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エソラとアン

本日中に完結予定です。よかったらお付き合いください。

小説化ノベライズによる超人化の後遺症だろう。

 朝目を覚ますと、エソラは経験したことがないほどの筋肉痛に襲われた。歩くのにすら苦労する状態のため、当然学校は欠席だ。

 アンはと言えば今も眠り続けている。寝床はエソラの父親のベッドだ。

 エソラの母親は早くに亡くなり、それから父は男手一つでエソラを育ててくれた。

 今は単身赴任で海外に勤めている。年に一度、年末に帰ってくるのが通例だ。

 そのためエソラは実家で一人暮らしのような生活をしている。

 アンの年齢はおそらく六、七歳程度だろう。

 なかなか目覚めないため着替えだけでもしてやろうと押入れからそれらしい服を見繕ってみたものの、幼いとはいえ女性であることに変わりない。そこに抵抗を感じたエソラは手をつけられなかった。

 

 

 

 

 

 自分の部屋でベッドに寝転がるエソラの耳に、なにやら物音が聞こえてきた。

 その正体を確認するため、エソラは痛む身体を引きずりリビングへ向かう。

 ドアを開けるとそこには目を覚ましたアンがいた。なぜか冷蔵庫の中を物色している。

「おはよう。身体の具合はどう?」

「……大丈夫」

 無愛想に答えるアンだが、エソラを警戒しているわけではなさそうだ。

(お腹空いてるのかな)

 物色する手を止めない彼女にエソラが提案する。

「何か作るよ」

 エソラはアンの隣に立ち、冷蔵庫の中を覗いた。

(そのまま食べられるものは……これでいいか。あとは漬けておいた鶏肉があったはず)

 エソラは冷蔵庫から魚肉ソーセージとタレに漬け込んだ鶏肉を取り出し、ひとまずアンに魚肉ソーセージの方を渡す。

 そしてエソラは調理に入る。

 まずはフライパンに二センチほどの油を引き、弱火で加熱する。

 その間に鶏肉の水分を拭き取り、ボウルを二つ並べる。

 片方に溶き卵、もう片方には片栗粉、小麦粉、ブラックペッパー、そして隠し味にカレー粉を少々混ぜたものを用意。これで香りが格段に良くなるのだ。

 鶏肉を卵にくぐらせた後、粉をまぶしていく。

 準備が整ったら、菜箸の先を油につける。箸の先に気泡が生じたところで鶏肉をフライパンに投入し、タイマーをセット。そして皿にレタスを敷く。

 あとは数分待ち、鶏肉をひっくり返せば唐揚げの完成だ。

(ちょっと作りすぎたかな)

 唐揚げを盛り付けた皿を持ち振り返ると、アンは魚肉ソーセージの開け口と格闘していた。

 開けてから渡すべきだったとエソラは反省したが、なにはともあれ今はもう出来立ての唐揚げがある。

「これはまた今度。唐揚げできたから、食べよう」

 アンが喉を鳴らしながら頷く。

 食卓には唐揚げとレタス、即席スープに、解凍した米飯が並んでいる。

「いただきます」

「……いただきます」

 エソラが手を合わせたのを真似て、アンも挨拶をする。

 しかし食事には手をつけようとせず、目の前に置かれた箸をにらみつけている。

「お箸、苦手なの?」

 アンが頷いたのを見て、エソラはスプーンとフォークを用意した。

「これならどう?」

「できる」

 扱える食器を手にしたアンはものすごい勢いで食べはじめた。

 このままではエソラの分がなくなりそうだが、自分が作った食事をこんなにも夢中に食べてもらえるならそれもいいかと、エソラは箸を止めたままアンの食事する姿を眺めていた。

「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさまでした」

 先程からアンはエソラの所作を真似ているように見える。

 その様子からアンは充分な教育を受けていないのではと、エソラは彼女の生い立ちが気になった。さらに反転世界、組織についてなど聞きたいことは山程あった。

「話、聞かせてくれる?」

 エソラの問いかけにアンがため息をついて、頷く。

「アンはいくつなの?」

「十二歳」

「え……!」

「なに? 文句ある?」

 どう見ても申告した半分の歳にしか見えない彼女に、エソラは驚きを隠せなかった。

 しかしよくよく考えてみれば話し方に拙く感じる部分はあるものの、言葉選びや知識を鑑みれば十二歳でも若いくらいだ。大人に囲まれ子どもとして扱われない、そんな環境で育ったのだろうか。

「えっと、なんでそんなに……」

「悪かったね、子どもっぽくて。反転世界では身体は歳をとらないの。アタシは数年前から向こうで暮らしてるから、精神は正真正銘の十二歳」

(歳をとらない……?)

