エソラと四葉
GWを過ぎてしまいすみません。
あと少しお付き合いください!
「さて、これで互いの取引は済んだけど……まあ収まりがつかないよね」
ガライはそう言うと、間髪入れず『落雷』を発動した。
エソラたちはガライの指の方向で位置を予測し、雷を紙一重でかわした。しかしエソラは体勢を崩してしまう。
そこに四葉が駆け寄り、エソラの頬を触る。すると四葉の手から光が漏れ出した。おそらくそれがコピー完了の合図だろう。
四葉は両手を大きく広げ、エソラのドッペルゲンガーを作り出した。すかさずエソラがドッペルゲンガーに小説化を放つが、簡単にかわされてしまう。
(二葉さんはいない。僕が三橋さんを……このドッペルゲンガーを足止めすれば、きっと蝶次たちがやってくれる)
エソラはここが正念場だと判断し、自らに小説化を行使した。超人化したエソラのスピードに翻弄され、ドッペルゲンガーは身動きをとれずにいた。
「へぇ……そんな使い方もできるんだ」
四葉は微笑むと、ドッペルゲンガーに視線を向ける。するとドッペルゲンガーは小説化を自らに行使した。
(まさか……超人化? 能力の応用までできるのか……!)
超人化したドッペルゲンガーとエソラの戦いは互角だった。一進一退の攻防を繰り返す。
(ドッペルゲンガーにダメージは与えているけど、これで三橋さんが消耗しているかがわからない……いつまで持つか……)
エソラは体力に不安を抱えながらも、勝負を決めるような一手は避けていた。そういった攻撃には大きな隙ができるリスクがある。
あくまで自分の役割は足止め──持久戦を覚悟し相手と向き合っていた。
しかしその最中でも、蝶次たちの様子を窺うことを怠らなかった。
向こうの状況によってはエソラの役割も変わるかもしれない。そう考えていたからだ。
ガライは絶えず蝶次と竜太郎、そしてクルミに指を向け、自分を巻き込まないよう小規模の雷を落とし続けていた。小規模と言っても通常の雷と比べて、だ。食らえばひとたまりもないだろう。
「このままじゃらちが明かねぇ。俺は……いくぜ」
「特攻する気ですか、危険です!」
蝶次の無謀とも言える判断を、竜太郎が制止する。
「頼む……竜太郎。負けたままじゃ我慢ならねぇんだ」
「蝶次……まさか、初めからそのつもりで……」
蝶次は竜太郎に笑いかけた後、走り出した。雷の被弾を顧みず、ガライに向かい一直線だ。
蝶次は二発、三発と落雷を受けながら、ガライの懐に潜り込むことに成功した。しかしそこで力尽きてしまう。足元はふらつき、立っているのもままならないように見える。
そして蝶次は抱きしめるようにガライにもたれかかった。
「今……だ!」
竜太郎がガライと蝶次を包むように、隔離空間を生み出す。
「遅いよ。そんな罠にかかるわけ──」
ガライはその場から動こうとするが、蝶次は手を離さない。
「離す……もんかよ……!」
二人が膠着している間に、竜太郎が六畳程度の空間を作り終えた。
満身創痍の蝶次はガライから離れると、そのまま膝をついた。
ガライは蝶次を指さし雷を落とそうとするが、竜太郎の隔離空間内では能力は発動できない。
「ふうん、竜太郎くんの能力のせいかな? なかなか……捨てたもんじゃないね。たしかにこれで僕は囚われの身だ。でもこのままでも……トサカくん、彼を殴り殺すことはできるよ」
竜太郎が噛み締めた唇からは、血が流れていた。
「どうする?」
笑みを浮かべるガライの肩をつかみ、蝶次が立ち上がる。
「誰をどう……するって?」
「へぇ……まだ立てるんだ」
蝶次は両手で自らの頬を叩くと、ガライをにらみつける。
「てめぇには……借りがあるからな。ここできっちり……返してやるよ」
「ここまできてケンカとは野蛮だなぁ。けど……いいねぇ、受けて立つよ!」
竜太郎の隣でクルミが待機している。能力を行使し続ける竜太郎のオブジェ化がはじまったとき、すぐに回復するためだ。
蝶次とガライの勝負の行方については、もう蝶次を信じるしかない。あの状況に持ち込めただけでも奇跡に近い。
一方でエソラの戦闘の状況は芳しくなかった。
相変わらず互角の状況は続いているが、エソラの身体が悲鳴を上げていた。
超人化の最中に筋肉痛に襲われるのは初めてだ。このままでは無傷の四葉に分があるように見える。しかしどうやら彼女はドッペルゲンガーを操作する間、身動きがとれないようだ。
その隙をつけないだろうか。エソラが思考を巡らせる。
(もう僕には小説化しかない。しかし彼女もガライやミナト先生と同様に僕の能力について知っていて、さらに強い心も持っているに違いない。そうなるとやっぱり……そうだ、やるしかないんだ。たとえ魔王と呼ばれても、クルミの、仲間のために!)
