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VS闘鬼と色鬼 其の肆

「先輩!!」


 腹部へとまともに入った先輩はそのまま上空へと打ち飛ばされて地面へと転がり、俺は慌てて先輩の元へと駆け寄ろうとするが、それは心臓を鷲掴みにされるような強烈な咆哮によって止められてしまう。


『ドラアァァァァーーー!!!』


 鬼の放った一声はまさに強烈な音波振動。爆弾でも爆発したのではないのか、思えるほどのあまりの音量にその場で反射的に両耳を塞ぎ、全身の筋肉の硬直してしまう。


 その一声は俺に放ったものではない。緑鬼が開けた穴が閉じようとしていたのを無理矢理広げては這い出ようとするための気迫の一声。ラストスパートに対しての咆哮だ。


 違った。あれは呼び出すためのものだったんだ!


 遅まきにそれの正体に気づく。


 緑鬼の作った陣地は召喚するための穴、地獄の鬼を呼び出すための召喚口!


 そうだ、榎先輩が最初に使った『人払い』の結界があるように、『鬼を呼び寄せる』の結界があってもおかしくない。出入り口を繋げる術があってもおかしくないんだ!


 激しき重音に耐えながらその事を理解する。


 音が止むと共に奴はその姿を表す。


 その鬼は先ほどの小鬼達とは比べ物にならないほどの巨大、俺よりもデカく、二メートル超える程の体格。隆々と発達した筋肉、手足は丸太のように太く、胸筋は鋼板のように硬そうで、ちょっとやそっと攻撃は一切通じないということが予想される。


 そしてまた、暗い青色の肌であるが、小鬼とは違い裸でなく、黒い羽織と袴という衣服を纏っている特別感。明らかにランクが一つも二つも上の存在であることが見てとれる。


 昨夜の鬼、天鬼もそうだった。あれと同レベルの相手だと考えてもいいのだろう。


 完全には地上へと姿を表した巨大な青鬼……大青鬼は口角を吊り上げて歓喜するように高々に嗤う。


『しゃははははは、地上だ、地上だ、地上だ! 太陽は沈み! 人間の血肉の匂い! しゃはははは!!! あの人間の言う通りだ、今、地上は霊気が循環し溢れ返っている!! これならば、これならば百鬼夜行も満たされるぞ!! 現世と隠世が入れ替わり、地獄が顕現させる日も近い!』


 鬼が何を言っているのかよく分からなかった。だが、とても不吉なことを言っていることが伝わってきた。


 緊張して動くのを躊躇われた。今すぐにでも先輩の元に駆け寄りって具合を確認したいのに、奴の存在感に圧される。


 今、迂闊に動くと奴が俺に反応して最悪榎先輩まで巻き込む可能性がある。


 額から頬へとすたり落ちていく汗が零れ、ゆっくりと生唾を呑み込む。


 俺のことを認識しているのかは分からないが、ゆっくり、慎重に、気付かれないように奴が達成感の歓喜で嗤っている内に、と俺は抜き足差しの足の歩幅で後退―――


『まずはお前を喰らうぞ、人間。蜘蛛の糸を登ってきたんだ、腹を満たすのは必定』


 まるで俺の動きに反応したようにこちらへと振り返って指差しで宣伝してくる。


「ッ!」


 駄目だ、天鬼とはまるで違う!


 あの時は襲ってきたが、だけどアレは何かを試すようなもので最終的に俺の命を取らなかった。だが、こいつは違う。完全に俺を獲物として認識して喰らおうしている!


 今すぐ逃げたしたいが、蛇に睨まれた蛙のように身体が萎縮してしまって動けない。


 動け動け動け動け動け動け動け動け、動け!!


 頭の中でアラームを響かせながら自身の足に動くように命令する。だが、動けない!


 だって、今動いたら確実に仕留められる……!


 本能がそう告げていた。今動こうとしたら予備動作の段階で潰しにかかり、そのまま殺しにかかると。


 昨夜とは比べ物にならない緊張感が走り、焦っていると。


 ドドン!


