことを考えていた。


点と点の間隔にはばらつきがある。それでも、森の外縁を回り込むように並んでいる場所がある。真っ直ぐ町へ向かう道ではない。町や大きな村を避けながら、森の中を移動しているようにも見える。


「可能性はある」


ゼノが答える。


「じゃあ追うの?」


ディルが聞くと、ゼノはすぐには答えなかった。


代わりに、部屋の奥からガレスが出てきた。短い銀灰色の髪に、紺色の軽装鎧。今日は長槍だけでなく、腰に短い剣も差している。


「追う。ただし、人間を相手にする可能性がある」


ディルの表情から少しだけ軽さが消えた。


魔物と人間は違う。ゴブリンなら見つけた時点で敵だと判断できることが多い。でも人間は、武器を持っていてもそれだけでは敵とは限らない。逆に、武器を見せていなくても危険なことはある。


「俺たちも?」


俺が聞く。


ガレスではなく、ゼノが答えた。


「今日は行く」


ディルが小さく拳を握った。


「ただし条件がある。俺たちの前には出るな。追跡もしない。戦闘になったら指示に従え」


「なんで今日はいいの?」


昨日は残れと言われた。


「昨日の場所を見たのがお前たちだからだ。周辺の地形も一度通っている。それと――」


ゼノが俺を見る。


「お前の目を使う」


《観察》と《戦域把握》。


少し嬉しい。戦えるから連れていかれるんじゃない。役に立つものがあるから連れていかれる。


「でも勘違いするな。見つける役だ。倒す役じゃない」


「分かった」


「本当に分かってる顔じゃねえな」


ガレスが笑う。


分かっている。


たぶん。



町を出たのは六人だった。ゼノ、ガレス、昨日も応援に来ていた二人の成人冒険者、それから俺とリナとディル。ラウルはいない。あとで聞いた話では、今日は別の依頼を受けているらしい。


昨日の二つ目の村までは街道を使い、そこから森へ入った。最初に向かったのは、ロイドたちがグレイファングに襲われた場所だった。荷車はすでにギルドが調査したあとだが、周辺の痕跡は残っている。


「昨日見たときと違うところは?」


ゼノが聞く。


俺はすぐに答えず、周囲を見る。


倒れた荷車。焦げた地面。縄の擦れた木。俺たちが歩いた跡。昨日、ガレスたちが行方不明者を探すために森へ入った跡も増えている。地面が踏まれたせいで、最初より分かりにくくなっている。


「荷車の跡」


「どれだ」


俺は西側を指した。


荷車が来た跡は昨日も聞いていた。でも今は、それがどこから森へ入ったのかを見る。道らしい道はない。木の間隔も狭く、普通の荷車なら通りにくい場所だった。それなのに車輪跡はほとんど蛇行していない。


「ここ、何回も通ってる?」


ガレスが目を細める。


「理由は?」


「枝がない」


荷車の高さにあるはずの枝が、途中から不自然に少ない。折れた跡も新しくない。最初に一度だけ無理やり通ったのではなく、あらかじめ通れるように枝を落としていたように見える。


ゼノが周囲を確認し、そのまま西へ少し進む。


「続いてる」


ガレスも低く言った。


道ではない。でも、人が使っている場所だった。


落ち葉で隠され、太い枝や倒木は避けられている。遠くから見れば森の一部にしか見えないが、荷車一台が通れる幅だけ、木々の間に細い空間が続いている。


「隠してる?」


リナが声を落とす。


「たぶん」


俺が答えると、ゼノがこちらを見る。


「推測だ」


「……可能性が高い」


「それでいい」


俺たちはその道を西へ進んだ。


昨日までより空気が重い。実際に何かがいるわけじゃない。ただ、自分たち以外の人間が何度もここを通っていたと分かっただけで、森の見え方が変わる。


《戦域把握》を意識する。


前方にゼノ。少し右にガレス。後ろを二人の冒険者が固め、その間に俺たち三人がいる。左右は木が多く、十メートル先でも姿が隠れる場所がいくつもある。戦うなら最悪だ。敵が何人いるのか分からないまま、近距離まで寄られる。


だから、戦わない。


見つける。


それだけに集中する。


三十分ほど進んだところで、ゼノが拳を上げた。


全員が止まる。


俺にはまだ何も見えない。


ゼノが地面を指した。


靴跡がある。


一つではない。少なくとも三人分。俺たちが使っている道と交差し、北へ向かっている。


「新しい」


ガレスがしゃがみ込む。


「どれくらい?」


ディルが小声で聞く。


「今日だな。朝か、少なくとも雨より後だ」


昨日の夜に少し雨が降った。跡は崩れていない。


誰かが今日ここを通った。


ゼノが北へ続く痕跡を見る。


「行く」


今までの隠れた道を外れ、俺たちはさらに森の奥へ入った。



北へ進んでしばらくすると、匂いがした。


獣臭。


でも、一匹じゃない。


「臭い」


ディルも気づいた。


ガレスが指を口元に当てる。


全員が声を止める。


少し先から、金属が擦れる音が聞こえた。


一度。


少し間が空いて、もう一度。


俺たちは木々の陰を使って進む。やがて前方が少し開け、低い岩場の奥に人工的な空間が見えた。


小さな野営地だった。


昨日の場所より広い。


布を張った簡単な天幕が二つ。荷車が一台。そして檻。


三つ。


一つは空。


もう一つには、灰色の毛を持つ狼型の魔物が入っている。初めて見る。でもたぶん、あれがグレイファングだ。肩の高さは大型犬よりかなり高く、痩せているのに脚は太い。口を開くたび、長い牙が見える。


