エソラとガライ1
ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。
反転世界に迷い込んだ翌日、エソラの身体は普段より重かった。
疲れが溜まっているのか、能力覚醒などの異質な現象の影響なのかは定かでないが、風邪を引いたような心地だ。おかげで授業に集中するどころか小説を書く気力もなく、ただなだらかに一日がすぎていった。
正世界に戻ってきたのは深夜二時を過ぎた頃で、帰還直後、蝶次と竜太郎のオブジェ化も無事収束した。
観覧車の件はたいした騒ぎになっておらず、ネットニュースによれば『落雷の影響で観覧車が誤作動を起こしたが破損はなし。乗客はおらず、近くにいた来園者、従業員共に被害はない』とのことだった。
エソラたちが乗車した事実はまるでなかったことになっていた。たしかにエソラたちが反転世界に行った後のゴンドラはもぬけの殻で、そこを確認しても乗客はいなかった、または無事避難したという結論になってしまうだろう。
仮に説明しても信じてもらえるわけがない。それどころか頭のおかしくなった少年として病院に連れて行かれるかもしれない。
そんな議論をSNSのグループトークで就寝直前まで交わし、この不可解な事象は三人の秘密として扱うことに決まった。
「エソラ、帰ろうぜ」
いつも通り蝶次、竜太郎と共に下校する。
話題はもちろん昨日の件についてだが、まるで夢の話でもしているかのような感覚に陥る。
それほど現実味がなく、何一つ定かな情報もない。確かなのは三人でこの経験を共有していること、そして能力を反転世界にいたときと同様に使えることだった。
学校から遠のくにつれ、人通りが少なくなっていく。
突然、蝶次が足を止めた。
彼の視線の先にはオレンジ色の髪をした中背の男が立っている。
年の頃はエソラたちと同じだろうか。しかし平日だというのに制服姿ではなく、黒いパーカーにジーンズを合わせた服装だ。
男は短く不揃いな前髪を指先で撫で、笑みを浮かべている。その不気味な挙動が気になったのか、蝶次は男に近寄り話しかける。
「なんか用か?」
目の前に立ち見下ろす蝶次に物怖じせず、男が話しはじめる。
「あはは、怖いなぁ。ちょっと昨日のことを確認したくてさ」
エソラと竜太郎は顔を見合わせた。
(昨日のこと……まさか観覧車の件?)
「道の真ん中じゃなんだし、あの辺りでどうかな?」
男はそう言うと道を一本外れた先にある廃工場を指さした。
エソラたちは金網のフェンスを乗り越え、廃工場の敷地に足を踏み入れた。
そして三対一で向かい合い、本題に入る。
「それで、昨日の件とは──」
「反転桜木町のことだよ」
竜太郎の言葉を遮り、オレンジの髪の男が続ける。
「ほら、観覧車に雷が落ちたでしょ?」
「見てたのか?」
蝶次が男をにらみ、問いただした。
「見てたっていうかさ、僕がやったんだよね」
呆気にとられるエソラたちを見ながら男はニコニコと笑い、十数メートル先にある身の丈ほどの木を指さした。すると辺りに閃光が走り、短い雷鳴が響く。
(かみなり……!)
木の表面が焼け焦げ、黒い煙が上がっている。小規模の雷が発生した痕跡だ。
「信じ難いですが……あなたが観覧車を逆回転させたということですか……その能力を使って」
「そうそう。まあ、手法としてはかなり強引だけど、ちょうど台風が来ててごまかしも利きそうだったし。それにしてもさすが頭脳明晰な竜太郎くんだ。話が早くて助かるよ。お察しの通り。僕はね、雷を操れるんだ。とある事情でね、あの時間の乗客を向こうへ飛ばしたわけ。それなのにお目当てが見つからなくてさ、君たちに話を──」
「てめぇのせいか」
なぜ男はそんなことをしたのか、なぜ竜太郎のことを知っているのかなど聞きたいことは山程あったが、それを尋ねる間もなく蝶次は男の胸ぐらをつかみ、顔を近づける。額がぶつかるほどの距離だ。
「トサカくん、まだ話の途中なんだけど?」
「俺は蝶次だ。てめぇはなんて言うんだよ? オレンジ野郎」
男はやれやれといった様子で両手のひらを上に向け首を振った。そして名を名乗る。
「僕は賀来新一。仲間にはガライって呼ばれてるよ……トサカくん」
ガライは蝶次の手を払うと一歩下がり、パーカーの生地が伸びていないか気にしながら話を戻す。
「あの観覧車には君たちの他に誰も乗ってなかったの?」
「私たちだけのはずです」
あの日、反転桜木町の遊園地に降り立ったのは確かにエソラたちだけだった。
二葉は別のルート、または三人より先に向こうに行っていたに違いない。
「やっぱりね。まったくあいつときたら、予言って言い張る癖に外れるよなぁ。君たちが嘘をついてるなら……べつだけど」
一瞬目つきを変えたガライにエソラの身体が震え上がる。彼の心に潜む闇と言えばいいのか、得体の知れない重圧が感じ取れた。
「まあいいや。忠告しておく。全部忘れた方が身のためだ。反転世界も、覚醒した能力のことも」
立ち去ろうとその身を翻したガライの肩を、蝶次がつかんだ。
「待てよ。お前のせいであんな目にあったってことだよな? なのに詫びの一つもなしかよ」
ガライが振り向き、目を細める。
「……二葉から聞いたよ。君たちの能力、なかなか凡庸だよね。特に、トサカくん」
「あぁん?」
蝶次は再びガライの胸ぐらをつかみ、彼の身を引き寄せた。
「てめぇ、ちょっとイカした能力持ってるからって粋がってんじゃねぇぞ?」
ガライの能力が脅威的なのは明らかだ。先程の小規模な雷はともかく、観覧車への落雷は災害としか思えない代物だった。そんな相手に食ってかかるなど、並大抵の度胸でできることではない。
そんな蝶次をガライが馬鹿にした態度で笑い飛ばす。
「あはは。イカしてるでしょ。これだけ強力な能力はなかなか発現しないだろうからね。でもね、粋がってるのは君の方だよ? 僕は生身の戦いでも、君みたいなクズには負けない」
ガライの挑発に蝶次の耳が紅潮していく。
「この野郎……!」
「ああ、勘違いしないでくれ。エソラくんと竜太郎くんには一定の敬意はある。能力によって評価はしても差別はしない。クズは君だけさ。社会のクズ……僕は不良を見ると虫唾が走るんだ」
蝶次がため息をつきガライを突き放す。そしてエソラたちにこう告げた。
「よぉしわかった。お前ら手ぇ出すなよ。タイマンだ」
「そうだ。どんなものかこの目で見ておきたいし、トサカくんは能力を使ってもいいよ。名前のわりに甘ったるい力をさ」
その言葉を合図にケンカが始まった。




