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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

盲目のネコ少女と頬に傷のある盗賊の心休まる御話

 薄暗く後ろに火が燃えあがる森の中、少女は走って逃げていた。

 だが、彼女はあちこちにぶつかっては転倒している。


 それもそうだろう、彼女の目には光が無いのだ。


 それでもどうにか彼女が走っているのは、耳のおかげだと言える。

 ネコ族の象徴とも言える感覚を捉えるヒゲは、奴隷にされた際に切られてしまい、そのヒゲは二度と生えて来る事は無い。


 そんな状態でも彼女はどうにか手探りと耳だけを頼りに走り続けた。


 ――死にたくない、生きたい!――


 そんな彼女は目の前の何かにぶつかり、転倒してしまった。


「ニャアァ!」

「うわっ! 何すんだ、危ねえだろがっ!」


 転倒したネコ族の少女は、どうにか起きあがって走って逃げようとした。


 だが、彼女はその場に再び転げてしまった。


「へへっ、逃げようったってそうはいかないぜ。おれたち風の盗賊団に見つかったのが運の尽きだったな」

「ニャアァァ……」


 ネコ族の少女は悔しそうに鳴くしかできなかった。


「どうした? お前……」

「あ、お頭。逃げようとした奴隷の娘を捕まえたところです」

「そうか……」


 バギッ!


 お頭と呼ばれた男は、痩せぎすの男をぶん殴って張り飛ばした。


「バカヤロウ、傷を付けんじゃねえよ! 何だその娘のボロボロさはっ!? オレ達は弱者を虐げないのが誇りじゃなかったのか!? 恥を知れ!」


 大きな声で部下を怒った男、彼の頬には大きな傷がついていた。

 かなり昔の古傷だろう、その傷には男の生きてきた年季が刻まれていた。


「でもお頭、コイツ……おれたちが見つけた時にはすでにこの状態だったんですよ」

「言い訳をするな! 男らしくない。もしそうだったとするならお前達のするべきことは何だったんだ!」


 どうやらこの男、粗にして野だが卑にあらずといった感じの人物だ。

 彼は部下を撫で、労った。


「殴って悪かったな、だがお前達が嘘を言わないのは知っている。オレ達の掟は、仲間には決して嘘をつくな、それが掟だ。だが、それならこの娘、一体どうしてこれだけの傷を……?」


 男が見たネコ族の少女はボロボロの姿で、自慢の尻尾は毛が抜け落ちボフボフした感じ、体中は擦り傷と切り傷、そして片耳は明らかに斬りつけられた痕があった。


「お前達、この娘に何か布を持ってこい!」

「へい、おかしら。こちらでどうぞ」


 ばさっ。


「臭っ! 何だこの鼻の曲がりそうな臭いは!?」

「へえ、あっしの一週間洗っていない手ぬぐいです」


 バギッ! ベギッ!!


「バカヤロウ! それでお前の顔を洗ってこい!」

「へい。すいやせん……」

「まったく、もっとまともな布はないのか」

「おかしら、こちらをどうぞ」


 男はネコ族の少女に毛布を被せてやった。


「寒いからな、風邪を引かれては困る……」

「……」


 彼女は何も言わなかった。

 いや、言葉が話せないのだ。


「まったく、バロン男爵の館から金目の物を持ち出そうとしたら、既に国に大半の財産を没収された後だとはな……まさに無駄足だったぜ」


 このネコ族の少女は、身体的欠陥が原因で売り物にならずにバロン男爵の嗜虐用に鞭打たれる存在だったと見える。


「オレ達が到着した時には既に屋敷は火の海、肝心のお宝も見つからず、見つかったのはこのネコ族の娘だけってワケだ。まったく、今回のお仕事は大失敗だぜ」


 男がネコ族の少女に指を出そうとした時、彼女は怖がって思いっきり彼の指を噛んだ!


 ガブッッ!


