エソラとキッズミュージアム2
本日中に完結予定です。
よかったらお付き合いください。
「ようこそ! キッズミュージアムへ!」
エソラたちを出迎えたのは精巧に作られた人形たちだった。
キッドマンに助けられる役のキャラクターだ。
膝の高さほどの身の丈で、まるで生き物のように踊っている。
楽器を演奏する者、クラッカーを鳴らす者、すべてを含めると二十体ほどいるのではないだろうか。
どう見ても現実的なからくりはない。考えられるとすればそれは能力によるものだった。
広々としたフロアの奥に人影が見える。人形たちよりは大きいが、背丈からするとどうやら子どものようだ。小学生くらいに見えるが、迷い込んだのだろうか。
布が被せられた箱に座り、足をぶらぶらさせている。
「君、大丈夫?」
エソラが人形たちを押しのけ少女のもとへと駆け寄る。
「近寄らないで」
そう言い放った少女の前に、等身大のキッドマンが現れた。
身長はエソラの胸の高さほどだろうか。しかし三頭身の体格のため、頭がやたら大きい。
アンバランスな体型で滑らかに動くその姿はかなり不気味だ。
キッドマンは笑顔を見せているが、エソラはにらまれているような感覚がした。
キッドマンに阻まれ立ち止まるエソラに、少女は話を続けた。
「アタシはアン。アンタたちの話は二葉からよおく聞かされてる。けど用があるのはそっちの女だけ」
アンが箱から飛び降りると、その拍子に黒いスカートがなびいた。そして腰まで伸びた細い髪を揺らし、クルミを指さす。
吊り上がった大きな目は怒りなどによるものではなく、生まれつきだろう。なぜなら少女の口角は上がっているからだ。
それにしても二葉とクルミは面識がないはずで、クルミが狙われる理由など想像もつかない。しかしエソラが弁明する間もなく、アンが話を続ける。
「予言によると、アンタが大事なピースなの。今からそれをたしかめる。お前たち!」
アンの呼びかけに反応し、人形がエソラたちを襲う。
クルミ以外の全員が応戦するが、数が多い。一体ごとの攻撃力は大したことがなくとも、むやみに受け続ければ危険だ。
エソラは小説化で人形たちに戦闘停止を命じた。しかし彼らの様子は変わらなかった。
先に仕掛けたアンの能力が優先されるのか、それとも元を辿ればただの人形である彼らに止まれと命じること自体が無意味なのだろうか。
「くそっ、何回叩いてもすぐ復活しやがる!」
「キリがないですね……」
蝶次と竜太郎は善戦こそしているものの、一度退けた人形がすぐに体勢を立て直し、戦線に戻ってきてしまう。相手にダメージがある素振りは見られない。完全に破壊しなければ止められないのかもしれない。
(逃走するべきか? でもとても逃げる隙なんて……)
現在、エソラには攻撃の手立てがない。蝶次と竜太郎も手一杯だ。
判断は早い方がいい。エソラがそう考えたときだった。
「いやああぁぁぁ!」
キッドマンがクルミの胸ぐらをつかみ、身体を持ち上げている。
もしクルミが人質として扱われればこちらに打つ手はない。
狙われているのがわかっていたにもかかわらず、何の抵抗もできないまま彼女が捕われてしまった。エソラは自分の無力さを噛み締める。
「クルミ……!」
「キッドマン、連れてきて」
キッドマンは号令に従い、アンのもとへクルミを運ぶ。その間にアンは、先程まで腰掛けていた箱から布を剥ぎ、蓋を開けた。そこから顔を出したのは、一体のトゥーンだった。
兎の耳がついた古時計が、辺りを見渡しながら飛び跳ねている。
その針は逆に回っており、反転世界の観覧車を思い出させる。
「待たせたね! どうぞ」
キッドマンがクルミをそのトゥーンに近づけた途端、辺りが光に包まれる。次に目を開けたときにはもう、トゥーンの姿はなかった。それは融合だった。
どういうわけかアンはクルミのトゥーンを捕らえていて、クルミを待ち伏せし、融合まで漕ぎ着けた。すべてわかっていたようなアンの行動、そして言動から『予言』とやらがはったりでないことは理解できた。しかし彼女の行動原理に関してはまったく想像がつかなかった。
「何が狙いだ?」
エソラの問いにアンは狂ったような笑顔で答える。
「この女はね、神の救世主なの」
クルミは気を失ったのか、アンの横に倒れている。
心配ではあるが、どうやらアンにとってクルミは重要な人材のようだ。ぞんざいに扱う真似はしないだろう。
しかしクルミが動けないとなると、エソラたちの退路は完全に断たれたことになる。
(まずはこのモブキャラたちをなんとかしないと。でも彼らは戦う役じゃないから弱点なんて……いつもお菓子を食べてるだけだし……お菓子?)
