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エソラと咲良クルミ

ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。

黒板に書かれた自習の文字に教室はざわついていた。

 担任の藍沢先生が学校に来なくなってもう一週間が経つ。エソラの耳に飛び込んで来るのは、やれ駆け落ちだ、やれ事件に巻き込まれたなどクラスメイトによる根拠のない憶測だった。

 皆初日こそ心配した様子だったが、日が経つにつれていつのまにかゴシップ扱いになっていた。

 ガライとの一戦による怪我で学校を休んでいた蝶次は、教室の雰囲気に面食らいきょろきょろと辺りを見回している。

 竜太郎は我関せずといった態度で勉学に励んでいた。

(小説、読もうかな)

 エソラは教科書を机の端に寄せ、鞄から読みかけの本を取り出した。

 はじめこそ周りの声に気を取られ集中できずにいたが、数分過ぎた頃には小説の世界に入り込んでいた。

「ドッペルゲンガーに違いない!」

 女子生徒が大声を上げると同時に立ち上がり、クラス中の視線を集めた。エソラもその中の一人だった。静まり返った教室は数秒後、笑いに包まれた。

 声の主は咲良さくらクルミだった。彼女は華奢な体つきとは裏腹にスポーツ万能で、持ち前の明るさからクラスのムードメーカーだ。

 誰とでも分け隔てなく接する彼女だが、その大きな瞳に見つめられると大抵の男子は視線を逸らしてしまう。

 しかしクルミにはオカルト好きという、周りからの理解を得にくい趣味を持っていた。ひとたびそれが顔を出すと、相手は一歩退いた態度になるか、嘲笑する。

 せっかくの容姿や性格も、あくまでも客観的だが、この特徴に足を引っ張られているように見えた。

 結局クルミは友人になだめられ、納得いかない様子で着席すると、オカルト雑誌とにらめっこをはじめた。

 ガライに出会ってからの数日、インターネットであらゆる事件を調べたが、それらしい情報は見つからなかった。オカルト本も数冊読破した。

 しかし誰もが一度は聞いたことのある怪談めいたものばかりで、新しい視点は得られなかった。いっそ藁にもすがる思いでクルミの話を聞いてみてもいいかもしれない。

 そう考えたエソラは仮にも授業中だからと席を立つことは控え、携帯電話で蝶次と竜太郎にメッセージを送った。

 

 

 

 

 こちらからの誘いにクルミは嬉々として頷いた。煙たがられることはあっても、オカルト話をしてほしいという要望はそうそうないのだろう。

 五人は各々好みのクレープを手に、ワールドポート一階、フードコートの席に着く。

 クルミの隣で彼女の友人の三橋みつはしシノブがうつむいている。

 長い前髪でその表情は隠れているが、態度から察するにここへ無理に連れてこられたと見える。真っ白な肌からインドアな気質が窺える彼女に、エソラはわずかながら親近感を覚えた。

「それでは、作戦会議をはじめる!」

 クルミはここぞとばかりに張り切っていた。反対にこの宣言を聞くまでそれなりに乗り気だったはずの蝶次と竜太郎はすでに辟易している。

 三橋は意に介していないのかツナマヨクレープに夢中だ。

「横浜では年間数万人近くが行方不明になってるの。そのすべてが自らの意思で失踪してるとは思えない」

 得意気に語るクルミにエソラが質問する。

「悪い人にさらわれてるとか?」

「その可能性はもちろんある。でも、至る所に監視カメラが設置してある上に、個人が簡単に撮影などの記録、そして情報を発信できる世の中だよ。目撃情報だって集めやすいはずだし、ずっと見つからないなんて不自然だと思わない?」

 たしかに謎が謎のまま保留状態になっているのなら、それなりの理由、もしくはトリックが必要だ。クルミの言う通り、発展した現代社会においては謎を作ることすら一苦労だろう。

 そこに人智を超えた何かでもなければ、だが。

「それだけでは何とも言えませんね。一理あるように聞こえますが、捜索側に対し行方不明者が多すぎる。痕跡を洗うだけでも時間が足りないくらいでしょう」

 竜太郎の言い分も真っ当で、常識的に考えればそうなのかもしれない。

 二人の意見はどちらも自然で、不自然に聞こえた。

「……普通はそう考えるよね。でも私、見ちゃったんだ」

「えっと、何を?」

 真剣な面持ちでこちらを見たクルミの澄んだ瞳に、エソラはどきりとした。

「一週間前、塾の帰りに藍沢先生を見かけたの」

 そういえば今日の自習中、クルミは先生の失踪に対し、ドッペルゲンガーの仕業だと言い切っていた。彼女は一体何を目撃したというのか。

「その日はいつもより遅くなっちゃったんだ。商店街は明るいし人通りもあるからって安心してたんだけど、少し向こうで言い争ってる人がいて、それが先生だったの。路地の方を向いてたから、そっちに誰かいたはずなんだけど……」

