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エソラとラージ

ゴールデンウィーク中に完結予定です。

よかったらお付き合いください。

反転桜木町は普段より閑散としていた。

 トゥーンの姿がほとんど見受けられない。ラージのニュースにより外出する人が減っているためだろうか。

 おかげで野毛山頂動物園までの道のりは快調だった。

 動物園付近には自衛隊や報道陣と思われるトゥーンが待機していたが、凶暴化している者はいなかった。

 入り口にかかるアーチの向こうには、ライオンの姿をしたトゥーンがいた。

 そのたてがみは炎のようにゆらめき、身体には金色の光を纏っている。

 その心模様は、誇り高き百獣の王の名にふさわしいものだった。

 ラージに違いない。

 これまでの経験では反転世界のトゥーンと正世界の人間の位置関係は大まかに一致することが多かったが、例外もあった。

 たとえば初めて反転世界に来たときには遊園地の利用客こそ少なかったが従業員はいたはずだとか、反対に閉館時間を過ぎたワールドポート内に多数のトゥーンがいるなどだ。

 それは誤差なのか、それとも身体の位置ではなく心の拠り所や気持ちが囚われている場所がこちらに反映されるのか、その辺りは定かでないにしろ、ひとまずラージの心の居場所を特定できたことにエソラは安堵した。

「グルルルロァー!」

 ラージの咆哮にエソラたちがたじろぐ。

「すげぇプレッシャーだな……」

 蝶次の頬を汗が伝っている。

 ラージの雰囲気に気圧される中、竜太郎が一同を鼓舞する。

「しかし手をこまねいている場合ではありません。それに、今の我々に必要なワンランク上相手……胸を貸していただきましょう!」

 竜太郎がラージに向かって無数の小型キューブを放つと、それを合図に三人は園内へ駆け込んだ。土煙に紛れラージに接近した蝶次が、飴のハンマーを振り下ろす。

「うおぉぉらっ!」

 ハンマーはラージの頭に直撃するや否やぐにゃりと曲がり、辺りに甘い匂いを漂わせた。

「あちぃ!」

 蝶次が両手をぶらぶらさせている。

 間一髪でハンマーを手放し、重傷は免れたようだ。

「あのたてがみ……本物の炎ですか。どうやら彼にも能力の素質があるようですね」

 ラージは一瞬よろめくもすぐに体勢を立て直し、蝶次めがけて突進する。

 目にも止まらぬ速さに蝶次がうろたえる中、竜太郎が小型キューブを放ち応戦し、ラージの気を逸らした。

「くっ……さんきゅ」

 蝶次の能力は熱に弱いため、この戦いでは分が悪い。さらに身体能力は相手が数段上だ。

 あれだけ素早いと、エソラの小説化ノベライズで狙うのは難しい。

 このままでは防戦一方になってしまう。

(動きを止める……鈍らせる……その前にまずあの炎のたてがみをなんとかしないと近づけない、か)

 竜太郎は前線で防戦し、蝶次は遠距離から飴のナイフで牽制、エソラは常にラージの死角に立ち、隙を狙う。

 ある種の膠着状態だが、長引けば肉体的にも精神的にもこちら側の負担の方が大きい。

 打開策を思索するエソラを、不意の一撃が襲う。

「ロアァァァァ!」

 ラージのたてがみの一部が分離し、火の玉となり向かってきた。

 エソラは左肩から地面に転がりそれを交わしたが、受け身が甘かったせいか上半身に痛みが走った。

「エソラ、大丈夫ですか!」

「いたた……なんとか」

 ラージに遠距離攻撃があるとなると、状況は一変する。

 現在盾役を担えるのは竜太郎のみのため、火の玉と近接攻撃の組み合わせ次第では捌き切れなくなってしまう。

 しかしそれを警戒し蝶次とエソラが回避に重きをおくと、攻撃のチャンスは皆無だ。

 こういった危機に対応するだけの経験値、バックボーンがエソラたちにはない。

 二葉から教わったのも基本的な立ち回りと能力の扱い方くらいだ。

(そうだ、二葉さんなら……どう考える?)

 あまり思い出したくない人物ではあるが、師のいないエソラにとっては彼女が教えくれたことが戦いのすべてだった。彼女はあらゆることをゲームにたとえていた。

 歯痒さはあるものの、エソラはそれに倣うことにした。

(たとえばゲームなら、相性を利用する。でも僕たちは炎に対して有利に働くカードを持っていない。ならアイテムやフィールドはどうだ……頼りにできる道具も、地の利も特に……)

