指揮する者
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それでは、どうぞお楽しみください。
翌朝、目を覚ましたときには身体のあちこちが重かった。
昨日は走って、荷車を押して、怪我人を運び、オークとも戦った。脇腹の傷は開いていないが、押すと少し痛む。腕や脚にも疲れが残っている。
それでも起きる。
身体を軽く動かして状態を確認する。
走れる。
剣も振れる。
でも全力ではない。
昨日ゼノに言われたことを思い出し、朝の鍛錬はいつもの半分にした。
走るのは町の外周一周。
素振りは五百回。
終わる頃には身体が温まり、重さも少し減った。
宿へ戻ると、ゼノがすでに朝食を食べていた。
「少ないな」
俺を見るなり言った。
「半分」
「珍しい」
「疲れてるから」
ゼノの手が止まる。
「学習したか」
「前からしてる」
「そうだったか?」
たぶんしてる。
少なくとも自分ではそう思う。
俺も席に座り、朝食を食べる。昨日かなり動いたせいか、普段より腹が減っていた。
パンを二つ。
肉。
スープ。
それでも足りない。
「もう一つ」
宿の主人に頼む。
ゼノがこっちを見る。
「食うな」
「足りない」
「違う。食え」
言い直した。
「身体を使った分は戻せ。鍛錬だけ増やして食事を減らすな」
「分かってる」
パンを追加する。
こういうところは細かい。
でも多分、必要なんだと思う。
食事を終えると、ゼノが立ち上がった。
「今日はギルドへ行く」
「依頼?」
「報告」
昨日の襲撃についてだ。
俺も一緒に向かった。
◇
ギルドへ入ると、昨日とは違う意味で騒がしかった。
戦闘そのものは終わっている。
それでも冒険者や兵士、ギルド職員が何人も行き来していて、壁には新しい紙が何枚も貼られていた。
死亡者。
負傷者。
討伐数。
被害区域。
北門周辺の一部は修理中。
町の北側では家が何軒か壊されたらしい。
俺は数字を見る。
兵士三名。
冒険者二名。
住民一名。
死者。
六人。
少ないのか、多いのか分からない。
四十七体以上のオークとオーガが来た。
それを考えれば少ないのかもしれない。
でも六人死んだ。
それは変わらない。
「昨日、南側へ回された意味は分かったか?」
ゼノが横で言った。
「うん」
戦える人間が全員北へ行ったら、避難する人間が足りなくなる。
昨日、俺たちが動かした人だけでもかなりいた。
もし誰もいなかったら。
考えれば分かる。
「敵を倒すだけが戦いじゃない」
ゼノはそれだけ言った。
俺は壁から目を離す。
受付の奥にはリナとディルもいた。
二人も俺を見つける。
「レオン!」
リナが手を上げる。
近づくと、ディルが机の上の紙を指した。
「昨日のまとめ出てるぞ」
見る。
オーク討伐三十一。
逃走確認十一。
行方不明推定五以上。
数が合わない。
最初の四十七体が全部ではなかった可能性もある。
オーガは一体討伐。
一体逃走。
一体所在不明。
それから。
大型オーク。
生存。
北へ逃走。
「こいつ、まだいるんだな」
ディルが言う。
「うん」
俺も紙を見る。
大型。
通常個体より一回り大きい。
装備は革鎧と鉄製防具の混成。
武器は長柄の斧。
複数のオークへ明確な指示を出す。
退却時にも隊列を維持。
追撃への牽制を実施。
書いてあることは、セラとゼノから聞いた内容とほぼ同じだった。
その下に、新しい項目が追加されていた。
暫定分類。
《オーク・リーダー》
「名前ついた」
俺が言う。
「仮だってさ」
リナが紙を読む。
「正式な種別じゃなくて、ギルドが区別するための呼び方みたい」
なら、まだ種族として別物と決まったわけではない。
「上位種じゃないの?」
ディルが聞く。
近くにいた職員が答えた。
「現時点では不明です。同じオークが成長した個体なのか、別種なのか、特殊な変異個体なのかも判断できていません」
「倒せば分かる?」
俺が聞く。
職員が少し嫌そうな顔をした。
