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エソラと動物園

ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。

休日だというのに図書館は閑散としていた。降りしきる雨のせい、というわけでもなかった。

 ここ数年で利用者が減っているとエソラは肌で感じていた。それが書籍離れと呼ばれるものなのか、電子書籍などのコンテンツが発展した影響なのかはわからない。

 エソラはいつもの、フロア奥側の端の席に着いた。

 足繁く通うエソラにとっては利用しやすい状況だが、寂しさもあった。

 昔は多くの人が訪れ本を読んだり、借りたり、返したり。

 別の階に設けられた交流スペースでは中高生からお年寄りまで、幅広い年代が意見交換していた。実際には世間話だったかもしれないが、幼い頃のエソラにはそう見えた。

 自分にとっての憩いの場が廃れていく。

 エソラはどこか感傷的になり、開いた本に視線を向けたまま物思いにふける。

「なにぼーっとしてるの?」

 不意に声をかけられたエソラは、特にやましいことがあるわけでもないのに反射的に本を閉じ、背筋を伸ばした。

 振り向くと、そこにはクルミが立っていた。

「びっくりしすぎ」

 そう笑ったクルミはエソラの隣の席に座り、オカルト本を数冊積み上げた。

 お楽しみの時間かと思いきや、その眼差しは真剣だ。

 おそらく反転世界やドッペルゲンガーについての手掛かりを探しているのだろう。

「よし。僕も」

 エソラが積まれた雑誌を手に取ると、クルミが微笑んだ。

 二人はこれといった会話を交わさないまま、ページをめくる音で時間を共有した。

 

 

 「あー働いたぁ。ねぇ、カフェでもいかない?」

 図書館の出口で、五月の晴れ間に向けてクルミが伸びをする。

「ごめん。寄るところがあるんだ」

 エソラは図書館の帰りに、近くにある野毛山頂動物園に立ち寄る習慣があった。

 それをクルミに伝えたところ、彼女も同行することになった。

 よくよく考えれば動物園にもカフェやレストランなどの飲食店もあるため、クルミの要望にも応えられそうだった。

 

「わあ、なんか懐かしいな」

 クルミはバニラ味のソフトクリームを舐めながら子どものようにはしゃいでいる。

 野毛山頂動物園は入園無料ということもあり、休日は家族連れや学生のカップルが多く見受けられる。しかし先程まで降っていた雨のせいか、今日はまばらに人がいる程度だ。

「ねぇ、あれ!」

 クルミが指さしたのはなかよし広場だった。

 なかよし広場はモルモットやハツカネズミなどの小動物と触れ合えるコーナーだ。

 雨天中止のはずだが、もう降らないと踏んだのか飼育員が準備をすすめていた。

 クルミは広場に駆け寄り、飼育員に声をかける。

「いつはじまるんですか?」

「すみません。午前中雨だったのもあって、予約いっぱいなんです……そうだ、いま少し触っちゃいます?」

 飼育員は申し訳なさそうに答えた後、いたずらっぽく笑った。

 

「ふふふ、ふんふふん」

 特別にモルモットを触らせてもらえたおかげで、クルミは上機嫌だった。

 笑い混じりの鼻歌を歌いながら、二つ目のソフトクリームを楽しんでいる。

 今度はチョコ味だ。

 リズムをとっているせいかクルミが通った後にはぽつぽつとチョコの道ができていて、雀がそれを追いかけて、アスファルトをつついている。

 一旦、クルミは手を洗った方がいい。

 彼女を見ていると、エソラはなぜか自分の手がベタついているような感じがして落ち着かなかった。

 クルミがソフトクリームを食べ終えると同時にエソラはトイレを探すフリをして、彼女が手を洗うよう導いた。

 

 檻の中で、老いたライオンが眠っている。

 エソラは幼い頃からこの動物園に通っており、中でもライオンが大好きだった。

 自分にはない威厳、堂々とした振る舞い、そのどれもが憧れるに足るものだった。

「こんにちはラージ。元気?」

 このインドライオン、ラージの名前はヒンドゥー語で王子という意味の言葉『ラージクマール』が由来だ。生後間もなく衰弱していた彼に、立派に成長してほしいと願いを込めて名付けられたそうだ。

 エソラの声を聞いたラージは耳をピクリと動かし、片目を開く。そしてじっとこちらを見た後、再び眠りについた。

「あのライオンさん、エソラのことわかってるんじゃない?」

「どうかな。もしそうなら嬉しいな」

 ペットを飼う家庭での犬や猫の存在は家族同然、と巷でよく言われている。

 そうなると、頻繁に動物園を訪れるエソラにとってラージは親戚といったところなのだろうか。

 ラージにはまだまだ元気に長生きしてほしい。そう願いながら、気持ちよさそうに眠る彼をしばらく眺めていた。

 

 夕食を終えたエソラは自室で読書にふけっていた。

 反転世界にいくようになってから夜の自由時間が減り、日に日に新刊が積み上がっていく。

 今夜は予定もないし一気に読み進めようと意気込んでいたところ、携帯電話が震え出した。

 着信だ。液晶画面には咲良クルミの文字が映し出されている。

「もしもし」

「エソラ、大変! すぐニュースを見て!」

 慌てるクルミの声を聞き、急いでテレビをつける。

 ニュース番組では野毛山頂動物園が中継されていた。

 上空から撮影されているのは、園内を徘徊するライオンの姿だった。

 ラージだ。ラージが檻の外に出ている。

 ニュースキャスターは檻の鍵の劣化により扉が開いてしまったのではと報じている。

 さらにラージは普段の生活スペース、つまり縄張りから出たことにより混乱している可能性があり、遠吠えをするなど興奮状態とのことだった。

 自衛隊の出動要請まで出されているらしい。もし園の外に出たり、人に危害を及ぼすことがあればラージは殺処分されてしまうだろう。

 せめて落ち着いて、園内に留まってくれればと、エソラが思考を巡らせる。

(そうだ……反転世界なら)

 小説化ノベライズなら正世界でもラージの行動を抑制できるかもしれない。しかしもし失敗すれば互いに危険が及んでしまう。

 そもそもこの状況で動物園に近づけるかもわからない。

 ただ、反転世界ならそれらの条件はなんとかクリアできる。

 おそらくラージのトゥーンは現在、凶暴化していると思われる。それを倒せば彼の心は鎮静化するはずだ。そうなれば警察や自衛隊も手荒な真似をしなくて済むだろう。

 エソラは遊園地の閉園時間が過ぎていることを確認すると、クルミにニュースやインターネットでラージの様子を見守るよう伝えた。

 その後で蝶次と竜太郎に連絡し、二人と共に反転世界に乗り込んだ。


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