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エソラとランドマークツリー

竜太郎の能力で正世界に戻ると、時刻は深夜一時を回っていた。

「危ないから、寄り道しないで帰るんだよ」

「先生こそ、一般人なんだから気をつけろよな」

 ミナトは後頭部をさすり、蝶次の切り返しを噛み締めている。

「教師として言ったんだけど……そうだね、もう君たちには敵わないもんな。それじゃあ僕からもう一つ。エソラくん」

「はい?」

 エソラは突然の指名に驚き、間の抜けた返事をしてしまった。

「学校でも堂々とするといいよ。なんたって君は、リーダーなんだから」

「ちょっと、先生!」

 逃げるようにミナトが駆けていく。

 その背中を見送るエソラたちの目は、仲間の前途を祝す輝きを放っていた。

[#改ページ]

 

 

 生徒指導室に呼びたされたエソラたちは、妙な緊張感に包まれていた。

 優等生の竜太郎はもちろん、エソラやクルミも特別な指導を受けたことなどなかった。

 そんな中、蝶次はパイプ椅子にもたれかかりあくびをしている。まるで自分の部屋にでもいるかのような、リラックスした様子だ。

 扉が開く音に振り向くと、そこにはミナトが立っていた。

「ごめん、おまたせ。ちょっと会議が長引いちゃって」

「いいよ。今日は向こうに行く予定もねぇし。そんで? まさか夜間の外出について……なんて内容じゃあねぇよな?」

 ミナトは蝶次の堂々とした態度に苦笑いしている。

「それについては今後も見逃す方向で……とは言っても、今からするのもその夜の活動に関係ある話なんだけど……僕宛てに、こんなものが届いたんだ」

 ミナトがテーブルに置いたのは一枚の封筒だった。差出人の名前はない。

 その中には手紙が入っていた。竜太郎がそれを広げ、読み上げる。

「君たちの探し物は用意した。今夜十時、ランドマークツリーのスターガーデンで待つ……!」

 内容から察するに、ガライからの手紙だった。

 手紙のランドマークツリーの文字は反転して書かれており、待ち合わせ場所が反転世界であることが示唆されていた。スターガーデンはツリーの展望フロアのことだ。

「行くのかい?」

 ミナトの問いを受け、エソラたちが視線を合わせる。

 竜太郎は左手で口を覆い、蝶次は後頭部に手を回しのけぞっている。

 そしてクルミは拳を強く握っていた。

「明らかに罠ですね。しかし……」

「探し物ってのは三橋だろ? 願ったり叶ったりってやつじゃねぇか」

「危険だけど、行くしかないよね。シノブがそこにいるなら……エソラはどう思う?」

 一同がエソラに視線を向ける。

 皆の言う通りこれは明らかに罠だが、千載一遇のチャンスでもある。

 この機を逃せば三橋シノブのオブジェは今後どうなるかわからない。

「今夜、決行しよう」

 エソラの言葉に一同が強く頷く中、ミナトだけは心配そうな表情を見せていた。

「そうか……君たちならそうするよね。ならせめて作戦を立てよう」

 ミナトの提案に、竜太郎が同調する。

「作戦ですか……たしかに待ち受ける相手に対し無策というのもいただけませんしね。整理しましょう。今のところわかっているのは二葉の影を操る能力と、ガライの『落雷』、そして不明なのがドッペルゲンガー……この者においては先日の待ち伏せの際にも姿がなかったので、参戦するのかも定かではありませんが」

「ガライの対策はこないだ話したよな? 近づいてぶっとばすって」

 蝶次の意見を聞いて、ミナトが人差し指でテーブルを叩きリズムを刻む。何やら考え込んでいるようだ。

「うーん……どうやって接近戦に持ち込むかだね。彼の指の向きから落雷の位置を予測し、かわせたとしよう。でも一度近づいても、また距離をとられてしまえば振り出しだ。たとえば……はなれくんの能力で彼ごと落雷を封じ込める、なんていうのはどうかな?」

 ミナトの策は筋が通っている。竜太郎の能力でガライを隔離空間に閉じ込めることができれば彼の能力は無効化し、こちらに手を出せない。

「よっしゃ、俺がなんとかしてあいつの動きを止めてやる」

 蝶次は鼻息を荒げている。以前ガライとの戦い──ケンカに負けた記憶が蘇ったのかもしれない。

「それでは……私は六畳程度の空間を作ります。私に近い方から生成され、完成までおそらく数秒かかるでしょう。蝶次はガライの動きを止めたと判断したら、隙を見て隔離空間の奥側に向かって走ってください。そしてシャッターのように降りる壁の隙間をくぐり抜ける……成功すればガライのみを隔離できます」