三つ目の檻には、別の魔物がいた。


黒褐色の毛。長い前脚。猫に似ているけど、顔はもっと細い。


名前は知らない。


そして、人間が二人。


一人は茶色い外套を着た男。三十代くらいで、短い黒髪。細身だが腰に剣を差している。もう一人はフードを深く被った小柄な人物で、顔は見えない。


二人ともこちらには気づいていない。


ガレスが俺たちに手で下がるよう合図する。


そのときだった。


風向きが変わった。


檻の中のグレイファングが突然、鼻を上げる。


こっちを向いた。


まずい。


「下がれ」


ゼノが小さく言ったのと、グレイファングが吠えたのはほぼ同時だった。


男たちが振り返る。


「誰だ!」


茶色い外套の男が剣を抜いた。


フードの人物は一瞬だけこちらを見たあと、逃げるように荷車の反対側へ回る。


ガレスが木々の間から出た。


「動くな。ギルドの調査だ」


相手の男は止まらない。


むしろ、笑った。


嫌な笑い方だった。


「遅えよ」


男が腰から何かを引き抜く。


鍵。


俺は気づいた。


「檻!」


叫ぶ。


男が鍵を回した。


グレイファングの檻の扉が開く。


同時に、フードの人物も三つ目の檻へ手を伸ばしていた。


「やめろ!」


ガレスが走る。


でも間に合わない。


二つ目の扉も開いた。


黒褐色の魔物が飛び出す。


二人は戦うつもりじゃない。


魔物を放して逃げるつもりだ。



グレイファングが最初に動いた。


目の前の男ではなく、最も近い俺たちへ向かってくる。


速い。


リナが杖を構える。


「火――」


「待って!」


そのまま撃てば森に燃え移る。


グレイファングは一直線に来ない。右へ大きく回り込み、木の陰から俺たちの側面へ入ろうとしている。


リナを狙っている。


《戦域把握》。


木の位置。俺。リナ。ディル。グレイファング。


ガレスが教えてくれたことを思い出す。


強い相手は、簡単には動かない。


なら、選ばせる。


俺はリナの左へ移動した。


右を空ける。


グレイファングがそちらへ回る。


狙い通り。


「ディル、右の木!」


「は?」


「そこ!」


ディルは迷ったが走る。


俺も同時に前へ出る。


グレイファングから見れば、正面には俺。左には太い木。右側にはディルが入る。


逃げられる方向を一つにする。


後ろ。


グレイファングが地面を蹴った。


俺ではなく、予想通り空いた斜め後ろへ身体を流す。


「リナ!」


もう火は使わない。


リナも分かった。


「《水生成》!」


大量ではない。


拳二つ分ほどの水がグレイファングの着地点へ落ちる。


前脚が滑る。


身体が崩れる。


「今!」


ディルが横から飛び込み、短剣で前脚を浅く切る。


グレイファングが振り向く。


俺は正面から入る。


噛みつき。


頭が沈む。


その予備動作を見て、左へ半歩。


牙が服の横を通る。


剣を振る。


首ではなく、右肩。


浅い。


でも動きが止まる。


そこへ、後ろから槍が突き抜けた。


ガレス。


グレイファングは一度大きく痙攣し、そのまま倒れた。


「追うな!」


ガレスが叫ぶ。


俺は顔を上げる。


逃げた二人。


茶色い外套の男とフードの人物は、もう森の奥へ走っている。


追える距離。


少なくとも俺にはそう見えた。


でも、もう一体いる。


黒褐色の魔物。


ゼノと二人の冒険者が相手をしている。


さらに、檻の奥から声がした。


「助けて!」


人。


荷車の裏側に、縄で縛られた男が一人いる。


逃げた相手を追えば、そっちは遅れる。


ガレスの言葉が頭に残る。


何を選ばせるか。


あいつらも同じことをした。


追うか。


助けるか。


「助ける」


俺は走る方向を変えた。


ディルとリナもついてくる。


縛られていた男は四十代くらいで、口元に殴られた跡があった。縄は太いが、ディルの短剣なら切れる。


「ディル」


「分かってる!」


縄を切る間に、俺は周囲を見る。


もう一体の魔物が甲高い声を上げた。


ゼノの剣が一度だけ光る。


次の瞬間には倒れていた。


終わった。


でも逃げた二人の姿はない。



「追跡は?」


成人冒険者の一人が聞いた。


ゼノは森の奥を見る。


「しない」


俺は少し驚いた。


ゼノなら追えると思う。


たぶん、一人なら。


「理由は?」


俺が聞く。


「目的が違う」


ゼノはそれだけ言い、縛られていた男へ近づく。


生き残った人間。


檻。


荷車。


荷物。


証拠。


こっちを捨てて二人を追えば、何かを失うかもしれない。


それに、相手が二人だけとも限らない。


男は水を飲んでから、ゆっくり話し始めた。