 だが、常人なら指の二本は持っていかれるはずの獣人の噛みつきは、彼には意味が無かった。


「おっと、お腹が空いたのかな?」

「ギャッ?」


 むしろ強く噛みついた少女の歯の方が傷ついたようだ。

 彼女は痛みでその場にうずくまって転がってしまった。


「オイオイ、オレに噛みついておいて自滅かよ。まあこの手を噛んだらそうもなるけどな」


 そう言って男は噛みつかれた指の手袋を外した。

 するとその手は義手になっていたのだ。


「おい、お前達、何か柔らかい布を持ってきて噛ませてやれ」

「へい、おかしら」

「お前の一週間の手ぬぐい以外で頼むぞ」

「へい、わかっとりやす……」


 少女に柔らかい布が手渡され、彼女は布を口で噛んで痛みを抑えた。


「困ったな、何の収穫も無しに見つかったのはこの娘だけか」

「ボレアスの兄貴、そろそろ撤退しないと国王軍がやってきますよ」

「仕方ない、野郎ども。ずらかるぞ。その娘はオレが連れて行く!」


 そして風の盗賊団はリーダーのボレアスがネコ族の娘を連れ、その場から姿を消した。


 数日後、山の中腹のボロ小屋の中で、彼は新聞を読んでいた。


 ――バロン男爵邸、炎上。複数の死者有り。――


 彼等が襲撃したバロン男爵の屋敷の事が既に新聞沙汰になっていた。

 しかしなぜかその中には風の盗賊団の事はおろか、奴隷商の話も出てこなかった。

 どこからか圧力がかかったと言える。


「お頭、あの娘、どうするんですか?」

「どうだ、何かわかったか?」

「いいえ、それが全く何も話そうとしないんですわ」


 ネコ族の少女は与えられた食事もせず、ただその場にずっと座っていただけだった。

 彼女は数日前にここに来てから、何一つ口にしようとしないのだ……。

 何一つ話さない彼女は、完全に他人に心を閉ざしている。


「困ったな。このままでは死んでしまうぞ」

「お頭、その娘、どうするんですか?」


彼等が自身の今後を話していたので、一瞬少女の表情が変わった。

 どうやら彼女には感情が全く無いわけでは無いようだ。


「いや、無理だな。ソイツ、目が見えないらしい。盲目の働き手を欲しがる奴なんてだれもいないだろう。愛玩用としてもそんなにやせっぽっちでは欲しがる貴族なんて出てこない」

「おかしら、それじゃあどうするんですか? コイツ、殺すんですか?」


 バキッ!


