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エソラと何もない部屋

本日中に完結予定です。

よかったらお付き合いください。

「そんじゃ遠慮なく……いくぜぇ!」

 蝶次が飴のハンマーを生成し、ミナトに襲いかかった。

 竜太郎はミナトの退路を塞ぐように無数の小型キューブを連射する。

 定番の攻撃パターンの一つだが、凶暴化したトゥーンにはこれが効果的だった。相手を後手に回らせ、こちら優位で戦闘を進められる。

 しかし人間相手、それも百戦錬磨であろうミナトに通じるかは未知数だった。

 ミナトが蝶次のハンマーを横から払う。するとハンマーはいとも簡単にミナトから逸れ、地面に打ち付けられた。

 それを見た竜太郎は退路を断つのではなく直接ミナトを狙う。

 しかしミナトはすべての小型キューブをつかみ、足元に落としていく。

「そんな……まさか時間を止めたのか? しかし止まるのは生物だけでは……!」

 驚愕する竜太郎にミナトが説明する。

「能力は心のエネルギーで作られてるからね。それを物と定義するほど、僕は冷たい人間じゃあないよ」

 次の瞬間、蝶次と竜太郎の頬にはバツ印が書かれていた。

 そしてミナトの手にはマジックが握られている。

「一応連携はとれてるけど、能力の使い方が効果的じゃないね。まだまだ」

(また、時間を止めて……こんなの、どうしようもないじゃないか!)

 それは二人が倒されたという証だった。

 残るはエソラだが、原稿用紙がミナトを捉えられるわけがない。となると自らに小説化ノベライズを行使するしかないわけだが、それも無駄だとわかっていた。いくら超人的運動能力を手にしたところで、動きを止めることができる相手の前では使いようがない。

「エソラ……!」

 能力が戦闘向きでないことからやや後方に位置をとっていたクルミがエソラに視線を送る。

 そしてミナトに特攻した。クルミの奮起も虚しく、彼女の頬にもバツが記された。

「咲良さんは戦闘に参加すること自体が不正解だよ。さあエソラくん、どうする? とはいえ、この状況じゃ打つ手はないよね。せっかくだから、君の能力も直に感じでみようかな。撃っておいでよ」

 ミナトは手を広げエソラを挑発した。

 エソラの中には悔しさが溢れていたが、それに乗るしか道はなかった。

「くそっ……! これで、どうだ!」

 エソラはミナトに向かい原稿用紙を放った。その内容は能力を使用しないことだった。

 ミナトの身体に浮かび上がった文字列が吸い込まれていく。

「なるほど……でもね。こんな拙い描写じゃ、心は動かない」

 ミナトがそう言った直後、エソラは頬にかすかな違和感を覚える。

 蝶次や竜太郎、そしてクルミの驚いた表情で理解した。

 ミナトは能力を発動し、エソラの頬に印をつけたのだと。

「さて、まずは──」

 仕切り直そうとしたミナトが、落胆するエソラたちをみて動揺する。

「あれ、ごめん……やりすぎた?」

 凶暴化したトゥーンやアンとの戦闘を重ね自信をつけはじめていたエソラたちにとって、この惨敗はかなり苦い経験となった。

 

 

 

「それじゃ気を取り直して、まずは渋谷くん」

「はぁい……」

 ミナトが気を遣って小休止を挟んでくれたが、蝶次はまだ落ち込んだ気持ちを切り替えられていないようだ。

「まあまあ、僕の能力は反則みたいなものだからそんなに気にしないで。それに僕は本気の相手とは戦えないし」

「どうしてですか?」

 これだけの力を持っていながらまだ謙遜するのかと、エソラが尋ねた。

「僕が死んだら、桜木町が止まる。多くの人の時間を背負ってるから、迂闊な行動はとれないのさ」

 そんな話をするときでさえ、ミナトは笑顔を絶やさなかった。

 その様子に心を打たれたのか、蝶次が立ち直る。

「わかったよ。自由な俺が腐ってる場合じゃねぇよな。教えてくれ先生、どうすれば強くなれる?」

 ミナトは蝶次の頭を撫でながらこう問いかける。

「渋谷くんは普段、どうやってケンカしてる?」

「そりゃ素手に決まってんだろ。ドーグ使うなんて卑怯モンがすることだ」

 蝶次の言葉にミナトは何度も頷き、頭を撫で続けている。蝶次はかなり照れくさそうだ。

「ちょっ、いい加減やめてくれよ」

「一見武器を使った方が強そうだよね。でも素手での戦いに慣れている君にとって、武器は枷になり得る。つまり素手の状態に近い方が、渋谷くん本来の力が発揮できる。手を飴で包んじゃうなんてどう?」

 ミナトの提案に蝶次は驚愕している。そしてすぐにそれを実行し、感嘆の息を漏らす。

「おおお……こりゃすげぇ、拳まるごとメリケンサックだ」

「飴の拳……キャンディナックルだね!」

 エソラの発言に一同が沈黙する。

「エソラ、すまねぇ。それだけは勘弁してくれ。この通りだ」

 蝶次は飴に包まれた手を合わせ、エソラに頭を下げる。

「何でも名前をつければ良いってものではありませんよ」

 竜太郎の注意がエソラの胸に沁みる。

(今度から気をつけよう……)

