第一章第一節④ EMERGENCY CALL
[EMERGENCY CALL]
2014.5.19 20:21:20 白波月夏宅
side:白波 月夏
「ふぅー……」
鴉那がいるので久々に湯船に湯を張ってみた。
家では毎日のように湯船を張っていたが、一人暮らしになるとそのキツさを切実に体感する。
洗い物をするので先に入って欲しいといわれて言葉に甘え、湯船の中で昨日の夜からの出来事を思い返す。
「まだあれから1日経ってないのか」
あまりにもハイテンポでさまざまなことが起きたが、その中でひとつ引っかかることがある。
「アナのような、あの力が……」
神社で会った稲荷神、翡翠の言うことが正しいとしたら、俺もアレができるというのだろうか。
だが、得たところでどうするというのだろう。別に力が欲しいわけではない。
ただ……鴉那の言っていた"追手"も気がかりではある。
「はぁ……頭が痛いぜ」
兎にも角にも、講義のある明日に備えて湯船でしっかりと回復だけはしておこう。
鴉那は……この先どうするのだろうか。
鴉那が風呂から上がって髪を乾かし終えたところで切り出してみる。
「なあアナ」
「何?」
「あの翡翠って神様が言ってた話、本当なんだろうか」
あの神様とやらは終始曖昧な物言いを繰り返していた。だが、二つだけ確信めいた言い方をしていたことがある。
一つは選択の結果と責任。
もう一つは異形の力を操れるだろうということ。
無論、本当にあんな風になれるとも思っちゃない。だが、現にやってのけた存在が目の前にいるわけで。
「えっと……なんだっけ……ああ!月夏もできるかなって言ってたこと?| "仮想は時に現実を喰らう"《ショクバミ》は……どうなんだろ、できるのかな?でも基礎になる内潤卦がマスターできてからうちも教わったし、それからやってみようよ!」
意外と乗り気なのに少し驚いた。
「いいのか?勝手に教えて」
「うーん、むしろダメなのかな?師匠もダメなんて一言も言ってなかったし」
アバウトだな随分と……だが漫画みたいな一子相伝のようなものではないのか。
「ちなみにショクバミ?ナイジュンケ?ってのは?」
「あーとね、ショクバミはこう、羽を生やしたり、爪をすごくしたり……うん!そんな感じ!」
「すごい、なんかすごいことしかわからない」
ただ、最初に見た時はそれを使っていたということだったのか。
「んで、内潤卦はこう、体の中にある力を配分する感じのイメージなのかな」
「今度は割とイメージできるせいでさっきとの温度差がすごい」
ただ、感覚派っぽい鴉那にしては理屈が分かってそうでもある。多分だけれど。
「内潤卦はいっぱいやらされたからね……いろんなことの基礎になるから欠かさずやりなさいって」
意外と厳しい師匠なのかもしれない。本人は切迫しない限りユルユルそうなのだが。
「武道で言う型の練習と同じか……アナ、教えてくれないか?そのナイジュンケってやつを」
「内潤卦ね、いいよ、やろう。準備してくるね」
怖いもの見たさ半分、未知への興味半分。
……あと、鴉那の見ている世界をみたい気持ちが少しだけないとは言わない。
だが、その先に待つのは鬼か蛇か。ここまで来たら進むしかない、昨日の夜にあの路地へ戻った時からそう決めたのだから。
「で、なんで屋根の上に登る必要が?」
もう暗い時間帯とはいえ、流石に屋根の上に立ってる人間は不審者以外の何者でもない。
「簡単に言うと龍脈……なんかすごいパワースポット的な?それがこの街の場合あの山の頂上が一番近いから、家ならここが感度が良さそうかなって」
「あの山……うちの大学の方だな……にしても、その代償に不審者にはなりたくなかったかもな」
隣家は今は留守なのか、電気はついていない。
だが帰ってきたタイミングであのおばさん夫婦に見られたら引越しも考えるレベルではある。
だがそれ以上に
「仕方ねぇ、やろう。ここまで来て引けるか」
半ばヤケと言えるかもしれないが、多分こんな機会は2度とは巡ってこない気がする。
「オッケー。じゃあまず、息を吸いながら端部まで意識を飛ばして……そうしたら多分、熱くなってるところと冷たくなってるところがあると思うけど、わかるかな?」
