第一章第三節⑤ Lonely night
[Lonely night]
2014.5.21 10:10:10 星見里研究所内部
side:神空 鴉那
月夏はしばらく厳しいかも。
さっきの光景は、私でも結構キツかった。
特に壁に押し付けられたのだろう、赤黒い痕跡と、その臭いは。
月夏がダウンしちゃうのも仕方ない、そもそも一昨日の夜からの強行軍でここまで来たわけで。
万全とはいかない状況で、アレはもう精神の処刑みたいなモノだもの。
「月夏、こっち」
「すまねぇ……」
「気にしないで。
今のうちに治したほうが安全だし」
今度は私が肩を貸して、医務室へ向かう。
その途中だった。
やけに見覚えのある光景が頭にフラッシュバックする。
……私が、閉じ込められてた部屋だ。
月夏との数日で少し蓋がされていたそれが、溢れ出てくる。
「ッ!!」
同時にグワンとした目眩に襲われるが、気合いでグッと堪える。
こんなところで共倒れしたら元も子もない。
「アナ?」
「ん、大丈夫。あの部屋が医務室だよ」
負傷ではないためここが正しいのかはわからない。
それでも、使える物資がある確率は高いと踏んでるけど。
私が先に立ち、部屋へ入る。
電気はきていないのでかなり暗い。
足元だけを、非常灯が照らしてた。
ただ、さっきのオフィスみたいな破壊痕跡はない。
せいぜいが瓶やバインダーが落ちて散乱してる程度。
「思ったほど荒れてないな……」
「だね、怪しいくらいに」
まるで、誰かが居たか、何か目的があって壊されなかったレベルだ。
これは単に運が良かったのか、それとも罠なのか。
……いや、まずは使えるものを探そう。
憂慮はその後でも十分だから。
その時だった。
カタン……
隣の部屋から何が音が聞こえた。
「……なあ」
「静かに」
耳に意識を集める……何かいる気配はない。
ただのネズミ?それとも、化け物……?
"月夏、ちょっと確認してくる。気がついてないフリをして、ちょっとこの部屋に残ってて。
もし、騒音や私の声が聞こえたら来て。
何も無かったら部屋に入る時に、ノックを短く5回して戻ってくるから"
耳打ちで伝え、視線で確認する。
音を立てないようにしながら廊下へ出る。
今の所、気配などは近くに感じられない。
音を立てないように、一歩ずつ、あの部屋へ足を進める。
だけど、その瞬間。
あの時の記憶が、一歩進むたびに脳裏を焼いてくる。
ショクバミで生き物を切らされた日。
禍弾で袋を被せられた人形を撃たされた日。
麻酔……管……
研究所の職員たちに……
服……返して……
やめ……
「ハアッ……ハアッ……」
動悸が止まらない。
目眩、吐き気も加速度的に襲いかかり、思い出したくもないことばかりが蘇る。
助けて、月夏……
その声が声にならないよう、必死に呼吸を整える。
一歩、また一歩。
着いた。
たった数メートルのはずなのに、随分と遠かった気がする。
ここに、何か居るのだろうか。
生き残った研究者?
化け物?
ただのネズミ?
どうだっていい。あの日々がここにないのなら、あの日々より恐ろしくないのなら、私は超えられる。
ドアを盾に左側を確認。
クリア。
そのまま正面側へ。
クリア。
隅まで確認しながら、部屋へ入った。
位置や間取りには記憶にあるのと変わらない、あの部屋だった、はずだ。
数少ない心の憩いの場所だった机も、穢されたベットも、破壊され尽くしていた。
あの頃の姿とは見るも無惨な程に。
……何もいない。
あの研究者たちも、師匠も。
そして、あの頃の私も。
……戻ろう。
ここで得られるものは、残念だけど何もなかった。
無茶苦茶になった部屋を後にする。
……でも、戻る道で、あの忌まわしい過去は、もう現れることはなかった。
……今のところは。




