知らない戦い方
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それでは、どうぞお楽しみください。
翌朝、ギルドへ行くと、約束通りディルとリナが依頼板の前で待っていた。
「今日は俺が決める」
会って最初の言葉がそれだった。
「まだ昨日のこと気にしてる?」
「気にしてねえ。昨日はレオンが決めたから、今日は俺ってだけだ」
ディルはそう言いながら、依頼板から一枚の紙を剥がした。
《街道沿いに出没するゴブリンの討伐。確認数三体。商人への被害一件。》
場所は町から南へ二時間ほど。昨日より数は少ない。
「これなら三人で余裕だろ」
俺はすぐには答えず、依頼書を確認した。
「確認されたのはいつ?」
「今朝」
「武器は?」
「一体が剣。二体が棍棒」
「他には?」
「ない。受付でも聞いた」
ちゃんと調べていた。少し意外だった。
「何だよ、その顔」
「成長した」
「殴るぞ」
隣でリナが笑っている。
受付でも改めて話を聞いた。今朝町へ来た商人が街道脇で襲われたらしい。護衛が追い払ったため死者はいないが、荷物の一部を奪われ、ゴブリンたちは街道西側の林へ逃げたという。
話を聞き終えると、ディルが先に言った。
「まず襲われた場所を見る。それから足跡を探して数を確認する。見つけてもすぐには突っ込まない」
昨日と全然違う。
「成長した」
「うるせえ」
◇
町を出て南へ向かう。ゼノは今日も同行していたが、昨日よりさらに後ろを歩いている。何度か振り返るたびに距離が開いていた。
「師匠、あんな遠くて大丈夫なの?」
「多分」
「多分って……」
ゼノなら何とかする。そう考えたところで、ホーンウルフのときのことを思い出した。
あのときも、どこかでゼノがいるから大丈夫だと思っていた。
それじゃ駄目だ。
ゼノがいても、いないものとして動く。多分、それも今回の修行の意味なんだと思う。
二時間ほどで襲撃現場へ着いた。街道の端には荷車の轍が残り、その周辺だけ地面が大きく荒れている。少量だが血も落ちていた。
三人で手分けして調べていると、リナが街道から西へ入る草むらに三つの足跡を見つけた。
「本当に三体?」
ディルが俺を見る。
「今のところ」
「昨日のせいで信用できねえ」
「数え間違えたの俺だけど」
「だからだよ」
その通りだった。
足跡を追って林へ入る。途中で一度散らばっていたが、少し先でまた集まっている。隠れるためというより、奪った荷物を持って歩きやすい場所を探していたように見えた。
やがて声が聞こえ、三人で足を止めた。木々の向こうにいたのは三体。剣が一体、棍棒が二体。その近くには、奪ったものらしい箱も置かれている。
「情報通りだな。俺とレオンが前、リナが後ろ。剣の奴は俺がやるから、レオンは棍棒二体」
「俺だけ多い」
「昨日俺が二体やっただろ」
「関係ない」
「じゃあ一体ずつ?」
小声で話していると、リナが呆れたように口を挟んだ。
「普通に一体ずつでいいでしょ」
それで決まった。
◇
先に動いたのは俺だった。木の陰から出ると、三体のゴブリンがこちらに気づいて立ち上がる。俺の相手は棍棒持ちだった。
距離を詰めると、ゴブリンが棍棒を頭上へ振り上げた。縦の攻撃。右へ一歩ずれて振り下ろしを避け、そのまま踏み込んで首を斬る。刃は深く入り、ゴブリンは一撃で倒れた。
《ゴブリンを討伐しました》
昨日より簡単だった。
すぐに二人を見る。リナはもう一体の棍棒持ちと距離を取りながら火球を放っていた。一発目も二発目も避けられたが、適当に撃っているわけではない。少しずつ相手の逃げる方向を限定し、三発目で木の近くへ追い込む。動ける方向が減ったところへ次の火球を当て、胸に直撃を受けたゴブリンが倒れた。
上手い。
一方、ディルは剣を持ったゴブリンを相手に苦戦していた。昨日は自分の戦いで余裕がなかったが、今日は落ち着いて見ることができる。
ゴブリンが右から剣を振り、ディルが左へ避けて短剣の距離まで入ろうとする。しかし相手も一歩下がるため届かない。再び剣が来れば避けて近づく。それでも届かない。
「……相性悪い」
短剣は近づかなければ当たらない。剣はその外から攻撃できる。ディル自身は速いが、あと一歩を入らせてもらえない。