名前はベルト。近くの村から隣町へ獣皮を運ぶ商人だった。三日前、街道で男たちに襲われ、そのままここまで連れてこられたらしい。


「何人いた?」


ガレスが聞く。


「最初は五人だ」


二人じゃない。


「残りは?」


「昨日、荷車で西へ行った。魔物を二頭連れて」


「種類は?」


「分からん。檻に布をかけてた」


俺たちは黙る。


少なくとも、ここは一時的な場所だった。


魔物を捕まえる場所ではない。


運ぶ途中で集める場所。


「他に聞いたことは?」


ゼノが問う。


ベルトは少し考え、首を振りかけてから止まった。


「町がどうとか……言ってた」


「どの町だ」


「分からん。名前は聞いてない。ただ、『次はもう少し近くへ』って」


近く。


何に。


この町か。


別の村か。


まだ分からない。


ガレスが荷車を調べている途中で、小さな木箱を見つけた。中には餌、鉄具、薬瓶、替えの縄。そして布が数枚入っていた。


黒い布もある。


昨日と同じ。


輪のような印。


今度は俺も見た。


黒地に、白っぽい線で描かれた輪。


ただの丸じゃない。


輪の一部が少し切れていて、その内側に短い線が三本入っている。


何の印かは分からない。


でも、昨日の荷車と同じものがここにもあった。


偶然ではない。


「同じ?」


俺が聞く。


ガレスが頷く。


「昨日のと同じだ」


ゼノは布をしばらく見ていたが、表情を変えなかった。


「持ち帰る」


それだけだった。



町へ戻る頃には日が傾いていた。


ギルドではすぐに報告が始まった。昨日まで「似た事件」だったものが、今日初めて一つに繋がった。


隠された道。


一時的な野営地。


複数の檻。


生きた魔物。


同じ印の黒い布。


そして、少なくとも五人以上の人間。


「組織的だな」


職員の一人が言った。


ゼノも否定しない。


「少なくとも一人二人の魔物商じゃない」


「目的は?」


ガレスが椅子にもたれながら聞く。


答えは出ない。


金なら、わざわざ魔物を檻から放す理由が分からない。町を襲わせるつもりなら、もっと直接運べばいい。森の中へ放しているだけなら、何のためなのか分からない。


俺は地図を見る。


今日見つけた野営地に新しい印が置かれる。


昨日までの点より、西側。


さらにその先へ、ベルトが「三人が荷車で向かった」と言った。


道はまだ続いている。


「次は?」


俺が聞く。


ゼノが答える。


「西へ行く」


「俺も?」


「未定だ」


ディルが不満そうにする。


「またそれかよ」


「危険度が上がった」


「今日も行っただろ」


「今日行ったから分かった」


何も言い返せない。


今日は魔物を放たれた。


人質もいた。


もしあと十人隠れていたら。


もし放されたのがグレイファング一体ではなく、五体だったら。


俺たちは生きて帰れたか。


分からない。


「レオン」


ガレスが呼ぶ。


「今日のあれ、悪くなかったぞ」


「どれ?」


「グレイファング」


俺は顔を上げる。


「右を空けて、そこへ行かせた」


「うん」


「昨日教えたばっかだろ」


「使えた」


ガレスが笑った。


「腹立つな、お前」


褒められているのか分からない。


「でも、一つ間違えた」


笑いが消える。


「何?」


「自分が止められる前提で動いた」


俺は思い返す。


グレイファングが想定より速かったら。


俺を無視してリナへ飛んでいたら。


噛みつきを避けられなかったら。


「選ばせるのと、決めつけるのは違う」


ガレスが言う。


「相手が別の選択をしたときの手も残せ」


俺は頷く。


勝った。


でも完璧じゃない。


いつも通りだ。


ただ、今日はそれだけじゃなかった。


逃げた二人を追わなかった。


目の前の人を助けた。


もし俺一人だったら、追っていたかもしれない。


強くなれば全部できると思っていた。


でも実際には、強くても選ばなければならない。


敵を倒すか。


追うか。


助けるか。


守るか。


戦場には、敵の動きだけじゃなく、選ばなければならないものがある。


《戦域把握》がわずかに熱を持つような感覚がした。


表示は出ない。


レベルも上がらない。


でも、何かが少しだけ繋がった気がした。


その夜、宿へ戻る前にもう一度だけ地図を見た。


西へ続く印。


その先はまだ空白だった。


けれど、何もないわけじゃない。


まだ、見えていないだけだ。


そして今日、俺たちはそこへ続く道を一つ見つけた。


お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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