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VS血鬼 其の壱

 夜名津我一は原付通学だ。


 三月末産まれであるため高二に上がったこの春から免許を取り、姉が使っていた中古の赤い原付を動かしている。


 夜名津我一の朝は早い。家にいたくないからだ。


 ……といってもそれは中学までのこと。


 姉が結婚して家を出て、船乗りである父が帰ってきたため母親の精神が安定しているためだ。中学時代まで悲惨とも暗黒時代とも地獄とも呼べた日々では無くなり、比較的に、一般的に、普通かつ平穏な日常を送れている。


 だが、それでも身に付いた習慣というのは恐ろしいもので、中学時代に身に付けてしまった『家にいるよりかマシ』という固定概念が居ずいてしまっていて、朝練のある部活動に入部しているわけでもないのに、校門が開いて間もない時間帯に到着する。


 校内の運転は禁止されているため、校門を過ぎたら駐輪場までは手押しだ。


 座席から降り運転から手押しへと変わると、背中に取り憑いた、まるでリュックのように抱き付いていた薄汚い不気味な鬼、夜名津我一の仕鬼祇たる我鬼が何かを察したように声をかける。


『な、な、がのいち』

「なんだい?」

『なんか変だゾ?』

「……そういえば先生いないね」


 我鬼の言葉に自身でも感じ取っていた異変、違和感を口にする。


 そう、普段なら毎朝一番乗りの夜名津我一を出迎えるように香久山教諭が校門の開門がてらに挨拶運動を行っている。


 だけど本日、香久山教諭がいない。普段ならあの元気で人当たり良さそうなおおらかさで「おう、おはよう夜名津! いつも早いな、ちゃんと朝飯喰ってんのか?」と挨拶混じりに捕まえて雑談をしてくるのに、今日はそれがない。それどころか姿を見掛けない。


「……ホリーさんのウザ絡みがないことに違和感を覚える承太郎の気分だ」

『ち、ち、ち、血の匂い、ダアー!! いひひ』

「血?」


 ボケを無視されたことをショックに思いながらも、我鬼が嬉しそうに楽しそうに、不気味にも愉快に声を上げて血と連呼する。それに不思議そうにしながらも自身も鼻で嗅ぐってみることにする。


 特に鉄の生臭さのようなものは感じられない。


「何? 特に何もないけど?」

『気を付けロ、がのいち。なんかあるゾ、くっだらネエ、バカなニンゲンが、つまんねえことをやらかしてんロ。いひひ、コロセコロセ』

「敵でもいるのかな? それとも雨崎君が日頃のストレスで学校の人血祭りにしてんのかな?」


 後半はともかく、我鬼の言うこと自体は信じたのか、夜名津我一は能天気な口振りをしながらも瞬時に敵の存在がいることを認定して、学校が危険領域と判断を下しつつも、軽口を続ける。


「これで間違っていたら、君恥ずかしいよ」

『んなわけあるカ、オレを信じロ、がのいち』

「……そっか、わかった」


 信じているのかいないのかいまいちよく分からない調子で返答しながら、とりあえず駐輪所まで原付を運ぶとそこにもう一つ異変を見つける。


 ようやく夜名津我一は我鬼の言葉だけでなく本当に何らかの事態が起こっていること自覚した。


「誰かいる……っぽい。ああ、確かになんかあるっぽいなこれ」

『あん? どういうことだ?』


 異変に即座に気づいて口に出す夜名津我一だが、鬼であり召喚されて間もない現実世界に疎いであろう我鬼はピンと来ずに疑問のまま。


 目の前の光景に指を指してその理由を告げる。


「自転車や原付が結構ある」

『あん、これがどうした?』

「僕、学校は基本一番乗りなんだよ。そりゃあ朝練や勉強するために早く来たりする人はいるからたまに一人や二人は先に来ている人はいるんだけど。でも、流石にこの量はおかしい」


 駐輪所に置かれたざっと見三十は超えた自転車や原付の数。常に一番乗りの夜名津我一よりも先に来ている人間が三十人近くいるということは流石におかしい自体。


 夜名津我一は腕時計で時刻を確認してみる。時刻は七時六分。時間帯的に夜名津我一が遅刻したわけでもない。いつも通りの時間帯。


 この光景は夜名津我一にとっては異常だと判断するには十分な証拠だ。普通の時間帯に登校している生徒ならともかく、家にいたくない、という理由で毎朝朝一の登校をしている夜名津だからこそこの光景は奇異な光景だ。


 話し半分に留めておこうと思って聞き流していた我鬼の忠告をちゃんと受け入れ、『警戒心を張っておこう』から『警戒する』のレベルに引き上げる。


 とりあえずこの場にいても真相は掴めない、と原付を停めて身軽な状態になる。ゆっくりと周囲を見回しながら校内へと移動しようとする。


『おい、いいのカ? 迂闊過ぎねえカ?』

「警戒はしているよ、でもまだ敵の動向が分からないし、たまたまテスト勉強に早起きした熱心な生徒がいるかも。そういう生徒この時期いるし」


 校内へと移動する夜名津我一に注意を呼び掛けるが、立ち止まっていても何も分からない、と先に進む方針を取る。


 言う通り、中間テスト前なら確かに学校で早く来て、誰もいない教室で勉強している生徒はいる。それでも夜名津我一の一歩早いか、一歩送れてかのどちらか。それくらいに夜名津の登校は早いのだ。


 テスト前だから、と口ではそう言う夜名津我一だが、実際のところそうでないことは察している。


 一昨日の夜から出会ったこの鬼の存在と、それに関わる儀式。同時にこれを夜名津我一のただの中二病で、イマジナリーフレンドではないことを認知して証明してくれた二名の存在。


 現状で何かが起こっていると考えた方が、納得がいくもの。


 だが、同時に今の状態じゃあ敵の狙いが分からない。


「まず情報としては駐輪所から敵はパッと見三十人近くいる、と考える」


 三十人近くの生徒が自分よりも先に来ている。それがなにを意味しているのか?