 大青鬼の頭にさっきみた霊力の玉がいくつも直撃して爆ぜる。玉が飛んできた方へと振り返ると榎先輩が起き上がっていた。


「地獄に還りなさい! ……還れないなら……無理矢理にでも、還してやるわ…!」


 息絶え絶えと言った調子で榎先輩は鬼に向かって叫ぶ。その様子は無事、とは言い難い。不意討ちがだいぶ利いているのか、立っているのもギリギリの様子。


「雨崎君!」


 悲鳴を上げるような声で俺の名を叫び、強い眼差しでこちらをみてくる。


「早く逃げなさい! 公園の外へ出れば境界の外、鬼は出てこないわ」

「でも先輩は」

「いいから行きなさい!」

『カッカッカ』


 俺達のやり取りを嘲笑う。


 驚くがままに視線を戻すといくつもの霊力の玉を喰らったはずの大青鬼は何事もなかったようにピンピンとして俺を見て嗤っていた。


『情けなき(おのこ)だ。オナゴに庇われ、逃げるように諭されるなど』

「…ッ!」

「逃げなさい! あなたは一般人なんだから逃げなさい!」


 鬼の言葉に惑わされるな、と説教するように俺に逃げるように言う。一瞬、迷うものの言われた通り俺はこの場から離れる。


 追撃が来るかと思ったが、奴は俺には眼中になく、榎先輩の方へ意識が向かっていた。


『情けなき漢より強きオナゴ。オナゴの肉は甘くて好きだぞ! 我が血肉となれ』


「(私の霊力では通用しない。……なら巫力を叩き込んでやるわ!)……私の身体はそう安くはないわよ!」


 啖呵切って榎先輩は再び霊力を形成させる。


「《成道・べ……」

『鬼術〝岩山激刃〟!』


 榎先輩が攻撃モーションに入るよりか早くヤツが先に動く。


 大地に拳を叩き込むと地面が割れ、隆起した大地の剣山が榎先輩を襲う。


 直撃した先輩はうあああ!! と悲鳴が上がる。


 先輩! と名を叫ぼうとするが攻撃の影響で衝撃が走り、しばしの間砂煙が舞い、視界が眩む。晴れると地面へと倒れている榎先輩の姿が。


「……ック! ―――っ!」


 起き上がろうとする榎先輩を青鬼は踏みしめる。弱者をいたぶるようなニヤニヤとした醜悪な笑みを浮かべている。


『カッカッカ、もう終わりか。安くないと言ったわりに存外もろ―――』

「―――《波道・丸》」


 踏まれながらもなんとか翻した榎先輩は不意を付き至近距離から霊力の玉を放つことに成功した。


 最初の一発の仕返しのつもりか、してやったりの顔を浮かべる榎先輩。


 が、不意討ちの腹いせか、それとも衝撃からの反射なのか大青鬼はすぐに強烈な蹴りを放ち、避けることもできない榎先輩はまともに喰らってぶっ飛ばされて俺の方へと飛んでくる。


 俺は先輩の元へと駆け寄ると、苦悶の表情を浮かべて目を瞑っている。ついに意識が飛んでしまったのか、息はあり、生きていることは分かる。


 だが、もう身体はボロボロで見るからに限界。早く病院に連れて行かないと不味いと分かる。


「先輩! しっかりしてく―――」

『カッ!!!』


 先輩への呼び掛けは一声で吹っ飛ばされる。


『カッ! ニンゲンの術士の風情が、このオレに巫力で使って来るか! 殺して喰ってやろうかと思ったが、我慢ならん、一族郎党皆殺しにしてくれよう!!』


 今の一撃は効いたのか、先程とは違い、まともに受けた顔面に火傷を負ったような明らかなダメージを受けている。だが、逆にそれによって奴の怒りに火を付けた様子。


 全てを破壊せんと言わんばかりの激怒っぷり。


 さっきまであった余裕や遊び心といったものはない。ここからは本当に殺し会い、いや、あちら側の一方的な蹂躙(ワンサイドゲーム)だ。


 早く先輩を連れて逃げないと!


