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エトセトラ

ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。

「出口は?」

 そう尋ねた蝶次に、二葉はおどけるというより馬鹿にした態度をとる。

「あらごめんなさい。保護も出口もウ・ソ。君たちにもここに並んでもらうわ。大人しく従うなら、痛くしないわよ」

「これを……二葉さんがやったっていうの?」

 時間にすれば数時間だが、その短い間でも、エソラは無力な自分を否定せず慰めてくれた二葉に信頼を寄せていた。声が震えたのは恐怖だけのせいではなかった。

「真なる世界のために必要なのよ……すべては神の御心のままに」

 二葉の意味不明な主張を聞いて、蝶次と竜太郎が構える。

「狂ってんな……でもよぉ」

「私たちに戦い方を教えたのは間違いでしたね!」

 竜太郎が『隔離アソート』を発動し、無数の小型キューブを二葉に放つ。しかし二葉は自らの影を触手のように伸ばし、それを打ち落とす。その隙を狙い蝶次が飴のナイフで切りかかるが、これも影の触手に防がれてしまう。

 反動で退いた蝶次が歯を食いしばる。

「影の能力……ナイフだけじゃねぇのかよ」

 二葉の影には実体がある。

 ここまでの道のりではそれをナイフとして使いトゥーンを倒していた。しかし彼女の真骨頂は、影を自由自在に操ることのようだ。それは木のようにしなやかでありながら、鈍器として扱えるほど硬かった。

 竜太郎のキューブや蝶次の飴のナイフも生身で食らえばひとたまりもないはずだが、それらをいとも簡単に受けられるということは、強度としては彼女の能力の方が一枚上手なのかもしれない。

「フフフ。そろそろ頃合いじゃないかしら」

 二葉が意味深に笑ったその直後、竜太郎と蝶次に異変が起きる。

「これは……!」

 竜太郎の肩や腕から、制服を突き破りキューブが生えてきている。

 そして蝶次の頬とまくられた腕には鱗のように飴が貼り付いていた。

 まるで能力が暴走しているようだった。

「始まったわね。オブジェ化よ。能力を駆使すれば侵食の速度は増す……出来損ないがいたのは予定外だったけど」

 二葉は侮蔑した面持ちでエソラに視線を送った。裏切られたという気持ちがエソラの中でより一層強く感じられた。

「逃げよう! 出口を探すんだ」

「そうですね。一旦──」

「そうはいかない」

 エソラに同意した竜太郎の言葉を遮り、何かの鍵を掲げて二葉が続ける。

「出口は時計回りの観覧車。動力室の鍵はこれ。そして……正世界に戻れれば能力は身体に定着し、オブジェ化は収束する。君たちが助かる道は一つ。わかるわね?」

「ちくしょお!」

 蝶次は侵食を顧みず、飴のナイフを二葉に振るう。しかしそれは影で打ち払われ、いとも簡単に折れてしまった。

「蝶次、離れて!」

 竜太郎は両手を前に突き出すと、身体より大きなキューブを生成し、二葉に放った。

 地鳴りと共に大量の粉塵が舞う。視界が悪く、二葉の様子がわからない。

(どう……なった?)

 エソラが油断と呼べないほど小さく息をついた途端、粉塵を影の触手が突き抜けた。

「エソラ!」

 触手とエソラの間に蝶次が割り込む。

「ぐあああぁ……!」

 縛り上げられた蝶次が苦痛に顔を歪めている。

(僕のせいで…………!)