「エソラくんのセンスはさておき、話を進めよう。次ははなれくん」

「はい」

 竜太郎がミナトに一歩近寄る。

「君は能力をかなり使いこなしていると思う。隔離した対象の能力解除なんて本来サポート向きなのに、まさか空間の外側の壁を利用して遠距離攻撃するなんて」

 ミナトの称賛を受ける竜太郎は、なぜか浮かない顔をしていた。

「はっきり言ってください。伸び代がないのでしょう?」

「……君は聡明だね。たしかに戦闘においてこれ以上の応用は難しいかもしれない。でもその能力は君たちにとって大きな可能性を秘めてる」

 エソラにはミナトの言っていることの意味がうまく捉えられなかった。

「隔離……そこを突き詰めて考えるんだ。たとえば君は能力を使うとき、何を考えてる?」

「……キューブを作る際には、その大きさの空気を囲むようなイメージをしています」

 ミナトの問いに、竜太郎が怪訝な顔で答えた。

「ということは、狙った範囲の空気を、それ以外の空間から隔離してるってことだね……たとえば、たとえばだよ。対象を、何処から、この指定を応用してはどうだろう。囲んだ対象物を反転世界から隔離すれば……」

 竜太郎が目を見開き、声を上げる。

「ああぁ……! まさか、正世界に飛ばされる? ということはその逆もまた……エソラ、ドッペルゲンガーは反転世界への入り口を作っていたと言いましたよね? それは間違いなく能力でしたか?」

 珍しく興奮する竜太郎にエソラがたじろぐ。

「う、うん。少なくとも意図的に作った入り口だと思うよ」

「フフフフフ……つまりそれも能力の応用。どんな能力を元にしているかはわかりませんが、捉え方次第でそういった使い方ができるということです。いや、すでに私の中にイメージがある。これが何よりの証拠……!」

 エソラの返答を聞くと同時に竜太郎が笑い出した。

 どうやら反転世界にいるときに、自分たちを『反転世界から』隔離すれば、自ずと正世界に出ることになるらしい。その逆もまた然りだ。

 実際に竜太郎が試していたが、こちらから見れば隔離空間ごと彼が消えたり現れたりしているだけだった。しかし竜太郎は自身は反転世界と正世界を行き来してきたのだという。

 これが事実ならば、今後は遊園地に忍び込まなくて済む。そして二葉たちに待ち伏せされる危険もなくなるだろう。

 さらにこの実験で自身を閉じ込めたことにより、竜太郎が隔離空間内の物体の生命反応を関知できることが判明した。仮にだが対象を隔離空間に幽閉すれば、遠隔でも生死の確認が可能というわけだ。

「実はもう一つ気になることがあるんだよね」

 そうミナトが切り出した。

「仮に反転世界からも、正世界からも隔離した場合、どこに行くんだろう?」

 竜太郎が眼鏡を中指で持ち上げ、答える。

「それはちょっと……想像がつきません」

 ミナトは図書館の天井を見上げ考え込むと、こう提案する。

「僕で実験してみようか」

「しかし危険では……」

 竜太郎が尻込みするのは当然だ。

 ミナトに何かあれば桜木町にいる自分たちもただでは済まないかもしれない。

「僕がやるよ」

「エソラ……だから危険だと」

 エソラは屈託のない笑顔で続ける。

「未知の世界ってことでしょ? 興味があるんだ」

 誰も知らない世界に行けるかもしれない。その可能性にエソラは強く心を惹かれていた。

 危険を顧みることのできないこの衝動性は反転世界に関わってから露呈しはじめたが、元々自分に備わっていた一面だと、エソラはそう理解していた。

「一生のお願い!」

「……わかりました。五分だけ、能力を維持したまま二つの世界から隔離します。時間が経過したら反転世界からの隔離を解除し、こちらに戻します。もしエソラの生命反応に異常があれば、実験はすぐに中止します。何が起こるかわかりません。くれぐれも……」

 竜太郎の話は右から左へ抜けていき、エソラは興奮から鼻息を荒げている。

 呆れ顔の竜太郎はため息をつき、『隔離アソート』でエソラを包む。

「それでは……いきます!」

 

 エソラが次に瞬きをすると、そこはすでに反転世界ではなかった。

 ただただ真っ白な部屋。その空間での五分間、エソラは思考を巡らせた。

「よかった。無事戻ってきましたね」

 竜太郎が安堵のため息を漏らし、エソラに声をかけた。エソラはそれに笑顔で応えると、真っ白な空間の情報を皆と共有する。

「僕が飛ばされたのは、何もない部屋だった。ただ真っ白な景色が広がってるだけの、何の変哲もない、奇妙な空間……」

「『何もない部屋』だって?」

 エソラの話に大きな反応を見せたのはミナトだった。

 ミナトはこの空間のことを知っているようだ。

「母……カノンから聞いたことがある。能力の研究をしていた彼女はある日『何もない部屋』を訪れてしまい、抜け出すのに苦労したと」

 二つの世界をつなぐ能力の持ち主、神應カノンであればあの空間に辿り着けたのも頷ける。しかし文字通り何もないあの空間に、どんな秘密があるのだろうか。

「あの部屋は反転世界であり、正世界でもある……そして、そのどちらでもない。それがカノンの出した結論だ。食事も排泄も睡眠もいらない。しかし、老いていく。ただそれだけの空間……」

「なんのためにそんな変な場所があんだ?」

 蝶次の疑問に対し竜太郎が私見を述べる。

「たとえば海が、空が、地球が、宇宙がなぜ存在するのか。それと同じかと。できた原因はあるのかもしれませんが、意思を持って作られたものではありません。なんのために、それは神のみぞ知ると言ったところではないでしょうか」

 ミナトが竜太郎の意見に同意し、話を戻す。

「おそらくはなれくんの見解通りだろうね。そもそも反転世界についても謎だらけだ。さて、次はエソラくんの番だけど……」

 含みのある間で、エソラは理解した。

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