 ボレアスは部下を殴り飛ばした。 


「バカヤロウ、お前は無神経か? 本人の前でそんな話をするんじゃねえ!!」

「す、すいやせん……」


 ボレアスは少女の前に立ち、彼女に微笑みかけた。


「安心しろ、お前を殺したりはしない」

「ニャァ……」


 この日、初めて彼女は声を出した。

 殺さないという言葉がようやく安心できるものだったようだ。

 気の張りつめた状態だった彼女は、糸が切れたかのようにその場に眠り込んでしまった。


 ボレアスはそんな彼女を抱きかかえ、普段自分が寝ているベッドに彼女を寝かせてやった。

 寝る場所の無くなった彼は床に寝転がって寝ていた。


 そして次の日、彼は部下を集めて話をした。


「てめえら。前回は失敗だったが、今度の獲物は奴隷商人のベルガーだ。いいか、商人とその部下は殺してもいい。だが奴隷には決して手を出すなよ!」

「「「了解です、お頭!」」」


 そして彼等は奴隷商人のベルガーの店を襲った。


 ――だが、風の盗賊団がベルガーの店に来た時、そこには誰一人いなかった。


 実はこの奴隷商の店は既にこの国の皇太子に占拠されていた。。

 彼は奴隷商のベルガーの店で不法な商売が行われていると知り、国王軍を率いて逮捕する為にやって来たのだ。


「くそ、中に入れねぇ!」


 ボレアスは奴隷商襲撃を諦めボロ小屋に戻り、ベッドで寝かせていた少女の元に来た。

 少女はまだ寝ている……。


 彼は少女を眺め、優しく微笑んだ。


「お前も独りぼっちなんだな……」


 彼は天涯孤独だった。

 どこで生まれたのか、どこで育ったのかも分からない。

 傭兵をやったり、盗賊をやったり、そして結局今は義賊まがいの事をやっている生活だ。


「ン……ン……」

「お。気が付いたか」

「ニャッ……? ニャァ……」


 ネコ族の少女は、自分が介抱され、ベッドの上で寝かせてもらっていた事に気が付いた。


「ニャァ……」

「お、おい、どうしたんだよ!?」


 そして、たじろぐボレアスに飛び掛かり、彼の顔をペロペロと舐めだした。

 これは彼女にとってのお礼、感謝の気持ちの表れだといえる。


 ……そして彼女は、ここが今の自身の居場所なのだと理解した。


「アリ……ガ……ト」

「おい、今お前何って言った?」

「アリガ……ト」


 ネコ族の少女はたどたどしい言葉でボレアスにお礼を言った。

 そして、少女は光の無い目でニッコリと笑った。


「お前、安心して良いんだぞ。オレ達が村に帰してやるからな」

「ッ?」


 少女が微妙な顔を見せた。


 ――だが、ボレアス達は獣人の村の場所を知らない。

何故ならベルガーの店は既に国王軍に占拠され、獣人族達は秘密裏に皇太子によって集落に帰されていたので、彼女の村について誰にも聞けなかったからだ。


 獣人達の集落は皇太子達以外には知らされていない、それは再び悪徳商人や盗賊に奴隷として攫われない為だ。

 だがそれは、あの少女の一族との遮断を意味する事だった……。


 おそらくあの少女は、二度と家族に会う事は出来ないと言える。


 ボレアスは家族と生き別れてしまった彼女の頭を撫でた。


「――お前、行くところが無いなら……オレ達の仲間になるか?」

「ニャァ……」


 少女は小さく首を縦に振った。

 ボレアスは首を傾げながら少女の今後の事を考えていた。


「そうだな、オレ達の仲間になるならお前に名前を付けてやらないとな。そうだ、シルフィード……お前の名前はシルフィなんてどうだ?」

「ニャンッ」


 少女はその名前が気に入った。

 そして、盗賊団の仲間になった少女はシルフィとなった。


 数年が過ぎ、シルフィはすっかり盗賊団の仲間として受け入れられていた。

 だが、彼女は血なまぐさい仕事場には連れて行かれず、ボロ小屋を掃除したり料理を作ったりするくらいだった。

 目の見えない彼女は耳と肌で感じる感覚を頼りに、それを努力してやりとげていたのだ。


 だが、事件はある日起きた。


「殿下、ここが悪名高い風の盗賊団の根城のようです!」

「そうか、すぐに略奪品を押収しろ、その上で奴隷等がいたらすぐに確保するのだ!」


 仕事でボレアス達が留守の間に、ボロ小屋にやってきたのはこの国の皇太子だった。

 彼は迅速に動き、あっという間に小屋を制圧し、中にあった略奪品を押収した。


「奪われた略奪品は国庫に入れておくように、その上で民衆に行きわたるように返すのだ!」


 この皇太子という人物、かなりの人格者だ。

 彼は押収された宝物を奪われた貴族ではなく、搾取された民衆に返そうとしていた。


「ノトス殿下、こんな所に女の子がいました!」

「何だと! すぐに確保しろ」


 シルフィは兵士達に抵抗するも、全く相手にもならずにそのまま確保されてしまった。


「この娘、目が見えないのか……何という事だ、こんな憐れな娘を奴隷にしてこき使うなんて! 許せん!!」

「ニャァ……」


 ボレアス達が仕事を終え、戻るとそこには国王軍に宝が押収された跡と、無人の小屋があるだけだった。

 シルフィはこの日、彼等の前から姿を消してしまったのだ。


 皇太子は彼女を連れ、城に戻った。

 そして彼女には新しい名前と居場所が与えられた。


「君に名前をあげるよ。君の名前は……エアリアだ。君はもう苦しまなくていいんだ。僕とここで暮らそう」

「ニャァ……」


 だが、城の中では……宰相や貴族の猛反対で何処の誰とも知れない獣人の少女を住まわせる事は出来ず、皇太子である彼の力は王侯貴族に我を通せる程には強くはなかった。


 仕方なく、エアリアの名を与えられた彼女は……皇太子と関係の深い貴族の家に預けられた。そして最低限のマナーや言葉を覚えた彼女は、ようやく王妃見習いという形で修道院に預けられた。