なんとなくだが、先端は意外と熱く、腕の方がむしろ冷たい感じだな。
「指先の方が少し熱いかもな」
「うん、いい感じかも。じゃあそれを一度均す感じで、スッとフラットにして……」
深呼吸をしながらイメージを練り上げていく。
「なんか映画で見たことあるような感じだな、気功とかみたいなもんか?よく武道で出てくる」
「んー、あれは爆発、こっちは変質かな」
先ほどまでと打って変わって小難しい言い回しをしてきた。
「つまり……溜めてこう、ドーンって感じなのが気功で、内潤卦は体をもっと強くなれるようにリミット外してバーン!って感じ」
「絶妙にわかりにくい例えありがとう」
せっかく説明したのに!と、ふくれっ面をしてる鴉那を尻目に整理する。
「ってことは、気功は自分の持てる100%を出すのに対して、内潤卦は出力が100%になるようにする方法、って感じか?」
「え?う、うん、多分そう!」
絶妙にあやふやなので確証は持てないが、一つ懸念点がある。
「なあ、火事場の馬鹿力って言葉があるだろ?あれって普段は脳がリミットをかけてるのが外れるってことらしいんだが、それを意図的にやるってことか?それ体の負担どうなんだ?」
「次の日は大抵痛いね!でも使えなきゃ死んじゃうこともあるから」
死にかけた経験がこの言い分だと複数回……どうやらこの師匠とやらには内潤卦をした上で殴る必要があるかもしれない。使えたらの話だが。
「悪かった、変なことを聞いて。ただそれ故にちょっと気になるな、やってみよう」
「変なこと?うん、でもがんばろ!」
再び先ほどの構えをする。
「均すのはいいが、そうしたらどうするんだ」
「そこからは感情の振れ幅が大事だって師匠は言ってたかな。うちの場合だと、楽しい時と大変な時、二つを思い浮かべてひとつを右手に、もう一つを左手に乗せるイメージで」
「感情を……」
何があったかと思ったが、ここ最近でも使えそうなものはあった。
右手に怒りを、左手に平穏を。
「そうしたらそれを思いっきり引き寄せる感じでお腹に!」
「はあっ!」
思わず声が出る。丹田にグッと熱いものが込み上げるが、急に力が入ったことで他の筋肉が攣りそうになるほど悲鳴を上げた。
「ガハッ!」
「だ、大丈夫!?」
「あぁ、死んじゃないさ」
背中をさすってくれる鴉那だったが、その途中で何かハッと気がついた様子だ。
「あれ?この硬さ……もしかしてできてる?」
「はあっ、これが、そうなのか……」
だとしたら随分とじゃじゃ馬なもんだなこれは。
「さっきと全然違う感じ!すごいね、月夏。私なんて最初何日もやらされたのに」
「先生が優秀だったんだろ、考えさせるプロとして」
「どういう意味??」
「ノーコメント」
じとーと見てくる鴉那から目をそむける。
とはいえ確かにこいつは使い慣らさないとあまりにも扱いが難しすぎる。
「……だが、なんというか体は軽い気がするな」
「うん、やっぱり成功してるね!」
「でも成功したってことは……」
「明日起きるのは大変かもね!」
はぁぁぁぁぁぁぁ。
思わずクソデカため息が出るが、そのくらいは許してほしい。
「ね、月夏。明日も頑張ろ!」
「そうだな、今日はもうくたく……」
「……伝令っ!」
鴉那が肩を貸してくれたその時、目の前に小さなイタチのような生き物が言葉を発しながら近づいてきた。
だが、その背中には何者かに切り付けられたのか、大きな傷跡から血が流れ出ている。
「うおっ、なんだ」
「伝……ッ令!早く逃げ……」
ドガァァッ!
驚く間もないまま突如玄関の方で轟音とともに砂煙がたち、家全体が激しく揺れる。
「うおおおおお!」
「ッ!!」
危うくバランスを崩しそうになる中、鴉那は初めて会った時のように冷たい顔をしていた。
「早く逃げ……んだ!早……逃げる……だ!翡翠より!」
「……ちと遅かったみてぇだな」
その動物はそう言い残すとさっと霧散するように消えてしまった。
あれほどの轟音がしたのに、周囲の家の電気は恐ろしいほどにどこも点いていない。
嫌な雰囲気があたりを包み込む。
おそらくは、もう、逃げられない。
冷たい顔の鴉那は普段とは打って変わって淡々と告げた。
「月夏は隠れてて。
あいつは……
ーーー私を追ってきた奴」




