勝てない相手の倒し方
ご覧いただきありがとうございます!
よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!
それでは、どうぞお楽しみください。
森の奥から聞こえた二度目の咆哮は、最初より短かった。
俺とゼノは足を止めず、来た道とは少し違う方向へ進んでいた。背後ではまだ何かがぶつかる音が続いている。オークたちがオーガを囲もうとしていた場所から、かなり離れたはずなのに聞こえる。それだけ激しい戦いなのだと思う。
「どっちが勝つと思う?」
歩きながら聞く。
「分からん」
「ゼノでも?」
「見ていない戦いの結果まで分かると思うか?」
「オーガの方が強いって言ってた」
「一体ならな」
ゼノは前を向いたまま答えた。単純な強さならオーガが上。それでもオークたちは戦うことを選び、しかも正面から全員で襲うのではなく、相手を誘い込むために配置まで変えていた。
「オーク・リーダーは勝てると思ったから戦った?」
「少なくとも、勝つ方法があるとは考えてるだろうな」
勝てない相手にも、勝つ方法はある。
その言葉が頭に残った。俺だってずっと同じことをしている。正面から勝てないなら癖を見る。力で負けるなら受けない。複数に囲まれるなら、囲まれない場所へ動く。ラウルにもゼノにも何度も負けながら、どうすれば一度でも届くかを考えてきた。
あのオークも同じなのかもしれない。
もちろん、俺と同じという意味じゃない。あいつは仲間を使う。自分一人で足りない力を、複数のオークの位置と動きで補っている。
「戻らないの?」
「何にだ」
「さっきの場所」
「戻りたいのか?」
「見たい」
「駄目だ」
やっぱり。
「終わったあとなら?」
「状況次第だ」
完全に駄目ではないらしい。
俺たちはそのまま森を進み、かなり離れたところで止まった。周囲を確認したゼノが大きな木の根元へ座る。俺も隣に腰を下ろした。
「待つ」
「何を?」
「静かになるのを」
なるほど。
俺は耳を澄ませた。遠くから聞こえる音は途切れたり、また始まったりしている。何が起きているのかは見えない。それでも、さっき見た配置を頭の中に置くと想像はできた。
オーガは北から来た。オークは左右へ分かれ、南側を空けた。オーガが奥まで入れば、後ろにも回れる。
でも、オーガは速い。
一体ずつ襲えば殺される。
だったら同時に行く?
違う。
同時に行けば棍棒一振りで複数が巻き込まれるかもしれない。
俺ならどうする。
考える。
木。
足場。
人数。
武器。
オーガの大きさ。
「考えるのはいいが、見てないものを事実にするなよ」
突然ゼノが言った。
「してない」
「顔がしてる」
顔で分かるらしい。
「予想してるだけ」
「ならいい。予想と確認を混ぜるな」
俺は頷いた。
予想が当たっていると思い込めば、次に見るものまで都合よく解釈するかもしれない。《戦域把握》があっても、存在しない情報まで分かるわけじゃない。
むしろ、そこは気をつけた方がいい。
しばらく待つ。
やがて音が減っていった。
最後に一度、大きな衝撃音が響いたあと、森が静かになった。
ゼノが立ち上がる。
「行くぞ」
「戻る?」
「ああ。ただし俺より前に出るな」
俺もすぐに立った。
◇
元の場所へ近づくにつれ、血の匂いが濃くなった。
ゼノの歩く速度が落ちる。俺も足音を抑え、周囲を確認しながら進んだ。《戦域把握》を意識するが、分かるのは自分が見たり聞いたりした範囲だけだ。敵が隠れていれば見落とす。
だから技能だけに任せない。
目で見る。
耳で聞く。
足跡を見る。
それから技能でまとめる。
丘の近くまで戻ると、ゼノが先に登った。しばらく周囲を確認したあと、手招きされる。
俺も腹を低くして登る。
さっきオークたちがいた場所を見る。
最初に目に入ったのは、倒れた木だった。何本も折れ、簡単な柵はほとんど壊れている。地面には血が広がり、オークが何体も倒れていた。
一。
