前前前世も、前前世も、前世も、今世も、そしてきっと来世も貴方は私の旦那様
「…申し訳ございませんが、ハリー・レイビントンという人物をご存じでしょうか」
「…はい、存じておりますわ。彼はトマトの皮が苦手で大好きなお酒が飲めない人でしたの。…貴方はオリビエ・ガールミエというご令嬢はご存じかしら?」
「彼女は夫に合わせて大好きなお酒を控える優しい人で、大好きな牡蠣が美味しく食べられないのをいつも残念がっていました」
「…」
「…」
「「また?!?!」」
どうやら私達はまた記憶を持ったまま転生し、今世でもお見合いをしているらしい。
私はソフィア・レンズプラーナ伯爵令嬢。
今世は緩くウェーブの掛かったミルクティーブラウンの髪にクリーミーピンクのぱっちりとした瞳に可愛らしい小さな丸い顔。所謂守ってあげたくなる小動物系女子の見た目をしている。
そして向かいのチェアに座っているのはオリバー・ケストウェル伯爵令息嫡男。
ダークブラウンの短髪に濃紺の鋭い視線の瞳に切れ長の眉、スッと通った鼻梁の塩顔イケメン。ガタイもしっかりとしていて頼りがいがありそう。
今回で計四回目となるお見合いに前世と同様に二人揃って空を仰いだ。
「また…またお前なのか…?」
「それはこっちのセリフよ!前世の貴方はもっとキレイ系の顔をしてたじゃないの!」
「お前こそ!前は悪女みたいなキツイ顔してただろ?!何で真逆の顔面になってんだ!」
「それは私も思ったわ!どう考えてもキャラじゃないわよね?!」
そう、彼の言う通り前世の私は紅髪紅眼のドリル巻き髪にツリ目、グラマラスな体形、これぞまさに悪役令嬢!と言わんばかりの見目をしていた。実際「オーホッホッホ!」と高笑いもしていたもの。
なのに、今世は理想的な小動物女子。思わず「ヒロインか!」ってつっこんでしまうほどの変わりようだ。
しかしそれは彼にも言える事だ。
前世はサラサラのプラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳に柔らかい笑み。社交界では「王子様!」と呼ばれ、絶大な人気を博していた。
それが今世では小説に出てくる騎士様のような精悍さを兼ね備えているのだ。
本当に同一人物かと言いたくなるのだけれど、彼は私の事なら何でも覚えているのだ。
「今世では牡蠣食べられるのか?」
「食べられますわ!転生してそれが一番嬉しかった事ですの!」
住んでいる邸は海が遠いですから彼と結婚してケストウェル伯爵夫人になったら今の値段より安く牡蠣が食べられますわ。この世界の牡蠣は旨味が濃くて美味しいから楽しみだわ。
「そりゃあ良かったな!…俺は今世もトマトがダメだった」
また駄目ですのね、子供っぽい人ですわ。三回の人生全部嫌いだったのだからそろそろ諦めればいいのに。
「ドンマイですわ。お酒はどうですの?私は凄く弱くなってしまいましたわ」
毎日の晩酌が楽しみでしたのに、今世ではチビチビ嗜む程度ですのよ。クイッと行きたいものですわ。
やりませんけれど。
「酒は強いぜ!今まで酔ったことがないくらいだ!」
「そんなに?それは良かったですわね!大好きなお酒を一緒に飲みましょう」
「おう!」
前世の彼はお酒が大好きなのに下戸でしたから、本当に可哀想でしたわ。私も彼に合わせて飲むのを控えていましたもの。
でも今世は一緒に楽しめそうで嬉しいですわ。牡蠣を肴に晩酌するのが今から楽しみですわね。
「…ところで、さっきあんな事言ったんだから、今世でも俺と結婚してくれるんだよな?」
「もう、当り前ですわよ!貴方はそろそろ自信を持ってくださいな」
「そうか!またお前と一生を共に出来るのが嬉しいよ」
「もう!もう!恥ずかしいですわ!」
今世でも私の事を愛してくれている大好きな彼の傍に居られるのね!