「ご飯もいらない。トイレも、寝なくてもいいの。便利だよね」

 反転世界の大きな秘密を知ったエソラは、驚きの連続で声を出せずにいた。

「知らなかった……か。そんなビギナーに負けるなんて、アタシはやっぱり役立たず。予言だって全部当たるわけじゃないし」

 予言という言葉にエソラが反応する。

「そうだ、予言。僕らが来ることもわかってて、クルミのトゥーンも準備してた。あれが予言の力なの?」

 アンは自嘲気味に笑うと、上着のポケットからカードを取り出し、机に並べる。キッドマンのキャラクターカードだ。

「これを広げると、頭の中にアニメが浮かぶの。カードのキャラが実在する誰かを演じる映像なんだけど、そこから予想して重要なものは手元に置いたり、待ち伏せしてみたり。たぶん能力の応用の一つなんだけど、未完成っていうか……そのときによって見えるものが違うから、外れることも多い。予言が聞いて呆れるよね。アタシがそう思いたかっただけで、実際はただの占いみたいなもの」

 そう語るアンはどこか落ち込んでいるように見えた。

「いや、すごい才能だよ。事実僕たちはまんまと待ち伏せされて、クルミも融合させられて……」

「文句が言いたいの?」

「あ、いや、そうじゃなくて」

 励ますつもりが反対にアンを責めるような言い回しになってしまい、さらにそれを指摘されたことでエソラはしどろもどろになった。

「まあいいけど。それより、その……助けてくれて、ありがとう」

 アンはエソラから目を逸らし、照れくさそうに礼を言った。

「助けたのはクルミだよ。その件なんだけど、アンは覚醒した後、一度正世界に戻って能力を定着させた?」

「もちろん。そうしないとオブジェ化しちゃうでしょ」

「そう……だよね。それなら今回アンがオブジェ化したのはどうして?」

 エソラにはなんとなく察しがついていたが、確信を得るために必要な問いだった。

「定着後も、心に飲み込まれる危険があるの。限界を超えるような能力の使い方をすれば……ね」

「やっぱり……!」

 エソラが身を乗り出し、向かいに座るアンの肩をつかむ。

「組織の狙いがなんなのかはわからない。でもね、アン。自分を犠牲にしちゃいけないよ。君の仲間だって悲しむでしょ?」

 アンは目線を下げ、寂しげな表情を見せた。

「仲間……ね。組織にとってアタシは便利な駒でしかないの。予言ができて、少し戦えて、言い包められるくらい子どもで……」

 アンの目から涙がこぼれ落ちる。

「アタシのパパとママは事故で死んじゃった。その後のことはよく覚えてない。頭が真っ白になって、気づいたときには反転世界に迷い込んでた。そこで二葉たちと出会ったの。一人になりたくなかった。だからみんなの役に立てるよう、できることは何でもやった。けど、もう終わり」

「……失敗したから?」

 アンは頷き、付け加える。

「そう。そして成功したから。アタシはもう必要なくなったの」

 アンの不可解な言葉に、エソラが顔をしかめる。

「どういうこと?」

 アンは猫のような大きな目でエソラをじっと見つめた後、こう返した。

「組織については話せない。話せばきっと、処分される」

 処分──殺されるということだろうか。

笑いながら他人をオブジェにできる残虐性があるのはわかっていたが、仲間にまでその一面を見せるとなると、組織にはエソラの想像を遥かに超えた思想があるのかもしれない。

 アンもその一味だが、まだ子どもだ。犯した罪の重さやその思想の危うさを、理解しきれてはいないだろう。

「……わかった。でもねアン。僕はもう君の居場所になるって決めたんだ。必ず君を守るから、それだけは覚えておいてほしい」

「居場所……家族に、なってくれるの?」

 家族を失う辛さはエソラもわかっているつもりだ。

 さらにアンには文字通り正世界での居場所がない。

 エソラは友人として、と発言したつもりだったが、いたいけな少女を前に、エソラの中に使命感が芽生える。

「うん、家族になろう」

 エソラの言葉を聞いたアンは突然立ち上がり、部屋の隅へと駆けていった。

 そして顔を赤らめ、こう話した。

「それって、つまり、アタシをお嫁さんにするってこと?」

 アンの発言に、エソラは自分の顔面が紅潮している感覚を覚える。そして身体中の毛穴から汗が噴き出してきた。

「いや、あの……妹! アンはまだ子どもだから、妹だよ!」

 その言葉を聞いたアンはエソラをにらみつけ、こう言い放つ。

「アタシ、こっちで過ごせばすぐに大人になるもん。後悔したって知らないんだから」

 アンは人差し指で下まぶたを引き下げ舌を出し、いわゆる『あっかんべー』のポーズをエソラに対してとった。

 その様子から、アンにとって『子ども』という言葉がコンプレックスだとエソラは理解した。同時に彼女がエソラに心を許しはじめているとも感じた。

 

