ざまぁ回避したいヒロインですが、転生王太子と悪役令嬢が放っておいてくれません
「いいか! 俺は貴様に攻略されるつもりはない! 貴様は俺が、卒業パーティーで逆ざまぁして追放してやるからな!」
――これは、この物語の悪役令嬢の境遇が可哀想すぎて婚約した幼少期の頃から溺愛しまくった、中身転生者の王太子アーウィン・ローゼンベルク殿下のセリフ。
「いいこと? 貴方、わたくしの婚約者に近付きすぎですわよ。平民なら平民らしく、大人しく壁と同化なさったらいかが? わたくしは殿下と婚約破棄するつもりはありませんし、貴方にお譲りするつもりもありませんわ!」
――これは、その王太子から幼少の頃に大切に溺愛されて、今では「もうすでに結婚してんじゃね?」と周りからツッコミ頂くほどに毎日ラブラブ見せつけてくる、悪役令嬢ビアンカ・イスタシオ公爵令嬢のセリフ。
(もう、私は大人しく過ごしたいんだから、放っておいてよ――!!!)
毎日のように突っかかってくる2人にうんざりした私は、心の中で悲鳴を上げながら頭を抱えた。
*****
「まぁーたあの2人に絡まれていたのか?」
机に肩肘つきながら隣から話しかけてきたのは、私と同じ平民枠でこの学園に入学したヒューイ・クルーガン。今、王都で一番勢いのある商家の嫡男。
小さい頃からの幼馴染でもある。
「そうなのよ。もう、本当にうんざりしちゃうわ!」
そう愚痴をこぼす私は、サラ。平民なので、家名はなし。
ここは生前読んだ、ある小説の中の世界。「婚約者の王太子と、転生者のヒロインから卒業パーティで断罪される」という物語に転生してしまった悪役令嬢が、逆ハーエンドを目指して攻略対象にモーションかけまくる性悪ヒロインに対して、逆ざまぁをするお話。
ざまぁ小説が好きだった私は、同じような系統の本を読み漁っていた。だって、ざまぁ読むと、どこかスッキリするじゃない?
だから色々な本を読んでいたので、タイトルこそ忘れてしまったのだけど……なぜか私が転生してしまったこの世界も、ヒロインに対してざまぁしてくる悪役令嬢が主人公の話、というのだけは分かった。
ざまぁ話なんて、読者側か全く関係ないモブとして眺めるのが楽しい訳で、ざまぁされる側になるなんて、とんでもない話だ。でも、生前の記憶が戻ったのは、ちょうど入学式の前日だったので、もはや今から何をすればいいというのか。
仕方なく、普通に入学式へ。ざまぁされたくないから、絶対に逆ハーエンドも王太子にも関わらないと決めて、「私は壁、私は柱、私は椅子」と自分に言い聞かせながら大講堂に向かった時、なぜかアーウィン殿下がビアンカ様を連れて私の目の前に現れた。
あれ? こんな出会いをしたお話だったっけ?
しかも、なんかビアンカ様、アーウィン殿下の肩に顔を寄せて寄り添ってるし。ちょっと距離近すぎない?
「貴様が、ヒロインの『サラ』だな」
え? ちょっと待って?
なんで王太子が「ヒロイン」なんて言ってるの??
「えーっと……あの。私がそのご希望の方かどうか分かりませんが、確かに私の名前は『サラ』と申します」
私は睨まれながら、たじたじに答える。
「やはり、貴様がヒロインなんだな!」
「あのー、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだ」
「もしかして、貴方様も『転生者』だったりします?」
私に指摘されると、アーウィン殿下は驚愕に顔を歪ませながら後退りする。ビアンカ様ももちろん、ひっついたまま。
仲良いね、君達。
「ま、まさか――貴様も『転生者』なのか!」
「はい。一応、日本という国で女子高生していた覚えがあります」
「なるほど、つまりは転生者のお前は、やはりこの学園で逆ハーエンドを狙っているんだな」
「いえ、そんなことは一言も言っていませんが」
「嘘を言うな! あの小説のヒロインと言ったら、逆ハー狙いの性悪女だろう!」
「あの小説の感想ならば同意しますが、今の私は逆ハーエンドもざまぁされるのもごめん被りたいので、大人しく3年間過ごそうと計画中です」
突然の舌戦らしきものを白昼堂々と繰り広げることになり、周囲は生徒たちが集まり始めていた。あ、ちょっと転生とかデリケートな話だったかも?
