対決
ゴールデンウィークが明けていつも通りの学校生活が戻ってきた。春の暖かさが暑さに変わり始め、衣替えの時期が近づいている。
「なーんか暑くなってきたな」「半袖着たいなぁ」教室のベランダで颯汰と想人が会話していた。
太陽は真上に近い位置にあり、世界に照り付けている。「4時間目の授業は?」「社会」「社会かぁ」
10分間の短い休憩の中でもベランダで友人と話す時間はある。
その頃教室の中では蒼と流奈が話していた。
「あの……」「どうしたの?」「この前は本当にごめんね」「大丈夫、僕はぜんぜん気にしてないよ」「うん……そうだ、このテストが終わったらどこか遊びに行かない?」「良いね、楽しみにしとくよ」
チャイムが鳴り4時間目の授業が始まった。
社会担当の教師はこのクラスの担任でもある上川先生だ。授業はテストが近いという事もあって自習だった。教室の中は勉強してる者が4割、寝たりボーッとしている者が6割ほどだった。
4時間目の授業が終わり給食の時間。今日の給食は、パリパリしていない「とりにくのパリパリやき」がおかずだった。皆が片付けを始める。颯汰は余った分の牛乳を飲んでいた。パックを潰していると彼に上川が話しかけてきた。
「稲生くん、ちょっと良いかな?」彼は颯汰を人気の少ない階段に連れて行った。
「早川くんのこと、教えてくれないかな...…?」颯汰は彼にゴールデンウィークにあったことを話した。「なるほど...…細かく知らなかったから助かるよ、ありがとう」立ち去ろうとする上川を颯汰は呼び止める。「あの.…..先生…...」「何かな?」「他の先生はこの話を全然しないはずなのに、なんで上川先生は……?」「そうだな……ぼくがまだ大人になりきれていないから、かな?」「大人に?」「そう、人間は年を重ねるごとに様々なことを体験する、良い事も悪いことも。大人になっていくにつれて世界の広さと理不尽さを知って、自分の無力さを思い知ることになる。それは間違ってない」半分開いた窓から風が吹き抜ける。「それでも、迷わずに手を差し伸べることができる純粋さも時には必要だと思うんだ」そう言い残すと新卒の教師は去っていった。
昼休みが終わり、5時間目と6時間目の休み時間。颯汰達が雑談をしているとそこに男子の一群が現れた。
「お前らか、チクったの」そのうちの1人が言う。「はぁ?」よく見るとバスケ部の部員だった。颯汰はあまり話したことは無いが、素行が悪いと話題に挙がることもたまにあった。「言ったよ。楽しいからって人を傷つけるのはおかしいだろ」颯汰は彼らに毅然とした態度で言い放つ。
「ふーん、まぁいいよ、せいぜいいい子ぶってろ」「すぐ痛い目に合わせてやるからな」捨て台詞を吐くと彼らは帰っていった。
「なんやあいつら、いけすかん奴らやな……」鈴菜が嫌悪感をあらわにする。「どうも……嫌な予感がする……」颯汰が呟いた。
授業が全て終わり、放課後。颯汰と想人は部活をしに向かった。しかし先程の連中の姿は無かった。
「俺たちと顔合わせたく無いからってサボるのかよ」「ん?」体育館にはベランダのような通路があり突き当たりには剣道部の部室がある。そこを誰かが通るのが視界に入ったが他の部員達と練習を始めた2人は部員達が荷物を取りに来たのだろうと気にしなかった。
バスケ部が練習を始めるのと同じ頃、松田は剣道部全員で小学校の体育館に向かっていた。広さの都合で水曜日と金曜日は近くの小学校の体育館を借りてそこで練習をしている。
彼は中学校から剣道を始めた。入部した理由として最も大きかったものは彼の剣道に対する憧れだった、防具を着けて、竹刀で打ち合う。松田康介の目にはそれがかっこよく映ったのだ。
しかし理想と現実は違う。辛い練習、少ない休み、なかなか勝てない試合。今年から後輩も入部して責任も重くなった。それでも彼は楽しんでいた。
剣は良い。打ち込むと普段の悩み事も忘れられる。
彼の足取りが少し速くなった。
結局練習が終わるまで彼らは現れなかった、さすがにこれには顧問の酒井も苦言を呈していた。
帰ろうとしているとスマホから着信音が聞こえた。バスケ部のグループにメッセージが追加されている。