 恐怖でくすんだ身体の震えを必死に抑えつけ、先輩を運ぼうとするがそれを停止する手が伸びる。目を覚ました榎先輩だ。


 苦悶の表情を浮かべながらも弱々しく俺へと顔を見上げて言う。


「だめ。私を……置いて、いきなさい!」

「な、なんで、そんなことできるわけないじゃないですか!」


 何のために逃げずに出口の前で俺が立ち止まっていたと思っているんだ! 先輩に何かあった時に連れて逃げるために踏みとどまっていたのに。


 そうハッキリと告げるが、しかし先輩は俺の説得に対して首を横に振った。


「境界は術者が出れば解除される。解除されればあの鬼は外に出る。そうなれば外の一般人にも被害が及ぶことになる。そんなことはできない」

「なっ!」


 人払いの結界は術者本人である榎先輩が出れば術が解かれてしまう。そうすれば青鬼が野に放たれてこの周辺の住んでいる人達は襲われてしまう。そのことを考えて先輩は自分を置いて逃げろと言うのだ。


 こんなボロボロの状態になっても、自分を顧みずに戦い、俺には逃げろ、と。


 だけど、こんな状態の先輩を置いていけるわけ……! でもだけどどうすれば!?


 決断を下せないで悩む俺を見て、先輩は安心させるように優しく諭すような声色で言ってくる。


「私のことはいいわ。大丈夫、このくらいの傷、簡単に癒せるわ(そう。早く、身体を《癒道》で回復して)―――ッ!」


「先輩!」


 傷の痛みが走ったのか、苦悶の表情を浮かべる先輩。心配する俺に対して大丈夫、とすぐに言い返すが明らかに大丈夫なわけがない。どうする? やっぱり、先輩を連れて逃げるべきか? この辺りに住んでいる人達は?