ま、いっか。殿下も隠そうとしてなかったしね。
「アーウィン殿下、少しお待ちになって」
コバンザメの赤ちゃんよろしくアーウィン殿下にくっついていたビアンカ様が、一歩前に近づいて来た。金髪紫眼の殿下と銀髪青目のビアンカ様が並ぶと、それは圧倒される美しさで、もう私の目がチカチカ痛い。
ちなみに、私の容姿はピンクローズに水色の目。ヒロインはピンクローズの髪が定番なんて、恥ずかしいから本当にやめて欲しいんだけど。
「わたくしは、イスタシオ公爵家が娘、ビアンカですわ」
おお、丁寧な自己紹介。突然因縁つけて来た転生者とは、やはり格が違う。
私も慌てて自己紹介をした。
「あ、私はサラと申します。平民ゆえ、家名はありません」
「アーウィン殿下から聞きましたわ。貴方、学院で複数の殿方に甘い誘惑の言葉をかけながら、異性交友を楽しまれるそうですわね。そして、その殿方には、わたくしの婚約者であるアーウィン殿下も含まれている、と」
「そこは盛大な誤解と意図的な先入観があると思いますが、とりあえず今の私には複数の男性に甘い誘惑をするつもりはありません。魅了の力とかもないですし」
「魅了?」
「あ、ものの例えの話です」
そう、この世界は魔法はないので、もちろんヒロインにも『魅了』と言った力もなし。原作では何人もの攻略対象を虜にしていたはずなのだけど、どうやったんだろう。もしかして、色仕掛け?
そっと自分の体を見下ろしてみる。うん、まな板に色仕掛けは無理だな。ちょっとだけ、ボインに憧れてたんだけど、今世でもボン・キュッ・ボンの願望は打ち砕かれたみたい。残念。
「とにかく。いいこと? どんな思惑があろうとも、貴方に殿下は渡しませんわ。わたくしと殿下との婚姻は確かに政略的な意図はありますが、わたくしは殿下を愛しておりますのよ!」
「ああ! ビアンカ!!」
突然の愛の告白に、アーウィン殿下は感極まったように涙を流しながらビアンカ様をがしっと抱きしめた。そして、彼女の顎に手をあげてくいっと上向きにする。
「やはり俺には、君しかいない。俺の運命の女神よ――」
「アーウィン殿下……」
まさか白昼堂々、接吻でもかます気かしら? さすがにこれは、人目が気にしてほしい。両手で目を隠しつつ、指の隙間から覗き込んで辺りを見回すと、私達を取り囲んでいたはずギャラリーが一人もいなくなっていた。
あ、もしかして、入学式始まる?
初日から遅刻なんてしたくないわ!