 竜太郎が具体案を出すと、ミナトがそれに頷く。

「うん、それらしくなってきたね。ただそうなると、ガライを捕らえるまでは彼に二人で対応することになる。咲良さんは回復役だから、エソラくんが二葉……最悪の場合ドッペルゲンガーも足止めしないといけない」

 ミナトの発言を受け、エソラは「そんなことができるのか」と自問した。しかしすぐにそれは無意味なことだと悟った。

「やるしかない……ですよね」

 自らに小説化ノベライズを行使し超人化すれば、一人でも二葉と渡り合えるかもしれない。

 ドッペルゲンガーについては、わからないものを考えても仕方がない。

 問題は超人化の発動時間だ。長ければ長いほど反動も大きくなるだろう。

 しかし先程の蝶次の様子を見て、エソラも覚悟を決めた。

 彼らがガライを捕らえると信じて耐えよう、そう思ったのだ。

 ミナトがエソラに向かって微笑む。

「じゃあ決まりだ。ガライを捕らえてしまえば向こうの戦力は半減、勝機は見えてくる。でももし苛烈な状況に追い込まれたら、迷わず逃げること。これは僕との約束だ」

 ミナトは約束と表現したが、エソラにとってその言葉は彼の願いであると感じられた。

 

 

 

 

 

 エソラたちはガライの指定通り、反転桜木町のランドマークツリーを訪れた。

 建物に入ると同時に、屋内放送が開始される。

「やあやあ、来てくれたんだね。それじゃあそこのエレベーターで登っておいで。待ってるよ」

 ガライのアナウンスと共に、エレベーターが下降してくる。

 エレベーターの階数表示が一になると、開いた扉の先から凶暴化したトゥーンが五体飛び出してきた。

「うお、まじかよ!」

「やるしかありませんね!」

 四人が戦闘態勢に入る。相手のトゥーンは皆、パソコンのモニターやキーボード、マウスなど、仕事に関係しそうなフォルムだ。エソラには彼らが苦しんでいるようにも見えた。

 ランドマークツリーのオフィスに残り、残業している者の心の姿なのだろうか。

 マウスのトゥーンがコードを伸ばしエソラに襲いかかる。エソラはそれをかわしきれず、右足を捕らえられてしまった。

(まずい……!)

 しかしすぐさま蝶次が飴のナイフでコードを切り裂き、エソラは事なきを得る。

「集中しろ!」

「ごめん、助かった」

 エソラたちは複数人を相手どることに慣れていない。ましてや敵の数が勝ることなど初めてだ。実戦経験として積み上げた数々の戦いも、自分たちに有利に進められる多対一で仕掛けるのがほとんどだった。

 ガライとの戦いを前に、エソラたちの不安要素が浮き彫りになった形だ。

「このままでは、無闇に消耗してしまいます! どうすれば────」

「待たせたね!」

 入り口のガラス扉が割れる音と同時に聞こえたのは、ミナトの声だった。

「先生、どうやって──ってそのトゥーンは……!」

 エソラが驚きの声を上げる。

 ミナトの隣には炎のたてがみを揺らすライオンのトゥーン、ラージが立っていた。

「観覧車から。動力室の鍵は複製してあるから、来ようと思えば来れちゃうんだよね。それとこの子は図書館で君たちの話を聞いたときから協力してくれるんじゃないかと思ってて、声をかけてみたんだ。そしたら凶暴化……いや、やる気を出してくれてね」

 ラージがエソラを目を見て瞬きをする。

「ラージ……先生、ありがとう!」

 ミナトは腰元からアーミーナイフを抜き、構えをとった。

「ここは僕たちがなんとかする! 君たちはスターガーデンを目指すんだ!」

「でも、先生は能力が……」

 エソラは心配だった。凶暴化したトゥーンを五体も相手に、能力を失ったミナトが渡り合えるとは思えなかった。

「ふうぅぅぅぅ────」

 ミナトが深く息を吐きながら猛スピードでマウスのトゥーンに迫る。コードの攻撃をかわすと、目にも止まらぬ速さで何度も相手を切りつけた。

「こう見えて百戦錬磨でね。これくらいならなんとかなるさ。それにラージくんもいるんだ!」

「ロアァァァァァ!」

 ミナトに返事をするかのようにラージが咆哮する。

「エソラ、ここは彼らに任せましょう!」

 エソラは竜太郎の声に頷き、エレベーターに乗り込んだ。


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