 先輩を見捨てるか、住民を見捨てるか、二つに一つ。


 その天秤の傾きがいつまでも定まらない。



『そこにいたか!』



 背後からくる迫りくる死の声。


 見ると肉体が完全に回復した大青鬼が俺たちの姿を捉える。


 怒りに満ちたその瞳はもはや逃げる事は許されず、地の果てまで追っていくということを告げている恨みの炎を宿していた。


 俺がぐずぐず迷っているうちに敵は全快。こちらは負傷のまま。逃げることも対策することもできずにいる。


 直面する危機に思考が止まるが、先輩を護るようにして前へと出る。


「雨崎君、逃げなさい! 私は大丈夫だから、雨崎君!」


 先輩が再び叫ぶ。大青鬼が迫る。


 選択の時が、俺の答えは……。


「小僧、邪魔だ、退けえ!」



 ―――迷っている内に大青鬼の拳が俺へと叩き込まれた。



 インパクトの衝撃の痛みはなく、むしろ何も感じない意識が遠のく感覚と、宙を舞っている浮遊感。


 脳内に流れてくるのは情報の波は記憶の奔流。走馬灯のそれだった。

 ―――祭りの日こと。

 ―――七夕の織姫と彦星。

 ―――白鳥に憧れた一人の少女。

 ―――突然の事故に起きて潰れた彼女。

 ―――死を連想させる、恐ろしき形に震えて、


 ……あれ、俺死ぬのか。


 無力にもこのまま自分が死んでしまう感覚。不思議と恐怖感はなく、ただ、もう受け入れるしかないという諦観。


 結局どちらの選択肢も選べなかった情けなかった自分への失意からか。

 このまま地面へと落ちてそのまま自分の人生を終えようか、と思っていた時、

 視界に入ってきたのは、榎先輩の首をへし折ろうとする大青鬼の姿が、、、、、、



 ―――……たす、け……て。



 あの日、何もできなくて助けられなかった命と重なった。



「―――っ!!」



 意識が引き戻される。


 ドクン、と強く心臓が跳ね上がる。血が沸騰するように熱くなって全身に回る感覚が走る。身体に至る所に生えている毛が逆立つ。


 空中で態勢を切り替え、無様に倒れる姿勢から着地できる形へとギリギリで切り変えて地面に落ちる。


 足裏から膝近くまで響く衝撃は数秒、だが諦めきってしまった根性に気付けするには丁度いいくらいの衝撃。



「~~~~~! ああああああああ~~~~~~!!!」



 痛みを、震えを、恐怖を、迷いを、記憶を、全部を全部吐き出すように叫んだ。その雄叫びに共鳴するように体の血が熱く、騒いで、チカラが沸いてくる。


『お?』


 咆哮に気づいてこちらへと振り替えた大青鬼。俺は湧き上がるチカラのまま、怒りのままの勢いで大青鬼へと突っ込んでいく。


 全身全力の特攻の単純な突進攻撃。


 子供の喧嘩の怒りのあまりなりふり構わずに突っ込んでいくアレだ。


『!? はや―――』


 何か言いかける前に俺のタックルが大青鬼へと直撃する。まるで背後からスクーターでも突進されたかのように大青鬼はぶっ飛ばされて、握りしめていた先輩の首を手放して地面に落ちる。


 地面に転がる大青鬼を無視して、先輩へと駆け寄る。


「先輩、大丈夫ですか!」

「ごほ、ごほ、……え、ええ、大丈夫。でも、雨崎君、いゴホゴホ!!(今のは〝力道〟の強化!? いえそんな、雨崎君は霊能力者ではない、はず)」


 激しく咳き込む榎先輩。苦しそうにしながら怪訝な表情を浮かべている。


「私のことはいい、それよりもあなたの身体は」

「俺も大丈夫ですから!」


 自分の事は他所に俺へと心配してくる。確かにヤツから受けた一撃は痛烈であったけど、先輩のピンチだと思って力が湧いてきたのか、アドレナリンがドバドバと走って痛みはあまり感じない。


「(死に瀕死した極限下における無意識に〝力道〟を使っている? 確かに彼は昔からその手の節はあったけど……いえ、でもコレは本当に力道かしら? むしろ―――)」


 じっと俺の事の身体を注目してくる先輩。傷の具合を確かめようとでもしているのか、俺の事はいいから、もう少し自分の事を慮ってほしい。


『こ~ぞ~う~~~!!!』


 地を這うような底知れぬ低い声。腹筋の力を使い起き上がる大青鬼。先ほどまで先輩だけだったのに、今の突進で完全に俺まで敵認定されてしまった。もはやヤツから逃げることはできないだろう。


 俺は鬼から先輩を守るようにして前へと立つ。


「先輩、あの御札を俺に!」

「え?」

「俺の鬼をぶっつけてアイツをぶっ倒してやる!」


 唯一この状況を打破できる方法、もうそれしかない。


 逃げたら先輩が殺される! 先輩を連れても逃げても住んでいる人が殺される! なら、俺が天鬼を呼び出してここでアイツをぶっ倒すしかねえ!!


「やめなさい、そんな危険なことを」

「もう、そんなこと言っている場合じゃあない!」


 危険だと断る先輩の言葉を遮る。さっきの頭の中に遮った走馬灯、記憶の断片が俺の中の心が、魂が強く突き動かされる。


「嫌なんだよ、誰かが死ぬなんてこと! 先輩もこの辺りの人も守れる方法はもうこれしかない!」


 どちらかを犠牲にするなんて残酷な選択はやっぱり俺にはそんなものを選ぶことなんてできねえ!


「先輩、俺を信じてくれ!」

「……あなたを信じるわ、雨崎君!」


 覚悟した瞳の俺の言葉を信じたのか、少し間を置きながらも頷き、先輩は昼間に渡した御札を取り出して俺へと返してくる。俺はそれを受け取り強く握りしめて、大青鬼に対面する。


「力を貸せ! 天鬼!!!」


 瞬間、握り締めていた御札が虹色に輝きを放つ。


 掌の感触が変わっていく。薄っぺらい御札の感触は厚みと重みが増していき、手に平サイズの大きさだったのも、生えるようにして伸びていき、やがて光が晴れるとその姿を現れる。


「刀?」


 澄んだ青空を思わせる美しき刀身の太刀は光を反射させて虹色の輝きを光らせる。


 その銘は、“天之命”!