二。
三。
数える。
八体。
見える範囲だけで八体。
「死んでる?」
「大半はな」
オーガもいた。
中央より少し南。
巨体が横向きに倒れている。
動かない。
オークが勝った。
俺はしばらくその光景を見る。
単体ならオーガの方が強い。
それでも倒した。
「リーダーは?」
探す。
いない。
生き残ったオークも見当たらない。
「移動した」
ゼノが言う。
「もう?」
「ここに残る理由がない」
俺たちは少し待ってから丘を下りた。ゼノが安全を確認し、戦闘跡へ近づく。
近くで見ると、さらにひどかった。
オークの死体の一体は胸が潰れている。別の個体は腕がおかしな方向へ曲がっていた。オーガの棍棒が当たったのだろう。
勝った。
でも簡単には勝っていない。
俺はオーガの死体へ近づく。巨大な身体には傷がいくつもあった。脚。背中。腕。腹。それぞれ場所が違う。
「どうやって倒したか分かる?」
ゼノが聞いた。
俺はすぐには答えず、周囲を見た。
まずオーガの右脚に深い傷がある。切り傷というより、何度も攻撃されたように見える。近くには折れた槍が二本落ちていた。
少し離れた木には大きな血の跡。
さらに地面。
足跡。
多い。
全部は追えない。
だから必要なものだけを見る。
オーガが入ってきた方向。
最初にいた場所。
倒れた位置。
死んだオークの位置。
壊れた木。
武器。
頭の中で繋ぐ。
「最初に脚を狙った?」
「続けろ」
ゼノは答えを教えない。
俺はしゃがんで足跡を見る。オーガの足跡は大きいから分かりやすい。南へ進んでいる途中で、一度大きく西へずれている。
そこに死んだオークが二体。
「こっちから攻撃した」
西。
だからオーガが向いた。
その間に東側から別のオーク。
たぶん。
さらに進むと、オーガの足跡の間隔が狭くなっている。
「途中から遅くなった」
「なぜだ」
「脚」
傷を見る。
右脚。
何度も攻撃して、動きを落とした。
それから?
オーガは強い。
遅くなっても一撃は重い。
死体が八体もある。
「弱くしてから囲んだ?」
「おそらくな」
ゼノも地面を見る。
「最初から倒そうとはしていない。動かして、削って、疲れさせている」
動かして。
その言葉に引っかかる。
「オーガを?」
「ああ」
敵を動かす。
自分が動くんじゃなく。
俺はこれまで、自分の位置を変えることで敵同士を邪魔させてきた。橋でも、森でも、昨日の町でもそうだった。
でもオーク・リーダーは違う。
自分が動くだけじゃない。
相手を動かした。
オーガが追いたくなるようにオークを下げ、狙った場所へ入れた。
「誘導した」
「ああ」
「最初からここで倒すつもりだった?」
「そこまでは分からん」
ゼノが言う。
「さっきも言っただろ。予想と確認を混ぜるな」
そうだった。
分かっているのは、オークが配置を変えたこと。オーガを南へ入れたこと。戦闘後、オーガが死んでいること。脚に集中して傷があること。
最初から全部計画していたかは分からない。
俺は立ち上がる。
《戦域把握の習熟度が上昇しました》
表示が出た。
最近よく上がる。
でもレベルはまだ1。
それだけ必要な経験が多いということだろう。
「強いな」
俺が言う。
「オーガが?」
「リーダー」
ゼノは何も言わなかった。
俺は倒れたオークたちを見る。
八体死んでいる。
勝った代わりに。
「仲間が死ぬのは気にしない?」
「分からん」
「でも八体」
「人間だって戦えば死ぬ」
昨日の町でも六人死んだ。
同じではない。
でも、死者が出ても戦うことはある。
「あいつが何を考えてるかは、足跡じゃ分からん」
ゼノが言う。
「位置は読めても、頭の中まで読めると思うな」
《戦域把握》の弱点。
昨日、自分でも言ったことだった。
位置が分かる。
動きも予想できる。
でも、なぜそう動くのかまでは分からない。
相手の目的を間違えれば、全部間違えるかもしれない。
「戻るぞ」
「追わない?」
「追わん」
「足跡ある」
