エソラと新任教師
ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。
風の強い日以外は屋上で昼食をとるのがエソラの日課だ。
購買のパンを抱えたまま階段を駆け上がると、この学校で一番高いところにある扉を開けた。
「遅いよー」
座り込むクルミが箸を持ったまま手を振った。
竜太郎はおひつの弁当箱を手に正座し、蝶次は禁煙パイポをくわえ景色を見下ろしている。
「もう食い終わっちまったぞ」
「蝶次は早食いがすぎます。もう少し味わって食べないと親御さんが悲しみますよ」
エソラは三人の輪に入り袋を開けると、ソーセージパンにかじりついた。
「それで、なぜ咲良さんを呼んだのですか?」
竜太郎の問いに、クルミが強い眼差しをこちらへと向ける。
エソラは口の中のパンを飲み込み、昨日起きたことを事細かに説明した。
「三橋が……? そんな、マジかよ。お前ら……よく無事だったな」
蝶次は驚きのあまり落としてしまったパイポを拾い上げ、制服の袖で拭いた後で再び口にくわえた。
竜太郎は風呂敷で弁当箱を包むと立ち上がり、そして片手で口を覆い分析をはじめる。
「ドッペルゲンガー、反転世界へ続く空間の歪み……おそらく能力でしょう。咲良さんが見たという藍沢先生も同じ方法で連れ去られたと考えられます。それにしても、まさか、オブジェになってしまうなんて」
四人の間に沈黙が流れる。
「私、諦めてない」
颯爽と言い放ったクルミに皆の視線が集まる。
「オブジェ……反転世界における死…………だとしても、どれだけ異形でも、シノブの心と身体は形として残ってる。そうでしょ?」
クルミは覚悟を決めたというより、強く願うような表情をしていた。少なくともエソラにはそう見えた。彼女の眉間にはしわが寄り、目は微かに潤んでいる。
「オブジェは遺体、オブジェ化は死因と捉えていましたが……可能性はあるかもしれません。反転世界にまつわる出来事は人智を遥かに超えています。赤レンガすとあでの二葉の言動と行動を振り返っても、オブジェには何らかの価値、秘密があると考えるのが自然かと」
クルミは長く息をつくと勢いよく弁当の蓋を閉め、床に置いた。
そして膝に手を当て頭を下げる。
「私を、みんなの仲間に入れてください!」
蝶次は子どもに目線を合わせるかのように屈むと、クルミの肩に右手を置いた。
「ここにいるってことは、エソラは認めたんだろ? だったら文句はねぇよ、よろしくな。さ、頭上げな」
「友人を救うためなら、私もなり振り構わず行動するでしょう。断るなど論外です。ただし」
竜太郎が中指で眼鏡を持ち上げる。
「咲良さんは融合、そして能力の定着を済ませていない……能力がなければ戦闘に参加するのは難しい。さらには自らのトゥーンと遭遇した際のオブジェ化のリスクも背負っていることになります。よって反転世界での行動を共にするのには反対です」
「そんな……私だって」
「僕も竜太郎に賛成だよ。仲間外れにするわけじゃない。かわりに情報収集は人一倍頑張ってもらうから」
笑いかけたエソラに対し、クルミは頬を膨らませている。
そんな彼女をよそに、蝶次が核心をつく。
「とは言ってもよ、俺らだって気軽にほいほい行ける場所でもねぇよな」
その通りだ。反転世界では命の危険も考えられる。しかしまごついていても何も進展しないのも確かだった。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず。反転世界の調査に踏み切るべきでしょう」
竜太郎の宣言により、エソラたちは再び反転世界に赴くことを決意した。
三人が差し出した拳を見て、クルミがそれを真似る。
四人が拳を合わせたところで、屋上の扉が開いた。
「あれ、先客がいたか」
白衣を着た長身の男はそう呟くと、蝶次に目をつけた。
「ダメだよ渋谷くん、こんなところで煙草吸っちゃあ」
男が蝶次に歩み寄る。彼の口ぶりだと場所を選べば良しともとれる。
パイポと煙草を勘違いしているにしろ、注意すべきはそこではない。
「あぁん? 残念だけど俺は煙草が嫌いなんだよ。にげぇから」
蝶次は男ににらみを利かせつつ、パイポをつまみ見せびらかす。
「なんだ、そういうことか。ごめんよ、疑ったりして」
「い、いや、わかってくれりゃ、いいんだよ」
素直に謝る男に蝶次があたふたしている。いつもなら「紛らわしいことをするな」など別の叱り方にシフトされるからだ。エソラはそのような場を何度も目撃していた。
(学校の関係者……?)