 ―――使いこなせ、我が主。


 刀から伝わってくる天鬼の意志。


 力は与える。故に使いこなしてみろ、と。そう告げているのだ。


『カッカッカ、漢、漢。善き、実に善き! そうだ、男児ならばオナゴに護られるのではなく、護らなればな。ニンゲン、名乗れ、覚えておいてやる』


 ニヤニヤと笑い、俺へと品定めをし直したかのように楽し気に言ってくる。俺は睨み返して告げる。


「……雨崎千寿だ」

『アメザキチヒロか、善き。我が血肉にしてやる』

「やなこった。そんな『転生したら青鬼の血肉だった』みたいなラノベでも始まりそう展開」


 俺が転生するものはロリとのスローライフものしか認めねえんだよ。断じて、転移して世界を救った救世主を倒す勇者なんて作品は絶対やらねえ。……いや、そのケースはないか。


 青鬼と正面を切り、刀を構える。ヤツもニヤつきを崩さずに構える。


 空気が変わる。張り詰めた緊張感。時が止まったとすら感じる。


 やがて。


 青鬼の拳が飛んでくる。先ほどとぶっ飛ばされた時と同じもの。速さに付いて行けずに食らっていた一撃。


 だが、今度の俺はそれを刀で受け止めることに成功した。


『ほう~』


 感嘆の声を漏れる。


 妙に頭が冴える。体も軽く、けれど確かな力強さが、体の中から力が溢れてくる感覚。


 これも天之命の力なのか?


『善き! それを切らすなよ、強き相手を喰らいてこそ鬼の冥利よ』

「武人かてめえは!」


 突っ込みを入れつつ、拳を押し返す。青鬼が下がる動きに合わせて接近して今度はこちらから斬りかかる。鬼は片手を前に出して防御の姿勢を取る。


『鬼術〝鉄甲頑〟』


 ガン! という甲高い音。まるで岩か鉄に斬りかかったような感触が走る。


 硬っ!


 手に伝わる衝撃は明らかに生物の肌のそれではなく、岩や鉄を当てたものだった。今の術が、防御を施されたものだと分かる。


 フン! と空いていたもう片方の手でカウンターを放ってくる。それをギリギリで反応して躱して一旦距離を取―――、


『はあ!!』

「!」


 追撃が来る。俺が逃げるのに反応して前へと飛んでくる。シンプルな突撃は速く回避が間に合わないと即座に判断して、剣を前に防御する。


 まるでトラックが襲ってきたのかのような強い衝撃に両手の骨が軋む。耐え切れず地面に線を引き下がってしまうが何とか態勢を取り直して、青鬼の方を睨む。


 相変わらず青鬼は邪悪なニヤケ面だ。


『善き、善き、善き! そう簡単に壊れてくれるなよ、雨崎千寿!!』

「なら丁寧に扱ってくれ! 割れ物注意って言葉知らねえのか」

『知らん!!』


 襲い掛かってくる青鬼。飛んでくる鋼の拳に刀で対抗する。先ほどの術がまだ続いているのか、刀が通らず弾かれてしまう。


 青鬼が放ってくる拳は速く、鋭く、重い。一発一発が必殺であり、まともに受け止めれば骨が軋む感覚を覚え、躱せば風圧だけでも体力が削られる。


 よく、この手の攻撃はモーションが大きから隙を見て反撃にかかる、と漫画などでの定石なんだが、実際にやってみればそんなものはない。大振りのようですぐに切り返せる身体能力の高さによる隙と思わせたカウンターの攻撃が待ち構えている。


