エソラと二葉
完結目前です。どうか最後までお付き合いください!
ランドマークツリーを出たエソラたちは、すぐにその異変に気がついた。
「空が……青い」
エソラたちが見上げた空は見慣れた色をしてた。それは間違いなく正世界のものだった。
「結合がはじまったんだ」
そう呟いたガライに、皆の視線が集まった。そしてガライがミナトに問う。
「ミナト……さんは知ってるでしょ? アポロンの目的を」
「うん、みんなにも話したよ。咲良さんが狙われた理由まではね。なぜオブジェを集めているのかと、結合を目論む動機は僕も知らない。それにしてもこの状況は……本当にカノンが復活したんだね」
クルミがうつむき、肩を震わせている。
「ごめんなさい。私のせいで……」
「クルミは悪くない。向こうが──」
エソラは言いかけたところで我に返り、言葉を止めた。
「いや、僕たちが傲慢だったのさ……すまない」
反省するガライの肩を支えながら、蝶次が言葉をかける。
「もう過ぎたことだろ。それよりこれからだ」
「……ありがとう。僕の知っている限りを伝えよう」
以前より穏やかなガライの声に、エソラたちは耳を傾ける。
「まず、僕はカノンと面識がない。だからこれは組織……アポロンの一員として二葉から聞いた情報だ。カノンが結合を目指す理由……それは病気だ」
(病気……)
エソラはガライから出た意外な言葉に少し戸惑った。
ガライは一呼吸置いて話を続ける。
「いわゆる不治の病ってやつだ。といっても、すぐにどうこうってものじゃない。でもいずれ身体の自由はなくなって、生命活動を維持するのも難しくなるそうだ」
「それで反転世界で暮らしはじめたのか……僕を捨てた理由も──いや、彼女はもう僕の母親じゃない。すまない、続けてくれ」
そう呟いたミナトを見て、ガライが頷く。
「反転世界では歳をとらない……つまり病状も進行しない。そしてここからが重要なんだ。カノンは……人間が好きらしい」
「それにしちゃあずいぶん物騒なことしてんじゃねぇか」
蝶次の台詞にガライが苦笑いする。
「……彼女なりに葛藤はあったんじゃないかな。初期のアポロンは人助けの組織だったみたいだしね。だけど結局、反転世界に住み続けなければいけない状況に耐えられなくなり、結合を決意した。正世界と同様に他人との関わりを持って暮らせるよう、世界を一つにする。そのためにはどんな犠牲もいとわなかった。そしてその果てに……国家としての独立を目論んでる。永遠の命が与えられる国をね」
エソラたちは唖然とした。日本が、いや、世界がそんな国の存在を認めるわけがない。
エソラが思わず口にする。
「そんなもの、まかり通るわけがない」
「そうなれば、戦争だ」
ガライがそう言い切った。しかし竜太郎がそれに反論する。
「いくら能力があるとはいえ、兵器相手では分が悪いでしょう」
「兵器ならある。そして軍隊でもある。それは……トゥーンだ。彼らを刺激し凶暴化させれば、不死の軍団の出来上がりだ」
ガライの真剣な眼差しに、エソラたちが息を呑む。
「でもさ、結合は一度失敗してるよね?」
クルミの核心をつく質問に、ガライはこう答えた。
「そのために僕たちはオブジェを集めてたんだ。実はオブジェは高エネルギー体で、触れるとオブジェ化を抑制する効果がある。あくまで抑制であって、クルミさんの能力のように解除はできないけどね」
手で口元を覆い考え込む竜太郎が、何かに気づいたように顔を上げる。
「ということは──」
「そう、彼女たちは赤レンガすとあにいる」
エソラたちが視線を合わせる。全員満身創痍だ。しかしガライの話を聞いてしまっては、ここで引くわけにはいかない。エソラは拳を握りしめ、宣言する。
「……いこう。僕と蝶次と竜太郎の三人で。クルミは三橋さんのそばにいてあげて。ガライは正世界に戻ったらすぐに治療するんだ。そしてミナト先生はクルミたちを無事送り届けてください。ラージは……また向こうで会おうね」
エソラの意見に異を唱える者はいなかった。それぞれが自分の状態や立場を充分に理解していたからだろう。
クルミたちを見送った後、エソラたちは赤レンガすとあへと急いだ。
赤レンガすとあの外にあるイベントスペースには多数のオブジェが並べられていた。それらに囲まれた女性、神應カノンは空に向かって両手のひらを突き上げている。
彼女を中心に、黒と青の気流が空に向かい渦巻いていた。
「あら……四葉たちは負けたのね。まったく出来の悪い子だわ」
オブジェの陰から現れたのは二葉だった。
「自分の娘を悪く言うなんて、最低な母親だね」
「あらエソラくん。生意気な口をきくようになったじゃない。まあ、いいわ。そのまま見届けてくれるなら、こっちからは手出ししない。約束するわ」
二葉の提案に蝶次が反発する。
「そんな条件、飲めるわけねぇだろ!」
「やはり……私たちに戦い方を教えたのは間違いでしたね」
竜太郎は手元にキューブを浮かべ、そう言い放った。
「そう、じゃあ……本気で相手をしてあげる」
二葉の影が伸びると、彼女はそれに包まれていった。そして徐々に肥大していく。
「これは教えてなかったわよね……トゥーン化」
影に包まれた二葉はドラゴンのような姿になり、それはゆうに十メートルを超える大きさだった。
「トゥーン化だって……?」
ドラゴンになった二葉が、困惑するエソラにこう答えた。
「あなたたちの、自分のトゥーンはどんな形だったのかしら? 私のはこうだった。私の能力はそのまま使うより、心の姿になった方が強力なのよ!」
