第一章第二部⑥ Space boy
[space boy]
2014.5.20 09:11:15 浮寺-星見里町境の森
side:白波 月夏
ひどく、懐かしさを覚える家だった。
さっきまでいた森でも、自分が大学に行くために借りてる家でもない。
そうだ、ここは俺が育った家———
「立て月夏!」
「っせぇよ!」
中から大きな音と共に怒鳴り声の応酬が聞こえる。
……懐かしいな。
養父殿の声、そして、引き取られて間もないあの頃の自分。
幼く、短慮で、そして孤独だと信じていた、あまりにも愚かな黒歴史。
そして、それに真っ向から向き合ってくれた、あの時の思い出。
「だってあいつらが!!お前の親、本当の親じゃないくせにって!!それから叩いてきて!だからやりかえしただけなのに!」
本当の親じゃない、と言われた時に養父は一瞬怯んだようにも見えた。この時の俺は気がつきやしなかったけども。
「それで相手を血まみれにしてもか?」
「仕方ないじゃん!やらなきゃやられちゃうんだもん」
パァン!!
そう言うや否や、養父は幼かった頃の俺の頬を引っ叩く。我ながら痛そうだ。
「ならこれは違うのか!?相手によって変えるくらいならそんなのはただの我儘だぞ!」
「うわぁぁぁぁぁん!」
ついに泣き崩れ、ただ殴り返そうと必死になっている。
「泣くなとは言わん、だが強さというのはお前がやったことでも、相手がやったことでもない。自分と周りを護る心と、それをやり抜く力のことだ。それが分かるまでは何度でも教えてやる!」
……図星だな。
どこかこのやりとりも、夢の中だと、ただの思い出ごとだと、他人事だと思ってた。
だが、そうだ。
あの時のことは今でも思い出せる。
子供なんて残酷なものだ。小学校からいきなり現れた他所者は格好のスケープゴートだったのだろう。だが、それを受け止められるほど、人間なんかできちゃいなかった。
その日、夕方に突然帰ってきた養父。
初めて怒鳴り声で腕を引っ張られた先で相手方に頭を下げて謝らされ、そしてこの問答だった。
それからしばらくは何度も投げられ、何度も泣かされ、そして、言っていたことのほんのわずかだが、分かるようになった。
……よく考えたらなかなかスパルタではあるな。自分の戦い方も、この時のシゴキ由来でもあるわけだし。
だが、少しずつ頭の巡りも戻ってきた感じがある。
起きたら、謝ろう。
さっきの自分の取り乱しようを思い返して恥ずかしくなってくる。
鴉那は助けてくれた。少なくともあの状況で俺は反応できなかっただろう。
それに、消耗も激しかったはずだ。
あの、泣きそうな顔を思い返す。
だというのに、自分は……
「っあ"ぁ!!」
心臓が、頭が、警鐘を鳴らす。
「アナ!!?」
その一声は、現実に引き戻すには十分だった。
鴉那が非常に苦しげな声をあげている。
「お、おい!大丈夫か!?」
「あ、ごめんね……腕を、治そうとして……」
腕の形は戻っていたが、やはりあの時にやられたところは治ってはいなかった。
未だに痛ましく腫れたその腕を見て、思わず漏れ出てしまう。
「おい、無茶はするなって」
「大丈夫……何回もやってきたもん……っ!内潤卦のっ……応用でっ……!」
再びその治療のためだろうか、苦悶の表情を浮かべる鴉那。
一度休め、その一言が喉につかえて出てこない。なにか、何か一度落ち着かせるには。
ただ、その苦しそうな表情に、居ても立っても居られなくなる。
「ひゃっ、月夏!?」
「ごめんな……!」
鴉那を、先ほどの戦闘でやられていない左腕で抱きしめ、肩を叩く。
気付けば目から涙も溢れてくる。
「ええっと、月夏?」
お互いに沈黙が走る。
それを崩したのは、鴉那だった。
「大丈夫?深呼吸しよ?」
鴉那にリズムを取られながら、浅い深呼吸をする。
「ずまない、俺が、弱くて……俺が、悪かったんだ……」
「泣かないで、うちも、悪かったんだし……」
「いや、俺が弱かっただけだ……あの時に、また誰かが傷つくのが怖くて……一番近いお前に当たった、最低なやつだったんだ……!」
内心に溜まっていたものが溢れ出てくる。
言葉にならない声しか出せない。
少しだけ、お互いに沈黙が続いたが、やがて鴉那が切り出した。
「ううん、違うよ」
「ちが……う……?」
「うん、あの時、一緒に来てくれたもん。うち一人で行かなきゃ、って思ってたのを、違うって言ってくれた。その人が、優しくないわけはないんだよ」
いつの間にか立場が入れ替わって、鴉那から抱きしめられた手が俺の背中を撫でていた。
「ね、月夏」
さすりながら、鴉那が紡ぎ始める。
「きっとね……うちらは足りないところを埋めあってるんだ。そこにいいも悪いもないと思う。でもね、それを一人で抱え込まないでくれると、嬉しいかな」
お前もだ、という言葉は涙の中に溶けて消えてしまっていた。
そんな首元に、一雫の涙が落ちてきた。
表情はわからない、でも、鴉那もまた、色々な感情がめまぐるしく巡っているのだろう。
でも、その温度と感情は、きっと確かなものだった。