 こちらも斬りかかってみるが簡単に防がれて拳が飛んでくる。目一杯の反射神経でそれに反応して躱す。


 刀と拳の攻防が続く。呼吸する間もなく、激しい戦い。


 明らかに戦闘慣れをしている格上の相手にそんなものはない。こちらは捌くのがやっとでこちらのダメージは通じていない。武器を所有しているのに相手の肉体は硬いためそのアドバンテージも意味をなさない。


 均衡した戦いではなく、こちらが徐々に押され始める。


『カッカッカ、善き善き! 愉快、実に愉快!』


 高々に嗤い、大きく振りかぶってはまるで大砲を思わせる右ストレートを放ってくる。避けらない、と判断して咄嗟に刀で防御すると、ゴン! 衝撃音と反動で後ろへと大きく吹っ飛ばされる。


「~~~~っ、……はぁ、はぁ…」


 痺れる手の感触に耐え、距離を取ったことで乱れる呼吸とどっと溢れる疲労感。時間ともすれば数分ともしない鍔迫り合い……かち合いか? だが、もう既に体力の半分以上持っていかれた。ジリ貧どころの話ではない、もう一回今の攻防を繰り替えれば次はもう防ぐことはできない。


 消耗するこちらと違って、あちらは余力残している。闘いの中、興奮によって力を増している感じすらあった。


 馬鹿野郎、何が『倒す』だ! 一時のテンションで相手の力量を見間違えて、こっちがピンチになるなんて。


 自身の見積もりの甘さに後悔す、……いや、しねえ!


 視界にはいる心配そうにこちらを見てくる先輩の姿。やはりダメ、殺されるから逃げなさい、と訴えてくる不安そうな瞳を向けられていた。


 ……馬鹿野郎が!


 相手に強さに押されて目的を見誤るな! どっちみち俺がこいつをどうにかしないと俺以外の人間もこいつに殺されることだってあるんだ。


 そう自分に言い聞かせ叱責する。乱れる呼吸を落ち着かせて、刀を構え直す。


 腹くくれ、雨崎千寿! 男なんだから一度吐いた言葉くらい何とかしてみせろ!


 ―――チカラを使え。


 刀が伝わってくる天鬼の言葉。


「!? チカラ? チカラってなんだ? お―――」

「逃げて、雨崎君!!」

『鬼術〝岩山激刃〟』


 先輩の声に反応するよりも先に放たれた地面を割る衝撃波。勢いは速く、すぐに回避しなければ、これをまともに喰らえばもう二度と立ち上がれないことは分かる。


 だが、体が動かない。


 ―――チカラを使え。


 そのことが引っ掛かり頭を絞めて、すぐに行動を起こせない。


 思考だけが早く流れ、世界がゆっくりと動く感覚を覚える。


 迫りくる衝撃波を目にしつつ、考える。


 チカラ、異能について。


 天鬼はこういう技のことを言っているのか? なら天鬼の技とは?


 記憶の引き出しから瞬時に出てくるのは昨夜の記憶、雷、風、雨の技。俺を攻撃してきたあれらの攻撃方法。


 あれが天鬼のチカラで、この刀に宿っているというなら、俺のチカラとして使えというなら!


 刀を強く握りしめてイメージする。この押し寄せてくるこの衝撃波に対抗するチカラを……風の力を!


 空色の刀身は鮮明な緑色に変わる。吹き荒れるような風を思わせる色合いの刃。


 刃から伝わる天鬼の意思。チカラの使い方、技の出し方を教えてくれる。


 俺はそれに倣い、刀を舞うようにして振り回すと、強く巻き起こる旋風が周囲を敷く。


 ―――《風之太刀〝旋風陣〟》


 迫ってきた大地を割る衝撃波は俺を守るようにして巻き起こる旋風が激突する。衝撃波と旋風は互いに威力を押し合い相殺する。


『善き、いいぞ雨崎千寿!!』


 歓喜したようにして吠えては俺へと殴りかかってくる。俺は風の太刀のままその拳を流すようにして捌く。構わずラッシュを放ってくる。


 暴風のような拳の嵐に対して、こちらは疾風のように駆けて躱して、旋風のように舞って翻弄して、裂風の如く鋭い刃で返していく。


 先ほどまでとは違い、体が軽く動きやすい。刃が迅く、切れ味が増している感覚がある。これが風之太刀のチカラの効果なのか。


 迫りくくる暴力の圧に風の精が戯れるようにして攻撃を搔い潜り、連撃を浴びせる。


 けれどヤツの肉体には傷一つ付かない。


『それでこそ漢! 大和男児! 食うに相応しき強き武士!! ああ、懐かしき、懐かしき、お前のような奴らをこれから再びこの大地にてまた喰らえることをうれしく思うぞ!!』