 まさか三十人全員が敵であり手を組んでいて、昨日バカ丸出しで「自分は仕鬼祇使いですよ」と、我鬼を晒していた夜名津我一を協力して倒そうと考えて待ち構えている、なんてことはないだろう。


 なら単純に三十人は全員、敵一人に操られているということを考えた方がいいだろう。


 と、するならば。


「まあ普通に考えて、この三十人は敵側における戦力増長の兵と見る。操られ、使い捨ての駒扱いにしている。と、僕は思うんだけど、鬼っていうのはそう言うことができるのかい?」

『ああ、そういう能力を持っている鬼はいるゼ』

「例えば?」

『催眠や暗示をかける鬼、糸を使って人形のように操る鬼、そもそも人に取り憑いている鬼、単純に力で虐げて無理矢理働かせる鬼っていうのもいるわけダ、いひひ』

「まぁ大方その手の能力だろうね」


 我鬼の話は夜名津我一にもおおよそ推測できた能力類いのもの。


「その手のヤツって本体を倒せば洗脳やらなんやら解けるのが定石だけど、もしそれで解けない系の永続効果の場合はどうしようか?」

『おいおい、話が先に進みすぎだろうガ。まだどんな能力の鬼かも分かってねえんダゼ』

「所詮は人を操らないと人を動かせない、人徳がない人間だろ? そんな人間が自分の思いどおりになる玩具を手に入れて、その後一人で世界を征服した気になっていて『結局は誰からも愛されなかった、自分は孤独な人間なんだ』って絶望する展開はドラえもんの独裁スイッチでこの間丁度放送されていたのを僕は見たよ」

『いひひ。人間のバカな部分の醜態じゃないカ。そういうやつらはコロせヨ、がのいち』

「やめなよ、人間はそういったら弱い部分を自覚して改善して前に進む強さがあると僕は信じているんだ。そしていつだってそれに裏切られてきたんだ。宝くじで大金当たることを期待して、ガチャで星五を当たることを信じて、突っ込んで裏切られる。……つまり課金する奴をバカだって罵ると同じくらいに、人を信じるのはバカだってことは正論なんだ」

『そうダそうダ、だからみんなコロしたほうがいいに決まっていル、コロせヨ』

「え、いやだよ。仮面ライダーブレイドの……あ、虎太郎が言っていた『百回裏切った奴よりも、百回裏切られたバカなヤツの方が何倍も好きだ』って。僕はこの言葉ある限りは人を信じるよ」

『なら、なんで昨日のあのオンナの言うことを信じて、仕鬼祇の呪符を渡さなかったんダ? 人を信じていない証拠だロ、あん? キレイゴトを吐くなヨ、がのいち。それとも人間だからそんないい加減なことを吐くのか、なあ、ニンゲン』

「五代雄介が言っていた、『綺麗事でいいじゃないか、だってそれが一番いいってことなんだからさ』って。……あ、駄目だ、この流れだと五代君の言葉汚しちゃう。ごめん、今の無し。僕は理想のヒーロー像汚したくないタイプだから、今のノリでも言うべきじゃなかった、謝る。ごめんなさい、五代君。あなたの名言を侮辱するようなことに使ってしまって」


 無駄口の冗談の雑談と思っていたら急に自身が口にした話の展開にガチで凹みながら本気の謝罪をする。この男、面倒くさい特撮オタクだ。


 その上、話の切り方が勢いとその場ノリすぎて困る。そして本来なら突っ込み担当の雨崎千寿がいつもなら止めてくれてるが、今はおらず、また我鬼も我鬼で自分の興味ある所に突っ込んでくるけど、話の内容は切らない。


 突っ込み不在の会話が長々と続いてしまって起きた不慮な事故だった。


『そうダ、そうダ、死んで詫びロ』


 凹む夜名津我一に使役されている我鬼は言葉狩りで追い詰める。基本鬼なので、パートナーであろうと関係なく責められる部分は責めるタイプの、弱い相手には容赦なく叩いていい、根性の持ち主だ。


 ずんぐりと重々しくも弱々しいオーラを放つ夜名津我一は同意する。


「……ああ、そうしようか。ちょうど敵がいるわけだし、無惨に殺されよう……。はぁー、本当、やっちまったな、グロンギ語とかならともかく、よりにもよって五代君の名言を……。はぁー」

『おい、バカやめロ。言ったんとまレ!! マジでとまレ!! 死ぬならちゃんとオレを鬼の王にしてからにシロ!!』


 とぼとぼ落ち込みながら自殺した幽鬼のように歩いて、いるであろう敵の潜む校内へと足を踏み込もうとするが、このままでは無様にやられにいくようにしかみえない姿に、我鬼は壊れたテレビを叩いて直すようにして夜名津我一を止める。