「できれば生きたまま観察したいところですが、あれを捕獲しようという話は今のところ出ていません」
「危ないから?」
「危ないからです」
即答だった。
その横でゼノが紙を見る。
「妥当だ」
「ゼノでも捕まえられない?」
「できるかもしれん」
「じゃあ――」
「やらん」
「なんで?」
「捕獲は討伐より難しい」
相手を殺さず、逃がさず、こちらも死なない。
確かに難しい。
「それに今は追う理由がない」
ゼノは地図を見る。
「町から離れている。追えば森の中で向こうの得意な場所に入る」
それも昨日聞いた。
逃げるふりをして誘う。
相手が考えているなら、追う方が危険になる。
俺は《オーク・リーダー》と書かれた紙をもう一度見た。
単体ならオーガより弱い。
でも周りを使う。
そういう相手。
少しだけ興味が強くなった。
◇
昼前。
ギルドの訓練場。
ラウルがいた。
昨日の襲撃では北側の予備隊に入っていたらしい。大きな怪我はなく、右腕に浅い切り傷があるだけだった。
「お前、生きてたな」
ラウルが言う。
「そっちも」
「俺は普通に戦ってたからな」
「俺も戦った」
「聞いた。二体だろ?」
「三体とも戦った」
「倒したのは二体だろ」
そう。
一体目の三体は時間稼ぎ。
二体は診療所。
「それで、新しい技能覚えたんだって?」
「うん」
「見せてみろ」
俺は《戦域把握》の説明を見せる。
ラウルは読んだあと、少し眉を上げた。
「これ、面倒くさそうだな」
「便利」
「お前、それ昨日も言ったらしいな」
誰から聞いたんだろう。
リナを見る。
目を逸らした。
「試す?」
ラウルが木剣を取る。
「やる」
俺も木剣を持った。
ただし今日は身体が重い。
そのことは分かっている。
「五本だけ」
俺が言うと、ラウルが笑った。
「本当に学習したな」
たぶん。
構える。
一戦目。
ラウルが踏み込む。
以前なら、まず剣と身体を見る。
今は少し違う。
ラウル。
壁。
周囲の訓練者。
空いている場所。
自分が動ける範囲。
《戦域把握》を意識すると、それらを同時に頭へ置きやすい。
ただし。
ラウルの剣が来る。
遅れた。
俺は慌てて身体を引く。
木剣が胸を掠めた。
「一本」
早い。
周りを見た分、目の前が遅れた。
昨日よりはマシ。
でもまだ駄目。
「もう一回」
二戦目。
今度はラウルを中心にする。
周囲は全部見ない。
必要なところだけ。
右後ろに人。
左は空いている。
前はラウル。
踏み込む。
横薙ぎ。
避ける。
追撃。
後ろへ下がる。
そのまま下がると右後ろの訓練者にぶつかる。
だから左。
ラウルも追う。
そこまでは読めた。
でも次の突きで肩を取られた。
「一本」
負け。
それでも一戦目より長い。
三戦目。
四戦目。
全部負けた。
五戦目。
ラウルが最初から速く来る。
俺が周囲を見る余裕を作らせないつもりらしい。
剣。
避ける。
もう一度。
下がる。
追う。
ラウルは俺が左へ逃げると思っている。
だから右。
でも右には壁。
壁まで三歩。
そこで止まる。
いや。
止まらない。
壁を使う。
二歩下がる。
ラウルが踏み込む。
あと一歩。
俺は壁際で身体を左へずらした。
ラウルの踏み込みが少し浅くなる。
壁へぶつからないため。
その瞬間に俺が前へ出る。
木剣を振る。
ラウルの肩。
届く。
そう思った。
でもラウルの剣が先に俺の腹へ触れた。
「一本」
負けた。
「……惜しい」
俺が言う。
「自分で言うな」
ラウルが笑った。
「でも前より嫌だな」
「何が?」
「戦う位置まで考えてる」
「前から」
「前より早い」
それは《戦域把握》のおかげかもしれない。
でもまだ勝てない。
「もう一回」
「五本って言っただろ」
「あと一回」
「駄目」
「一回だけ」
「ゼノさん呼ぶぞ」
やめた。
◇
午後は三人で町の外へ出た。
依頼ではない。
昨日の戦闘跡を見るためだった。
もちろん北門から遠く離れない。
ギルドが安全確認を済ませた範囲だけ。
地面には戦闘の跡が残っていた。
折れた槍。
血。
踏み荒らされた草。
壊れた柵。