あと数センチでキスできそうな距離で見つめ合う二人を他所に、入学式が行われる大講堂へ全速力で走って行った。
もちろん――あの二人は、あの後盛大に遅刻していたのだった。
*****
あの後、色んな人から情報収集をした結果、アーウィン殿下は6歳でビアンカ様との婚約をした後に、庭園での散歩中に池に落ちてしまったらしい。その時に高熱を出して数日生死を彷徨った後、急に足繁くビアンカ様の家に通うようになったのだとか。
生死を彷徨った後に変化。転生覚醒のテンプレね。
ビアンカ様の家は、公爵夫妻や兄姉が、出来損ないという理由で幼少の頃からビアンカ様をいじめ尽くすという設定だった。これも、優秀な家系あるあるな話だけど、涙ぐみながらも必死に家族との関係を深めようと努力する姿は、多くの読者の同情を呼んだ。
私もその一人で、生前は「ビアンカ、横暴な家族に負けるな!」と応援していたのだけど、どうやらアーウィン殿下も同じだったみたい。ビアンカ様の家族を叱りつけ、そしてビアンカ様に多くの愛情を注いだのだとか。お陰で、今では公爵家の家族関係は良好になり、厳しかった父親は末娘のビアンカ様をたいそう可愛がっているらしい。
ここまでの情報を集めて分かったのは、この世界には『強制力』はないか、もしくはあってもそこまで強力ではなさそう、ということ。
入学式の出会いは、確かにあった。でも、本当ならアーウィン殿下は他の攻略対象者を取り巻きに歩いている時、派手に転んだヒロインを助けるという出会いだった。しかし――実際は、アレである。因縁つけてくるアーウィン殿下、突然愛の告白するビアンカ様。そして、入学式に盛大に遅刻した二人。
強制力がないなら、私も逆ハーエンドのざまぁ回避の為に、色々できる。
ある熱血騎士には、訓練後にタオルを差し出したりなんて、もちろんしない。
宰相の息子がよく通う図書室には、もちろん足しげく通うなんてせず、いつも廊下を素通り。
美術教師に扮した王弟殿下には、放課後に課題の相談にも、もちろん行かない。
そうやって、あらゆる攻略者との接点を回避しようと努力していたのだけれど――
「今日も貴様の顔を見ないといけないなど、うんざりする」
「まぁ、殿下。あんな瑣末な顔などご覧にならず、わたくしを見て下さいませ。今日は殿下がわたくしにプレゼントして下さった髪飾りをつけてきましたのよ」
「おお! それは、十歳の誕生日の時にあげたものだな! 君の美しいコバルトブルーの目と私の髪、目の色を入れるようにと、特注で作らせたものだ」
「まぁ、そうでしたのね! わたくし、十歳の頃から殿下の色を纏っていたなんて、殿下の愛情にとても感動致しましたわ」
「………………」
他の攻略対象者は頑張ってスルーしているはずなのに、この肝心の二人は私と同じクラスだったのが、ある意味運の尽きだったかもしれない。