 弱っている相手を叩くのは好きだが、鬼獄呪魔で勝ち抜き、鬼の王になりたいと思っているため、パートナーが本気で自殺を滅ぼうとしていると考えと行動には了承を得ない。


 死ぬなら、ちゃんとこの儀式を勝ち抜いて自身が鬼の王の座に腰を押し付けられたら、だ。その時、我鬼自身が殺すにせよ、夜名津我一が自殺や他殺するにせよ好きにしていい。


 あくまでも我鬼にとって夜名津我一は道具である。


 我鬼の説得が通じたのか、渋々といった調子で夜名津我一は一旦止まることにした。


「本音はさておき、敵側がその手の能力がどうするべきか」


 操られている云々はあくまでも予想だが、敵が鬼の異能を使って何らかの攻撃をしてきていることは明白だと考えていいだろう。それを攻略するにはどうすればいいのかと思考にふけると我鬼が訊ねてくる。


『そもそも聞かねえのカ?』


「何を? パワポケが復活する日?」


 パワポケ復活を願っている夜名津我一は将来、令和になってパワポケがリメイクされることこの時まだ知らない。


『オレの能力だヨ』


 我鬼が仕鬼祇として提案してくる、己のチカラの使役について。


 まるで悪魔が邪の道へと誘うような囁きで語りかけてくる。


『仕鬼祇使いは三魂力次第で使役する鬼の権能を使える。つまり、オレの能力をがのいち、お前は使えんダゼ』

「いや、別にいらないけど」


 我鬼の提案を即答で拒絶する。


 そのことに眉間に皺を寄せる。


『おい、まさか昨日のこと本気で言ってんじゃねえんだろうナ』

「昨日のこと? ……なに、ネプテューヌはうずめが一番だよな、って話?」

『死にたいってやつだよ』


 我鬼の言葉にああ、そのことね。とどうでもよさそうな調子で頷いた。実際のところ彼にとっては本当にどうでもいいことだった。


 夜名津我一にとって鬼獄呪魔の参加は自殺的な認識でしかない。誰が鬼の王になろうと、儀式で誰がどうなろうとどうでもいい。


 生きていることが辛いがために死んで楽になりたい、だけど自殺は怖いから誰かに殺されてもらおうと考える子供じみた思考の持ち主だ。


(このまま伝えたらコイツキレるだろうな)


 背中に取り憑いた鬼の事を思う。


 だが、繰り返しになるが、我鬼自身は夜名津我一自身が自殺しようとどうなろうとどうでもいい。自身を鬼の王にさえしてくれれば。それまで生きてさえいればあとはどうなろうといい。


 そのことは重々承知している。


 故に、かける発言としては。


「いや、この間さ。ネットで『異世界転生系は主人公が神様から貰った借り物のチカラでイキっている奴の姿が見苦しい』ってコメントを見たからさぁ、じゃあそんなことを言われたら、この事件では僕はその貰ったチカラってヤツを使わずにやってやろう、縛りプレイをしてやろうっていう、キモオタ特有の逆張り精神で沸いてくるわけよ、だから君のチカラは抜きで戦って死ぬってことを大前提としてやっていくつもりだ」


 適当なことを言って話を流すことだった。その言葉を聞き、突っ込むことはせずにニヤニヤと不気味な笑いを漏らす我鬼。


『いひひ。やっぱ、お前、オレを喚んだだけはあるゼ。いひひ』

「まあ、喚んだつもりないんだけどね」

『いいこと教えてやル、お前のその揚げ足取りや分かっててわざと話を逸らそうとするのはオレには通じないゼ、なあ、兄弟。何でか分かるカ?』

「……ノリが合わないから?」

『今のは本音だナ。いひひ、ハズレ。逆ダ、同じだからダ。前に言ったロ、この儀式で召喚された鬼は召喚した人間と相性のいい存在を、性格に近い存在だかラ。つまり、オレとお前は同類ってことダ。お前が言うことは大半でたらめで、だけど同時に全部本音でもあル』

「そだね」

『だからお前はいつも困っていル。でたらめが本音として伝わり、本音が嘘や冗談としか捉えてもらえなイ。相手に真意が伝わらなイ。その逆もしかり、相手の真意が読み取れなイ』

「そだね」

『いひひ、その返事は防衛手段。話を切りたい、か。いいゼ、兄弟。オレが悪かった。いや、お前はこう言って貰いたいんだな、『互いに悪かったから、互いに割り切ろう』って。いや、言って貰いたいんじゃなくて、実際にやって貰いたいんだな。いひひ、気持ちワリィな、ニンゲン』

「……ああ」


 夜名津我一は深く頷いた。安堵したような嘆息を漏らすかのような返事。


 ズバズバと内心を踏み荒らされ、思考を読まれて、言い当てられ、複雑な心境でありながらも夜名津我一は嬉しいという感動のようなものを覚えていた。


 普通自分の心の内を言い当てられてしまうのはあまり気分が良くないものだが、夜名津我一にとっては我鬼の口振りには不愉快であるものの、同時に自分では不明瞭だった部分を、まるで穴の空いていた場所に埋められたような心地好さがあった。


