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2 クライスラー伯爵の屋敷

「ルカ君だね。待っていたよ」

 

 クライスラー伯爵の声は、息子を見守る父親のような優しい響きがした。初対面であるのに、何故か落ち着く。クライスラー伯爵は心優しい人間なんだと印象付けるにはそれだけで充分だった。


「しかし、やけに早いね。王都からは馬車で五日はかかるというのに」


「足の速さだけは自信がありまして」


「足だけではないだろう。君が残した数々の逸話は、私の領地でも有名でね。よく知っているよ」


 いつの間に僕はそんな名の知れた人間になったのだろう。


「君に屋敷をやれといわれてね。私としても第二の人生にこの領地を選んでもらえて嬉しい限りだ」という文言から始まり、クライスラー伯爵は気分が良さそうにベラベラと話し始めた。内容は主に自身の領地の話(ほぼ自慢話)であったが、僕には自然以外何も無い田舎という説明にしか聞こえなかった。


 僕が住む屋敷は、クライスラー伯爵の屋敷からそう遠くない場所にあるらしい。すぐ近くが森で、反対側には小川がある言う。どちらも王都のギルド近くにある薄汚い借家の側には無かったものだから、屋敷についたら少し見に行って見ようか程度の好奇心は湧いた。旅で川も森も嫌と言うほど見てきたから恐らく一度覗きに行ったきりになるだろうが。


「イルゼ。ルカ君に屋敷まで案内してあげなさい」


 クライスラー伯爵が、僕らの側で退屈そうに立っている少女に水を向ける。少女は自分に振られるとは思っていなかったらしく、一瞬目を丸くさせて、すぐに不機嫌そうに顔を歪めた。


「え、なんで私が?」


 そんな貴族の令嬢からすればごもっともな意見に対し、クライスラー伯爵は「良いじゃないか。暇をしていたのだろう?」と僕でも納得がいかない理由を返した。


「年も近いんだし、ルカ君も新しい土地に来て不安だろう」


「じゃあメイドを使えば良いじゃない。メイドにも私と同じくらいの子が居たはずでしょう」


「まあ、たまには良いじゃないか。イルゼも近頃運動不足だろうし、ちょっと世間話でもしながら、ゆっくり歩いて屋敷まで送ってくれれば良いんだ」


 クライスラー伯爵にはなにか意図がありそうだった。家族の問題だしいい意味か悪い意味かなどは僕には全く関係ないから案内はどっちでも良かったが、イルゼはやはり納得いかないようで、しばらくクライスラー伯爵と揉めた後、最後は折れて、肺活量全てを使ったため息を吐いた。


「何かあったら守りなさいよ」


 そうぶっきらぼうに言うイルゼの顔は、厄介事に巻き込まれてうんざりだ、と言いたげだった。


「そんな危険なんですか?」


「何かあったら、の話よ。ほら、さっさと行きましょ。はぁ」


 イルゼの声を聞いていると、ここは随分と平和な土地らしいと思えた。



 

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