今はすでに学園に入ってから二ヶ月経ったけど、この二人はいつもこんな感じで私に絡みながらイチャラブを振り撒いている。クラスの他のメンバーも、もはや日常シーンとして平然としているし、何ならたまに他のクラスから覗き見にくる人もいる。
「ほら、そろそろ鐘が鳴って次の授業が始まりますよ。私も教科書とかの準備をしますから、お二人も席に戻られたらいかがですか?」
「おお、もうそんな時間か。君としばしの間離れるのは心苦しいが、しかしその離れた時間が君への熱き情熱をたぎらせる。次の逢瀬を心待ちに、授業時間を過ごそう」
この語り口調……きっと殿下の生前は女子と無縁のポエム喪男だな。
「ああ、殿下……わたくしも貴方様と離れるのは淋しゅうございますが、貴方様への愛の言葉を心の中で語りかけながら、この離れ離れの時間を過ごしたく存じますわ」
ビアンカ様、ちょっと愛がだだ漏れですよ。
「はいはい。先生が来たから散った散った。殿下は変な目線でビアンカ様をずっと見ないで、ちゃんと前向いて黒板を見て下さいね。ビアンカ様はブツブツ小さい声で囁かないで下さい。前の席の方が怖いと言ってましたよ」
「チッ、うるさい奴め。貴様のことはいつかこの俺が断罪してやる」
「全く、下賤な身にはこの美しい愛の世界は分からないのですわね」
よく分からないいつもの捨て台詞を吐いて、二人が席に戻って行った。教壇に立つ教師が、「悪いな」とでも言うように、私に向けて片手を立てていた。
この二人の席は教室の端と端である。最初は隣同士にしてみたら、あまりにもお互いしか見つめなかった為、教師により一番遠くへと遠ざけられてしまったのだ。ちなみに、私への態度と婚約者への対応以外は、とても真面目な二人の為、教師陣も扱いに少し困っている様子だけど。
授業が始まり、ようやく落ち着けたと一息つくと、隣席の男子生徒の肩が震えていた。
「ちょっとヒューイ。いつまで笑ってるのよ」
「だっ、お前……まるで、あの二人のお守りみたいなんだもん。教師にまで丸投げされちまって、本当に大変だな」
「そう言うなら、少しくらいは手伝ってよ! よく分からない因縁ばかりつけられて、私だって困ってるんだから」
「俺には無理だね。きっと馬鹿丁寧に拒否られるか、もしくは平民の声なんて聞き耳持たないから、どちらかだろうよ」
「私だって平民よ」
「だから、お前は特別なんだろうさ。あの人らにとってはな」
「そんな特別、嬉しくともなんとも――」
「こら、そこの二人。授業中だぞ」
思わず声が大きくなってしまったところで、教師に注意されてしまった。
「あ。す、すみませーん」
慌ててペコペコ謝りながら、私は教科書をめくった。
*****
それから、好感度アップの為のイベントをことごとく躱しながら、ひたすら目立たないように過ごして半年。
どうしてこうなった??