「声はかけなかったんですか?」

「そんな雰囲気じゃなかったの。先生、ものすごく驚いてて。目をおっきく開いて、尋常じゃない顔っていうか……それで、そのあと路地に入っていったからこっそり覗いてみたんだけど、誰もいなくてさ。足元を見るとそこに炭を擦り付けたような跡が──」

「うわああぁぁ! もうやめろ!」

 蝶次が机を叩き立ち上がった。その姿を見たエソラの頭に、幼い頃の記憶が浮かんだ。

 お泊まり会の夜、エソラと竜太郎は蝶次に交互に起こされ、何度もトイレに連れて行かれた経験がある。どうやら弱点はまだ克服できていないようだ。

「咲良さん、驚かせてごめんね。蝶次はその……怖いものが苦手なんだ」

「そうなんです。夜中のトイレも一人で行けないものでして」

 エソラの冷やかしに竜太郎が続くと、蝶次が異議を唱える。

「バカ野郎! 今は行けるし。それに幽霊とかそういうのがちょびーっと苦手なだけだ。ほら、トゥーンは大丈夫だっただろ」

 竜太郎が蝶次をにらみつける。

 当然だ。トゥーンの話に食いつかれたら、反転世界のことを説明する羽目になる。

 しかも相手はオカルト好きの咲良クルミだ。一度興味を持ったら教えるまで食い下がるだろう。蝶次もそれに気づいたのか、必死にごまかそうとしている。

「いや、あの、トゥーンと……とぅおーんと大丈夫になったんだよ」

(蝶次、それは苦しい……!)

 ぎこちない空気に堪えきれなかったのか、クルミが笑い声を上げる。

「あっはははは……いや、ごめんごめん。三人はホントに仲が良いんだなと思って」

「いえ、こちらこそ話の腰を折ってすみません」

 このままうやむやにしようと企んでいるのか、竜太郎は軽く頭を下げ、話を戻すようクルミに促した。

「いいのいいの。それで、トゥーンってなに?」

 エソラの背中に冷や汗が流れる。再び固まった空気を打ち崩したのは、ここまで静観していた三橋だった。

「クルミ、悪い癖出てるよ。何にでも首を突っ込んじゃダメ。男子がくだらないダジャレまで言ってごまかすんだから、いかがわしい隠語か何かに決まってるわ」

 クルミは紅潮した顔面を何度も横に振り、大きく咳払いをした。

「お、おほん。本題に戻るわ」

 男性陣がほっと胸を撫で下ろす。

 しかしあらぬ誤解を生み出した蝶次の罪は重い。特に竜太郎は内心穏やかでないだろう。

「それでね、すぐに警察にも相談したんだけど取り合ってもらえなかったの。結局先生はあれ以来学校に来ないしさ。これは超常現象に違いないと」

「そして教室で大声を出した……というわけですね」

「あっはははー。そんなに大きかったかなぁ」

「なぜドッペルゲンガーだと?」

 竜太郎の問いに、クルミは真剣な顔つきのまま口角を上げる。

「最近、オカルト掲示板で噂になってるの。行方不明者の目撃情報を追えば炭の跡があったり、自分とよく似た人間に襲われそうになったなんて話まである。でもやっぱり世間ではどれも非現実的だと扱われて、身内に精神病を心配される始末……らしいよ」

 五人の間に沈黙が流れる。

 フードコートは家族連れやカップルの声が溢れているが、それらがまるで世界から切り離されたかのように遠くに感じられた。

「なんていうか……感激だなあ」

 クルミが満面の笑みを浮かべている。

「何がですか?」

「身近な人がこんなにオカルトに興味を持ってくれたの初めてだから。いっそみんなで部活でも作っちゃう? オカルト研究会、通称オカ研!」

「お、オカ研……」

 前のめりになり宣言したクルミの勢いに、竜太郎はたじたじだ。

「クルミ、落ち着いて。みんなひいてるよ」

 三橋はクルミを制し、三人に告げる。

「この子こんなだけど、私の友達だから。何を探ってるかわからないけど、クルミを巻き込むのは勘弁してよね」

 長い前髪ごし、三橋の眼が鋭く光った。

(三橋さん、怒ってる……?)

「もちろんそんなつもりはないよ。ただ話を聞きたかっただけだから。二人ともありがとう。今日はもう帰ろうか」

 エソラはできる限り平静を装い、その場をおさめた。

 今後は一旦、ドッペルゲンガーの噂に絞って調べていくのもありかもしれない。

(咲良さんたちがいないときに提案してみよう)

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