覚悟の理由
松田は綾部の家にいた。「今日のプリント持ってきたぞ」「うん……ありがとう」「ねぇ……」「どうした?」「なんでわたしにこんなに優しくしてくれるんですか?」「なんというか……気がかりというか……」「俺から1つ聞いてもいいか?」「なに?」「学校に行ってない理由って聞いてもいいか……?」「……え?」
少しの沈黙の後、彼女の震える声が聞こえてきた。」
「わたし、居場所がなかったの。たぶんいじめられてた……なんにも出来ないから」「そしたら半年くらい前にいきなり玄関で立てなくなって、それ以来外に出てない……」
松田は握った手が汗にまみれていることに気づいた。「お父さんとお母さんが先生に相談してくれたけど、『いじめはない』って伝えられたって……」
「ずっと家に居るとつらい。本当は学校にいるべきなのに……絵を描いてると少しだけ楽になれた……」
彼女の声がぐしゃぐしゃになって聞こえる。
「わたしまた学校に行きたい。友達が欲しい……」
「だったら、俺が1人目になってもいいか?」「……え?」「俺なんかでいいなら友達になろう」「……うん!」
その後少し話して松田は家を出た。「なんとかしてやりたいな……!」熱意を激らせ歩くが、いじめなんかにどうやって立ち向かえばいいのだろうか…?1人で対抗するにも蟷螂の斧というものだ。学校の全ての人に声を届ける方法……そんなものがあるのだろうか?
その時、彼に電流走る。
そうだ……これだ、これしかない!!
気づけば彼は颯汰達が居る公園に向かって走り出していた。
松田が唯の家を出た頃、颯汰達は公園にいた。
「あの、私たちに何の用ですか……? お金とか持ってませんよ?」「そういうのじゃないよ!?」「この金髪のヤツと友達っぽいから話聞こうと思って。……えと、名前何だっけ?」「早川路美です……」「そっちは?」「私は遅山樹里です」「今日学校行ったらこいつが殴られてて」「またあいつら……」「知ってるの?」「はい……私たちとは別の小学校の人たちです」「ぼくが金髪だからって……」「それだけで?」「はい……」「それにうちのクラスの先生も早く黒髪にしろって……」「髪染めるのは校則違反だぜ?地毛でいいじゃん」「先生はぼくが気に食わないんですよ……」
「先生も味方してくれないのか……どうしよう……」
その時、松田が公園に走ってきた。急に止まったのでそのまま少し地面を滑り彼は息を荒げながらそこに居る全員に告げる。
「俺は、生徒会長になるぞ!!」
「……は?」
松田はみんなに彼の覚悟の理由を説明した。自分が綾部唯と出会ったこと、過去にいじめられていたこと、学校に行きたいが、怖いこと。
「だから、あいつが安心して来れる学校を俺はつくりたい……!」
「…… 」「いーじゃん!」「!?」想人は彼の手を取った。「まさかそんなこと言い出すヤツとは思わなかったぜ!」「う、うん。ありがとう……」「応援するよ、俺も」「それにこの2人のためにもね」
颯汰たちは帰路に着いた。颯汰に松田が話しかける。「なぁ稲生...義憤と勢いに駆られて言ったけど俺なんかにできるかな...…?」「……なれるよ!」「そうか..….そうだな!」
「話は変わるが……菅原?」「うん?」「怪我はもういいのか?」「うん、でも走ったりしちゃいけないって」「そうか、...…すごいよな」「え?」「努力できる人って。俺とか宿題提出日の前日にしちゃうからさ」
松田と別れた後、颯汰と蒼は夕暮れの道を歩いていた。
颯汰はあの時彼女に言われた言葉を思い出していた。『颯汰のことが好きだから…..』気が動転していてその時は気にならなかったが、彼女は確かにそう言った。
2人っきりで歩いているといつもは口から流れ出るはずの言葉が堰き止められ喉が渇いていた。
「時々思うんだ」先に口を開いたのは蒼だった。「颯汰の目に、僕はどういうふうに写っているんだろうって」
「俺は……」そう言いかけたその時、信号が青に変わり2人は歩き出した。
颯汰は家に帰り、ベッドの上に寝転がった。
なんだろう、この気持ち。
蒼と話すと何故か胸がドキドキして喉が渇く。俺、緊張してるのか?前まではこんなことにならなかったのに。
「うーん……」
よくわからない感情に頭を悩ませていると母が彼を呼んだ。どうやら夕食の時間のようだ。颯汰は立ち上がり階段を降りた。
松田は頭を悩ませていた。生徒会選挙はゴールデンウィーク明けにある。それまでにスピーチやポスターを考えないといけない。
勢いで飛び込んだ選挙で、何を公約にすれば良いんだ?まぁ、明日学校で先生に選挙に出たいって伝えてから考えることにするか。
彼は布団に入って目を閉じたが扉の向こうから聞こえてくる声を思い出した。それは羨望、恐怖、後悔が混ざっているように聞こえた。その言葉を思い出すとなかなか眠れない。
いじめが起きて彼女の心に傷を残したことをどうも他人事とは思えない。自分は傍観者だったのかもしれない。松田は若干の後悔を抱いていた。しかし意識は徐々に沈み、しばらくすると彼は眠っていた。