「とどめよ!」
四葉の声に合わせ、ドッペルゲンガーの渾身の一撃がエソラを襲う。エソラはそれを受けながら、四葉に小説化を放った。
不意をつかれた四葉に、原稿用紙とそこから浮かび上がった文字が吸い込まれていく。
「ふん、こんなもの私には通じな────」
四葉は糸の切れた操り人形のように脱力し、その場に倒れ込んだ。それと同時にドッペルゲンガーは水に流された泥のように溶け、消えていった。
エソラは四葉に駆け寄ると座り込み、彼女を抱える。
少しうなされているものの、どうやら眠っているだけようだ。
エソラは蝶次たちに視線を向けた。
対峙する二人は、満身創痍だった。口や額からかなりの出血をしている。蝶次に至っては雷を数発受けた影響からか、はだけた服や肌に焼け焦げたような跡がある。
「そろそろ……終わりにしようぜ」
蝶次がガライに向かって、拳を振るった。
「くっ……!」
ガライは腕を上げようとするが、それは叶わなかった。
蝶次の一撃を食らったガライは膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。
「そういやお前、人の頭踏みつけてくれたみてぇだなぁ」
「……やればいい」
「そんじゃ──」
ガライが目をつむる。すると蝶次はその場に屈み、ガライの額を中指で弾いた。いわゆるデコピンというやつだ。
「これで勘弁してやる。倒した相手をいじめるのは性に合わねぇ」
「あははは……完敗、だね。能力に目覚めてから、初めて負けたよ。痛いけど、なんだか……気持ちいいもんだね」
ガライは仰向けになり、腕を大きく広げた。
「そう……僕はいじめられっ子だった。素行の悪い、世間から見たら出来損ないでしかないやつらに、容赦なく踏みつけられて生きてきた。そしたらこんな捻くれちゃったよ。能力が覚醒したのを機に、身体を鍛えて、格闘技を覚えた。やつらより強いという自信が僕を支えてくれた。落雷は最終手段だ。殺しちゃうかもしれないからね。なんて……あはは……反転世界では人間をオブジェにしてるくせに、常識人ぶってたわけだ……ただ、見返したかった。それだけだったはずなのに、力に溺れて……これじゃやつらと同じだ。気づかないうちに僕もクズになってたんだね」
話をしながらゆっくり起き上がったガライに蝶次が平手打ちをした。不意の一撃に、ガライは呆然としている。
「今のでクズのお前は死んだ。今日からお前は俺の舎弟だ。いいな?」
「舎弟って……映画の見過ぎだよ。そうだな……せめて友達ってことにしといてよ……蝶次くん」
蝶次がガライの手をとり、彼を引き上げながらこう呟く。
「ダチか……いいぜ。ただし俺の目を見て話せねぇようなことしたら──」
「わかってるよ。君には……嫌われたくないからね」
立ち上がった二人の姿は、まっすぐと向き合い、握手をしているようだった。
それを見た竜太郎は、何も言わず隔離空間を解除した。
竜太郎の回復役を終えたクルミは四葉の元に駆け寄り、声をかける。
「シノブ、大丈夫? シノブ!」
「ん……うう……ク、ルミ?」
四葉はクルミの声に反応した。そして目を覚まし起き上がる。
「ここは……ランドマークツリー? え? 天井がない。どうなってるの?」
四葉の様子を見たクルミは涙を流した。そして四葉に抱きつくと、こう漏らした。
「四葉、戻ってきたんだね。きっと、操られてたり……したんでしょ? 四葉があんなひどいこと、するわけないもん」
「何を訳のわからないことを……ちょっとクルミ、鼻水! やめてよもう」
四葉はクルミを引き剥がそうとするが、クルミは一向に離れようとしない。
その様子を見ていた竜太郎がエソラに問う。
「エソラ……彼女は一体……」
「向こうで話そう」
エソラと竜太郎が、蝶次とガライの元へ歩み寄る。
四葉とクルミの様子から察したのか、ガライが切り出す。
「エソラくん……君は……小説化の本来の力を──」
「僕が、話すよ」
ガライの言葉を遮り、エソラはこう続けた。
「ミナト先生の指摘を受けて、今回は事細かに心情描写をした。具体的には……正世界での、学校での三橋さんこそが本来の姿だ。彼女はその生活を愛してやまない。そして反転世界での、アポロンとしての行動は組織に操られて起こしたもので、正気ではなかったと、そう書いたんだ。今の彼女の様子から、反転世界での記憶は抜け落ちているように見える。これが、結果だよ」
竜太郎が眉間に皺を寄せる。
「エソラ、あなたは……事実を……三橋四葉の記憶を……いや、それだけではない。彼女の人格を、捻じ曲げたのですか!」
「こうするしか……他に思いつかなかった」
エソラは竜太郎に胸ぐらをつかまれたが、不思議と動揺しなかった。自分がしたことの重大さを、充分に理解していたからだ。
エソラがしたことは洗脳、いやそれ以上かもしれない。この非人道的な行いに、竜太郎が激昂するのも無理はない。
「くっ……! いや……すみません。ただエソラ。二度とこんなことはしないと約束してください。私はあなたに、こんな重荷を背負ってほしくない」
蝶次が竜太郎の肩に手を置き、こう諭す。
「もういいだろ。エソラも覚悟してやったんだ。でもなエソラ、俺も竜太郎と一緒だ。お前には、できるだけ綺麗なままでいてほしい。だから俺らも責任とるぜ。今回のことは咲良に黙って、三人とも墓場まで持っていく。それでいいな?」
エソラは親友にまで重荷を背負わせてしまったことを、深く後悔しながら頷いた。
しかし、あの状況をどう切り抜けるべきだったのか、また同じような危機が訪れたときにどうするのか──その答えはいくら考えても出なかった。
エレベーターを降りると、力を使い果たしたせいか小さくなったラージと、ミナトがじゃれついていた。
二人とも傷だらけではあるものの、その穏やかな様子から察するに、凶暴化したトゥーンは一掃できたようだ。
「こっちもちょうど終わったよー! お互い無事でよかった」
エソラたちに向かい、ミナトが手を振っている。そののんびりとした姿に、重苦しい空気が和らいだ。
竜太郎はエソラの背中を叩くと、拳を差し出した。蝶次はガライに肩を貸したまま、クルミは満面の笑みで、エソラは安堵の息を漏らしながら、四人で拳を合わせた。
その姿を、四葉は不思議そうに眺めていた。