エソラとドッペルゲンガー2
GWを過ぎてしまいすみません。
完結までもう一息、お付き合いいただけたらありがたいです。
エレベーターの中は静かだった。先程までの喧騒が嘘のようだ。
エソラも含め、皆の緊張が充満している。
四人は沈黙したまま、世界一の速度と言われるエレベーターでスターガーデンを目指した。
扉が開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
あるはずの天井が、ない。しかしそれは消えてなくなったわけではなく、無理やり穴を開けたようだった。その形跡として、そこら中に瓦礫が転がっている。
「どうだい? 開放的でしょ。天井や避雷針があると不便だからさ。あはは、良い眺めだ」
声の主はガライだった。天井を支えていたであろう太い柱にもたれかかっている。
その隣には二葉が立っており、まるで女神像のような、美しいオブジェを支えている。
そのオブジェの顔はどことなくミナトに似ていた。おそらく神と呼ばれる人物、神應カノンに違いないと、エソラはそう思った。
「シノブはどこ?」
クルミがそう切り出した。まずエソラたちは三橋シノブのオブジェを確認しなければならない。もしないのであれば、すぐに撤退だ。
エソラたちに緊張が走る。
「あはは、焦らないでよ、ちゃんと連れてきてるから。そこの……クルミさんだっけ? 彼女の能力と交換でどうだい?」
「そんなこと、できるわけないでしょう」
ガライが出した条件に、竜太郎が苛立ちを見せた。
「ふうん……シノブも君たちの元へなんて、行きたくないと思うよ? ねぇ?シノブ」
ガライがもたれかかる柱の陰から、一人の女性が現れた。
目元が隠れるほど長かった前髪は分けられており、以前より表情がよく見える。鋭い眼光でこちらをにらみつけるのは、間違いなく三橋シノブだった。
「シノブ……! 無事だったのね!」
「おかしい……彼女はオブジェに……!」
目に涙を浮かべ笑顔を見せるクルミとは裏腹に、エソラは困惑した。
ドッペルゲンガーを追ったあの日、エソラとクルミは目撃したはずだ。三橋シノブの変わり果てた姿を。
「説明してあげなよ」
ガライがそう促すと、三橋シノブが口を開く。
「あれは……私の能力……『ドッペルゲンガー』で作り出した紛い物よ」
「そんな、三橋さんが……ドッペルゲンガー……?」
驚愕するエソラたちを見て、三橋シノブは笑みを浮かべる。
「そう、私はドッペルゲンガー。正世界の人間を反転世界へ引きずり込み、神を救う能力を探してた。そして目当てのものでなければオブジェ化に追い込む────それを繰り返したわ。私の能力はおあつらえ向きだった。都市伝説になぞらえてターゲットのコピーを作り出せば相手は驚き、動きを止める。その隙にさらうのよ。フフフ……」
「反転世界への入り口は?」
エソラたちが言葉を失う中、竜太郎だけは平静を保っていた。
「情報を引き出すのが狙いかしら? まあいいわ。能力の応用よ。たとえば向こうにいるときに反転世界のドッペルゲンガー……コピーを作ろうとすれば、二つの世界の間に歪みができる。そこが入り口よ」
三橋シノブが二つの世界を行き来する方法は、竜太郎が身につけたばかりの力と似ていた。
「ずいぶん簡単に手の内を話してくれますね」
「フフフ、普段の私が無口なのは知ってるでしょう? そうね……今日は気分が良いの。達成感に満ち溢れてる」
たしかに三橋シノブはクラスでも目立つ方ではない。
クルミ以外は、ワールドポートに集まったあの日くらいしか彼女と接した記憶はないだろう。
「君がさらわれたあの日、クルミは泣いてたよ。どうして僕たちを、クルミを騙したんだ!」
三橋シノブはため息をつくと、こう話した。
「ワールドポートでドッペルゲンガーの動向を、クルミが詳しく話してたでしょ? それを見て思った。この子は邪魔だって。だから襲った。それだけよ。ただ、エソラくん。あなたに目撃されたのは誤算だった。そこで私がオブジェになったと錯覚させて、あの場を切り抜けたのよ。二人まとめて消しても良かったんだけど、エソラくんはガライのお気に入りだったから。即興にしてはなかなかのアイデアだったと思わない? その後はあなたたち、仲間になっちゃったからね。あれだけ警戒されてたらさすがに簡単には狙えない。でも、関係者ともなれば周囲に面白おかしく話すこともないかなって。それで今日まで保留してたの」
三橋シノブは他人事のように冷たい言葉を並べた。それを聞いたクルミは肩を震わせている。
「嘘だよね……? そうだ、シノブは騙されてるんだよ。私たち、友達でしょ? そんな怪しい人たちの所じゃなくて、こっちに──」
「クルミ……私の名前の文字、知ってるよね? 違和感はなかった? あぁ、でも、お母さんの方を知らないか」
「名前……? 四つ葉のクローバーの、だよね」
二人のやりとりに竜太郎が声を上げる。
「四つ葉の……? 三橋四葉……母……まさか!」
四葉が二葉の肩に手を置いた。
「そう。私の母は三橋二葉……あなたたちに、お世話になったわね」
ミナトの情報から得た時系列と、四葉が二葉の娘であるという事実、そして二葉の見た目の年齢はどう考えても辻褄が合わない。しかしそれは反転世界では歳をとらないという、その特性によるものかもしれない。
四葉がゆっくりとクルミに歩み寄る。引き寄せられるように、クルミも四葉に近づいていく。
「だめだ、クルミ! 離れるんだ!」
クルミを止めようとエソラが一歩踏み出すと、ガライがこちらを指さし牽制する。
その間に一歩、また一歩とクルミと四葉の距離が縮まっていく。
「そんな、それじゃあ……ずっと、騙してたの……?」
「クルミ……私はあなたに」
四葉がクルミに手を伸ばす。
「出会う前からアポロンよ」
四葉の手がクルミに触れた途端、光が漏れる。
「危ない!」
やっとエソラの声が届いたのか、クルミは我に返り後退した。
その姿を見て四葉が高笑いする。
「ハハハハハハ! もう遅い。コピーは済んだわ!」
四葉が手を大きく広げると、胸の辺りから深い紫色の泥のようなものが溢れ出した。それは徐々に形を成し、クルミによく似た人形が出来上がった。おそらくドッペルゲンガーだ。
ドッペルゲンガーは神應カノンと思われるオブジェの前に立ち『遡行』を発動した。すると眩い光に包まれたオブジェは、本来の姿を取り戻した。そこには美しい女性が横たわっていた。
「あぁ、カノン……懐かしい」
二葉は目に涙を浮かべている。そして女性を抱えると大きな窓を影の能力で突き破り、ランドマークツリーから飛び降りた。
(やられた……! まさか能力までコピーできるなんて)
エソラはクルミの任意がなければカノンのオブジェは戻せないと、そう高を括っていた。とはいえ場合によってはクルミが決断を迫られることは想定していたが、こうも簡単に最悪の状況が訪れるとは思ってもみなかった。