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暗殺者に恋した令嬢

作者: 不全なる者

 それは忘れもしない私の初恋だった。

 私に向かって振り下ろされる刀、しかしそれは思わぬ形で防がれた。

 そして流れるように繰りだされる剣術、その男の戦技によって私は生き永らえることができたのだ。






 私はアイリス・フォン・ツセツ、ツセツ公爵家の第一令嬢でこのイナキ王国王太子アリツナ・フォン・イナキの婚約者候補の一人でもある。


 彼の許に嫁ぐことができれば実家は凄まじい権勢を得ることができる。まぁ次期王妃の実家になるわけだから当然配慮されるし、私も王国の女性の頂点に立つことになる。故に彼の婚約者の地位を狙う貴族令嬢が非常に多く、そうしたライバルやその取り巻きと社交の場ではバチバチと火花を散らせていた。


 しかしその夜は違った。


 聞きなれない甲高い音で起きてしまった。

 本来夜の貴族邸宅、それも一族の者の部屋の近くでは緊急時以外は音を立てないのが普通である。

 つまり不作法をした者がいたことをそれは示していた。


 しかしそれは使用人の誰かが不手際で鳴らしてしまったものだと考えてしまった。本当は侵入者、それも王太子妃候補の暗殺を狙った刺客だったけどそれは甲高い物音だけでは気づけなかった。


 私が再び布団に入ろうとしたその時だった。


 バタンッ


 強烈な音と同時に扉は開かれた。

 入ってきたのは刀も手にした如何にも荒れくれ者といった風格の賊だった。しかも目以外を隠せる覆い付きの服を着ており、私でも闇に生きる存在である暗殺者だと理解できた。そしてその人物が私を狙っていることも察した。


「悪いな、これもさる高名なお方からの依頼でね、お命頂戴いたす」


 その声は低く闇を感じさせる声だった。まるで私と生きる世界が違うのがよくわかる。

 そして宣言するなり私のところに寄ってきた。


 あぁ死ぬんだ、もう生きてここを出ることはできない。詰んだことを私は理解してしまった。

 貴族令嬢として蝶よ花よと育てられた私に戦闘技術もないし体力もない、この場においては私の知識や貴族社会で求められる技術は何の役にも立たない。まさに死を待つだけの存在だった。


「し、死にたくない⋯⋯誰か⋯⋯」

「助けを呼んでも意味はないぜ」


 自然と泣き言が出てしまった。しかし賊はあっさりと否定して振りかぶってきた。


 終わった、そう思った瞬間だった。


ガキンッ!

「なにッ!?」


 賊の刀は弾かれた。足元からはカランと金属の何かが落ちた音がした。


「ようやく見つけたぞ裏切者め」

「なっ!?貴様は⋯⋯」


 右から声がした。

 私も賊も声のした方向を見た、そこには別の侵入者が立っていた。その風格は私を襲った者と似ていた。

 その男は音もなく近づてくる。彼のお蔭で助かったけど正直怖い、体が硬直して動けなかった。彼もおそらく暗殺者、一歩間違えれば私の命はない。


 一歩ずつ後ずさっていく賊を彼は追い詰めていく。そして壁際まできたところで賊が意を決したのか踏み込んで斬りかかった。無論彼も反撃をする。その剣戟は私には恐ろしく感じた。


 そもそも私には武芸に関する知識もなければ関わることすらなかった。


 でもその戦いは無知な素人同然である私が見ても明らかなほど賊が劣勢だった。決着は程なくしてついた。


「組織の裏切者には死を」


 そのセリフとともに彼の刀が賊の胸元を貫いた。

 心臓を貫いている。あの刃が私ではなく、別の人間に向けられたものであったことに少しだけ安堵した。


 ともかく私にその刃が向かうことを阻止しなければならなかった。


「あ、ありがとうございます。た、助かりましたわ」

「助けたつもりはない。あくまでも闇ギルドの刺客として裏切者を始末しただけだ。それにしても上客であるツセツを襲うとはな、よほど我々が気に食わぬらしい」


 私は命乞いのために礼を述べた、しかし彼は受け付けなかった。あくまで所属する闇ギルドの為だと言う。特に欲もなく打算もなく淡々と己の役割を果たす姿が眩しく映った。


 それは恐ろしくもあったけど惹かれた。彼ならば私を守り通してくれるかもしれないという思いがあったからだ。

 可能なら彼のような男と結婚したかった。他の誰かにとられることもなく自分を見てくれる、そんな気がした。それに対してあの王太子は婚約者を決める気配がない、まるで婚約者候補を集めるという公認の名目のもとに女遊びをしているようにすら見えている。


 でも彼は平民で私は公爵令嬢なのだ、身分差がありすぎるので結婚はできない。

 それでも私は彼に近くでいてほしかった。


「あの⋯⋯」

「なんだ?」


 男は裏切者扱いした賊の躰を担ぎ背を向けながら問い返してきた。


「当家に来ませんか?」


 平民にとって貴族に雇われるのはステータスになる。

 社会的に身分が保証され、貴族による横暴から身を守ることにも繋がる。メリットしかない。それに彼は当家とつながりのある闇ギルドの一員と言っていた。闇ギルドは不安定だし犯罪者の扱いを受けるので足を洗うこともできた。