何度目かの攻防で、ゴブリンが右から剣を振った。ディルは左へ避け、そのまま懐へ入ろうとする。だがゴブリンは剣を止めず、身体ごと回して二撃目につなげた。ディルは慌てて下がり、また距離を戻される。
見覚えがある。
俺もゼノに何度もやられている。近づいたと思った瞬間、次の攻撃で外へ戻される。
ディルがもう一度踏み込んだ。今度は剣を避けながら短剣を伸ばし、ゴブリンの腕を浅く切る。しかし反撃を避けて下がった瞬間、踵が木の根に触れた。
体勢が崩れる。
ゴブリンが剣を振り上げた。
俺が動こうとした瞬間、ディルが叫ぶ。
「来るな!」
転びかけたまま、ディルは無理に立て直さなかった。むしろ自分から後ろへ倒れ込み、振り下ろされた剣を頭上へ通す。そのまま地面を蹴って転がるように相手の足元へ入り、短剣を太腿へ深く突き刺した。
ゴブリンの膝が落ちる。ディルはすぐに起き上がり、その首へ短剣を入れた。
「……勝った」
息を切らしながらディルが言う。
「危なかった」
「勝っただろ」
「危なかった」
「そこは褒めろよ!」
リナが笑った。
◇
討伐証明を取り、奪われた箱も回収する。依頼そのものは昨日より簡単だったが、俺は帰り道でもディルの最後の動きが気になっていた。
「さっきの最後、わざと倒れた?」
「そうだけど」
「いつ考えた?」
「剣が来たとき」
「その場で?」
「そう」
俺なら多分、ああはしない。
動きそのものはできる。でも俺なら、まず木の根を確認してそこへ下がらないようにする。もし体勢を崩しても、安全に距離を取って立て直そうとする。
ディルは違った。
崩れた体勢を、立て直さずそのまま攻撃に使った。
「何だよ」
「俺ならやらないと思った」
「悪かったか?」
「違う。面白い」
ゼノならもっと綺麗に避ける。俺も、ゼノに教わったからこそ無駄なく避けようとする。でも、それだけが戦い方じゃない。
「もう一回やって」
「は?」
「さっきの」
「今?」
「うん」
「嫌だよ。死ぬかと思ったんだから!」
それはそうだった。
◇
町へ戻る途中で休憩を取ると、俺は近くに落ちていた木の枝を拾った。さっきゴブリンが使った二連撃を思い出し、剣のつもりで右から振る。その勢いのまま身体を回して左へ返す。
一度止めて戻すより速い。ただ、身体が流れる。
もう一度やる。右から振り、回って左。足の位置を変え、腰の回転を小さくする。肩だけでは遅いが、身体を大きく回せば今度は相手から視線が外れる。
何度か試していると、少し離れたところからゼノの声が飛んできた。
「腰が開いてる」
「こう?」
「自分で考えろ」
教えてくれない。
さらに十回、二十回と試す。
「休憩終わるぞ」
ディルが言った。
「あと十回」
「置いてくぞ」
「五回」
「何で減ったんだよ」
「交渉」
「誰とだよ」
少し離れたところで、ゼノが笑っていた。
◇
ギルドへ戻ると、依頼は問題なく達成になった。討伐したゴブリンは三体。奪われた荷物も回収したため、依頼主から追加の報酬も出た。
怪我はない。昨日よりずっと楽だった。
それでも、学んだことは多い。
宿へ戻ると、ゼノが木剣を二本持ってきて、そのうち一本を俺へ投げた。
「構えろ」
「今?」
「今だ」
疲れてはいたが、木剣を構える。
ゼノが右から木剣を振る。避けた直後に左から二撃目が来る。さらに三撃目。今度は木剣で受けたが、簡単に弾かれた。
「さっき見た動きをやれ」
やっぱり見ていた。
俺は右から振る。ゼノが避ける。そのまま身体を返し、左から二撃目を出す。
ゼノの木剣に止められた。
「遅い」
もう一度。
右、左。
止められる。
何度やっても同じだった。
「何が悪い?」
ゼノが聞く。
「回るときに相手が見えない」
「他」
「重心が流れる」
「他」
少し考える。
「二撃目を出すことだけ考えてる」
「そうだ」
ゼノは木剣を下ろした。
「技を見たら真似する。それ自体は悪くない。だが、形だけ真似しても意味はない。あのゴブリンは、お前より身体が大きい。腕も長い。重心も違う。同じ動きをそのまま使って、お前に合うとは限らん」
分かっているつもりだった。
拳でも同じことをやった。見て、真似して、失敗して、直す。
「なら、俺用に変える」
