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努力で生き抜くこの世界  作者: こっさむ
第三章 世界への一歩
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見るだけ

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

「連れていって」


俺がそう言うと、ゼノはパンを食べる手を止めた。


「断る」


翌朝。


昨日言われた通り、俺は訓練をしていない。


正確には、朝の走り込みをしようとして宿を出たところでゼノに見つかり、部屋へ戻された。


だから今は食堂にいる。


「戦わない」


「駄目だ」


「見るだけ」


「駄目だ」


「遠くから」


「駄目だ」


三回断られた。


ゼノは何事もなかったように食事を再開する。


「オーガを知らない」


「だから?」


「知らない相手から逃げるのは難しい」


ゼノの手が止まった。


少し考えてから、俺を見る。


「続けろ」


「大きさも、速さも、攻撃方法も知らない。会ってから考えたら遅いかもしれない」


昨日のゴブリンとの戦いでも、一体の位置を見失っただけで槍を受けた。


オーガがそれより強いなら、初めて会った瞬間に判断を間違える可能性がある。


「だから一度見たい」


ゼノはしばらく俺を見ていた。


「筋は通ってるな」


「じゃあ」


「今日は休め」


違った。


「明日だ」


顔を上げる。


「明日、状況に問題がなければ連れていく。ただし俺の指示には絶対に従え。戦うなと言ったら戦うな。逃げろと言ったら理由を聞く前に逃げろ」


「分かった」


「それと今日は休め」


「分かった」


「剣も振るな」


「……分かった」


「今、間があったな」


気のせいだ。



休むというのは難しい。


身体を動かさないだけなら簡単だった。


でも、その時間にできたはずのことを考えてしまう。


剣を千回は振れる。


走れる。


魔力操作もできる。


昨日失敗した対多数の動きも試したい。


ベッドに横になっていても、頭の中では身体が動いていた。


最初のゴブリンを倒す。木を使って二体目を分断する。三体目を予測して避ける。


問題は五体目。


槍を持った個体の位置を忘れた。


なぜ忘れた?


四体目を倒すことに意識を使いすぎたからだ。


なら、目の前の敵だけに集中しない。


でも、それでは目の前への反応が遅れる。


俺は天井を見ながら何度も昨日の林を思い返した。


木の位置。七体の武器。最初の配置。走る速度。


そこで、ふと思った。


位置そのものを覚える必要があるのか?