「蝶次……エソラ……ぐっ」

 振り返ると竜太郎も触手に捕らわれていた。首が締まっているのか、か細い声を漏らしている。

「バカね。役立たずなんてかばうから」

「あ……あぁ……」

 エソラは絶望感から、声も思うように出せなかった。

 そこに二葉が言葉で追い討ちをかける。

「エソラくんの夢は小説家だったわね。さぞ魅力的なキャラが登場するんでしょうね。でもね。現実ではそんなもの、ただの紙クズよ」

 『夢を力にするイメージよ』

 エソラの頭にあのときの二葉の台詞がリフレインする。

 身体に力が入らない。しゃがみ込み手をついた地面に、頬を伝った涙が落ちる。

 それでもエソラは顔を上げて話した。

 蝶次と竜太郎の顔を見て伝えたかった。謝りたかった。

「主人公じゃなくていい。僕は……二人の仲間でいたいだけなのに……足を引っ張るばかりで、脇役にもなれない……!」

「へぇ……モブなりにいい顔するじゃない。バッドエンドにふさわしいわ」

 二葉は恍惚とした表情でエソラをじっと見つめている。

 蝶次と竜太郎は怒りを露わに、エソラをにらみつけた。

「男のくせに……悲劇のヒロインみてぇなツラしやがって。ナメんじゃねぇ! 俺の人生は俺のモンだ!」

「君の人生の主役は、君しかいないだろう! エソラ!」

 二人の言葉に撃ち抜かれた心臓が跳ね上がる。それと同時にエソラの手には異様な形の万年筆と古びた原稿用紙が出現し、頭には思考が駆け巡った。

(蝶次は飴細工を両手から発していた。直感的な行動かもしれないが、彼は自らの能力を決めつけている可能性がある。竜太郎はどうだろう。彼の『隔離アソート』にはサポートに役立つ側面、すなわち汎用性があるのではないだろうか。賢明な彼なら気づけそうなものだが、トゥーンを倒す、つまり戦闘という目的に縛られ、その奥まで思考が至らなかったのかもしれない。それも二葉さんの狙いだとしたら、やはり一筋縄ではいかない相手だ。しかしたった今発現したこの能力なら、きっと彼女を出し抜けるはずだ。まずは────)