 拳を振いながら狂気の台詞を吐く。躱しながらその言葉を聞き、ゾッとする。


 闘いが好きで、闘争本能のままに暴れ、強い相手と戦いことで満足して、倒した相手を喰らう、常に人間を自身の糧として考えていない。


 凶暴性の塊、人ならぬ存在、鬼。


 攻撃の威力も相まって体が委縮するのを覚えてしまう。


 だが。


「―――させね」

『あん?』


 震える身体を無理矢理しつけ呟く。裏拳を放ってきた青鬼は聞き取れずなかったのか、不思議そうに反応する。


 恐怖はある。次の一撃を躱しきれず直撃して食い殺されるイメージもある。


 だけど、……だからこそ! コイツを野放しにはできない!


 コイツから逃げて、先輩やこの町の人達が殺されることの方がもっと怖い!


 だから、俺は真っ直ぐ青鬼を見据えてハッキリと告げる。


「させねえよ。そんなことさせねえ。お前なんかに誰一人食わせることなんかさせねえ」

『ならば護ってみろ!』


 返答と言わんばかりに放たれる大砲のような拳。


 当たれば粉骨砕身に違いない強烈な一撃を風之太刀の力を使い、飛んでは躱し、逆に伸ばされた足を踏み台としてさらに高く飛ぶ。傍から見れば牛若丸と弁慶の図に似ていたかもしれない。


 高く高く、空へと翔け上がる。風之太刀のチカラによる飛翔の大ジャンプ。


 総合的にもう体力は限界。思ったよりも消耗がデカい。戦闘の緊張感は中学までやっていたバレーの部活や試合とはまた訳が違う。命がけの戦いとはこれまで辛いなんて。


 もう俺が刀を振るえるのは多分もう一振り。だからこそ渾身の一振りで仕留める!