相手は動く。


最初に右にいたからといって、次も右にいるとは限らない。


必要なのは、位置ではなく――。


扉が開いた。


「やっぱり何かやってる」


リナだった。


栗色の髪を一つに結び、いつもの薄茶色の外套を着ている。その後ろからディルも顔を出した。


「寝てるだけ」


「顔が寝てねえぞ」


ディルが言う。


二人はギルドで俺が休養を命じられたと聞いたらしい。


「何考えてたの?」


「昨日の七体」


「休んでないじゃん」


「身体は休んでる」


リナが何か言いたそうな顔をしたが、諦めたらしい。


二人が部屋へ入ってくる。


俺は身体を起こした。


「ちょうどいい」


「嫌な予感するな」


「動いてほしい」


「休めって言われただろ」


「俺は動かない」


ディルとリナに部屋の中を歩いてもらう。


狭いので、武器は使わない。


俺はベッドに座ったまま二人を見る。


「適当に動いて」


「本当にこれだけ?」


「うん」


ディルが右へ歩き、リナが左へ動く。


目で追う。


簡単だ。


「もっと速く」


二人の速度が上がる。


まだ分かる。


「途中で方向を変えて」


ディルが急に反転し、リナがベッドの足元を横切った。


視線を二人へ交互に向ける。


追える。


でも。


「見ないでやってみる」


「は?」


俺は正面の壁を見る。


二人の足音がする。


右。


左。


床板の音。


ディルの方が重い。


リナは軽い。


一度目は分かった。


二度目。


ディルが右。


リナが――。


「そこ」


左を指す。


「外れ」


リナの声は右からした。


振り返る。


二人とも右側にいる。


「なんで?」


「途中で止まった」


ディルが答える。


なるほど。


音だけでは足りない。


「もう一回」


「休養って何だっけな」


ディルが呟いた。



翌朝、脇腹の傷はまだ残っていた。


血は出ない。走っても大丈夫そうだったが、強く身体を捻ると少し痛む。


ゼノは傷を確認してから言った。


「行くぞ」


俺たちは北東へ向かった。


今回はリナとディルはいない。


同行するのはゼノと俺、それから二人の冒険者だった。


一人は大柄な男で、背中に大剣を背負っている。名前はグレン。三十代くらいで、短く刈った焦げ茶色の髪と太い首を持ち、革鎧の上からでも分かるほど腕が太い。


もう一人はセラという女だった。二十代後半ほどで、淡い金髪を肩の辺りで切り揃え、青灰色の目をしている。深緑の外套をまとい、背中には弓と矢筒があった。


二人とも俺より遥かに経験がある。


「本当に連れてくのか?」


歩きながらグレンが聞いた。


「見るだけだ」


ゼノが答える。


「戦わせない」


「まあ、お前がいるなら俺が心配することでもねえか」


俺は三人の歩き方を見る。


速い。


俺に合わせているはずなのに、無駄がない。


特にゼノは山にいた頃と同じだった。石や根を避けるために歩幅を変えているように見えない。それでも一度も踏まない。


俺は真似する。


石。


根。


窪み。


十数分続けたところでゼノが言った。


「今日はそれを覚えに来たんじゃないぞ」


ばれた。



旧石橋を越え、さらに北へ進んだ。


以前ゴブリンを見つけた場所よりずっと奥だ。


途中から空気が変わった。


静かだった。


鳥が少ない。


ゼノが片手を上げる。


全員が止まる。


セラが膝をつき、地面を見る。


「新しい」


俺も見る。


足跡。


大きい。


人間のものではない。


俺の足なら二つ近く入りそうだった。


「オーク?」


「そうだ」


セラが答える。


ここでは彼女が知っている。だから俺も、その名前を使える。


足跡は複数ある。


北から南。


昨日まで聞いていた通りだ。


そこからさらに進んだところで、ゼノが再び止まった。


「ここから声を出すな」


頷く。


森の中を進む。


やがて前方が少し明るくなった。


崖。


その手前で伏せる。


ゼノが指で下を示した。


俺はゆっくり顔を出す。


最初に見えたのはオークだった。


大きい。


人間より一回り以上大きく、太い腕を持つ。緑がかった灰色の肌。粗末な革を身体に巻き、手には斧や棍棒を持っていた。


七体いる。


でも。


俺の目は、その奥で止まった。


さらに大きなものがいた。


二メートルどころじゃない。


オークより頭一つ以上高く、身体の厚みもまるで違う。赤褐色の肌。乱れた黒髪の下から太い眉が張り出し、その奥の小さな黄色い目が周囲を睨んでいる。腰には獣皮を巻き、右手には俺の身体ほどもありそうな太い棍棒を持っていた。


「あれが?」


ゼノを見る。


小さく頷いた。


オーガ。


俺はもう一度見る。


遅そうに見える。


身体が大きい。


武器も重い。


だったら、近づいて――。


オーガが動いた。


一歩。


次の瞬間には、近くにあった木の前にいた。


速い。


俺が想像したより、ずっと。


棍棒が振られる。


木に当たった。


鈍い音。


幹が折れた。


俺は黙ったまま、それを見る。


もし俺なら。


避ける。


いや。


どこへ?


横。


棍棒が長い。


後ろ。


踏み込みが速い。


懐。


あの腕で掴まれたら?


考える。


何度考えても、危ない。


ホーンウルフと戦ったときに似ている。


違う。


あのときは戦ってから分かった。


今回は戦う前に分かる。


今の俺では無理だ。


そのとき、オーガが顔を上げた。


こちらを見た気がした。


「下がるぞ」


ゼノが囁く。


理由を聞く前に身体を動かした。


来た道を戻る。


走らない。


音を立てない。


十分以上離れてから、ゼノが止まった。


「どうだった」


俺は少し考えた。


「戦いたくない」


グレンが吹き出した。


「賢いな、坊主」


「勝てないから」


「普通はあれ見たら、それで十分なんだよ」


でも。


俺はもう一度考える。


「ゼノなら?」


「勝てる」


やっぱり。


「一人で?」


「ああ」


「何体?」


「何の話だ」


「オーガ」


ゼノが嫌そうな顔をした。


「数えるな」


「十体なら?」


「レオン」


「五体」


「やめろ」


グレンが笑っている。


セラまで口元を押さえていた。


でも知りたい。


一体でも今の俺には勝てない。


それをゼノは一人で倒せる。


この差はどこにある?