「だからだ」
意味が分からない。
ゼノが北西を見る。
俺も見る。
そこには生き残ったオークたちの足跡が続いている。
「分かりやすすぎる」
言われて、もう一度見る。
確かに。
隠していない。
むしろ大量の足跡がそのまま残っている。
「罠?」
「かもしれん」
「違うかもしれない?」
「ああ」
分からない。
だから行かない。
俺なら確かめたくなる。
でもゼノは違う。
必要がなければ危険を増やさない。
「調査は?」
「十分だ。オークがオーガから一方的に逃げているわけではないと分かった。それだけでも昨日より情報は増えた」
全部を知る必要はない。
目的に必要なところまで。
それも覚えておく。
◇
町へ戻ったのは昼を過ぎた頃だった。
ギルドではすぐにゼノが報告へ呼ばれ、俺も一緒に奥の部屋へ入った。そこにはギルド職員だけでなく、町の兵士をまとめているらしい四十代ほどの男と、左腕をまだ吊ったままのセラもいた。
ゼノが見たものを順番に話す。
オークは二十体以上。
斥候を配置。
オーク・リーダーによる明確な指揮。
オーガを誘導するような配置。
戦闘後、オーガ一体死亡。
オーク側も少なくとも八体死亡。
残存群は北西へ移動。
「つまり、オーガから逃げていたわけではない?」
兵士の男が聞く。
「最初は逃げていた可能性もある」
ゼノが答える。
「だが現在は違う。少なくとも、あの個体はオーガを狩れると判断している」
部屋が静かになった。
セラが眉を寄せる。
「オークがオーガを狩るなんて聞いたことないわ」
「俺もほとんどない」
「ほとんど?」
「絶対にないとは言えん。数がいれば不可能じゃない」
それでも珍しいらしい。
職員が地図へ印を付ける。
「問題は目的ですね」
「食料?」
誰かが言う。
「縄張りかもしれない」
別の人間が言う。
俺は黙って聞く。
可能性がいくつも出る。
どれもありそう。
どれも確認できない。
昨日までの俺なら、どれが正しいか考え続けていたかもしれない。
でも今は少し分かる。
分からないものは、分からないまま置いておく。
「レオン」
突然ゼノに呼ばれた。
「何だ」
「お前はどう見た」
部屋にいる大人たちがこっちを見る。
俺?
「何を?」
「配置だ」
俺は少し考える。
見たことだけ。
予想と分ける。
「オーガが来る前に、オークが左右へ分かれました。南側は空けてた。オーガが南へ入ったあと、左右から近づいてた」
「他は?」
「リーダーは前に出てなかった」
「どこにいた?」
「中央より後ろ」
「それをどう思う?」
これは予想。
「全体を見るため……だと思う」
ゼノが頷く。
「そういうことだ」
兵士の男が俺を見る。
「君はいくつだ?」
「八歳」
「……そうか」
もうすぐ九歳だけど。
男はそれ以上聞かなかった。
報告が終わり、部屋を出る。
廊下でゼノに聞く。
「なんで俺に聞いた?」
「お前が見たからだ」
「ゼノも見た」
「同じものを見ても、同じ情報を拾うとは限らん」
それは分かる。
俺が見落としたものをゼノは見ている。
逆もある?
「俺にしか見えてないものあった?」
「さあな」
「教えて」
「自分で考えろ」
やっぱり。
◇
午後。
訓練場へ行った。
ラウルはいなかった。リナとディルも今日はギルドの手伝いをしている。
一人。
俺は木剣を持つ。
でも素振りはしない。
訓練場の端に立って、人を見る。
六人。
二組が模擬戦。
一人が素振り。
一人が走っている。
《戦域把握》を使う。
位置。
移動。
距離。
ここまでは昨日までと同じ。
次。
俺は一人の訓練者を見る。
右へ動く。
なぜ?
相手の剣を避けるため。
次は?
左へ戻る。
なぜ?
壁が近いから。
位置だけじゃない。
理由。
もちろん本当の考えは分からない。
だから仮定する。
外れたら直す。
もう一組。
一人が前へ出る。
相手が下がる。
追う。
さらに下がる。
追う。
その先には訓練用の木柱。
追っている方は気づいている?
