原初の神
五話目です。
間違いなきよう。
常世ノ社の一角。陽が差し込む縁側にて、悠真と結芽は、静かに座っていた。遠くで風鈴の音が揺れる。
「彼が来た。」
悠真が目を上げると、いつの間にか男性が庭に立っていた。端整な顔立ち、白髪混じりの黒髪、装いは現代的ながら、どこか異質な威厳をまとっている。
「……一条悠真君だね。」
男の声は低く落ち着きがありながら、空間そのものに重みを与えるようだった。
「僕は《根の会》の代表、名を天城遼真という。君をあの場から脱出させた者でもある。」
悠真は反射的に頭を下げた。「ありがとうございます……俺、あのとき、確かに……」
「死んだに等しい状態だった。だが、君の神核が未来を書き換えた。通常ではあり得ない現象だ。」
天城は悠真の横に座ると、視線を空へ向けた。
「君の神核について、少し話しておこう。君の中にある神核、それは“アメノミナカヌシ”」
「……アメノミナカヌシ?」
「この国の神話の根幹にある“原初の神”。天と地がまだ分かたれていなかった混沌の中から、最初に顕れた神格。天津神でも、国津神でもない、孤高の存在だ。」
結芽が静かに補足する。「古事記においても、その神はほとんど語られない。ただ“高天原に独り神として現れた”とあるのみ。」
天城は続ける。「それが意味するのは、“中立”でも“無所属”でもない。“原初の秩序そのもの”ということだ。」
「君の神核の力はまだ完全には覚醒していない。しかし、既に因果の操作という形で顕れている。未来の書き換え。結果の改変。そういった力は、他の神核とは根本的に異なる性質を持つ。」
悠真は言葉を失っていた。
「……俺は、どうなっていくんですか。」
天城の瞳は揺れなかった。「それは、君自身が決めることだ。だが君の存在は、これから両陣営にとって大きな意味を持つ。」
「私たちは君を守る。だが、君の中の力は、誰かにとって“恐れるべき存在”にもなる。」
悠真は、胸の奥で何かがざわめくのを感じた。自分の意思とは関係なく動き出した歯車。それに巻き込まれていく現実。
(アメノミナカヌシ……俺の中の神格……いや、神核の力)
その言葉にまだ実感はなかった。だが、自分の中に“何か”がいるという直感だけが、確かにあった。
天城が立ち上がる。
「いずれ君は、自分の力に向き合うことになる。そのとき、選ぶ道によっては世界の均衡を左右することとなる。」
その言葉は、予言のように悠真の耳に残った。