 思案するエソラの目に止まったのは、キャラクタータッチの動物の像が飾られている花壇、その脇にある消火栓だった。

 思い立ったエソラは小説化ノベライズを発動しペンを走らせる。

「蝶次! 竜太郎!」

 エソラが放った原稿用紙とそこから浮かび上る文字列が、二人の身体に吸い込まれていく。

 エソラは二葉との戦い以降、味方に命令形で能力を使わないと決めていた。

 不測の事態に備え、各々が咄嗟の判断で動けるようある程度含みのある表現で行使する。

 これは竜太郎からの提案だ。それこそ以前二葉が話した通り、作戦の伝達と能力上昇の暗示をかけるという手法だった。

 二人に伝えた作戦は、まず蝶次が消火栓を破壊、そして────

「おらあぁぁ!」

 エソラが策を反芻する中、蝶次が実行に移る。

 飴のハンマーで叩いた消火栓は金属音と共にへし折れ、勢いよく水が噴き上がった。すると警戒したラージが一歩退いた。

 竜太郎はその挙動を見逃さず、即座に消火栓を隔離し、噴き出す水を制御する。

 そして隔離空間をラージの方向へ伸ばし、その先の部分のみ能力を解除し水の出口を作ってやれば、消防ホース完成だ。ラージ目掛けて大量の水が放たれた。

 この間数秒ほどだが、ラージが迷わず竜太郎に襲いかかっていたら作戦は失敗だった。

 彼の警戒心が裏目に出た形だ。

 意を決したラージがなりふり構わず竜太郎に突進する。

 放水を受けてなお勢いを止めないラージだが、そのたてがみの炎は消火され、辺りは蒸気に包まれていた。

 今なら火の玉を警戒せず行動できる上、ラージが纏っていた熱も抑えられているはずだ。

 竜太郎とラージの間に蝶次が割って入る。

「サウナみてぇだ……なぁ!」

 蒸気の熱に顔をしかめた蝶次が思い切り飴のハンマーを振るうと、鈍い音と共にラージがよろめいた。

 ハンマーは炎の影響を受けていない。

 蒸気のせいで多少ベタついているようだが、まごうことなき直撃だ。

 ラージが二歩、三歩とふらつく間に、エソラが小説化ノベライズを発動する。

 ここでラージの動きを封じる予定だったが、エソラはためらってしまった。

(ラージが苦しんでる。どうにか、わかってもらえないのか。せめて言葉が通じれば……)

 エソラが放った原稿用紙がラージの身体に吸い込まれていく。そしてその場に伏せたラージの前に、赤い原稿用紙が出現した。

「エソラ、これは……?」

 ラージに戦意がないと悟り竜太郎が近づくと、赤い原稿用紙が低い声で喋り出した。

『勇敢な少年たちよ、礼を言う。主らのおかげで正気を取り戻せた。速やかに、檻に戻ると約束する。エソラ……また会おう』

 それはラージの言葉だった。赤い原稿用紙が話し終えると、ラージは檻の方へと歩き出した。

 エソラはラージの行動を操るのではなく、心を通わせる方法はないかと考え、自分の思いを原稿用紙にしたためた。これ以上傷つけたり、操作したくない。ラージは自分にとって、家族に近い存在だから、と。

 それを聞いた竜太郎は、ため息をつきながら眼鏡を中指で持ち上げる。

「まったく、何のために作戦ですか……」

 なんの勝算もなかった上、千載一遇のチャンスを逃す恐れもあった。結果的に事がうまく運んだから良かったものの、やはり納得いかないのか竜太郎は何か言いたげだ。

「しかし……この、トゥーンと話せる能力は小説化ノベライズの新たな一面です。今後の情報収集や交渉に役立つかもしれません。そうですね……『筆談』と名付けてはどうでしょう」

「いいね。そのアイデア、ありがたくいただくよ」

 エソラの笑顔に、竜太郎の表情が和らぐ。

「とはいえ、今後はこんな危険な独断は勘弁してくださいね」

「まあまあ、うまくいったし新しい技も手に入れたわけだし、ヨシだヨシ!」

 蝶次が竜太郎の肩に手を回し、親指を立てる。

「……わかりました。今回は不問にしましょう」

 和やかになった空気に、着信音が鳴り響く。エソラの携帯電話だ。

「もしもし」

「わ、本当につながるんだ! 不思議すぎ反転世界!」

 受話器の向こうでクルミが感動している。

 たしかに反転世界は、オカルト好きにとってこの上ないレジャーランドになり得る。

 正世界との通話は初めての試みだったが、反転世界にいる間に向こうで過ごすクルミとメッセージのやりとりをしたことがあるため、エソラにとっては予想通りの結果だった。

「それで、どうなった?」

「おほん。なんと、ライオンさんは自ら檻に戻りました! みんな、うまくやったんだね。怪我はない?」

 受話器から漏れる声に蝶次が人差し指と親指を合わせて輪をつくる。その手の平には火傷があったが、彼の意図を汲み、クルミには全員無事だと伝えた。

 

 後日、仲間の四人で野毛山頂動物を訪れた。ラージの様子を見に来たのだ。

 正世界のラージは、老いているとはいえ相変わらずの風格があった。

 心の姿を目の当たりにしたせいか、以前より威圧感があるように思える。

 エソラたちを見たラージは立ち上がり、ゆっくりと瞬きをしてみせた。

 そしてこちらにお尻を向ける。

「なんだあいつ、俺たちを警戒してないってサインか?」

 たしかにネコ科動物の瞬きにはそういった意味がある。

 しかし蝶次はその後の行動を気にかけるべきだった。

 楽天的な蝶次を残し、他の三人はそそくさと檻から距離をとる。

「ん? なんだお前らびびっ──」

 次の瞬間、ラージから放たれた液体が蝶次を襲う。

 頭からそれを被った蝶次を中心に、強烈な臭いが漂う。

「うお……うおおおぉぉぉ!」

 蝶次の悲鳴が園内に轟いた。彼が浴びたのはラージのおしっこだった。

 これは有名な仕草と行為のひとつあり、檻の前にある看板でもしっかりと注意喚起されている。

「こいつ……助けてやったのに!」

「ラージの頭を思いっきり叩いてましたからねぇ」

「やだ、蝶次くんそんなひどいことしたの?」

 皆のやりとりとラージを無事救えたという安堵により、エソラの中からなんとも言えない幸福感が込み上げる。

「ふふ、くっ、ははははは」

「くそっ……おいエソラ、なに笑ってんだ……よ!」

 蝶次がエソラに向かって走り出す。

「わ、やめてよ!」

 追いかけられたエソラは辺りをぐるりと一周し、ラージの檻の前へと逃げる。

「ラージ、助けて!」

 エソラの声に反応したラージはゆっくり瞬きをすると、再びこちらにお尻を向けた。

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