白瀬 誠曰く、
よろしくお願いします。
ダメな男視点です。
「ただいまー、誠くん来てるの?……って何よこの状況?」
「げっ、今日遅いんじゃなかったのかよ姉貴」
「大雨だから早上がりよ、特に急ぎの案件なんてないし。後、ただいまって言われたらおかえりくらい言いなさいよ居候。それで誠くんはなんで泣いてるのよ」
仕事を終えて帰ってきた実花姉さんが、慎兄さんと話してるのが聞こえる。たった今起きたことを実花姉さんが知ったらきっと激怒するだろう。内容はもちろん、自分の家で、何の罪もない女の子をこっちの事情だけ押し付けて泣かせたのだから。
けど、俺の頭の中には後悔と松田さんとの思い出ばかりが浮かんでいた。
松田さんは表情に出にくいけど、好きなものを前にした時は瞳の奥が輝いて見えるし、苦手なものがあればちょっと眉を寄せて口元がきゅっとなる。表情に出にくいことを気にしているから、思ったことは素直に伝えてくれるけど、嫌なことは出来るだけ柔らかく言い換える。
そんな可愛い人を、泣かせた。
俺自身のトラウマから中々関係が進められなかったけど、それでもいいと、『ちゃんと人を好きになったの初めてだから助かる』なんて微笑んでいた彼女との関係を壊してしまった。
★
同じ講義をとった時に、綺麗な人がいるな、と思わず見惚れてしまったことは、多分彼女は気付いていない。他にも見惚れてた人がいるから、そんなのは日常茶飯時で気にしていないのかもしれない。
挨拶くらいしか接点のない彼女との仲が進展したのは、雨の日にたまたま入ったカフェでの出会いだった。顔見知り程度だけど、外が大雨だったからか、見惚れるだけでアプローチをしなかったから少なくとも害のない人だと思われたのか、ともかく彼女の優しさで相席になった時だった。
思った以上に話が弾んで、それからは挨拶以外にも会話をしたり、一緒に食事だって出来た。
それで、だろうか。
気持ちが抑えきれなくて思わず告白をした時、断られると思ったけど、彼女も同じ気持ちで、俺達は恋人になることが出来た。
それからの日々は夢のようだった。
散歩をしたり、水族館に行ったりと、まるで中学生みたいなデートだったけど全部がいい思い出だった。初めて手を繋いだ時は、心臓が口から飛び出るかと思ったくらいに緊張したけど、とても幸せだった。
だから怖かった。
交際して少し経った後、慎兄さんからの定期的な連絡が来た。内容は近況を心配したものだったけど……怖かった、いつも俺の好きな人や恋人は慎兄さんを好きになってたから。
慎兄さんは、まるでアイドルかと思うくらいにかっこよくて、勉強も運動も出来た。
……俺の憧れだった。
松田さんまで慎兄さんを好きになったら、きっと俺は耐えられなかったと思う。だから慎兄さんへの近況報告には、松田さんのことを書かないように気を付けていたから不自然に見えたのだろう。
いじめられていないか心配した慎兄さんが家を訪ねて来たのは、松田さんと初めてキスをした翌日のことだった。
まだ夢見心地だった俺は、慎兄さんを見た瞬間に血の気が引いた。頭の中に浮かぶのは、慎兄さんと手を繋いではにかんだり、キスをする松田さん……これまでのことが塗り替えられていく。まるで呪いのように。
顔色の悪い俺を慎兄さんは心配してくれて、思わず俺も松田さんのことを話していた。
「なるほどね、つまりその娘が俺なんか見向きもせずに誠を見てるってことが証明出来れば良さそうだな」
「証明って、そんなのどうやってするのさ。慎兄さんがすごい人なのは、俺が一番よく知ってるよ」
「大丈夫だって!ちゃんとこういう時のために計画してあるんだよ、俺に任せなさい!……良い娘なんだろ?絶対離したくないくらいに。俺だって心配なんだよ、誠のこと」
慎兄さんが話してくれた計画は、とてもシンプルだった。慎兄さんが松田さんを口説くフリをする。確かに、慎兄さんから迫られて断れる女の子なんてそうはいないだろうし、なんとなくだけど松田さんならきっと忽然した態度で断ってくれると思う。
……思えば、断ってくれると思うのならこんなことすべきじゃなかったし、ちゃんと不安だと言うことを話し合うのが、これまでの俺と松田さんの関係だった筈。間違っても気持ちを試すようなことはすべきじゃなかった。
それでも、これが一番だと思うくらいには俺の自己評価は低かったし、慎兄さんへの信頼があった……多分、松田さんと二人で築いた信頼よりも。
★
結果として、俺は大切な人を傷付けた。
それも俺を信じてくれてた彼女を最悪な方法で騙して、怖がらせて、泣かせてしまった。
「何やってるのあなた達!バカじゃないの!?いや、もうただのクズじゃないそんなの!」
「うるさいな、これまでの誠の件は知ってるだろ?また誠を傷付けてもいいっていうのかよ」
「だからってその子を傷付けてもいいわけないでしょ!しかも口説くだけじゃなくて襲うなんて最低よ、人としてダメだわ!」
「フリだよ、襲ってないし、乗り気でも手なんて出さねーし」
「嘘でしょ?あんたそれ本気で言ってるの?信じられない……その子からしたら全く知らない男が迫ってくるのよ?恋人も助けてくれないのよ?……誠くんは本当にこんなことが正解だと思ったの?」
慎兄さんと言い争っていた実花姉さんがその矛先をこっちに向ける。松田さんのあの顔を見るまでは正解だと思ってたし、慎兄さんを拒絶した時は本当に嬉しかった。
「俺がやったんだし、誠は関係ないだろ。そういうのやめろよ」
「黙りなさい。もう子どもじゃないのよ、あんたの謎の過保護を放っておいた私にも責任があるわ。お父さん達にも話すから。こんなにもひどいこと、なあなあで済ませることじゃない」
「だからそれこそ関係ないだろ!」
再び慎兄さんと実花姉さんが言い争うのを聞きながら、松田さんとのたくさんの思い出を思い返してうずくまって涙を流した。
無理だよ、君と別れたくなんてない。
辛い過去があろうとヒーローにはヒーローであってほしいクソガキメンタルです。
なので誠はヒーローではない。




