エソラと新任教師2
エソラの筋肉痛がおさまったのは発症から一週間後のことだった。
学校を欠席している間、仲間が順番にお見舞いにきてくれた。
蝶次は手作りのお菓子を、竜太郎は授業の内容を記したノートを、クルミは一生懸命夕飯を作ってくれた。
アンも皆にだいぶ慣れたようで、誰がきてもエソラの影に隠れることはなくなった。
復帰後のリハビリにと、今夜反転桜木町に行くことが決まり、エソラが外出の準備をする。
その姿を見るアンは少し寂しそうな顔をしていた。
「先に寝てていいからね」
「やだ。待ってるから……気をつけてね」
エソラはアンの頭を撫で、自宅を後にした。
遊園地前には、もう仲間が集まっていた。
エソラたちはいつも通り園内に潜入し、小説化によって逆回転した観覧車に乗り込んだ。
ゴンドラが頂点に達すると、世界が歪む。
一週間しか経っていないのに、エソラにはこの感覚が懐かしく思えた。
降車したエソラたちを出迎えたのは、意外な面々だった。二葉とガライだ。
反転世界への移動手段が観覧車しかないエソラたちにとって、待ち伏せは有効な手段だ。
場所はもちろん、時間帯も夜に限られる。
(覚悟はしてたけど、こんなに早く手を打ってくるなんて……)
この二人を同時に相手にするとなると、無事では済まない。
エソラたちが身構える。
「そう固くならないで」
二葉が笑顔で続ける。
「久しぶり、この間は世話になったわね。でも今日は話をしにきたのよ。仲間と連絡がつかないの。アンっていう子なんだけど、何か知らないかしら」
今のところ二葉たちに戦闘の意思は見られない。
しかしそれでも感じる重圧に、エソラたちは臨戦体制を解けなかった。
「お元気そうで何よりです……二葉さん。アンなら私たちが倒し、正世界に帰しました。あんな小さな子どもが、あなたたちのような人間に関わるべきじゃない」
竜太郎が皮肉混じりにそう答えた。二葉は高笑いしながら目を見開く。
「あっははははは。ずいぶんな言われようね。ま、いいわ。私たちは探し物をしてるの。あの子の能力がないとちょっと不便なのよねぇ。だから、返してくれない?」
二葉の言い回しに、クルミが反応する。
「そんな……物みたいな言い方するなんて……アンはあなたたちのためにオブジェになってまで──」
「クルミ!」
エソラがクルミの言葉を遮った理由、それは情報だった。
二葉はクルミの能力を知らないはずだ。こちらの手の内を明かすメリットはない。
「あれ? おかしいなぁ。アンは今、正世界にいるんだよね? オブジェになったのに? それって……どういうことかな? あはは」
ガライはその矛盾を見逃さなかった。そしてそこから二葉が仮説を立てる。
「アンはオブジェになった。なのに竜太郎くんは正世界に帰したと言った……あなたたちが元に戻した……ということかしら?」
二葉の口角はこれでもかというほど上がり、彼女はそれを隠すように口元を手で覆った。
「いや、そんな方法があるはずない。あったら私が先に見つけてるはず……そうか、手段を得た……! その子ね!」
クルミを指さした二葉は、込み上げる笑いを抑え込むように肩を揺らしている。
そしてその横でガライが頷く。
「なるほど、そこの女の子の能力ってわけか……となると、話が変わってくるね。どうする二葉? ここでやるかい?」
ガライの冷たい眼差しにエソラが動揺する。
「待って! さっき戦う意思はないって──」
「事情が変わったんだ。探し物が見つかったなら、予言……いや、ちゃちな占いはもう必要ない」
ガライはそう言うとエソラたちを指さした。
エソラはそれが雷を落とすときの動作だと直感する。
しかしエソラはそれより探し物という言葉の方に反応した。
「探し物……それなら僕らにもある。もしそれが君たちの手にあるなら……こっちだって容赦しない」
シノブのオブジェがある場所を知るチャンスかもしれない。
そう思うとエソラは恐怖心を忘れ、好奇心に身を委ねた。
しかしいくらエソラがにらみつけようと、ガライは余裕の態度を見せるばかりだ。
「あはは、勇敢だねぇ。ぜひ聞きたいな、何を探してるのかな?」
「……三橋シノブのオブジェ」
その答えに、ガライは構えていない方の手で顔を覆い笑い出す。
「あはははははは! いいよ! 会わせてあげるよ! ランドマークツリーにおいでよ……ここから生きて帰れたら、ねぇ!」
(雷が来る────)
次の瞬間、ガライは突如現れた男に腕を捻り上げられていた。
「なんだか、物騒な雰囲気だね」
男はエソラたちの知る人物だった。付き合いこそ短いが、毎日顔を合わせる関係だ。
「ミナト先生……!」
時透ミナトはガライの腕を離すと、エソラたちの方へ歩み寄る。
「大丈夫かい?」
そう笑いかけるミナトだったが、エソラたちは呆気にとられていた。
ミナトは文字通り突然、視認できない速さで現れ、ガライを制したのだ。
(何が起きた? いや、それよりなんでミナト先生が……?)
混乱するエソラだったが、彼がただ者でないことは容易に理解できた。
それと同時に、こちらの味方であれば形勢が変わるかもしれないと、そう思った。
「ミナトくん……あなたはそちら側につくのかしら」
二葉の問いかけにミナトが振り返る。
「前にも言った通り、僕は中立だよ。でもね、目の前で教え子が危険な目に遭うとなっては、そうも言っていられない」
「そう。この状況は偶然と判断していいのかしら? もしそうならこれからはあなたのいないところで彼らを狙うけど」
二葉の挑発的な態度にも動じず、ミナトは静かに微笑み、頷いた。
その姿を見て二葉がため息をつく。
「あくまで中立の姿勢は崩さないってことでいいのね。わかったわ、今日のところはミナトくんの顔を立ててあげる。ガライ、それでいいわね?」
「あはは……仕方ないね。エソラくん、またね」
そう言い残し、二葉とガライは去っていった。
去り際にガライが振り返り、笑いながらミナトをにらみつける。それに対しミナトは手を振って応じていた。
ミナトの余裕はどこからくるものなのか、それほど強力な能力の持ち主なのだろうか。
それに二葉たちとの関係も不明だ。本人は中立と言っていたが、果たして敵が味方か。
エソラの頭の中ではそんな考えが巡っていた。
「先生は──」
「話は後だ。ひとまず僕の拠点に案内しよう。ついてきて」
笑顔で手招きするミナトに導かれ、エソラたちは遊園地から移動した。