二葉が大きな口から吹き出した影は、あっという間に辺りに広がった。エソラの額に汗が滲む。明らかに熱を帯びたそれは色こそ黒であるものの、もはや炎だった。
「くそ、ラージのときと同じだ。俺は使いもんにならねぇ! ただでさえ戦い続きで動きが鈍ってるてのに!」
浮き足立つ蝶次を竜太郎がなだめる。
「落ち着いて。ラージとは違って、身体に炎を纏っているわけではありません。きちんとかわせば蝶次の攻撃も届くはず。どちらかと言えばガライ戦に似ています」
「そうか……! そんじゃあ根性見せるしかねぇな!」
蝶次が二葉に向かって一直線に走り出す。二葉が迎撃しようと口を大きく開けたそのとき、竜太郎が口内にキューブを生成した。
「がっ……!」
キューブをくわえた形になった二葉に、黒い炎が逆流する。
「うああぁぁぁぁああ!」
叫び声を上げ悶える二葉に、蝶次が襲いかかる。
飴をまとった拳による渾身の一発が、二葉の脳天に直撃した。
二葉はよろめいたがその直後、蝶次を尻尾でなぎ払った。
飛ばされた蝶次は赤レンガすとあの壁に激突し、そのまま倒れ込んだ。
意識を失っているようだ。
すかさず二葉が蝶次に向かって突進する。
「蝶次!」
エソラはこの日二度目の超人化を発動し、猛スピードで二葉に体当たりをした。
二葉はカノンの方へと倒れ込んだが、体勢を立て直す。
その間にエソラは蝶次を抱え、後方の竜太郎の元へ走った。そして蝶次を預け、すぐに前線に復帰する。
二葉がエソラに狙いをつけ、黒い炎を連続で吹き出した。
先程までより威力はないが動作が素早く、竜太郎が口内にキューブを生成する隙はない。
エソラはその攻撃をかいくぐり二葉へと迫るが、尻尾に迎撃されてしまい思うようには近づけない。
(くそっ……もう限界だ)
超人化の影響でエソラの身体はボロボロだった。それでも心だけは折れまいと顔を上げたエソラに、二葉が奥の手を見せる。
大きな羽を広げ、空に舞い上がったのだ。
「そんな……空を飛ばれたら、もう……」
エソラの身体から力が抜けていく。
瞬間、エソラの視界が真っ白になる。
(光……?)
反射的に目を閉じたエソラの耳に、大きな地響きが聞こえた。
そしてエソラが次に見た光景は驚くべきものだった。
「くっ……おおぉぉぉあぁぁ………」
そこには地面に打ちつけられた二葉の姿があった。
身体は焼け焦げ、立ち上がるのもままならない状態だ。
「僕の友達を、いじめないでよ」
エソラが振り向くと、そこには人差し指を立てたガライがいた。
「ガライ……!」
(二葉さんはガライの落雷を食らった。しかも小規模でなく、本気の──いける)
竜太郎が無数の小型キューブで追撃する中、エソラが全速力で二葉へと駆ける。
「く、そんな、私は……また!」
エソラの拳が二葉のこめかみを打ち抜いた。よろめいた二葉から蒸気のように黒い霧が放出されていく。そして霧が晴れると、そこに倒れていたのは人の姿をした彼女だった。
(やった──)
そう思ったのも束の間、エソラたちの足元が大きく揺れはじめた。
カノンに視線を向けると、彼女を囲んでいたオブジェがなくなっていた。
それは結合の終わりが近いという証拠でもあった。
「まずい!」
エソラが小説化を発動する。そして原稿用紙を竜太郎に放った。
「エソラ……! こんなこと、できるわけないでしょう!」
小説化を受けた竜太郎は驚きを隠せない様子だ。
しかしエソラたちに残された時間は、おそらくあとわずかだった。
「竜太郎……必ず帰ってくるから。アンを、お願い」
エソラがカノンの元へと走る。その姿を見てカノンは笑みを浮かべた。
「フフフ、遅い。世界は今、一つになる──」
その瞬間、エソラの時間は止まった。
エソラの意識が戻ると、目の前には真っ白な空間が広がっていた。
(竜太郎……ありがとう)
静かに涙を流すエソラの前で、カノンがうろたえている。
「ここは……『何もない部屋』? なぜ……! 私は、結合を果たしたんじゃ……」
「結合はすんでのところで止まったはずだよ」
カノンがエソラをにらみつける。
「あなた……エソラくんだっけ。一体何をしたっていうの?」
エソラはあの戦場でカノンと対峙した瞬間、ミナトからもらった砂時計を使用した。その効果によりエソラとカノンの時間は一分ほど止まったはずだ。
その間に竜太郎は二人を隔離し、この『何もない部屋』に送り込んだ。
エソラはその旨をカノンに伝えた。
「そういうこと……でもいいわ、私の能力ならここから脱出できる」
「竜太郎が作った隔離空間では、能力が無効化される。そして彼にはもう一つ頼んであるんだ。あなたが亡くなるまで、この空間を保ってほしい……ってね」
エソラの言葉にカノンは愕然としている。
「嘘……私は……ここで、一生を終えるの? そんな……そんなの嫌よ、死にたくないから、あんなことまでしたのに! それを一人で死ねなんて、よくこんな発想できたわね! あなた真っ当な人間じゃない……! そうよ二葉は? せめて二葉だけでも……友達なのよ!」
カノンは上に向かって何度も両手を突き上げ、その度に絶望している。おそらく能力の発動を試みているのだろう。しかしそれは叶わない。
「一人じゃないよ。僕がいる。ちゃんと看取ってあげる」
(真っ当な人間じゃない、か)
カノンは手で顔を覆い、声を上げ泣き出した。
何もないこの部屋で、その時間は永遠のように長く感じられた。