 自分のことを分かって貰える理解者を得たような感覚。


 カウンセリングを受けるとはこういうことか、あの人との会話を思い出すな、と昔出会った宗教家のことを思い出す。


 彼の場合、悩める人間を自身のプロファイリングで当て嵌めて分析することが趣味であり、生き様であり、それでしか生きる意味を見出だせなかったらしい。


 故に人を人とは思わずに実験動物として見ておらず愛着も、賛辞も、憎悪も、哀れみも、自分に向けられる全ての感情に対してはデータとしてか認識できない人間だ。


 普通の人ならばそんな彼の本心に対して『哀れだ』と切り捨てて、夜名津我一だけはそれを『羨ましい』と一種の尊敬のような念を抱いた、彼。


 人間らしくない者ほど人間の思考が分かるのだ、と言っていた。何故なら『人間らしくないから人間の思考が分からないから、分かろうとする努力しなければならない』と。


(その言葉を借りると、我鬼は鬼であるからこそ、人間を知っている。人間が分からないから人間を知る。……あ、違うわ)


 そこまで思考を回しておきながらこれは全く的外れなのだということに気づいて、考えを改める。


 我鬼は言っていた、『同じ』だと。『性格が違い』だと。故に逆。我鬼は知らないからではなく、知っているからこその言い当て。


 かの宗教家が他者への『理解』ならば、この憎らしい鬼は『共感』の心情か。


 人は理解されることで喜び、共感されることで喜ぶ。同じだと思っていたものは全く異なるもので同時に同じに解に至れるということか。


 ふぅー、息を吐く。


「……で、本音はさておき」


 切り替える。無駄話は切り捨てて、本題へと切り替える。


「やるからには一応勝つつもりでやる、っていうのが僕だ。同時に、成功できずに長々と続いて周囲のモチベーションが下がって「早く終われよ、カス」と言われてしまうのも僕だ」

『昨日聞いたぞ』


 昨夜ゲームをしていた時に全く同じ台詞を吐いたことを突っ込まれる。なら、と切り返す。


「なら昨日言った通りだ。僕は生きるのが辛いから楽に死にたい、けど、生物の本能的に死を恐れているから死ねない、子供みたいな理屈で生きている存在だ、だからこの儀式には参加する。死ぬつもりで参加する。僕にとって死ぬのはある意味勝ちだ。生きる辛さから解放されるんだから」

『ああ、お前の死は誰も悲しまないゼ』

「最高じゃん。誰かを悲しませる、なんて罪悪感を抱かないで地獄に落ちれる」


 そう、明るい声色で頷いた。心の底から安心したような穏やかものだった。


 自身が罪悪感に苛まれることは夜名津我一にとっての最大の禁忌である。過去のトラウマから切り替え、切り捨て、割り切ることができないほどの罪悪感を抱きたくない。罪悪感に押し潰されてしまうからだ。


 だからこそ。


「だから、僕が君にこの儀式で勝つことに協力するのは、罪悪感を抱きたくないから、全力で勝ちにいく。それは信じてほしい」

『ああ、いいゼ。それは信じるゼ、がのいち。いひひ』


 不気味にも愉快そうに嗤う我鬼。それに頷く夜名津我一。


 現状、鬼獄呪魔の参加者にして唯一と言ってもいい異例なコンビ。


 両者のことを死のうとどうでもよく、自身の目的、自身の欲……いや、己が我のために、が行動原理とするコンビ。


 いびつでありながらも、互いを理解し合っている状態はある意味鬼獄呪魔の中で一番関係性を築けてしまっている節があった。


 我欲コンビは地獄へと踏み込む。


「じゃあ、とりあえず出たとこ勝負で行きますか。自殺のいっーぽ♪ と」


 彼は踏み出して、校内へと入っていく。生徒玄関の下駄箱で靴を履き替えて、とりあえず自身の教室を目指そうとする。


「お、お、……おはようだ、……よな、つ」

「……おはようございます」


 階段に上る前に職員室側の廊下から一人の男性がやってきた。校門で出会わなかった香久山教諭だ。


 彼は要領の得ない言葉使い、まるで無理矢理言わせられているかのような話口で挨拶をしてくる。


 夜名津はそれに対して、できるだけいつもの調子でテンションの低い挨拶を繰り出す。


 頭に過った選択は、全力で逃走か、全力で我鬼をぶん投げるかの二択だった。並みの教諭なら別にそのどちらかで良かったが、香久山教諭相手だと別だ。


 敵側は夜名津我一と香久山教諭はそこそこ親交があるため、油断させるためにわざと接近させたのではないかと考える。だから素直に乗ることにする。


「……どうしました? 今日、校門いませんでしたけど?」

「…………」


 軽いジャブを打ってみるが、香久山教諭は答えない。ゆっくりと接近してくる。その歩みはぎこちなくまるでゾンビとでも呼べばいいのか。


 遠目からは分からなかったが、接近しては顔から首辺りの血管が浮かび上がり、目は充血して真っ赤だった。明らかに普通とは思えない状態だった。


「どうしました? テスト問題の準備で徹夜ですか? 僕が言うのもなんですけど目が凄いことになってますよ」


 冗談をかましてみる。だが、やはり反応がない。香久山教諭は荒い息を漏らしながらやがて夜名津我一と間近な所まで接近する。


 夜名津我一は目を細くして据えて反応を相手側の反応を待つ。


 瞬間。


「―――に、……げろ」


 何かに気づいたように夜名津我一を見ては苦悶の表情でそう言い放った。


「はい?」


 次の瞬間、香久山教諭の夜名津を目掛けた右ストレート……いや実際は掴まえるのが目的だろう、右手が喉元目掛けて伸びてきたのだ。


 が、夜名津はそれを避けた。逃げろの言葉があったからではない。その動きはどちらかというといつものルーティンだった。


 香久山教諭は今時珍しい昔ながらの生徒距離が近い、気に入った生徒には背中を叩くなどの愛情表現、コミュニケーションをしてくる教師である。夜名津我一はそれをさらっと躱そうとするタイプ。


