8 芋運び
クライスラー伯爵の領地にある街は、王都ほどではないが栄えていた。老若男女みんなが将来の不安など一つもなさそうな気の抜けた顔をして日々の生活を営んでいるところを見ると、世界は平和になったのだと嫌でも実感する。
今日は収穫した芋を街に卸す仕事を頼まれ、僕は芋が乗った荷車を押して歩いて街に来た。ついでに食料を買え、もう草を食うなと言われたので、パンと干し肉の売り場を探さなければならない。
八百屋に向かい、取れたての芋を店主であろう中年男性に渡す。男性は僕を珍しいものを見るような目で見た。「今日はカインじゃないのか」
「ルカです。イルゼ様に頼まれて来ました」
僕が言うと、男性は目を丸くしたり怪訝そうな顔になったり忙しく表情を変えた。
「ルカって言ったら、勇者ルカか? 魔王を独りで倒したって言う。いや、そんなわけねえ。じゃあなんで英雄が芋を運んでくるんだ」
「頼まれたから、運んできました」
「そりゃあそうだろうけど。ってそっちじゃねえ。お前がルカだっていうのか? 嘘を吐くな」
男性は全く僕を信用してくれない。どうやら、英雄は芋を運ぶ仕事をしてはならないようだ。そもそも僕は英雄や勇者というものになった覚えはない。僕はただその日暮らしをしてきた冒険者でしかないのだ。
「勇者の名を名乗りたい気持ちは分かるがな、俺も男だし。けどあんまりやらない方が良いぞ。芋、ありがとうな」
男性の生暖かい目に、僕は一礼だけ返して空になった荷車を押す。
多分、みんなは勇者や英雄としてのルカが欲しいのだろう。独りで勇敢に魔王に挑み、打ち取った英雄ルカ。そういう肩書にみんな羨望の眼差しを向けるのであって、芋を夜通し掘り、荷車で届けに来るルカにはまるで興味が無いのだ。寧ろそいつは偽物だと拒絶する。本物の僕は芋堀りのルカなのに。僕はみんなの期待には沿えない。
平和になったこの世界では、僕は無用なのだ。