筋力。


速度。


剣。


経験。


観察。


全部。


まだ遠い。


でも、遠さが分かった。


それだけでも来た意味はあった。



帰り道。


先頭を歩いていたセラが突然止まった。


「待って」


全員が止まる。


彼女は地面にしゃがみ、草を指で分けた。


血。


少量。


そこから数歩先にもある。


「オークか?」


グレンが聞く。


「たぶん。でも変ね」


「何が?」


「向き」


血痕は北へ続いている。


オークたちは北から南へ逃げていた。


なのに、これは逆。


ゼノが地面を見る。


しばらくして、森の奥へ視線を向けた。


「戻ってる」


「何が?」


俺が聞く。


「一部のオークが北へ戻ったらしい」


分からない。


オーガから逃げて南へ来た。


それなのに戻る。


ゼノは立ち上がった。


「急ぐぞ」


「調べないの?」


「今日はお前がいる」


それだけだった。


俺がいるから行けない。


悔しい。


でも、さっきオーガを見た。


だから言えなかった。


俺がついていけば、ゼノたちは俺を守らなければならない。


強くなるために来ているのに、弱いせいで邪魔になる。


「分かった」


帰る。


それが今の俺にできる判断だった。



町へ戻ったあと、俺は訓練場の端に座っていた。


今日は戦わない。


ゼノとの約束ではなく、傷がまだ治っていないからだ。


中央では冒険者たちが模擬戦をしている。


二人。


その向こうに三人。


さらに奥にも人がいる。


俺は一つの試合だけを見るのをやめた。


全体を見る。


右で剣がぶつかる。


左では槍。


奥を一人が走る。


全部を細かく見ると、何も分からなくなる。


だから情報を減らす。


誰がどこにいる。


どちらを向いている。


次にどこへ動きそうか。


それだけ。


しばらくして目を閉じる。


音を聞く。


木剣。


足音。


声。


もう一度目を開ける。


位置が変わっている。


予想と比べる。


外れ。


また見る。


予想。


確認。


外れ。


繰り返す。


百回目がいつだったかは数えていなかった。


日が傾き始めた頃。


不意に、妙な感覚があった。


右側の模擬戦を見ているのに、左側から走ってくる冒険者がいることが分かった。


見たわけではない。


足音だけでもない。


少し前までいた場所。


身体の向き。


走る先。


それらが頭の中で繋がっていた。


振り返る。


いた。


予想した場所を男が横切った。


《観察の習熟度が上昇しました》


続けて表示が現れる。


《複数対象の位置把握経験を確認》


《視覚外対象への位置予測を確認》


《地形・対象・移動経路を用いた継続的な状況判断を確認》


少し間があった。


《関連技能の習熟が不足しています》


《新規技能の獲得条件を満たしていません》


まだ足りない。


でも。


前より表示が増えた。


近づいている。


何に?


それは分からない。


「レオン」


振り返る。


ゼノがいた。


「帰るぞ」


「あと少し」


「傷」


脇腹を見る。


「見てるだけ」


「お前の場合、そのうち『見るのは身体を使ってないから睡眠中もできる』とか言い出しそうだな」


考える。


できるだろうか。


「考えるな」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かる」


立ち上がる。


歩きながら、今日見たオーガを思い出した。


強かった。


今の俺では勝てない。


七体のゴブリンに勝った次の日に、一体でも勝てそうにない相手を見た。


前なら悔しかった。


今も悔しい。


でも、それだけじゃない。


少し嬉しい。


まだ強くなれる理由がある。


「ゼノ」


「なんだ」


「オーガに勝つには、何年かかる?」


「知らん」


「一年?」


「知らん」


「二年?」


「俺に聞くな」


「じゃあ――」


ゼノが立ち止まった。


俺も止まる。


「レオン」


灰色の目が俺を見る。


「何年かかるかを考えるな」


「なんで?」


「一年で届かなかったら、やめるのか?」


「やめない」


「十年なら?」


「やる」


「なら同じだ」


ゼノは再び歩き始める。


俺はその背中を見る。


確かに。


何年でも同じだ。


今日できることをやる。


明日もやる。


その次も。


ただ、一つだけ問題がある。


脇腹に触れる。


まだ治っていない。


鍛えたいのに、鍛えられない時間がある。


努力しても越えられなかった才能の壁とは違う。


今度の壁は、もっと単純だった。


俺の身体は。


俺が望むほど、長く動いてくれない。


お読みいただきありがとうございました!

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感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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