『稲生と想人へ早川は預かった。2人だけで公園まで来い』
しばらくするとメッセージは消去された。
「おい……これって……」「早く行かないと……!」そう言うと颯汰は駆け出していた。「くそっ……!」想人も苦虫を噛み潰したような顔で彼の後を追った。
公園に駆け込んだ2人はそこで傷と痣だらけの路美と男子の一群を見つけた。2人を見ると路美はうめきながら言った。
「来ちゃ……ダメ、です……!」
「へぇ、本当に来たよ」「その子を離せ」想人が言う。「いいぜ。俺たちの気が済んだらな」「売られたケンカは買うもんだ!」「許せない……!」
「お前ら、やっちまえ」そう言うと彼らは剣道部の部室から盗んだ竹刀を持ち上げて2人に向けた。
隣で練習している部活は剣道部だった。重い防具を纏って大きな声を出しながら激しく動く。私にはとてもじゃないけどできないな。流奈は水筒の蓋を閉めると立ち上がり片付けを手伝った。そういえば、明日は生徒会選挙の日だ。康、緊張してるだろうな。
松田に激励の言葉を送ろうと彼を探したが剣道部はすでに学校への帰路に着いていた。
流奈は小学校の体育館を出て走った。今なら追いつける、そんな気がした。中学校から少し離れた公園の入り口の近くを彼は歩いていた。「康!」「流奈……?」「やっと追いついた……」「どした?」「明日の選挙、頑張ってね!」「あっ、ありがとう……!」
すると公園の中から何か大きな声が聞こえた。「なんだろう……?」流奈は気になって階段を登り公園を覗いた。
「!?」竹刀を持った複数の男子達が今まさに颯汰と想人に殴り掛かろうとしているではないか。流奈は彼らの前に立ちはだかって叫んだ。
「ちょっと!!」「ん?」「大勢で武器も持って、卑怯だよ。恥ずかしいと思わないの!?」「お前……」
「なんだと!?」竹刀が流奈に向かって振り下ろされる。想人は彼女の前に達塞がったが直撃は不可避。
ガッ!!
頭の前で交わした腕には衝撃は走らなかった。想人が目を開けると竹刀を持った松田の背中が見えた。
「大丈夫か!?」「なんとかな」「誰だこいつ!?」「知ってる、選挙に出るヤツだ」「福島さんは戻って誰か呼んできて!」「わ、わかった……!」颯汰に言われるがままに流奈は公園を走り去った。「さて…」
「やるか!」「やるのか……?」「やるしかない……!」放課後の公園での対決が始まった。
そこからは乱闘だった。5対3、その音を遠ざけながら流奈は学校まで走った。体育館の前で立ち止まって辺りを見回すと偶然にも蒼と中山がいた。
「蒼くん、中山くん!!」「どうしたんだ?」「そんなに慌てて……」流奈は息を切らしながら言う。「大変なの……!」
「なんだと……!」「行こう、中山君!」蒼はなぎなたを担ぐと中山と共に公園に向かった。
想人は竹刀を振れない距離まで近づいて逆にその竹刀で動きを封じた。松田の方を見ると苦戦しているようだ。
竹刀には竹刀の構え方、振り方、防ぎ方がある。そして彼らにはそれらが全く備わっていなかった。故に攻撃が読めないかつ、松田本人が彼らを傷つけないように防御しかしないため側から見ると防戦一方に見えてしまう。頭への横振りを避けようと少し引いたがそれは顔面を掠めて彼の眼鏡を弾き飛ばした。
「……っ」吹き飛んだ眼鏡は草の上に落ちて唇が少し切れて血が出ていた。「……わかった」何かがみしりと軋む音がした。松田は竹刀を構えて彼らを睨みつけた。「もういい……」そして豹変した彼の雰囲気に困惑する彼らのうちの1人の脳天をかち割ろうとしたその時。
「待てっ!!」木に止まっていた鳥が飛び去り、一瞬の静寂が訪れた。そしてその隙に誰かが素早く飛び出して竹刀を叩き落とした。
「颯汰!松田君!大丈夫!?」「菅原……?」
人が来たことに驚いたのか、彼らは竹刀をその場に投げ捨てて逃げて行った。
松田は落ちていた眼鏡を拾い上げてかけた。「おい、大丈夫か……?」中山の問いに彼は答えなかった。 自分の心の拠り所を単純な暴力の手段として使われ、それを汚された気がしてならなかった。
「俺、帰るよ。明日は選挙があるし」捨てられた竹刀たちを抱えて学校に戻る彼に声をかけることは誰にもできなかった。