 毎朝のボディタッチを回避するじゃれあいは二人にとって日常のこと。もちろんこんな危険ではないが。


 一先ず反射で躱すことに成功した、夜名津我一はそのまま回れ右をして逃げ出す。靴を履き替えずに上履きのままで。


『いひひ。初手から逃げかヨ、大した出たとこ勝負だナ。がのいち』

「教師殴ったら後々うるさいからね。中学時代面倒くさかった」

『殴ることに罪悪感はないのカ?』

「それ以上に相手は殴られるってレベルのことをしているからね。誰も理由はなく殴らないよ」

『ああ、誰かを傷つけるのが愉しい、っていう正当な理由があるからナ。いひひ』

「なにそれ、人間ヤッバ。こっわ。近寄らんとこ。で、本音はさておき。後ろどうなってる?」


 全力で逃げ、駐輪場には向かわずに校門へと向かっていた夜名津我一は背中を預ける(抱き憑いている)我鬼に追ってについて問う。


『ああ、追ってきてるゼ。しかも、何人か引き連れてな、大した人望だゼ、いひひ。きっと協力すれば内申点ってやつが上がるんだろうナ』


 我鬼の皮肉に、こいつ、内申点って言葉知ってんだな、と的外れな感想を抱く。


 しかしそんなことは些末のこと。後方から我鬼が告げたように香久山教諭を先頭に複数の人間が生徒と教師が夜名津我一目掛けて追いかけてくるのだ。もし、夜名津我一が今後ろを振り向けばゾンビパニックを思うだろう。


 だが、後ろを向くことなく「捕まって」と小さく呟いては無駄口をやめ、走ることに集中し疾走する。


 中学時代、元サッカー部の夜名津我一はドリブルやボール技術はともかく、シンプルに走るだけならば上位に入れる逸材だ。高校に入学して運動部に入部することはなかったため衰えているが、それでも十分な速さだった。


 一旦学校を出て、追ってから逃げ切り、体勢を立て直す。


「《血界建成》」


 その言葉は夜名津我一には聞こえなかった。


 だが。


「っ!?」

『アッ!?』


 衝撃。


 全力疾走していた夜名津我一は校門から出ようとしてそれは阻まれた。まるで見えない壁にぶつかったかのようなもの。


 突っ込んだ勢いの反動で一瞬混乱する。何が起こったのか確認しようと手を伸ばしてみると、宙に壁のような感触があった。


「赤い、壁?」


 見るとうっすらとした赤い壁が存在して校門の出入口を封鎖されていた。いや、何も校門に限った話ではない、うっすらとした赤い透明な壁は学校の敷地を囲うように四面で構築されている。


「結界?」

『ああ、そうダ。こいつは不味いゼ。入ったことそのものが罠ダ、いひひ。がのいち出れないゼ』


 自分のピンチであると言うのに高みの見物かのような口調の我鬼。だが、いつものイヤミな口のわりに額には焦りの汗を浮かべていた。


「どうやったら打ち破れる? よくある術者本体ぶっ殺せばどうにかなる?」

『いひひひひ!!! やっとコロす気になったか、がのいち。うれしいぞ!! ああ、コロそう、さっさとあの大群からコロそうぜ! いひひ!!』


 今の焦りが嘘のようにテンションを上げてけたたましい笑い声を上げる。人間を殺すことに喜びを感じるのは鬼の習性なのだろう。


 顔だけ追手の集団の方を向けるともうそこまで近づいてきていた。


 呑気に話している場合ではないと反射的に夜名津我一は再び走り出す。取る選択肢は逃げの一手のみ。


 結界で外に出れない。ならこのまま旋回して逃げ切るなり、身を隠すなりして追手から逃れて、校舎内へと侵入することを頭の中で企てる。


(いや、わざと捕まるべきか?)


 追手を掻い潜ってから敵本体を見つけ出して叩く、とそこまで考えてから別の案が過る。


 逆にこのまま追ってくる敵の集団に身を任せ、拘束なりされて敵本体の場所に連れていかれることがベストだと考えたのだが、しかしこのアイディアには不安要素があった。


 追手にボコられて終わるパターンだ。本体は一切手を汚さずに、手下による一方的な暴行で夜名津我一が倒される、殺されるパターンだ。


 だが、愚かな夜名津我一はわざと捕まればいいんではないのか、とその思考に陥ると同時にスピードを落としてしまい、追手の先頭にタックルを食らうこととなった。ついでに背中に取り憑いていた我鬼は手を離して遠くへと飛んでいった。


 夜名津我一が地面に倒れ、周囲を囲まれ『あれ? これってもしかして、この集団にボコられて終わりじゃあ……』と頭に過ったので、バカな自殺志願者はその通り集団暴行を受ける羽目になる。


