エソラとガライ2
ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。
壮絶な戦いだった。互いに攻撃を避けようともせず、延々と殴り合っている。
二人に能力を使う素振りはない。
体格的に一回り大きい蝶次に、ガライは一歩も引かないどころか優勢に見えるほどの手数を繰り出す。どれだけ殴られようと笑顔で反撃するガライの姿を見て、エソラに悪寒が走った。
(住む世界が違う……)
ほどなくして決着は着いた。最後に立っていたのはガライだった。
彼は頭から額へ流れる血を袖で拭うと、うつ伏せに倒れた蝶次の頭を踏みつける。
「いやぁ見直したよ。思ったより……根性あるね」
その行為にエソラの中で何かが切れる音がした。
「やめろ……!」
エソラは小説化を発動し原稿用紙をガライに放った。避けようともしない彼の頭に、文字列が吸収されていく。
ガライは蝶次から足をどけると一歩下がり、そこから動けなくなった。
「身体が意思と違う動きをしてる……平たく言えば原稿用紙に書いたストーリーに沿って、他人を指示通り動かせるわけだ。なるほど、洗脳を思わせる能力だね。でも二葉からこう教わらなかった? 夢を力にするイメージ……!」
ガライは何かに抗うようにゆっくりと右手を上げ、人差し指を立てる。
そして自らに小規模な雷を落とした。地鳴りと共に土煙が辺りに漂う。
服についた塵を両手で払うガライだが、その足元はふらついている。
「あはは。ほら、これで自由だ。僕の夢の方が大きいんだよ」
「そんな……」
「事前情報と高い精神力さえあれば、現段階ではいくらでも対処できる。でも……体験してみてよかったよ。エソラくん……君には魔王の資質があるかもしれない」
ガライは身体をふらつかせながらエソラに歩み寄り、手を伸ばした。
「一緒に来ないか? 僕たちと世界を正そう」
(魔王? 世界? 一体何を……)
二葉が目的を語ったときと似ていた。常軌を逸した思想、狂信的にも感じられる言動。ノーと言えば殺されてしまうのではないか。そう思わせるほどの迫力が今のガライにはあった。
「……いい加減にしてもらえますか?」
禍々しい空気に一石を投じたのは竜太郎だった。
「それぞれの事情や感情があるのはわかります。先程のケンカも双方で決めたことで、卑怯な手を使ったわけでもないでしょう。当事者である蝶次にも責任があります。なので黙っていましたが……その後のことは許し難い。勝敗が決しているにもかかわらず倒れた友の顔を踏みつけ、さらに恐れるエソラを連れ去ろうなどと言語道断! 傲慢、強欲の極みです。親友にこれ以上手出しすると言うのなら、私が命懸けで相手になります!」
手元にキューブを浮かべ、竜太郎が構える。
「クールな性格かと思えば、なかなか図太くて熱いところあるんだね。竜太郎くん……君の能力も体験しておくべきかな……おっ、と」
臨戦態勢をとろうとしたガライがよろめく。能力者とはいえ、身体は生身のはずだ。
蝶次とのケンカに加え自らの能力による一撃も浴びた今は、万全にほど遠い状態だろう。
「あはは……ちょっとお遊びがすぎたみたいだね。今日のところは、お暇しようかな。全部忘れてって言ったけど、撤回しよう。僕のこと、よく覚えておいて……またね、エソラくん」
右肩を押さえ、ガライがおぼつかない足取りで去っていく。彼の姿が見えなくなるまで竜太郎は警戒をとかなかった。
ガライの気分一つでエソラたちは全滅させられていたかもしれない。それほど圧倒的な能力だった。次に彼が現れたとき、立ち向かう術はあるのだろうか。
「そうだ……! 蝶次、大丈夫?」
エソラが駆け寄ると、蝶次は既に目を覚ましていた。
「くそっ……久々にやられちまった。情けねぇ」
蝶次はゆっくりと身体を起こし、額の血を拭った。
怒りの表情に加えて、その目には涙が浮かんでいる。
「あの野郎、次はタダじゃおかねぇ」
「もう関わらない方が……」
「私もエソラの意見に同意したいところですが、彼はまた……来るでしょう」
竜太郎が爪を噛み、眉間にしわを寄せる。彼がそんな仕草を見せるのは初めてだった。そして独り言のように考察をはじめる。
「反転桜木町、能力……ガライは二葉と面識がある。そして「あいつ」「僕たち」などの言動から、他にも仲間がいる可能性が考えられる。とはいえお目当てという言葉から、本来の目的は我々ではなかったと予測できた……が、しかし先程のやりとりでエソラも標的になってしまった……と考えるのが妥当でしょう。今わかっているのはこれだけ……どれも表面的な情報と憶測でしかありません」
蝶次が拳を握り地面を叩く。
「奴らの目的も強くなる方法もわかんねぇってか……」
(謎が多すぎる……けど)
重苦しい雰囲気を払拭しようと、エソラが普段より大きい声で宣言する。
「情報を集めよう! 変な噂でも都市伝説でもなんでもいい」
「お前……なんで笑ってんだ?」
エソラに視線を向けた蝶次が、驚いた表情で呟いた。少なくとも彼にはそう見えたのだろう。エソラにそんな気はなく、この状況に不安も恐怖も感じている。しかしそれと同時に高揚感があるのも事実だった。それは執筆の最中、着想を得た瞬間に現れる心のうわずりに似ていた。
「蝶次、鼓舞ですよ。私はエソラに賛成です。不可解な事象には反転世界や能力が関わっている可能性があります。原理がわかれば準備できることもあるかもしれません」
「オカルトってやつだな。よっしゃ、やるしかねぇか」
蝶次は立ち上がり、空に向かって両手を突き上げる。強く握られた拳は小刻みに震えていた。
満身創痍の蝶次を二人で支え、廃工場を後にする。
今にも雨になり落ちてきそうな分厚い雲が、空に広がっている。
行き場のない不安を抱えたまま、三人は帰路に着いた。