 この修道院、普通の修道院ではなく、元来王妃の候補を育てる為の施設として昔からこの国に存在するものだ。いうならば、王妃養成所とでもいえる場所である。


 ――ノトス皇太子が、何が何でも絶対に王になると決めたのは、王の命で種族に関係なく婚姻出来る前例を作る為だった。それほどまでに彼の中では陰謀渦巻く王侯貴族の中で純粋な宝石の原石のような彼女が大切な存在だったのだ。――


「必ず君を迎えに行くから……その時は僕の妻になってほしい」

「ニャァア……ハイ……ノトス……サ……マ」


 エアリアは目の見えない分、人よりも頑張って言葉を覚え、誰よりも早くに起き、与えられた仕事を続けた。

 だがそんな彼女を修道院の貴族令嬢達はバカにし、彼女はいつも仕事を押し付けられた。

 しかし直接の暴力が振るわれるわけでは無い、流石に皇太子に見つかるわけにはいかないからだ。


 それに月に何度かは皇太子が訪れ、エアリアと話をしていた。

 彼はギスギスした宮殿の中ではなく、兵舎の気の知れた仲間やこの修道院での彼女との会話で癒されたかったのだ。

 だが、それは貴族令嬢達の嫉妬にさらに拍車をかける事になった。

 それでも彼女は耐え続けた、いつか助けが来ると信じたからだ。


 それがノトス皇太子なのか、それともかつて自分を助けてくれた盗賊の頭目ボレアスなのか、誰を待ち望んでいたのかは……彼女にしか分からない。


 だが、いつか自分を迎えに来てくれる人がいる、その想いこそが彼女の生きる力になっていた……。


 時は流れ……国王が崩御し、ノトス皇太子が新たな国王になった。

 彼は悪徳貴族を粛正し、古い悪習を次々と撤廃し、国民は誰もがこの新王を歓迎していた。


 ――そんな雰囲気の中、一人の男が仲間達と酒を飲んでいた。

 彼等は最近まったく仕事をせず、ただ飲んでいるだけの連中だった。

 だがそんな日もついに終わりを迎えたのか、ついに彼等の資金は潰えてしまった……。


「はあ、風の盗賊団も無風だと仕事は無し……か」

「バカッ! 滅多な事を言うな、縛り首になりたいのか!?」

「へえ、すいやせん」


 部下達のボヤキを聞きながら頬に傷のある大男のボレアスは目をつむって酒を呑んでいた。


「そろそろ潮時かも知れんな。お前達、そろそろ足を洗え。もうこの国では仕事にならんからな」

「そんな、お頭はどうするんですか?」

「さあな、気ままな傭兵として戦場で野垂れ死ぬのがオレの生き方かもな……だが、家のある奴は家に帰れ。勘当されたヤツもいるかもしれないが、家族がいるなら戻った方が良いぞ」