 次々とやってくる追手の集団。同時に転んだ夜名津我一を輪で取り囲み、その後容赦なく足で踏みつけていく。


 踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて沈めて、沈めようとする。


 身体の至るところを踏まれた。頭も、肩も、背中も、腕も、手も、腰も、太ももも、足も、膝も、どこもかしこも彼らが夜名津我一の見える範囲で全て踏み潰そうとする。


 夜名津我一の悲痛の声が漏れる。やめろ、の怒りと悲しみの声が上がるが、彼らは無視して踏みつけ続ける。


 それは作業だった。いじめや攻撃というにはあまりにも機械的過ぎる行為。そこにいたぶりたいという悪意も、怖いから排除しようとする恐怖心も、傷つける行為に興奮もない、命じられたままに動き、指令を実行している人形そのもの。


 夜名津我一を破壊せよ、そのオーダーを全うしているだけに過ぎない。


 やがて、夜名津我一は痛みに耐えきれず死に体の状態になり果てる。死んではいない。意識も失いかけているが、朦朧とした状態。


 人形達はボロ雑巾となった夜名津我一へと肩を貸すように拘束してはそのままどこかへ連れていく。


 一つだけとある秘密を明かすことにしよう、我鬼についてだ。


 転んだ際に分かれた我鬼については、夜名津我一がわざと逃がしたわけでも、また何か考えがあって主人のためにあえて身を隠したわけでもない。


 奴が鬼であることが大前提である。故に人を慮ることしなければ、契約者労ることもない。


 故に現在身を隠しているのは自身の身の安全を護るためだった。契約者の死は自身の敗因に繋がるのに対しても関係ない。


 痛いのは嫌だ、傷つくのは嫌だ、怪我するのは嫌だ、怖いのは嫌だ、虐められるのは嫌だ、いたぶられるのは嫌だ、嗤われるのは嫌だ、強いられるのは嫌だ。


 弱者に強く、強者から逃げる。言葉で人を虐め、自分が言われるのは簡単にキレる。素直になれず、反対のことばかりやる、その性質はまさに天邪鬼と言っていいだろう。


 故に我鬼に夜名津我一を助ける道理は一切ない。


 しかし、それは夜名津我一もまた同じことだった。


 朦朧とする意識の中で夜名津我一が連れてこられたのは、入るどころか来たこともない。というかそもそもこんな場所にあったことも知らなかった校長室だった。


 顔が垂れた地面に向けた状態で引っ張れるがままに連れてこられたので部屋のネームプレートなんて見ていないし、なんなら今だって意識がハッキリとしていないために連れてきた所がどこなのかまだ分かっていない。


 そして、校長室に入っていた人間に対しても認識していなかった。


「よう、相変わらずクソゴミみたいなヤツだな、なあ、おい」


 校長室に一人の男が豪華な椅子に偉そうにもふんぞり返っていた。明らかに校長と思えない二十歳ほどのまだ若い男性だ。


 髪は金髪に染めており、後ろの方を刈り上げており、服装も派手ながらした上着とお揃いの半ズボンを来ていた見た目も格好もそこら辺のチンピラとしか言い現せられない男性。


 チンピラは夜名津我一を見ると卑しそうな声でそう言ってくるのに対して、夜名津我一は無言だ。いや、相変わらず視線を地面に向けたまま男の存在を目にしていなければ、掛けられた声すら耳にちゃんと入ってなかった。先ほどのダメージが効いている。


 が、意識朦朧としている夜名津我一に対して無視されたのだと思ったのか、あん? とイラついた調子で椅子から起き上がり接近してきては頭を掴まえて。


「目の上の人間の話はちゃんと反応しろよ、なあ!」

「ッハ!!?」


 腹へと膝蹴りを喰らわした。腹部への強烈な一撃に朦朧とした意識が覚醒する。あっは、あっは、と激しく噎せ返して激痛をこらえる。


 もし、今捕まっていなければ倒れ伏せてその場で蹲っているところだが、それは許されず髪を無理矢理引っ張りあげられる。


「泣いてんのか、あん? 情けねえな」

「…………」


 泣いてるのレベルじゃねえわ、だったらお前は抵抗を一切できない状態で何十人の人間から散々踏み潰された挙げ句、腹部に膝蹴り食らった状態で泣かずにいられるのか? いっぺん味わってこい。


 口に出さないが心の中で悪態を吐いた。


 と、同時にようやくチンピラと顔を見る。


 知らない、初めて見る顔の怖いチンピラだ。絶対に関わりたくないと思った。時既に遅し。


「相変わらず、ムカつく目していやがるな、お前は、よ!」


 理不尽にももう一発蹴り入れられた。


 激痛に大きく噎せ返し、涙とよだれがペッチャも地面に溢れる。


「あー、きったねえな! 俺に吐いたじゃねえか! ああん?」


 吹き出した際に近くにいたため、チンピラの足(靴、土足だ)に着いてしまい、それにキレたチンピラはおもいっきし夜名津我一を地面へと叩きつけて、頭を何度も何度も踏みつけてくる。


 おらおら、と踏むどころか最終的には蹴る行為まで及んだ。そして最終的にはチッと吐きつつけるように舌打ちして、お返しとばかりに夜名津我一の後頭部に唾を吐く。


 満足がいって溜飲を下がったのか、チンピラは本題を切り出してくる。


「おい、テメーの鬼を出せよ。しってんだよ。お前も仕鬼祇使いなんだろ? あ、鬼そのものじゃなくて呪符だぞ。鬼を出して攻撃してしたらマジで殺すぞ、クソガキ」

「…………」

「聞いてんのか、おい、こら! あん? 黙ってないでなんとか言えよ、糞がよ!」


 無言の態度に再び火が着いたのか、イラつき度マックスで夜名津我一の頭を割るのではないのか踏みつけてくる。


 痛みに耐えながら夜名津我一はこう思っていた。


 だったら足をどかせ! 一方的な要求と同時に暴力を振るって来るな! こっちが話せる状態にしろ!