「やれ」
右から振る。
今度は一撃目を浅くする。身体を回しすぎず、視線をゼノから外さない。その分、二撃目の威力は落ちた。
止められる。
次は足を変える。右足を深く入れすぎない。
また止められる。
三十回。五十回。
少しずつ変える。
途中からディルとリナも見ていた。
「まだやるの?」
リナが聞く。
「うん」
「さっき依頼行ったよな?」
ディルが呆れた顔をする。
「行った」
「疲れてないの?」
「疲れてる」
「じゃあ休めよ」
俺はゼノを見る。
「あと五十回」
「終わりだ」
「三十」
「終わり」
「十」
「交渉するな」
ディルが吹き出した。
「いつもこれなのかよ」
「大体」
「師匠も大変だな」
ゼノが深く頷いた。
「やっと分かる奴が現れた」
ひどい。
◇
それからも、三人で依頼を受けた。
毎回、戦うわけではなかった。荷物を運び、薬草を採り、逃げた家畜を探した。街道を半日歩いたのに何も起きず、そのまま帰った日もある。
それでも、毎日違った。
町に来て十日ほど経つ頃には、俺はギルドにいる冒険者たちを意識して見るようになっていた。
槍を使う人。斧を振る人。盾で攻撃を受けてから反撃する人。二本の短剣で相手の懐へ潜り込む人。大剣をほとんど動かずに構える人。弓で遠くから戦う人。剣と魔法を同時に使う人。
同じ剣を使っていても、全員違う。
大きく振る人もいれば、小さく鋭く振る人もいる。足を絶えず動かす人もいれば、ほとんどその場から動かない人もいる。
俺は見る。
覚えて、試す。
上手くいかなければ理由を考える。
ゼノに止められる。
直す。
また試す。
山にいた頃より、見るものが一気に増えた。
◇
町へ来て十六日目。
ギルドの訓練場で、ディルと模擬戦をしていた。
「今日は勝つ」
ディルが短い木剣を構える。
「昨日も言ってた」
「昨日は昨日だ」
開始と同時にディルが距離を詰めた。短い武器を使う以上、近づかなければ始まらない。俺は下がりながら剣の長さを使って進路を塞ぎ、ディルが右へ回ればこちらも位置を変える。
何度か同じ攻防を繰り返した。
以前なら、そのまま距離を維持し続けただろう。
でも今日は試したいものがある。
ディルがもう一度踏み込んできた瞬間、俺は右から木剣を振った。ディルはそれを読んで外側へ避ける。
そこで剣を止めない。
一撃目を最初から浅くしていた分、身体は流れていない。左足を軸に腰を返し、視線をディルから外さないまま二撃目へつなげる。
ディルが短い木剣で受けた。
当たった。
その瞬間に前へ踏み込む。
ディルの木剣を外側へ弾き、そのまま剣先を首の前で止めた。
静かになる。
ディルが自分の首元にある木剣を見る。
「……負けた」
俺も木剣を見る。
できた。
ゴブリンが使っていた動きとは、もうかなり違う。
でも、始まりはあの動きだった。
《剣術の習熟度が上昇しました》
表示が出る。
さらに続いた。
《成長限界付近での技能習熟の蓄積を確認》
《固有能力【超越】の適用条件を確認》
剣術はまだLv4。
成長効率も極低のまま。
それでも習熟は積み重なっている。
壁にはまだ届いていない。
でも。
近づいている。
「もう一回」
ディルが言った。
「いいよ」
「次は今の使うなよ」
「なんで?」
「ずるい」
「技だから」
「俺が見せたんだぞ」
「ゴブリンが見せた」
「じゃあゴブリンに返せ!」
意味が分からない。
少し離れた場所で、リナが笑っている。
ゼノは何も言わなかった。
ただ、少しだけ口元が上がっていた。
山を出て十六日。
ようやく分かり始めた。
ゼノから学べることは多い。多分、何年かかっても全部は学べない。
でも、強くなるために見るべき相手は、ゼノだけじゃない。
強い人から学ぶ。
自分より弱い人からも学ぶ。
魔物からも学ぶ。
失敗からも学ぶ。
自分とは違う戦い方を見るたびに、自分の中に新しい選択肢が一つ増える。
そのまま使えないなら、自分に合うように変えればいい。
一度でできないなら、できるまで試せばいい。
才能がないなら。
一つずつ拾っていく。
俺には、それを繰り返すことだけはできる。
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