 私には彼と一緒に居ることで身の安全を図れるというメリットがある。


 しかし彼はそれを⋯⋯


「断る」

「え?」

「俺は闇に生きる存在だ、光の世界の住人ではない。お前の親は認めぬだろうな」


 あっさり断ってきた。

 でも諦めきれない私は質問を重ねた。


「せめて名前だけでも教えてください」

「知ってどうする?無駄に深入りするようならその命を奪わねばならねばならなくなるのだが」

「いえ、せめて恩人の名前だけでも忘れたくはないのです。この夜のことは誰にも言いません。だから⋯⋯」

「80324、それが今の呼ばれ方だ。俺に名はない」

「80324さんありがとうございます」


 そして彼は屋敷を去った。

 翌朝、私の部屋の惨劇に家中の者たちは大騒ぎを始めたけど知らぬ存ぜぬを貫くことにしていた。


 昼過ぎ、お茶会のために王城に行くととんでもないことを言われた。


「な、なんでお前が生きている!!???」

「どういうことですか王太子殿下!」


 あまりにも酷すぎる言葉に私も怒りを覚えた。

 だけど昨晩のことがある。彼がやったことは簡単に想像がついた。


 さる高貴なお方はこの王太子殿下のことだったと⋯⋯


「さて、洗いざらい吐いてもらいましょうか」


 それに対してこの王太子は顔を歪め沈黙した。


 このやり取りに他の婚約者候補の令嬢たちが動揺している。

 事情を知らないが故に謎でしかないだろう。私だって彼女たちの立場なら困惑したと思います。


 しかし今大事なのはこの王太子殿下の悪事を日の下に曝すこと、周りの動揺なんて気にしてはいけない。


「言わなくても結構、貴方が私を暗殺しようとしたことは分かっておりますわ。いい加減お認めください」


「え!?そんな⋯⋯」

「婚約者候補の暗殺未遂!?」

「アリツナ殿下が⋯⋯?」

「あ、ありえませんわ⋯⋯」


 私の追い打ちは彼よりも周りの令嬢たちに刺さった。

 コイツに向けられる目が一斉に汚物を見るものに切り替わった。


「くっ⋯⋯貴様あぁぁ!」


 そして次の一手は叫び声とともに腰に下げていた護身用の刀を抜いて襲ってくることだった。周りは悲鳴をあげ四散していく、もはや貴族らしさはそこにはない、己の命には代えられないのだから


 しかし彼は私にに近づくことはできなかった。

 上から落ちてきた影によって背後から刀で刺されていた。


「ぐはっ、ごぼっ⋯⋯」


 しかし王太子を殺めた男を私は知っていた。


「80324さん⋯⋯また私は貴方に助けられてしまいましたわね」

「気にするな、陛下からの依頼でお前を張っていた。害する者を排除せよとな。お前と婚約させるつもりだったらしいがまさかお前を襲うとは想定外だった」


 国王陛下は私を後継者である唯一の子供だった王太子につける意向を固めていたようで、襲撃があった為に裏から護衛する者をつけることにしたらしい。だけど依頼には私を護れとしかなかったらしく、結果的に陛下は自身の後継者を失うことになってしまったようだ。


 そして彼はまた目立たぬようにその場を去っていった。


ーーーーーーーーーーー


「アイリス嬢よ、此度は誠申し訳ない。愚かな愚息が迷惑をかけた」


 彼が去ってすぐ、国王陛下が護衛を連れ閑散としたお茶会の会場に入ってきた。そして私を見つけるなり寄ってきて頭を下げたのだ。


「いえ、逆に感謝しなければなりません。腕利きの護衛をつけてくださったお蔭で生き延びることができました」

「そうか⋯⋯」


 陛下は少し考えられた後、思わぬ打診をしてくださった。


「我はな、お主のことを認めておる。故に愚息の嫁にするつもりだった。だが愚かにも愚息はお前を傷つけ自滅した。この場で申し出ることではないかもしれぬが我の養女にならぬか?」


 陛下から言い渡された打診は想定を超えたものだった。つまり私を次期国王にしようと言うのだ。


 硬直してしまった私に陛下はこう繋げた。


「知っておろうが2代前のツセツ公爵は王家からの婿養子だ。お主は傍系王族だ。王家に入ろうと然程大きな問題にはなるまい。それにお主の無罪を証明できるだろう」


 確かに陛下の仰せになることは本当で私には王家の血が混じっている。それにこの現場を見られれば私が疑われるのは必然、了承するしかなかった。


「ありがたく受けさせていただきたく存じます」

「うむ、お主の父である公爵には我から話しておこう」


 こうして私は王女として王家の一員となった。


 王族の権限は絶大だ。私はその権限を使い80324と名乗った恩人を探した。養父となる陛下には全ての事情を告げた。陛下は見つかったなら婿に迎え入れることを認めてくださった。

 しかし彼は見つからなかった。まるで消えてしまったかのように⋯⋯


ーーーーーーーーーー


 そして3年後、私はチカワ侯爵家から婿を迎え正式に王太子として立太子した。

 しかし私は死ぬまで彼のことを忘れることはなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました。



戦死したエリート冒険者が王女に転生し、自由と使命の為に出奔して戦いに身を投じる本格ファンタジー「理を越える剣姫」、婚約破棄から始まる短編「王太子から理不尽な婚約破棄された侯爵令嬢は隣国の外交官(公爵令息)と結ばれ実家ごと隣国に保護される」の両作品もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
一つの物語として纏まっていて、長編を読んでない人でも楽しめそうです(=´∀`)
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