「蝶次!」
エソラは小説化を発動し、原稿用紙を蝶次に放った。
「な、なんだこりゃあ。こんな作戦あるか?」
「信じて!」
エソラはうろたえる蝶次に念を押し、竜太郎に声をかける。
「モブは蝶次に任せて、僕たちはキッドマンを!」
「わかりました!」
押し寄せる人形たちの攻撃をかわしながら、エソラと竜太郎がキッドマンに迫る。
蝶次はエソラが立案した作戦通り、子供が喜びそうな形の飴をせっせと生成している。と言っても手の込んだ細工をする暇がないのか、いわゆるペロペロキャンディだ。
「ほーらみんな、おやつの時間だぞ!」
キッドマンを除く人形たちが蝶次に群がっていく。
エソラの予想通りだった。
これだけの数を操るなど、少なくとも小説化では到底考えられない。さらにエソラたちに能力を使わないところを見ると、おそらく生物には効力がないと推測できる。
そしてキッドマンが意思のあるような発言したことから、ただ操るのではなく、キャラクターに自我を持たせる類の能力だと、エソラはそう判断した。
(モブキャラたちが元々与えられてるのはお菓子をもらう役だ。アンの命令より自分の欲求を優先してしまうということは────)
「アン。君はキャラクターを操れる。でも制限があるんだ。ある程度君が優位なんだろうけど、キャラにはそれぞれに応じた設定の範囲で自我を与えなければならない。君のキャラは飴の誘惑に負けたよ。さあどうする?」
「ふん。だからなに? 私にはキッドマンがいる。キッドマンは……その……」
なにやらアンは口ごもっておりうまく聞き取れないため、エソラが聞き返す。
「キッドマンは、なに?」
アンは吊り上がった目を見開き、エソラをにらみつけた。
「……子どもの味方だから!」
猛スピードで空を飛び迫り来るキッドマンを、竜太郎がキューブを盾にして足止めする。
一度は勢いを止めたものの、キッドマンのパンチ、いわゆるキッドパンチでキューブは破壊されてしまった。
後退しながら応戦する竜太郎に接近を試みるキッドマンだが、その突進はまたもキューブで防がれ、その度にキッドパンチを繰り出している。一進一退の攻防だ。
その隙にとエソラがクルミの方へ足を踏み出す。するとすぐさまキッドマンがエソラに視線を向け牽制する。
エソラたちには攻撃力が足りない。
キッドマンのスピードなら竜太郎の狙撃は簡単に避けられるだろう。
さらにアニメの情報ではあるがキッドマンには必殺のビームがあるはずだ。このまま長引けばいずれ打つ手がなくなってしまう。
竜太郎もそう感じたのか、こんな提案を持ちかけてきた。
「人間は普段、無意識に力をセーブしていると聞きます。その潜在能力を解放すれば、あの動きに対応できるかもしれません。エソラの小説化でそれを引き出すのは……可能ですか?」
竜太郎の策には相当な危険が伴うだろう。
身体を安全に動かすためのセーブなのだから、それを外せば肉は切れ、骨は折れるかもしれない。そんなことは竜太郎もわかっているはずだ。相応の覚悟しているということだろう。
エソラの能力は基本的に他対象のため、自分で状況を打開できない。
エソラは以前からそれを歯痒く感じていた。そして今、思い立つ。