先輩からのアドバイス
朝。松田は通学路を歩いていた。
学校は歩いて20分ほどのところにある、通学路の長い階段を昇りながら彼は思考を巡らせる。
俺が生徒会の会長になったところで何かを変えられるのだろうか...?ましてや私情で学校の生徒たちの代表になろうとして良いのだろうか...
自分の中から滲み出る不安を脳内で言語化しながら歩き続けると教室の前にいた。扉を開けると颯汰と蒼が居た。
「おはよう」「おはよう、松田君」「よっ!」「うわっ!?」その時松田の後ろから想人が声をかけてきた。「おはよっ、未来の生徒会長っ!」
1人で悩みすぎるのもよくないな、俺にはこうして仲間がいるんだから。
今日も学校での1日が始まる。朝礼が終わると松田は担任の上川先生に話しかけた。
「先生俺、生徒会選挙に立候補します」「ありがとう!松田君、応援するよ」授業中でも彼の頭の中ではどんなスピーチをしようか、その台本が練り上げられていた。
自分が会長になって実現したいこと……理不尽ないじめを無くしたい……居場所のある学校を作りたい……楽しく通えるようにしたい……伝えたいことがうまくまとまらない。チャイムが鳴り授業が終わった。そして彼は黒板を写し忘れていたことに気づいた。
昼休み。「選挙のスピーチ?」松田はとある人物と対面していた。彼は現生徒会長であり、去年の冬の事件で松田に協力してくれた竹田だった。
「はい。先輩からのアドバイスが欲しいんです」「そうだなぁ…俺が大事にしたのは聴いている人の印象に残ることと心を惹くような公約だな。それと...…」「それと...…?」
竹田は彼の目を見ながらにやりと微笑んだ。「全校生徒の前で自分の熱意を語る勇気だな」
放課後。路美と樹里は一緒に歩いていた。周囲から物珍しさと侮蔑の視線が矢になって突き刺さる。
「ごめんね.…..ぼくのせいで樹里まで...…」「あんなやつら気にしなくていいの...…!」「うん、でも……」
「そういえば、部活何に入るの?」「バスケ部かな...…今日見学に行こうと思うんだ。」「まだ行ってなかったの!?入部届の締め切りゴールデンウィーク明けよ?」「うん、ちょっとだけ見てくる」「じゃあ私待ってるからね」「……え?」「すぐ済むでしょ?私路美と一緒に帰りたいから。」
颯汰と想人は走っていた、学校の外周を10周。10周!去年までは5周だったのに。
「これもあの酒井っておっさんが顧問になってからか?」「そうなんだよ……前の先生はあんなのじゃなかったのに……」「あいつ生徒指導の担当らしいな。何と言うか……古いな」
2人は校門前を通過する。顧問の酒井と部員達の荷物、そして1人の少年が立っていた。
「あいつこの前の..….」「早川くんだっけ?」
「こらー!喋っとらんと走れぇ!」「はいはーい!」「すいませんでしたーっ!」
完走した颯汰たちを待ち構えていたのは筋トレだった。
「そういえば、中山が言ってたな。『暇な時間があるなら筋トレをしろ。その筋肉は決して裏切らない……!』って」「ほーん。じゃあどっちが腹筋先に割れるか、勝負するか!?」「望むところだ……!」
気づけば日がかなり沈んでいた。颯汰はバスケ部の次期部長候補なので今の部長から色々と教えてもらっている最中だった。
部活動が終了すると顧問の先生に伝える必要がある。「じゃあ俺、先生に報告するから」「オレもついていこーっと」まず2人は職員室に行ったがそこには居なかった。校舎の中を探すことにしたので上靴に履き替えるために下駄箱に向かった二人はそこで樹里を発見した。
「あれ?遅山さんだ」「ホントだな、何してんだここで?」「路美が先生に呼び出されて、待ってるんです」「2人はどこに?」「たぶん3階の会議室に……」「ありがとう。行こう。」「おうよ!」
2人は会議室に向かった。「あの子のクラスの担任って誰だっけ?」「確かうちの部の顧問……あいつがっ!?」「なにか嫌な予感がするな……」「急ごうぜ」
2人は会議室の前にいた。部屋の中からは話し声が聞こえる。
「どうする?」「……行くか。」颯汰がドアをノックして中に入った。そこには酒井と路美がいた。
「どうした?2人とも。」「今日のトレーニング、全部終わりました」「そうか、今はこいつと話してるんだ」「なんの話をしてるんですか?」想人が質問を突き刺す。「お前達には、関係ない話だ」
「ぼっ、ぼくの髪の話をしてたんです……」「そうだ。色々とトラブルの元になるから早く染めた方が良いと言ったんだ。印象も悪くなるしな、大人の言うことはよく聞いた方が良いぞ。お前らのためにもなぁ、人生の先輩からのアドバイスだ」
「お前ッ……!」「想人、待って!」「なんで止めるんだよ……!こんな奴……」「確かに髪を染めたら周りからの目は気にしなくてもすみます。でも、そんな自分を押し殺して生きるのは楽しいんですか!?」「話は終わりだ、もう帰れ……」
酒井は会議室を出てどこかに行った。
「なんだよあいつ」「言ってることは間違ってない……でも、早川くんがどうしたいかを考えてないと思う……」「お前はどうなんだ?」「ぼくは……染めたくないです……この髪を樹里は綺麗って言ってくれた。だから……」「大人はいつもそうだ。自分の都合ばかり……」
「まぁ、帰るか……」「そうだな……」3人は生徒玄関に向かった。
松田は部室に竹刀と防具をしまうと鍵をかけた。体育館を出ると声をかけられた。
「おつかれー」「よっ!なんか久しぶりやな」そこにいたのは流奈ともう1人。「確かに鈴菜と話すのも久しぶりだな」
その時、颯汰達が出てきた。「おっ稲生だ」「おつかれ。その人は……」颯汰は松田と流奈以外のもう1人に目を向けた。
「そっか、うちら会うの初めてやな。うちは芹本鈴菜、よろしくな!」「うん、よろしく」
「じゃあぼくたち帰ります……」「さっきはありがとうございました」路美と樹里は一緒に帰って行った。
想人と颯汰はさっきの話を3人に説明した。「……なるほど。確かに酒井先生の言うことも理解できる、でもなぁ……」「自分らしく居れるのが1番やけどなぁ……」「でも、康はそれを変えたくて会長に立候補したんだよね?」「まぁな。でも正直に言うと……怖いな……俺なんかができるのかなって……」「でも逃げずに立ち向かってる」「すげぇぜ、お前は」「ありがとう、みんな……」
「じゃあ私こっちだから」「そっか、流奈引っ越したんだったな」「前の家ちょっと狭かったからね。じゃあね!」その後1人1人と別れていき、近所に住んでいる松田と鈴菜だかになった。
「そういえば、康介は今好きな人っておるん?」「なっ!?」「まっ、うちも今はおらんけどそういう年頃やん?」「なんだ……」
彼の脳裏を1人の顔が過ぎるが、すぐに消えて行った。「うちも応援するから頑張りや!」「ありがとう、鈴菜」2人は別れた。
4月が終わり5月が近づく。それは休暇とそこに待つ苦難を意味していた。