 踏みつけて、話そうとする前にボコってくる相手にまともに交渉などできるはずがない。『クソガキ』からの『聞いてんのか』から始まる踏みつけは五秒すら満たない刹那な間だった。


 昔、問題を起こした際に教師から『理由を話せ』と言われて話そうとしたら『言い訳するな!』と秒で覆された時の理不尽さを夜名津我一は思い出した。


(ああ、この手の輩は本当にやりにくい。こっちは何の非もなく僕が一方的に悪い、ってタイプの話が通じない相手は。大体、誰だこいつは? 僕のこと知っているみたいだけど……覚えてないな)


 最も相性の悪い相手とのバッティングにうんざりする。が、同時に相手側が自分のことを知っていることに疑問に思う。


 ハッキリ言って中学時代の相手ならば誰から恨まれて、また夜名津我一自身が怨んでいてもおかしくなく、大半のことは嫌な記憶として覚えている夜名津我一であるが、目の前のチンピラに心当たりがない。


 たった一年ほどあっていないだけの中学時代の知り合いがイメチェンしたくらいならばまだ分かる自信があるが、この男については一切見に覚えがない。本当に分からない。そこら辺のチンピラか何かとしか思えない。


(これが勘違いで、僕とは全く違う人のつもり攻撃してきたとかのオチだったら、マジで怒るぞ)


 男の正体についてはともかく、『仕鬼祇』『鬼』の言葉を使った以上これが敵であることに違いない、と判断した。つまりこの学校の異変の元凶はこのチンピラである。


 どうするか、と考え、とりあえずあるだけの情報を吐いて見逃してもらおう、と絶対に話し終わった後で殺されるパターンの方法を試そうか。でもその前に踏みつけられて無理矢理地面とキスしているこの体勢をどうにかしてもらえないか、切に祈る。


 その祈りが通じたのか、おい、と夜名津我一を連れてきた、操られている生徒に呼び掛けて夜名津我一を再び肩を拘束する形で無理矢理起こさせる。


 ガツ! と夜名津我一の口を握りつぶすかのように乱暴に掴まえてはなにやら悪いことを思い付いた悪どい顔で告げてくる。


「テメーが話さないならこっちにも考えがある」

「…………」


(え? 話すどころかこっちはさっきからどうやっても話せないんだけど?)


 地面に倒れ伏せて口は塞がれ、今度は口を捕まられた状態でどう話せと? と今でも激痛が走る身体でありながらまともな疑問を頭に過る。


 過去、話を聞かない、話が噛み合わない、話を無理矢理終わらせるタイプは幾度なく見てきたが、力でねじ伏せて話を一切させないタイプは初めてだった。


 ……と、思ったら昔、夜名津我一にとっての一番のトラウマの過去のことを考えたら別に初めてじゃなかった。


 アレとの違いは、アレは純粋に黙らせるのが目的だったけど、これは話を聞く気がないのか、それとも無自覚で話ができる状態にできないのか。


 もし、無自覚ならうっかり天然キャラ属性という可愛い女の子なら許されるが、男、しかもチンピラならばただのバカなのだが、それに気づいているのだろうか? と考えてしまう夜名津我一。


 この男も男で、この追い詰められた状態でこの思考へと瞬時に思い浮かべることができるのは変人だからだろう。


 呑気に考えている夜名津我一(話したくとも話せない)を見て、反抗的な態度と取ったチンピラ(話せる状態にする考えがない)は口角を不気味なほどに吊り上げては嘲笑うかのように告げる。


「《血鬼受肉》!」


 チンピラがそうワードを唱えると、瞬間チンピラの肉体に異変が起きた。ムキムキと筋肉は発達するように隆起を起こして、額には真っ赤な血を連想させる鬼の角が生えてきたのだ。


(鬼の角!? こいつ、まさか自分自身が鬼のパターンか!? さてはブリーチ好きだあああああっががががあ!?)


 口を握りしめていた握力が強まりメキメキと本当に砕かれてしまいそうなる猛烈な軋みに襲われる。


 明らかな肉体強化、身体能力の向上が分かるしろもの。だが、異変はそれだけじゃない。


「!?」


 夜名津我一の至るところにできた傷口から血が溢れて出てきたのだ。切り口が開いたなんてレベルじゃない。ゾゾゾ! と自分でも驚くくらいのレベルで血が溢れてきたのだ。一体どうことだ、と疑問を浮かべるよりも先に突如として激しく抜かれた血によって意識レベルが低下する。


 その様子を見てニヤニヤと嫌らしくも勝者の勝ち誇った顔をするチンピラ。


「俺の鬼の能力は血を操る能力だ! お前のきたえねきたえね血を吸い上げてやろうじゃ―――がっ!?」


 見事なアッパーが決まった。


 必死に抵抗していた夜名津我一の危険判断能力がこの場から逃れる判断として、話している間を狙ってアッパー仕掛けるという反射行動だった。それが見事に決まり、舌を噛んで怯んだチンピラは持ち直して顔を戻す。