「――それでね。成績はまぁ、そんなに申し分ないとは思っているんだ。課題もちゃんと提出しているしね」
やばいやばいやばいやばい。
「……だけど、ね」
だらだら冷や汗を流しながら、目を閉じて思いっきり顔を横にそらす私。
「毎回の私の授業に、そういう態度を取られると、何かあるのかとどうしても気になってしまって、こうして君に来てもらった訳なんだけどね」
ニコニコしながらも、目だけは笑わずに私を見つめるのは、美術教師に扮した王弟殿下その人だ。
「どうして君は、私と目を一度も合わせようとしないのか、理由を聞いてもいいかな?」
はい、ごもっともな質問ありがとうございます!
攻略対象者との接点を少しでも避ける為にと私が取った対応というのが、「攻略対象者から距離を取る」「決して話しかけない」「目を絶対に合わせない」というものだった。
騎士の卵はクラスが違うから接点はないし、宰相の息子も実は同じクラスだったけど極力避けることはできた。でも、さすがに週一回の美術の授業だけはボイコットすることはできず、教壇に立ったりデッサン最中に教室を歩き回る王弟殿下から思いっきり顔を逸らしていたら、呼び出しを受けてしまったわけ。
うん、これは流石に、自業自得だったわ。
「えーと、その……」
何とか王弟殿下のご納得頂く理由を考える。
「……先生のご尊顔があまりに眩しくて、顔を拝見することができなくて」
「うん、嘘だね」
あっさり否定された。金髪碧眼の三十代のダンディおじ様だから、一応嘘ではないけど。
「昔、イケメン男性に騙されて酷い目にあったことがあったので、イケメンを見ると拒否反応が出てきてしまうんです」
「その割には、君は同じクラスのアーウィンと普通に顔合わせしながら話しているよね。彼もイケメンの部類に入ると思うけど、彼は大丈夫で私は駄目な理由は何かな?」
はい、また嘘がバレました! さりげにアーウィン殿下を敬称付けずに言うところ、自分が彼より身分が上というのは隠すつもりがないらしい。
穏やかな表情をしながら、全てのことまで見通しそうな目で見つめられてしまい、私は観念して「ある夢を見た」という設定で話をすることにした。その夢をアーウィン殿下も見たということ。そして、夢の中の私がある特定の男性達を誘惑し、その中に自分も含まれているからと、アーウィン殿下がずっと私に因縁つけて絡んでくるという話まで。
普通なら夢の世界と一笑されるような内容なのに、今回は王弟殿下は一度も否定することなく、最後まで聞いて下さった。
「成程ね。それで私を避けていた、という訳か」
「し、信じて下さるんですか!?」
「まぁ、あれだけ露骨に避けられていたから、何か理由があるんだな、とは思っていたよ」
ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜く王弟殿下。椅子に足を組みながら座るその姿も美しいのだけれど、やっぱり私にはどうしても心惹かれることはなかったし、彼を落とそうという気にもならなかった。
だって私は――
「ところで」
と、王弟殿下が話の流れを変えてきた。
「君はこのまま三年間――残り二年間半か。ずっとアーウィンに因縁つけられて絡まれ続けるつもりかい?」
「あ――………そう、ですね」
何度も攻略するつもりはないし、アーウィン殿下とビアンカ様の仲を邪魔するつもりはないと言っているのに、殿下は全然納得してくれない。毎日のように、他の攻略者に手を出してないか、自分にはビアンカ様がいると、私に忠告してくる。
半年間。流石に、少し疲れてきてしまった。
私も少しでいいから、花の学園生活を楽しみたい。
すっかり気落ちして下を向く私に、王弟殿下が面白そうな目を光らせながら口を開いた。
「上手くいくかは、賭けになるが――ちょっと試してみてもいい手があるが、どうする?」
*****
翌朝。
早めに登校した私は、教室でドキドキしながら“その時”を待っていた。だんだんと人が増えていく教室。そして、今日も今日とて、私を見た途端に顔を歪めるアーウィン殿下とビアンカ様。
「朝から男を誑かそうと目論む女を見つけてしまうと、俺の崇高な精神が削られてしまうな」
「殿下、見てはなりませんわ。貴方の高貴な品位を損ねる物体は、この部屋にはいなかった――そう致しましょう」
朝から痛烈な悪口を展開してくる二人に、私のこめかみがピクピクする。うんざりしているのは、私の方だっての。でも、それも今日まで。
完璧に二人を無視していると、逆に癪に触ったのか、さらに暴言が加速した。私は、ただただ沈黙を守る。
周りで心配するように私を見守るクラスメイト。大丈夫、もう少しだから――
その時、扉を開けてヒューイが中に入ってきた。私はすぅーっと大きく息を吸い込む。
「皆さ―――ん!! 聞いて下さ―――い!!」
ぎゅっと両手に力を込めながら、私は大きく声を張り上げた。近くでピーチクパーチク騒いでいた両名も含めて、びっくりした顔で私に注目が集まる。
―――例えば、こうしてみたらどうかな?
王弟殿下の言葉が頭の中に蘇る。
―――あの二人が、君がアーウィンや複数の男性に好意を持っていると勘違いしているのなら。
「アーウィン殿下とビアンカ様が、私が複数の男性にモーションかけると思っておられますが、完全なる誤解です――!!」
ヒューイが、「一体何が始まったんだ?」という顔をしながら、私の横の席に荷物を置く。
―――君が誰を好きなのか。
「私が好きなのは――」
―――あの二人が否定できないような環境下で、大々的に告白してしまえばいい。
「私が好きなのは――小さい頃からの幼馴染の、ヒューイですから――!!」
もう顔が茹蛸になる勢いで、天井に向かって声を張り上げた。
「ヒューイ!!」
キッとヒューイに向き合うと、彼はビクッと肩を揺らす。もう、こうなったらヤケだ!
