エソラとドッペルゲンガー
ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。
クルミからの情報収集終えたエソラは、新書を目当てに大衆書店を訪れた。
蝶次は鮮魚店の店番、竜太郎は病院の受付をするため早々に帰っていった。要は二人とも、実家の手伝いだ。
三人でいるとなかなか書店に立ち寄る機会がない。というのも、蝶次の体質が原因だ。
彼は図書館や書店などで大量の本に囲まれると腹痛を起こしてしまうらしい。まったく損な体質だと、エソラは同情している。
エソラにとって予定外だったのは、クルミと三橋がついてきたことだった。
三橋は帰りたがっていたが、クルミがどうしてもオカルト雑誌の新刊が気になると駄々をこねた。さらにどうせなら一緒にという提案がなされ、エソラも巻き込まれる形で行動を共にすることになった。
(二人きりよりはマシだけど……ああ、なんでこんな状況に)
中学に上がった頃から、エソラが女子と会話する機会は減っていった。
俯瞰することでそれは思春期特有の何かのせいだと理解はしていたものの、打開する勇気を持ち合わせていなかった。そしてそのままのスタンスで高校生活を迎えたため、今では苦手意識すらある。
そんなエソラのぎこちない態度をものともせず、クルミはことあるごとに明るく喋りかけてくれた。主にオカルトの話だが、沈黙よりは救われた。
帰り道は三人とも同じ方向だった。
そして中心街を離れ街灯がまばらになってきた頃、分岐点を迎える。
「私たちこっちだから、また学校でね」
「うん、またね」
クルミがこちらに大きく手を振る。その横で三橋が軽く会釈をした。
クルミと三橋はまだしばらく同じ道を帰るようだが、こういうときは送っていくのが男性としてのマナーだったのではと、エソラはしばらく歩いてからそんな不安に駆られた。そして立ち止まると、両手で口を覆い考える。
(もう暗いし、行方不明の件もあるし……ああでもうざいとか思われたら……いや、やっぱり心配だ。戻ろう)
踵を返し、エソラが走り出す。今ならまだ充分追いつけるはずとペースを上げる。
「きゃああああ!」
不意に上がった悲鳴はクルミのものだった。
角の先でエソラの目に飛び込んできたのはクルミと三橋、二人の背中と、その正面に立つ真っ黒な何かだった。それは影のようで、人に見えて、咲良クルミによく似ていた。
(咲良さんの、ドッペルゲンガー……いや)
直感的にそれが反転世界にまつわるものだと感じたのは、エソラが能力者だったからかもしれない。
「二人とも離れて!」
エソラの声にクルミが反応し距離をとる。三橋はまだドッペルゲンガーと向き合ったままだ。
「三橋さん!」
三橋は我に返ったのかこちらを振り向き、エソラと目を合わせる。
次の瞬間、ドッペルゲンガーが三橋の肩をつかみ彼女を引き寄せた。するとその周りの空間がぐにゃりと歪み、直径二メートルほどの、先の見えないトンネルのようなものが現れ、三橋はその中へ連れ去られていった。
残ったトンネルが徐々に小さくなっていく。
「シノブ!」
クルミは三橋を追いかけ、トンネルに吸い込まれていった。
「咲良さん! くっ……!」
エソラは一瞬とはいえ躊躇した自分を不甲斐なく思った。二人を救えるのは自分しかいない。そう意を決し、不穏が渦巻くトンネルへと、エソラは飛び込んだ。
行き着いた先は反転世界だった。その異様な空気を、エソラは肌で覚えている。
クルミは勢いよく飛び込んだせいか尻もちをついていた。
エソラが差し伸べた手をつかみ、クルミが立ち上がる。
「ありがとう。ここは……学校?」
反転世界特有の明暗ではあるが、そこはたしかにエソラたちの通う高校の廊下だった。
下校時刻を大きく過ぎているからか、トゥーンの姿はない。
あらゆる事情をクルミに説明しなければならない。
エソラが考える中、クルミが走り出す。
「シノブを探さなきゃ!」
「落ち着いて! ここは危険なんだ」
エソラの言葉に聞く耳を持たず、クルミは教室の扉を近い順から開けていく。
「シノブー!」
クルミの行動は間違っていないのかもしれない。
三橋に命の危険が迫る今、一刻の猶予も許されない。
エソラはそう思い直し、クルミに続いた。
その教室はエソラたちのクラスだった。
窓際の一番後ろ、普段三橋が座っている席に、それはあった。
「シノ……ブ……?」
おぞましい光景に、クルミの声は震えていた。
エソラには見覚えがあった。そしてその異形の像には、三橋シノブの顔がついている。
(オブジェ……だ)
黒く染まるモンタージュ。三橋が胸の内に抱えていたのは何のトゥーンだったのか。
まだ喪失の実感がないエソラの頭には、そんな考えがぐるぐると回っていた。
泣き止まないクルミにすべての事情を話したのは、しばらく立ち尽くした後のことだった。
正世界に戻るため、二人は観覧車を目指した。
道中では凶暴化したトゥーンはもちろん、クルミ自身のトゥーンにも気をつけなければならない。クルミが融合すればオブジェ化のリスクが発生してしまう。
エソラの能力が戦闘向きでないことも考慮し、慎重に歩を進めた。
小説化により正回転する観覧車に乗り込むと、クルミは充血した瞳でエソラを見つめ、こう宣言する。
「私、シノブを助ける。方法は探す。絶対助けるの。だから、仲間に入れて」
クルミは能力者じゃないとはいえもう当事者で、さらに被害者でもある。
一人にしておくと彼女に危険が及ぶ可能性がある。
「わかった。明日二人に話してみよう」
「ありがとう。よろしくね!」
エソラはクルミに差し出された手を握った。
彼女の力強い表情とは裏腹にその手はとても冷たく、そして震えていた。
「そうだ、番号教えてよ。あと」
握手を終えるとクルミはポケットから携帯電話を取り出し、こう続けた。
「クルミ、でいいよ」
今日一番の笑顔は儚げで、それを美しいと感じたエソラは、罪悪感から目を逸らした。