分からない。
三歩。
二歩。
下がっていた男が急に横へ避けた。
追っていた男が木柱の直前で止まる。
「……これ」
俺は小さく呟く。
さっき見た。
規模も相手も違う。
でも同じ。
相手を動かす。
自分が欲しい場所へ。
俺は木剣を握り直す。
今までの俺は、相手の攻撃を読もうとしていた。
次に何をするか。
どこから斬るか。
どう避けるか。
それだけじゃない。
相手に次の行動を選ばせることもできる。
右へ行かせたいなら、左を危険にする。
下がらせたいなら、前へ出る。
追わせたいなら、逃げる。
簡単にできるとは思わない。
相手だって考える。
ラウルなら、たぶんすぐ気づく。
ゼノならもっと無理。
でも。
練習はできる。
「ラウル探そう」
立ち上がる。
その瞬間、脇腹が少し痛んだ。
止まる。
朝よりは楽。
でもまだ治っていない。
昨日の疲れも残っている。
ゼノに言われた。
今日は半分。
俺はしばらく考えて、木剣を戻した。
「……明日」
自分で言う。
嫌だ。
今すぐ試したい。
でも身体を壊したら、明日はもっとできない。
訓練場を出ようとしたところで、表示が浮かんだ。
《観察の習熟度が上昇しました》
《対象の行動理由を推測する継続的な観察を確認》
それだけ。
新しい技能はない。
必要ない。
一つ分かっただけで十分だった。
◇
夜。
宿でゼノと食事をしていると、ギルド職員が訪ねてきた。
「ゼノさん、少しよろしいですか」
「何だ」
「北西の監視班から報告です」
俺も顔を上げる。
職員は少し息を整えてから続けた。
「オークの集団を再確認しました。現在確認できているだけで二十六体」
増えている。
朝は二十体以上だった。
「合流したか」
「その可能性が高いです。それと、例の大型個体も確認されています」
「オーガは?」
「確認されていません」
ゼノが食事の手を止める。
「他には」
職員が一瞬黙った。
「オークたちは北西へ逃走しているのではなく、一定の場所に集まり始めています」
俺はゼノを見る。
ゼノの表情は変わらない。
「場所は?」
「旧街道沿いです。十年以上前に放棄された砦の周辺」
砦。
初めて聞く。
「町からは?」
「徒歩で一日半ほどです」
すぐに襲われる距離ではない。
でも遠くもない。
「ギルドは?」
「明日、偵察隊を出す予定です。討伐については、その報告を待って判断します」
職員が帰ったあと、俺はゼノを見る。
「行く?」
「お前は行かん」
即答。
「今日行った」
「今日は痕跡調査だ。明日は拠点の偵察になる」
危険度が違う。
「ゼノは?」
「まだ決まってない」
俺はパンを食べながら考える。
二十六体。
オーク・リーダー。
放棄された砦。
もし砦を使うなら。
壁。
入口。
高い場所。
狭い道。
橋や森より、もっといろいろ使える。
あのオークなら。
使う。
「考えるなとは言わん」
ゼノが言った。
また顔に出ていたらしい。
「ただし、行くつもりで考えるな」
「違う?」
「違う。自分が現場にいる前提で考えると、都合のいい情報を勝手に足しやすい」
今日だけで何度も同じことを言われている。
予想と確認。
分ける。
俺は頷いた。
分かっていること。
オークは二十六体以上。
大型個体がいる。
旧街道沿いの放棄された砦へ集まり始めている。
分からないこと。
なぜ集まっているのか。
何体まで増えるのか。
オーガはどこにいるのか。
町をもう一度襲うのか。
砦を使うつもりなのか。
まだ、ほとんど分からない。
それでも一つだけ確かなことがある。
昨日まで、オークは町を襲ってきた敵だった。
今日見たのは違う。
罠を作る敵。
斥候を出す敵。
格上のオーガを、自分たちが有利になる場所へ誘い込んで倒す敵。
そして今度は、砦の近くに集まっている。
俺は食事を続けながら、昼間に見たオーガの死体を思い出した。
強い方が勝つとは限らない。
俺はそれを、ずっと自分に言い聞かせてきた。
今日初めて。
敵に教えられた。
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!
感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!