「お、おう!」
「小さい頃から大好きでした! 私と付き合って下さ―――い!!!!」
ガバッと頭を下げて、片手を伸ばした。もう、羞恥心で死にそうだ。変な汗が全身を濡らす。
「…………………」
突然、シーンとなる教室。
誰もが、彼が一体何を口にするかを注目していた。誰かの、ごくりと唾を飲み込む音まで聞こえてくる。
「………いいぜ」
「―――えっ!?」
がばっと頭を上げると、ヒューイは恥ずかしうに頰をかきながら横をみていた。
「まぁ、俺もずっと、お前のこと好きだったしな……婚約者とかも特にいないし、お前がいいなら、婚約でもするか?」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉお!!!!」
途端、教室内は大きくどよめいた。沸き立つクラスメイト達。ある人は感動に涙ぐみ、ある人は何故かガッツポーズをしているけれど、突然のこの大告白シーンを皆が祝福していることは分かった。
私はもう、恥ずかしくて頓死しそうな中、私が差し出した手をヒューイが握手して握り返してくれた。恥ずかしさやら感動やらで、私も頭が混乱してきた。
「「―――素晴らしい!!!」」
その様子を、ぷるぷる震えながら見ていた殿下とビアンカ様は、突然滝のような涙を流し始めた。
「まさか――まさか君が、そんなにまで情熱的な女性とは知らなかった!! 今までの俺の非礼をどうか許してくれ! 彼は攻略対象ではないモブ男ではあれど、昨今有名な商家の嫡男! 平民の君が嫁ぐには最適ともいえよう! 王子である俺が、君達カップルを祝福しようではないか!」
「え? え??」
急な変貌に、ついていけない私。
「わたくしも、とんだ誤解をしてしまって、本当に申し訳なかったわね。お詫び申し上げますわ。婚礼衣装などはこれから準備でございますでしょう? どうか、ここは我が公爵家に準備させて下さいませ。貴方を王都一、いえ、この国で一番――はわたくしと殿下の時ですから、貴方が二番目に美しい花嫁になるよう、尽力いたしますわ」
はらはら涙を流しながら、私の片手をぎゅっと握りしめるビアンカ様。
「いや――……せめて、花嫁衣装くらいは、俺に準備をさせて欲しい気もするんだけどな」
恥ずかしそうにぽりぽり頰をかきながら、ヒューイも続く。
焦って周りを見回すと、クラスメイト達は皆、盛大に拍手をしていた。教壇には、少し苦そうな顔をしている教師が「そろそろ、終わらせろよ」と目で訴えてくる。授業が始まってるのに鳴り止まない拍手に、他のクラスの生徒達まで数人抜けて窓から覗き込んでるのが見えた。
王弟殿下に言われて告白してみたけれど……
「まさかこんなことになるなんて、思ってなかったわよ―――!!」
私は今日一番の大声で叫んだのだった。
*****
その後、何とか教師がその場を収めてくれたので授業に入ったが、私が教室のど真ん中で大告白大会をしたことは、その日中に全学年にまで広まってしまった。
翌日から、ヒューイと歩くたびに口笛や「いよ、お似合いカップル!」と冷やかされるようになったけど、ヒューイは「おう! ありがとよ!」と軽く交わしてくれたので、冷やかしは全部彼に任せることにした。
アーウィン殿下とビアンカ様は、あれから全く因縁つけなくなるどころか、「我々と素晴らしい愛の世界を語ろうではないか!」と、違う意味で絡むようになった。そして、本当に婚約を結ぶことになった私をヒューイとビアンカ様が街に連れ出して、ウエディングドレスのデザインについて議論を交わしたりもした。
店とデザインはビアンカ様の伝手で、お金はヒューイの実家が出してくれることに。高位貴族御用達のお店だからかなりの金額にはなるはずだけど、「ま、その分、俺も頑張って稼ぐようにするからさ」とヒューイはどこ吹く風だ。
卒業と同時に、殿下とビアンカ様は結婚。私達ともぜひ一緒にと誘われたけど、さすがに王族と平民の結婚を一緒にするのは憚れたので御遠慮申し上げ、数ヶ月後に私達も結婚式をあげた。もちろんそこには、新婚ホヤホヤの王太子ご夫妻が臨席してくれたのはいうまでもない話。
その後――
私達が卒業した学園では、二組のバカップル伝説として語り継がれ、なぜか教室で大告白をするのがトレンドになってしまったらしい。
いや、本当にそんなトレンドいらんから。あの学園出身という度に色んな人から詳細聞かれて本当に困っているから!
ちょっと、アーウィン殿下。貴方も社交の場で隣国の王子に暴露するのやめて下さい。ビアンカ様からの手紙に書いてましたよ。我が国の恥ずかしい話を広めないで下さい。
何だか悔しいから、アーウィン殿下達よりも、もっとずっと幸せになってやるわよ!
バカップルなんて、もう言わせないんだから――!!