 上昇は終わり、肉体は重力に引かれて落下していく。下にいる青鬼を見据えて刀を上段へと構える。


 打ち合って分かった、風では駄目だ。速さによる連続性はあっても岩や鋼を切るほどの威力はない。精々少しずつ削る程度。切れ味は合っても重さが足りない。


 なら、ヤツを倒すには最大の威力を秘めたチカラが必要だ。なら、それは。


 頭の中にあるイメージをまるでそれを読み取ったのかのように、天鬼は、天之命は、緑色だった刀身は閃光の黄色に変える。


 鋼にビリビリと音立て走る電流はやがて大きく刀身全体を纏うようにして光り輝く。まさに雷光の剣。


 剣の圧を見てか、青鬼は向かってくる俺へとまた高々に嗤って吠える。


『全力か!? その覚悟、善き! ならばこちらも全力で答えるのも、至極当然!!』


 暴発するかのように膨れ上がる両腕。エッジを効かせた筋力、岩よりも硬く、鋼よりも厚いその両腕はやがて一つの拳へと具現化する。


 この拳を以って全てを破壊すると言わんばかりの強大な拳。


『鬼術〝岩剛砕〟!!』


 ―――《雷之太刀〝雷鎚〟》


 両者放たれる強力の一撃、必殺の技。


「おらあああああああああ!!!」


『はああああああ!!!』


 気迫の声。


 ぶつかり合う岩と雷。


 巨大な拳と雷の刃。


 そして、雷の刃は巨大な岩の拳を打ち破る。そのまま青鬼へと刃を切り落とした。


『―――……見事!』


 繰り出した言葉は賛辞だった。


 胴体に大きな傷を残し、苦悶の表情でありながらも晴れやかな笑顔を浮かべる。


 先ほどまであった敵意や悪意といったものは一切なく、相変わらずニヤついたものだが、そこに満足と言わんばかりの笑みであった。


『また地獄で相まみえて、死合おうぞ! 雨崎千寿!!』


 そう言って青鬼は闇へと解けていくようにこの世から去っていく。


「……二度と会いたくねえよ」


 誰が地獄なんて堕ちるかつーの、夜名津じゃああるまいし。


 内心でそう突っ込みを入れつつ、鬼が消えたことに安堵する。


「……あり?」


 闘いが終わったことで緊張感が解けたせいか、途端にクラっと眩暈を覚えてよろけて地面に膝つき、刀へともたれかかる。


 頭が痛いのと同時にボーとする。身体が重くて怠い。貧血に似た症状に襲われ、脱力感のあまりこのまま眠りへと落ちそうになる。


 待て、ダメだ! まだ駄目だ!


 地面に倒れ伏すのをグッと堪えて、気力を振り絞って起き上がる。


 瞼を開けると視界が霞んだぼんやりとした世界が広がり、ハッキリと見えない。まるで視力が落ちたような気分だ。


 周囲を見回しながら彼女を探すと地面に倒れている榎先輩の姿があった。


 先輩! と慌てて駆け寄って抱き起す。反動で小さな呻きが漏れて死んではいないことが分かる。気を失っているだけ。


 戦いの中俺に呼びかけたことがあったけど、その余波せいで青鬼に受けたダメージが響いたのか。


 理由は何にせよ、このままにしておくにはいけない。早く病院に連れて行かないと!


 と、そこまで考えてあることをふと思い出し、握り締めている空色の刀へと視線を置く。


「おい、昨日俺の傷を癒したよな? だったら先輩の傷を治せるよな!」


 昨夜のことを思い出す。俺へと攻撃してきたお前は同時に俺の傷を治したよな。その力がさっきの戦いみたいにこの刀に反映されているなら回復だって使えるはずだ。


 すると刀身から天鬼の意思が伝わってくる。


「雨で振りかざせばいいんだな! こうか!」


 空色の刀身がくすんだ水色に変わる。俺はその剣を先輩へと振りかざすと、先輩には恵みの雨が降り注ぐようにして傷を癒していく。


《雨之太刀〝癒す雨〟》


 青鬼から受けた傷は完全に消え伏せると、榎先輩は目を覚ます。


「先輩!」

「あめ、ざき君。……! あの鬼は!?」


 朧げな瞳も一瞬、すぐに気絶する前の状況を思い出したのか、飛び上がるようにして俺へと訊ねてくる。安心と落ち着かせるようにして優しく告げる。


「大丈夫、倒しましたよ」

「倒した、ってあなた」


 信じられないものを見るような目で俺を見ては周囲を見回してみる。やがて、戦闘の傷跡や鬼が周囲にいないことを見て真実だと思ったのか、もう一度俺へと驚いた様子で見てくる。


「とても信じられない、……けど、どうやら本当のようね」


 受け入りがたい現実を受け入れるように重々しく頷く。


(刀の鬼のチカラ? それとも雨崎君自身のチカラ……だとしたら、もしかして)


 何かを考えるようにして黙っていた榎先輩は俺の持つ刀へと視線を向ける。


「その刀が途轍もない力を秘めているようね、見せてもらえるかしら?」

「ええ、はい」


 と、言われるがままに刀を渡そうとした瞬間、刀は元の御札へと戻ってしまった。


「あり? どうし、―――ありゃ?」


 刀が元に戻ってしまったことに首を傾げようとして、途端にスイッチが切れたようにして俺は地面へと倒れ込む。


「ちょ、雨崎君!?」


 心配した慌てた榎先輩の声を耳にしながら、俺は深い深い眠りへと落ちてしまった。




 そして、同時にこの時、もう既に学校ではあることが起こっていることに俺も先輩もまだ知らなかった。


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