「あら。仕事が早く済みそう」

 エソラの覚醒を察し、二葉は幸運とばかりに微笑んだ。

 そんな彼女を蝶次が挑発する。

「残念だったな二葉さんよぉ。エソラは俺らん中で一番すげぇ」

 首に巻き付いた触手に抗い、竜太郎が続く。

「その……通りです。才気溢れる彼と並べば、我々も、あなたもただの……エトセトラにすぎない……!」

 エソラが筆を走らせ、書き終えた順に蝶次、竜太郎へと古びた原稿用紙を放つ。

 鳥のように滑空する原稿用紙が二人の身体に触れると文字が浮かび上がり、頭の中へと流れ込んでいった。

「味方に……?」

 自分への攻撃を警戒していたのだろうか、二葉は意表をつかれ動けずにいた。

 その隙に蝶次が全身から飴の塊を生成し、影の触手を押しのける。刃物として扱っていたときとは打って変わって、厚みのある飴の強度は影の触手のそれに勝るとも劣らない。

「全身から能力を……!」

 二葉が顔を歪め、蝶次をにらみつけた。

 そちらに気をとられたのか、竜太郎への拘束が一瞬緩んだ。

 竜太郎はその隙を見逃さず、影の触手から抜け出した。

 蝶次が飴のナイフをいくつも生み出し、二葉に放つ。しかし二葉は影を足場に跳躍を繰り返し、ナイフをすべてかわした。

 蝶次と二葉の間に生まれた距離、その空間に竜太郎がキューブを浮かべる。

 それを目掛けて蝶次が紐状の飴を鞭のようにしならせる。

 飴の鞭がキューブに貼り付くと、そこを支点に蝶次はターザンロープの要領で二葉へと迫った。

「それは……水飴? 成分を調整したのね。強度も普通じゃありえない……!」

 さすがの二葉も動揺を隠せないようだ。

 蝶次が空中で飴のハンマーを生成し、二葉に振るう。しかしその一撃は大木の幹ように太い影の触手に阻まれた。

「無駄のない連携に能力の応用……やるじゃない」

「くそっ……」

 悔しさを滲ませる蝶次が一旦退くと、二葉はエソラに視線を向ける。

「エソラくん。あなたの能力は伝達テレパス能力上昇バフ。そんなところかしら?」

「……さあ、ね!」

 エソラは蝶次に向けて再び原稿用紙を放った。

「そうはさせない!」

 影の触手を伸ばし、二葉がそれを奪い取った。二葉の手に渡った原稿用紙とそこから浮かび上がった文章が、彼女の身体に吸い込まれていく。

「フフフ。これで作戦は筒抜け。さらに私はレベルアップ──」

「シナリオ通りさ」

「え?」

 エソラの台詞に戸惑う間もなく、二葉の影が消えていく。

「今だ! 蝶次!」

 盾のない二葉に飴のハンマーが振り下ろされる。

 鈍い音と共に気を失った二葉に、蝶次がこう言い放つ。

「バッドエンドはあんたの方だったな」

 竜太郎が安堵のため息をもらし、エソラを見る。

「エソラの能力は一体……?」

 竜太郎の疑問はもっともだ。二葉が能力を解除した理由、それがエソラの能力によるものであることは明らかなのだから。

「読者を登場人物に変える力。二葉さんなら……小説化ノベライズとでも名付けるんじゃないかな。最後の一ページは能力を解除する二葉さんを書いたんだ。狡猾な彼女なら奪ってくれると信じて」

 端的に言えば、原稿用紙に触れた者をエソラが書いた脚本通り操作できるのだ。とはいえ実現可能な範囲でという条件つきだ。当人に不可能なこと、たとえば蝶次に火を吹けと記してもそれは無効になる。

 蝶次と竜太郎に対し行使した小説化ノベライズは、エソラが気づいた彼らの潜在能力を引き出す形で執筆したため、彼らは実行できたのだ。

「さすが」

「俺たちのエソラだ」

 三人は拳を合わせ、手短に勝利を讃えあった。そして倒れている二葉のポケットを探る。

 見つけた鍵は戦闘の影響で折れ曲がっており、とても使えそうになかった。

 その事実に頭を抱えうなだれる蝶次を、竜太郎が宥めている。

(……もしかしたら)

 エソラの頭に一つの可能性が浮かび上がる。

「急ごう。僕に考えがある」

 二葉が目を覚ます前に、自分たちがオブジェになってしまう前にと、三人は観覧車へ急いだ。

 


 園内は反転世界に来たときと同様に静かだった。反時計回りの観覧車の音が静寂を助長する。

 そんな中、蝶次が不安そうに呟く。

「そんで、どうすんだよ?」

「こう……する」

 エソラは能力を発動すると、古びた原稿用紙にペンを走らせる。そしてそれを観覧車へと放った。

 浮かび上がった文字列と共に、原稿用紙が観覧車に吸い込まれていく。

「なるほど……」

 竜太郎は察したようだ。

 エソラはこの観覧車を自分の物語に登場する物と捉え、シナリオに沿って動くよう促そうと考えた。

 つまりエソラはこの観覧車に、しばらくの間時計回りに動くという役割を与えたのだ。

 観覧車は緩やかに停止すると、目論見通り正転しはじめた。

「やった! やったなエソラ!」

 颯爽と走り出した蝶次に続き、エソラと竜太郎も観覧車に乗り込む。

 ゴンドラが頂点に向かってゆっくりと登っていく。

「ごめん」

「何がですか?」

 うつむき謝るエソラに、竜太郎が聞き返した。

 そしてエソラがこう宣言する。

「これからは二人の親友である僕を、誇ろうと思う」

 その言葉を聞いた二人は、両親のような、兄弟のような優しい眼差しをエソラに向けていた。

 そこには愛情が溢れていた。

 しかしその空気をむず痒く感じたのか、蝶次がおどけはじめる。

「おう。安心してピーピー泣きやがれ」

「ちょっと、やめてよー!」

「蝶次……デリカシーなさすぎです」

 皆でひとしきり笑うと、蝶次が思い出したように提案する。

「あ。帰ったらワーポでクレープ。決まりな!」

 

 正世界行きの観覧車が今、頂点に達する。

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