「―――って、んめめ!!?」


 恫喝をあげようとした瞬間に直撃する石のような硬い衝撃に襲われる。


 頭突き。


 チンピラの鼻を折るつもりで、いや血を抜かれて、そうでなくともこれまでのダメージでクラクラとした夜名津我一にはそんな瞬時の判断下したのではなく、人間が持つ恐れに対しての本能に従い「脅威を排除せよ」の反射行動で今できる力の限りに敵を沈めようとしたのだ。


 案外、夜名津我一は恐怖に対面した場合、理性が働いてない場合は暴力で解決するタイプだ。


 っが、っが! とまさかの反撃による仰天、しかも続けて二発も急所を狙った痛みで悶え苦しむチンピラを無視して、貧血と頭痛の反動でクラクラする頭を耐え、無理矢理身体を働かせて夜名津我一は逃走しようとする。


 もちろん、そんなことは操っている人形が許すはずもなく―――もなかった。夜名津我一のよろよろとした動きに二体の操られた人形は棒立ちで止める素振りすら見せない。


 彼らに命じられたのはあくまでも『ここまでの連行』『殴りやすいように支えろ』程度。『逃走を止めさせろ』はこの時点でオーダーされていない。オーダーする主は痛みに悶えて暴れている。


 なので夜名津我一は堂々と外に出ることができた。


 ドン! と、校長室から何かを蹴り破るような激しい音が響き、夜名津我一には聞こえない音量で「痛、ってぇ!」の嘆き。チンピラは怒りで近くのテーブルを蹴たぐったものの打ち所が悪かったようだ。やはり天然ドジっ子属性なのかもしれない。可愛くない。


「ちっくしょー!!! クソガキが! おい、何やってやがるクソ木偶の坊共、さっさとアイツを捕まえてこい!! っんと使えねぇ無能ばっかだな、この学校の奴らは、よぉ!」


 オーダーが発注された操られた生徒達はすぐさま夜名津我一を追って廊下へと行き駆け出していく。

 すぐに捕まると思われて自身は回復に努めて、捕縛してくるのを待つ。あの重症でそう遠くにいけないはず。すぐに捕まえて戻ってくるだろう、と構えて待つ。


 だが、しばらく待ってみるが生徒達は戻ってこない。どういうことだ、とキレて「おい、いつまでかかっているさっさと連れてこい!!」と怒鳴りながら外に出てみると廊下に誰もいない。


 一瞬、はあ? と疑問に思ったが、頭に血が回ってすぐに状況は理解した。


「あの状態でそう遠く行けるハズがねえ。ってことヤツの使役する鬼の能力か? 移動する能力ってところか。っは、クソガキが、面倒癖え」


 ここまで鬼の力で応戦しなかったのは移動能力だから使いどころがなかったから、と冴え渡る自分の頭に酔いしれながらも、厄介な能力だと笑う。


 ……やはりこのチンピラは天然ドジっ子属性という名のただのバカなのかもしれない。


 夜名津我一が隠れたのはすぐ隣の大部屋だった。会議室のような場所。校長室と同様ここも入るのは初めてだった。


 逃亡した夜名津我一だが、やはり身体のダメージのせいで遠くどころか短い距離すら危うい。なので、すぐさま隣の部屋に入って、入ってきたところに不意打ちの一撃を食らわせてやろうと考えてはそこで意識が切れたのだ。


 不意打ちをするどころか、反対にとどめを刺されてもおかしくない、絶体絶命の状況になってしまった。


 では、なぜバレなかったのかというと、追っていった生徒達はただ廊下を直進していったのだ。隣の部屋を確かめもせずに。何故ならばチンピラの支配により、操られた生徒達は考える頭がなくなっているからだ。故に廊下を直進していったのだ。


 もし、ここが教室といった場所ならば彼らはちゃんと中に入って調べたのかもしれない。


 でもそうしなかったのは理由としては生徒達の中で中途半端に生きている理性が働いたのだろう。校長室や職員室あるいは普段寄り付かない部屋に勝手に入るわけにはいかない。というかそもそも入りたくない、という考えが。


 夜名津我一と同じだ。ここいらのフロアは教師達の行き交いがあっても生徒達は通路としてあまり利用しないのだ。


 もし、傍らにいたのが生徒ではなく教師連中だったなら即夜名津我一は捕まってしまったに違いない。


 そして、チンピラが隣の部屋を調べなかったのは、まさか生徒達が隣に部屋を調べていないなんて考えに及ばなかったからだ。真っ先に探すべき所を行かないなぞあり得ない。


 このすれ違いが奇跡的に夜名津我一を救ったのである。


 ハッ、と鼻で笑い、夜名津我一の鬼の能力を判明したとばかり思い込んでいるチンピラは挑戦的なギラギラした目をしながら愉しそうに言うのだ。


「いいぜ、鬼ごっこだ。今から本格的に登校が始まるからな。ガキどもが増えれば鬼も増える一方だ。その上、この学校一度入ったら出られないから外に逃げることもできねえ。カスはカスなりにせいぜい頭を働かせて俺を楽しませろ」


 自分の勝利が決まったゲームと言わんばかりに余裕の態度を取る。


 果たして、そのカスは頭を働かせるどころか隣の教室でぶっ倒れて眠っていることを気づかないチンピラは一体なんだろうか?


 こうして、鬼獄呪魔における初の仕鬼祇使い同士の対決が、


 天然ドジっ子系チンピラ古郡吉成対自殺志願者の貧血瀕死少年夜名津我一、


 そして、やがて合流する彼らとの闘いが、


 今、()って落とされたのだ。

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