静かなる怒り
3話連続投稿3話目です。
次話は明日の12時投稿予定です。
常世の社の本殿。
結界に守られたその空間に、重苦しい空気が流れていた。
悠真と結芽は、遼真の前に座していた。
悠真は、悲痛な顔で腕時計の時刻を確認する。
常世の社に逃げ込んでから、既に1時間以上が経過していた。
「……蓮さん、戻って来ない……」
「……蓮さんと修行をして強くなったつもりだったけど、何も出来なかった……」
悠真の声は震えていなかった。
だがその瞳の奥には、かつてないほどの怒りと悔しさが宿っている。
「悠真たちが社に駆け込んで来てから、1時間以上が経過したが、蓮は戻って来ていない。それが意味するのは……封印されたか、あるいは……」
遼真が淡々と口にした瞬間、悠真の感情が爆ぜた。
「……なんでそんなに冷静でいられるんだよ! 仲間だったんだろ、蓮さんは……!」
悠真の怒声が社の空気を揺らす。
結芽は驚いたように顔を上げたが、遼真は動じなかった。
「……冷静に見えるかい?」
その声もまた淡々としていた。
だが、その手は……握りしめられた拳には、血が滲んでいた。
関節がきしむほどに強く握られ、爪がくい込んだ、その手のひらから、滴る紅。
悠真は、はっと息を呑む。
「僕が、行こうとしていたんだ。悠真たちを助けにね。」
「……え?」
「でも、蓮が言ったんだ。“あんたにもしものことがあったら、根の会は崩壊する”って。だから――蓮を僕の代わりに送った。」
「蓮の意志を無視してでも、僕も一緒に行けば良かったんだ……」
声に怒気はなかったが、その背に感じる“静かな怒り”が、全てを語っていた。
悠真は俯いた。
「……そうだったのか……」
しばしの沈黙ののち、遼真は立ち上がり、外を見つめながら言った。
「悠真、君には知っておいてもらわなければならないことがある。」
「天統院と、根の会の勢力差についてだ。」
社の空気が、再び緊張する。
「天統院は、表向きは国家公認の宗教・管理組織だ。だけど、本当のところは神核保持者の支配、管理を担っていて、従わない者は封印若しくは、排除する。天津の神核保持者は神の意思の断片を内包すると説明したよね。だから、必然的に天津の神核保持者は天統院に従う。従わないのは国津だ。国津でも力の無いものは排除を恐れて天統院に従う者もいた。だから、僕は根の会を創ったんだ。自由を守る為にね。」
「だけど、その勢力差は歴然としている。天津には1級の神核保持者が確認されているだけで5人いる。実際にはもっといるだろうね。」
「……1級って、遼真さんと同じランクの……?」
「そう。神核の格、神能の能力、そして神核覚醒度。それらを総合して1級と認定された存在だ。2級との差は歴然としている。」
遼真の視線が、悠真に向けられる。
「そして、根の会において1級の神核保持者は、僕と、行方知らずの須佐之男の神核保有者だけだよ。」
悠真が息を呑む。
「しかも……」
遼真は視線を結芽へ一瞬移し、再び口を開く。
「天照の神核が未だ発現していない。発現すれば当然、不在である天統院のトップの座に着く。天照は等級の枠を超えた“特異点”だ。いずれ確実に発現し、一気に支配に動き出す。」
「特異点…」
「そう、いわば分類不能。僕でも天照の神能には全く歯が立たないだろうね。」
「……俺も特異点なんだよな……」
「そう。悠真、君も︎︎“特異点”だ。」
遼真の言葉に、悠真の肩が強張る。
「アメノミナカヌシ――その神格は、神の最上位。天照さえも上回る“中心”だ。」
「君の神核が覚醒すれば、天統院を壊滅、支配からの解放をできるだけの力があると僕は信じているよ。」
重い言葉が、静かに落ちる。
「だからこそ、天統院は悠真を危険視し、狙ってくる。これからも、何度でも。」
「……でも、俺はまだ覚醒の仕方も……」
「心配しないでよ。僕が、悠真を覚醒まで導く。」
遼真の声は、どこまでも冷静で、どこまでも本気だった。
「だけど……今はまだ、力の差は歴然だ。今日みたいな奇襲が、またある。」
「ここで、実戦の中で鍛えるんだ。そして、必ず“自分の意志で”神核を目覚めさせないといけない。」
悠真は、拳を握った。
「結芽、君も乗り越えなきゃね。あの時はまだ幼かったんだ。結芽は強くなった。もう暴走せずに神能を使いこなせるはずだよ。」
「分かっている。これは私の心の問題。」
結芽は静かに、しかし力強く頷く。
「……俺、負けない。絶対に。」
その言葉に、遼真は静かに頷いた。
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