「そんな……おらは家族を流行り病で亡くしたんでさ、だから行くとこなんてないんだ。おら、バカだから普通の仕事もできねえし……」


 ボレアスが帰れと言っても、そこに居た彼の部下は誰一人として帰ろうとしなかった。


「てめえらバカだ、大バカだぜ。いいぜ、これからは、オレ達は旅の傭兵団として生きよう。冒険者ってのも悪くないかもな」

「さすがだぜアニキ!」

「さて、今日で風の盗賊団は店じまいだ。野郎ども、飲むぞ!」


 だが、決意を固めた彼等の心を揺さぶる話が周りから聞こえてきた。


「オイ、知っているか? 国王様の御后(おきさき)様の話……!」

「ああ、知ってるぜ、目の見えない獣人族の娘だってな。身分の差なんてものを撤廃するという新王様の意思でその娘を妻にすると宣言したんだろ」

「流石は新王様。オレ達みたいな庶民の気持ちを分かってくれる方だ、御后様になる娘もさぞ幸せなんだろうな」


 この噂話は盗賊団の消えかけた火を再び灯らせた。


「オイ、聞いたか……目の見えない獣人の少女って……」

「まちがいないぜ、セルフィちゃんだ」

「バカ、名前間違えるな。シルフィちゃんだ。まさか国王様の所に匿われていたなんてな……」


 だがボレアスは何も言わずに黙ったまま酒を呑んでいた。


「お頭、お頭はあの娘好きだったんじゃないんですか!?」

「さあな、まあ良いじゃねえか。あの娘、今では幸せに暮らしているんだろ。もうオレ達とは住む世界が違うんだよ……」

「お頭、それでいいんですか!? お頭だって本当はあの子好きだったんでしょ。おれたちはお頭とセルフィちゃんが仲良さそうにしているのをずっと見ていたんですぜ」


 それでも彼は黙ったままだった。


「お頭、おれたちは貴族に奪われたものを取り戻す盗賊団ですよね。だったら国王に奪われたセルフィちゃんを取り戻しましょうや!」

「……テメエら……」

「そうだ、貴族に奪われたモノを取り戻すのがオレ達風の盗賊団。それならここにいるボレアスのお頭が奪われた娘を……取り戻そうぜ!」

「お頭、おれ達の風の盗賊団の掟、忘れたんですか!? 仲間には決して嘘を言わない、それがおれ達の掟でしょう!! あの子を諦めたなんて嘘つかないでくだせえ」

「……そうか、掟か……。そうだな、あの子を取り返そう……」


 ゴンッ! ガンッ!!


「バカヤロウ、何回名前を間違えたら気が済むんだ! あの子はシルフィだ!!」

「すいやせん」


 酒を呑み終わったボレアスが低い声で部下に告げた。


「……テメエら、失敗したら縛り首になるぞ」

「関係ねえや、おれには家族なんていない。いるのはここにいる仲間だけだ。だから失敗したらみんな仲良く縛り首になって地獄に行こうや」


 ――これが王国を震撼させた風の盗賊団の最後の仕事となった。――


 ボレアスを中心にした盗賊団は、婚姻の準備を進める修道院をターゲットに決めた。

 この日、修道院には男子禁制で女性だけがエアリアの衣装の準備をしていた。

 ノトス王は修道院には入らず、懇意にしていた兵舎の中で部下と独身最後の夜を、酒を呑み明かしている頃だ。


「行くぞ野郎ども!」

「がってんだ!」


 盗賊団の足音はネコ族の少女の耳に聞こえた。


「聞コエル……」

「あら、王妃様。いかがなされましたか?」

「皆サン、スグニココヲ離レテ下サイ」

「え? 王妃様??」

「急イデ! ココハ危ナイノ!!」


 少女のあまりの気迫に修道女達はその場を離れるしかなかった。

 だがそれは懸念ではなく、むしろ実際に燭台を倒して火をつけたのは貴族の娘達と宰相の手の者だった。

 そして……彼女一人だけが残り無人になった修道院に到着したのは風の盗賊団だった。


「お、お前……シルフィなのか?」

「ソノ声……ボレアス、サン?」


 彼女は懐かしい声を聞いて見えない目を潤ませた。


「立派になったな……、とても美しい」

「アリガトウ……ゴザイマス……」


 ボレアスは幸せそうな彼女を思わず抱きしめてしまった。


 しかし、本心ではボレアスはもう彼女を取り戻すつもりはなかったのだ。

 もし王侯貴族に不当な目に遭っているならオレの元に取りもどす、そう考えていた彼だったが、彼女からは幸せな空気しか感じられなかった。

 ――だから彼は安心して身を引くつもりだった……。


「誰だ! 私の妻から離れろ!」

「お前は!? ノトス王か」

「その顔、知っているぞ。お前は悪徳貴族を専門に狙い宝を奪っていた風の盗賊団の頭目、ボレアスだな!」

「ほう、オレの名前を知っているとはな。それで、オレをどうするつもりだ?」


 そういうや否や、ボレアスは鋭く踏み込み、ノトス王目掛けて剣を切りつけた!


 キィンッ!


 だがノトス王はその一撃を剣ではじき返し、ボレアスは身体をひねりながら地面に着地した。


「なかなかやるな、流石だぜ」

「残念ながらお前はもう反逆罪が確定した。せめて私自ら引導を渡してやろう!」


 二人の戦いはほぼ互角だった。

 あまりの気迫に、盗賊団も兵士もどちらもが二人の間に割って入る事が出来ない。

 剣で斬られようとすると身体をかわし、上から叩きつけられようとすると剣の腹で弾く。

 そうやって二人の戦いは延々と続いた。


 そんな中、火はどんどん燃え移り、修道院は火の海になっていた。


「ハァ、ハァ……やるな」

「お前こそ、なぜそこまで命を懸ける?」

「あの娘の幸せの為だっ!」


 ボレアスの話を聞いたノトス王が頷いた。


「やはり噂通りだな、悪徳貴族専門に狙う風の盗賊団。最初、私は彼女を盲目なのにこき使われている憐れな奴隷だと思っていた。だが、言葉を覚えるうちに彼女はお前の事を話してくれたよ。命を助けてくれた大事な人、もう一度会いたい……って」