オークの死体はすでに回収されているが、地面の跡までは消えない。
「何見るの?」
リナが聞く。
「動き」
「昨日の?」
「うん」
実際の戦闘はほとんど見ていない。
でも跡は残る。
足跡。
武器が当たった場所。
血。
どこで誰が倒れたか。
全部分かるわけじゃない。
それでも考えることはできる。
俺は地面を見る。
大きな足跡が何本もある。
一方向じゃない。
北から南。
南から北。
途中で横へ分かれている。
「ここ」
俺が言う。
ディルが近づく。
「何?」
「分かれてる」
「そりゃ戦ってたからだろ」
「違うかも」
足跡の向きが揃っている。
四体くらい。
同じ方向へ曲がっている。
その先には壊れた柵。
さらに向こう。
別の足跡。
「囲んだ?」
リナが言う。
「たぶん」
俺が昨日やったのと同じ。
正面から一体。
横から二体。
逃げ道側に一体。
たぶん。
確証はない。
でも位置を見ると、そう見える。
《戦域把握》を使う。
昨日ここにいたと仮定する。
敵。
味方。
道。
柵。
建物。
逃げる方向。
どこへ置けば囲めるか。
頭の中で作る。
「嫌だな」
ディルが言う。
「何が?」
「オークがこんなこと考えてるの」
俺もそう思う。
ゴブリンは群れる。
でも、ここまで意図的に配置する感じはなかった。
「指示する奴がいるから」
リナが言う。
「たぶんね」
そのとき。
《戦域把握の習熟度が上昇しました》
表示が出た。
戦っていない。
昨日の避難と同じ。
跡を見るだけでも上がる。
使い方は一つじゃない。
「また上がった?」
リナが聞く。
「うん」
「何してたの?」
「昨日の位置考えてた」
「それで上がるんだ」
俺も少し驚いた。
でも考えてみれば、観察もそうだった。
戦闘だけじゃない。
見る。
考える。
予測する。
それも練習になる。
俺はもう一度地面を見る。
まだかなり分からない。
だから面白い。
◇
夕方、ギルドへ戻ると、新しい報告が入っていた。
北へ逃げたオークの一部が、さらに森の奥へ移動している。
オーガも同じ方向。
ただし。
完全に一緒ではない。
距離を取っている。
「仲間じゃない?」
ディルが言う。
「少なくとも、一緒に動いてはいないみたい」
リナが地図を見る。
俺も見る。
オーク。
オーガ。
同じ北。
でも離れている。
「やっぱり逃げてた?」
ディルが言う。
可能性はある。
でも。
何か引っかかる。
そのとき、受付の奥からゼノが出てきた。
「ちょうどいい」
俺を見る。
「何?」
「明日、北へ行く」
「俺も?」
「ああ」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「戦う?」
「調査だ」
ゼノが地図の北側を指す。
「町の近くまで来た理由を確認する。オーガとオーク・リーダーの位置も見る」
「近づく?」
「必要なら」
リナとディルが顔を見合わせる。
「俺たちも?」
ディルが聞く。
ゼノは首を振った。
「今回はレオンだけだ」
「なんで?」
俺も聞く。
「《戦域把握》を覚えたんだろ」
そう。
「使え」
ゼノはそれだけ言った。
実戦。
でも戦闘じゃない。
観察。
調査。
位置。
動き。
まさに今覚えた技能を使う場所。
「分かった」
俺は頷く。
その夜。
剣を磨きながら、明日のことを考えた。
オーク・リーダー。
逃げたオーガ。
森の奥。
戦うなと言われるのは分かっている。
それでも近くまで行く。
怖くないわけじゃない。
ホーンウルフのときも。
オーガを初めて見たときも。
怖かった。
今も同じだ。
でも、怖いから知らなくていいとは思わない。
知らなければ、逃げることもできない。
勝てないなら、まず見る。
見るだけで分からないなら、考える。
それでも分からなければ、また見る。
俺は剣を鞘へ戻した。
明日は戦わない。
たぶん。
でも。
戦わなくても、強くなれる。
今はそれが分かっていた。
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