プロローグ2
ゴールデンウィーク中に完結予定です。よかったらお付き合いください。
女性の説明を難解と感じたのか、蝶次がシンプルな質問をぶつけた。
それに対する返答は、エソラたちをさらに困惑させた。
「いいえ現実よ。たとえばトゥーン。彼らも人間で、正世界にも存在する。こちらでは心の姿をしているだけ。建前はなく本音だけを呟くのよ」
「SNSみたい。それじゃ、さっきの化け物の本体……正世界の人間は」
二つの世界が繋がっているなら、先程の化け物の本体が実在するはずだ。自分が助かるために他人を傷つけたのではと、エソラは不安になった。
「安心して、トゥーンは死なない。少し大人しくなるだけ。今頃逃げた先で小さなどんぶりにでもなってるんじゃない? 気性の荒い心にはいい薬よ……とにかく、ここでは心が剥き出しなの。身体と精神の関係が反転している街。表裏一体ってところかしら」
女性の話に半信半疑ながら、まずは目の前の現実を受け入れなければならない。エソラはそう考えていた。
(見た目からするとこの人は正世界の人間に違いない。しかも事情を知っているなんて、こんな心強いことはない。ただ……)
「あなたは何者ですか?」
エソラの気持ちを代弁するかのように、竜太郎が尋ねた。
「私は二葉。君たちのような迷子を家に帰すのがお仕事よ。ついてきて」
二葉によると反転世界に正世界の、いわゆる普通の人間が迷い込むことが時々あるらしい。
そしてそれを救うための組織があり、二葉はそこに所属してるという。
「『赤レンガすとあ』に出口があるわ。ただあの付近は凶暴化したトゥーンが数多くいる。三人を守るのは私でも荷が重い。そこで戦闘訓練よ。あ、さっそくエンカウント」
ワールドポートの紳士服売り場には興奮状態の化け物が二体いた。
ジーンズ、そしてオールインワンのトゥーンは商品名を繰り返し呟いている。こちらにはまだ気づいていないようだ。
「戦うって……あんなのとどうやって?」
どんぶりのトゥーンに縛り上げられた経験から、丸腰では奴らに敵わないと容易に想像できた。すると二葉は霞がかった黒い物質を手のひらで転がしながら微笑んだ。
その姿は明らかに現実離れしていて、超能力と呼ぶほかなかった。
「まず、反転世界の重力は正世界より弱い。つまりこちらでは段違いの身体能力で活動できる。月に行った凡人が、ヒーローになれるようなものね」
二葉の話を聞くまで気に留めていなかったが、意識して動かしてみた身体は普段より遥かに軽く感じられた。
「もう一つ。ある条件を満たすと、特殊な能力に目覚めるのよ。雰囲気でわかるわ。みんな自分のトゥーンとの融合を済ませてるでしょ?」
(自分のトゥーン……融合……)
遊園地で襲いかかってきたトゥーンが頭をよぎる。あの三体はそれぞれエソラたちの心の姿だったと、そう理解した。
竜太郎がエソラと目を合わせ頷く。
「おそらく、あのときですね」
「それが条件。たとえば私は、自分の影をこんなふうに操れる」
二葉は手のひらの黒い物質をナイフに変えてみせた。
それがタネも仕掛けもない常軌を逸した現象だと、一目でわかった。
自らのトゥーンとの融合──その条件を満たしたエソラたちにも、あんな能力が備わったということだろうか。
「覚醒のコツは、夢を力にするイメージよ」
『夢』という言葉に、エソラは腹の底から勇気が湧いてくる心地がした。
運動、勉強など、目立った取り柄のない自分も、夢だけは誰にも負けない。そう誇っていたからだ。
能力が覚醒した二人はトゥーンたちを難なく一掃した。
竜太郎の能力は『隔離』と名付けられた。
隔離空間──透明なプラスチックで囲んだような箱型の部屋を生成し、それを浮かべたり飛ばしたり自由に動かせる。
中に閉じ込めた者の能力を無力化するという一撃必殺の効果はあるものの、大きな部屋を作るには数秒かかってしまうため、動く相手をまるごと隔離するのは難しい。
しかしこの空間の壁は石のように硬く、盾のようにも扱える。
さらに、小型のキューブにして放つことで遠距離からの狙撃も可能だ。
竜太郎の夢である外科医は悪性腫瘍を取り除く手術をすることがある。それをイメージした途端、彼は能力に目覚めたという。
蝶次の能力は『死舞蝶』と物騒な名になったが、その正体は飴細工だ。
身体の成分をもとに飴を生成可能──などと一見かわいらしい能力だが、ナイフを模したキャンディに相手のトゥーンは何箇所も貫かれていた。
その様子から、あの飴には少なくとも鉄くらいの強度がありそうだ。
一際目立つ蝶のデザインは彼のこだわりだろう。
能力の名前は二葉がつけてくれた。
会話の端々に出る用語といい、彼女はゲーマーなのかもしれない。
(僕は…………)
エソラは膝をつきうなだれた。どれだけ思いを込めても、能力は覚醒しなかった。
(夢だけは……夢だけは対等だと思ってたのに)
重苦しい空気が流れる。ムードメーカーの蝶次ですら、かける言葉が見つからないようだ。
そんな中二葉はしゃがむと、エソラの背中に手を当てた。
「大丈夫。個人差はあるものよ。エソラくんだけなら私が守れる。ね?」
「……はい」
潮風の香りが強くなってきた。赤レンガすとあは歴史的建造物で、横浜開港の頃、国の保税倉庫として建てられた。海に隣接していながら周りには緑の多い公園があるなど抜群のローケーションを誇り、観光客はもちろん地元住民にも愛される場所だ。
ワールドポートからの距離はそう遠くないが、赤レンガすとあへ近づくにつれトゥーンの数が目に見えて増えていく。それに比例して凶暴化したトゥーンも多くなっていった。
すべてを相手にしていたらきりがないため、駆け抜けながら戦闘をこなしていく。倒すのではなく、いなす戦い方だ。
先頭を行く二葉に見劣りしないほど、蝶次と竜太郎の動きが良い。エソラにはその天性のセンスも覚醒した能力も、同じ代物に見えた。
「このまま入るわよ!」
赤レンガすとあに四人が滑り込むと同時に、勢いよく扉が閉まった。中は真っ暗で何も見えないが、皆の声がする。どうやら全員無事のようだ。
「お待たせ」
二葉の声と共にレバーを下ろす音がした。
点いた照明に眩んだ目が、徐々に視界を取り戻していく。
「なんだこれは……」
エソラは思わず声を漏らした。
そこには人間とトゥーンがモンタージュの如く組み合わさった像が、ずらりと並べられていたのだ。そしてそのどれもが苦悶の表情を浮かべている。
「オブジェ。トゥーンと融合した人間の成れの果て……反転世界における死のかたちよ」
(これが人間? 死……遺体ってこと……?)
背中越しに異様な重圧を感じる。恐る恐る振り返った先、二葉の顔は、まるで別人のようだった。