穏やかな日差しが降り注ぐ春の日。
最適なピクニック日和。
「トマトやっぱりマズい」
朝早起きして貴方が好きなサンドウィッチを作りましたのに。
本当に子供なんですから、貴方って人は。
「もうひと口だけ頑張って下さいな。そしたらトマト抜きのサンドウィッチもありますから」
「…ソフィアが作ってくれたものだから頑張る」
もう、もう!そういう所でしてよ!本当に貴方って人は!
「はい、あ~ん」
「あ~ん、んっまいけど、トマトがなあ…」
「分かりましたから、こちらどうぞ」
「ありがとう!」
トマト抜きのサンドウィッチにかぶり付き、笑みを浮かべる貴方。
その笑顔が見られるなら早起きして作った甲斐があったというものですわ。
純白の豪奢なドレスに身を包む私と、同様に白を基調としたタキシードを身に着けた貴方。
今日は、空さえも祝福してくれていると錯覚するほどの快晴。
「汝、ソフィア・レンズブラーナは、病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
遂に、ですわ。
「汝、オリバー・ケストウェルは、病める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「それでは誓いのキスを」
そっと目を閉じれば彼の息遣いが聞こえてくる。
もう四回目の結婚式なのに毎回緊張しちゃって、まったく。
柔らかな唇がそっと触れるだけのキスをする。これで私達はまた夫婦になったのね。
瞼を上げて彼に視線を向けると本当に幸せそうに微笑んでいた。
私は、世界一幸せな人間でしてよ!
柔らかな風が心地良い紅葉が綺麗な秋。
「リリー?あまりお母さまから離れてはダメよー?」
「はーい!」
「もう、分かっているのかしら?」
子育て四回目だけれど未だに正解が分からないわ。毎回子供の性格も違うから接し方も変わってくるもの。
「まあまあ、俺たちがしっかり見てたらいいじゃないか」
「貴方は毎回子供に甘すぎますわ!」
本当に貴方はずっとそうでしたわ。今世こそ威厳のある父親になって欲しいものね。
「仕方ないじゃないか。ソフィアとの子供が可愛いんだから」
「それは甘やかしていい理由にはなりませんわ!」
私が好き過ぎるのは理解していますけど、それでいくと私も子供に甘くなってしまいますのよ?それでは駄目でしょう?
だからしっかりして下さいな、旦那様?
サァサァと雨音が聞こえる蒸し暑い夏。
年老いて動かなくなっていった貴方。
「ソフィア…愛している…」
「貴方!私を置いていかないで下さいな!」
まだまだ貴方としたい事が、沢山ありますのよ!
だから、だから!
「来世も、ともに…俺と、過ご、してくれる、か…」
そんなの、そんなの!!!
「当たり前、ですわ!」
「ありが、とう……」
「貴方!貴方!」
「…」
……
…今世は貴方が私を置いていくのね、初めてだわ。
置いていかれるのは…こんなにも、辛いのね……。
……。
雪の降りそうなほど冷え切っている冬。
貴方が行ってしまった年の暮れ。
…もうすぐ、私も…そちらに行きます、わ…貴方……。
……来世も…ちゃんと……私を、見つけて…くださいね……だんなさま……………。
……
…
「…申し訳ございませんが、オリバー・ケストウェルという人物をご存じでしょうか」
「…はい、存じておりますわ。彼はトマトの皮が苦手でお酒の後に食べる甘いものに目がありませんでしたわ。…貴方はソフィア・レンズブラーナというご令嬢はご存じかしら?」
「彼女は大好きな牡蠣を美味しく食べられる代わりに、お酒を沢山飲めない事をいつも残念がっていました」
「…」
「…」
「「また!?!?」」
私達はまた記憶を持ったまま転生し、五度目となるお見合いをしていた。
今世は貴方とどんな人生を送れるかしら。
ねぇ、旦那様?
読んで頂き、ありがとうございました。