しかしその言動はそれらしくない上に、エソラは男に見覚えがなかった。
「そんな目で見ないでよ、エソラくん」
疑念を気取られ、さらに名前を呼ばれたことでエソラは動揺してしまった。
(そうだ、さっき蝶次のことも苗字で……)
「フフフ、みーんな知ってるよ。咲良クルミさんに、離竜太郎くん」
男の意味深にも見える態度に緊張が走る。
「あなたは……何者ですか?」
「この学校の教師……と言っても今日からだけどね。そして君たちの担任になる時透ミナトです。よろしくね……ってあれ? どうしたの?」
エソラたちから一斉に、長いため息が漏れる。
シリアスな話の矢先の出来事なだけに、拍子抜けもいいところだった。
ミナト先生が赴任して二週間が過ぎた。もうすっかりクラスの皆と打ち解けている。
小さな顔にぱっちりとした二重まぶたの、いわゆる中性的な容姿から最初こそミステリアスに見られていたが、物腰が柔らかい上にほど良くユーモアに富んだ彼は、少し歳上のお兄さんといった立ち位置で慕われていた。
担任教師の失踪後浮き足立っていたクラスの雰囲気も、今ではすっかり和やかなものとなっていた。
その裏でエソラたちは二、三日に一度反転世界へ赴いた。
時間帯は閉園後、従業員はもちろん、通行人にも目撃されてはいけない。まごうことなき不法侵入だからだ。
観覧車は桜木町のシンボルとしての役割も果たしているため、四六時中明かりがついている。こっそり稼働するための条件は満たしているものの、仄暗い遊園地に忍び込んでいる間は生きた心地がせず、こればかりは何度やっても慣れそうになかった。
エソラたちの当面の目的は、凶暴化したトゥーン相手に実戦経験を積み上げることだった。
緊急時の撤退を考慮し、現状の行動範囲は遊園地の外周とワールドポート内に絞っているが、慣れてきたら徐々に範囲を広げ情報収集もしていく予定だ。
また、戦闘時に建物や公共物を破損させてしまうことがあったが、それらは正世界に反映されない上に別の日には復元していた。修復の形跡はなく、文字通り元通りだ。
反転世界の『物』は、時間経過により正世界での状態が上書きされるという法則になっているのではと、竜太郎はそう推測した。
反対に正世界で何か破壊すれば、反転世界でもそれが壊れた状態が常になるということだ。
さらに言えば、水、電気、電波なども正世界同様利用できた。
しかし何が明らかになろうと、不思議な、としか形容し難い謎の空間であることに変わりはなかった。
こうして手探りの行動を繰り返す中で、一つ変化が起きた。蝶次のケンカが減ったのだ。
彼はどちらかと言えばケンカを買う側のため、売る側が減ったと考えられた。
凶暴化したトゥーンを倒せば、荒れた心は鎮静化する。二葉が話していたことだ。
エソラたちが戦ったトゥーンの中に、蝶次と敵対する他校の不良生徒がいたのではないかと考えられた。
「もし町のトラブルや犯罪が減ってくるようであれば……とても興味深いですね。我々の行動に自衛以外の意義が生まれます」
竜太郎のこの言葉にエソラは共感を覚えた。
自分のために起こした行動が他人に良い影響を与えるなら、これほど幸運なことはない。
しかしエソラたちはあくまで狙われる立場であり、危機的状況から抜け出せていない。
とはいえエソラは本来、平凡な高校二年生だ。決して浮かれているわけではないが、人知れず町を守るヒーローの気分をわずかながら味わっていた。