 その日の夕方、アンから得た情報を共有、そして自己紹介をするため、一同はエソラの家に集まった。

「キッズミュージアムではおっかなかったけど、こうして見るとかわいらしいもんだな」

 蝶次がアンの頭を撫でようと手を伸ばすと、アンは椅子から立ち上がりエソラの背後に回る。そして背中にしがみつくその姿を見た蝶次がはやし立てる。

「お、なんだ? エソラにはもう懐いてんのか」

「さすがエソラ、手が早い」

 蝶次と竜太郎がここぞとばかりにエソラを冷やかした。するとそれにアンが反応する。

「エソラはアタシの家族なんだから、いじめたらダメだよ」

 蝶次と竜太郎が目を合わせる。

「おう、家族ときたか。そんじゃ俺たちも似たようなもんだ。よろしくな」

「そうですね。私たちは親戚のおじさんとでも思ってください」

 蝶次と竜太郎が手を差し出すと、アンが順番に握手していく。

「あ、私も」

 クルミが差し出した手をアンは両手でつかみ、うつむいた。

「あの……ひどいことして、ごめんなさい」

 クルミはアンの頭を撫でながら笑顔を見せる。

「いいの。アンちゃんのおかげで私にもできることが見つかったんだから。ありがとう」

 その言葉を聞いたアンは泣き出してしまい、しばらくクルミに身を預けていた。

 一人ずつ自己紹介をしていき、最後にアンの順番が回ってきた。

 緊張しているのか、その声はうわずっていた。

「アタシはからもも奈美(なみ)。アンって呼んでください。今日からエソラ家の一員に……」

 そう言いかけたところでアンはエソラをちらりと見た。

 エソラが頷くと、アンは胸を張り、笑顔で続ける。

「なりました!」

 皆から拍手が起こりアンは照れていたが、とても嬉しそうに見えた。

 今日は皆疲れているだろうと、反転世界の情報を共有したところで一旦話を終え、解散した。

 アンが組織について話せないことも理解してもらえたし、エソラはつくづく良い友達を持ったと感じていた。彼らのような仲間でなければ乗り越えられなかったことがどれだけあっただろうか。そう感謝するエソラに突如として一抹の不安がよぎる。

『君には魔王の資質があるかもしれない』

 エソラはなぜかガライの言葉を思い出した。

 それはエソラの人間性か、それとも能力を指したものだったのか見当もつかない。

 危険に晒されながらも着実に歩を進めているはずなのに、悪い予感が拭いきれない。

 リビングに立ち尽くすエソラの呼吸が荒くなっていく。

「大丈夫?」

 アンの声で我に返ったエソラは、深呼吸をして息を整える。

「アン……僕の能力のこと、どう思う?」

「どうって、意外と応用できてるし、便利だと思う。ただ、もし拘束力がもっと高かったら……正直、無敵だよね」

 拘束力──つまり強制できれば、ということだ。

ガライのように強い精神力を持つ者すら、有無を言わさず従わせる力。

 小説化ノベライズの到達点はそこにあるのかもしれない。その可能性をガライは見抜いたのだろうか。

 しかし今のところエソラにはそんな大きな力に目覚める兆しもない。

「ま、今のアンタの能力じゃ考えるだけムダ……ってアタシはまんまとやられたけど、ヤツらはそんなに甘くない。いざとなったらアタシが」

「だめだよ。アンはここで僕の帰りを待つんだ」

「イヤ! アタシがアンタを守る。アンタに何かあったら……また……」

 エソラの左袖をつかみ震えるアンの頭を、エソラが優しく撫でてやる。

 こんな小さな子を再び戦いの場に連れ出すなど、エソラには到底考えられなかった。

「大丈夫、絶対一人にしない。どうしてもってときはちゃんと頼るから、ね?」

「……わかった」

 昼間に作った唐揚げの残りを二人で頬張る。

 味を変えようとエソラが唐揚げにマヨネーズをつけると、アンがすぐにそれを真似る。

 その組み合わせがよほど気に入ったのか、完食までアンの手は止まらなかった。

 反転世界に住んでいたということはきっと空腹も、食事も彼女にとっては数年ぶりのことだろう。正世界の当たり前を、時間をかけて彼女に伝えていこう。そう決意するエソラだった。


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