「そうか、彼女に言葉を教えてくれたのはお前だったんだな」


 そう言うとボレアスは剣を投げ捨てた。


「オレの負けだ。それにもうこの国にはオレの居場所も仕事も無い。お前ならこの国もあの子も任せる事が出来る」

「ボレアス……」

「お頭……おれたち、死んでもまた一緒ですよね」

「ああ、そうだな。だがオレは満足だ」


 だがノトス王は剣をボレアスに突きつけて叫んだ。


「行け、そして私の前にもう姿を見せるな。風の盗賊団は今日ここで王妃を襲おうとして焼け死んだ……王妃になるはずだった娘も、残念ながら盗賊団のせいで命を失ったのだ」

「そ、それは?」

「……あの子は時々ものすごく寂しそうな目をしていた。残念だが……私は彼女の居場所ではなかったのだ。何故彼女がそれほどまでに寂しそうな目をしていたのか、私には分からなかった。だが、今ハッキリと分かった。彼女の居場所はお前達のそばなんだ」

「ノトス王……」

「さあ行け、ここはもう火の中で崩れ落ちる。証言者は駆け付けた私だけだ。私が着いた時にはもう既にここは火の海だった……」


 ノトス王は風の盗賊団を見逃した、それは盗賊団が各地で動いてくれたからこそ、悪徳貴族を倒し彼が王位に就く事が出来たからだ。


 ――それ故の彼の感謝だった。

 だが、下手に国王自らが盗賊団を見逃したとあっては汚名になりかねない。

 だからこそ彼は風の盗賊団を、修道院の火災と共に歴史から葬り去ろうとしたのだ。


 燃え盛る炎の中、少女は悩んでいた、

 どちらも自分の事を心から大事に思ってくれている。

 だが選べるのは一人だけだ。


 ――だが、その気の迷いが彼女に一生の傷を与える事となった!!

 なんと焼け落ちた梁が彼女の体に落ちてきたのだ。

 必死で逃げようとした彼女だったが、焼けた梁は彼女の足の上に倒れてきた!


「ニャアアアアアァァァッ!!」


 二人の男が足を梁に挟まれた彼女を助けようとした。

 そして、足の骨が砕けたシルフィを梁の瓦礫から引きずり出して抱えたのはボレアスだった。


 そして、ノトス王は彼女の気持ちがボレアスにある事に気が付き、彼女を助け出す役を彼に任せ、自らは補助に回った。


「ノトス……様、アリガトウ……サヨウナラ……」

「さようなら、エアリア……」


 ボレアスはシルフィを抱え、燃え盛る炎の中から修道院を後にした。


 ――そして、王国を震撼させた風の盗賊団はこの日を境に完全に姿を消した――


 なお、善政で知られたノトス王は側室を取らず、一生独身を貫いたと言われている……。

 それほどまでに彼にとってはネコ族の少女、エアリアが大切な存在だったのだ。

 だが彼は国民全員に愛され、彼のその寂しさは国民の愛が埋めてくれたので幸せだった。


 ――数年後、小さな村に働き者の木こりと車椅子姿の美しい獣人の奥さんが住んでいた。

 この村は国王が援助して作った、戦火や貧困、居場所の無さから逃れてきた者達が移り住んだ小さな村だ。

 この村では前科も盗賊も貧困も身分も関係無い。

 新たに幸せを求める者達の居場所だと言える所だ。


「おかーたん、こっちこっち」

「アラアラ、コノ子ハ……無理シチャダメヨ、ゼピュロス」

「うん、ボク……おとーたんみたいになるんだ」


 家では美しい奥さんと可愛い子供が、料理を作って父親の帰りを待っている。


 仕事を終わらせた木こりは、いつものように美しい奥さんの待つ家に帰る。

 その村にいたのは、小さな幸せを分かち合う一つの家族だった……。

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