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VS闘鬼と色鬼 其の参

「……あの子、もしかして人を信じたいのかしら?」


 放課後、先輩と再開した俺は約束通り、昨夜鬼に襲われた公園へと案内することとになった。


 先輩に合わせて俺は自転車を押してしばらく歩いていると榎先輩がふとそんなことを口にして、え、と首を向ける。


「ふと思っただけよ。少し見方を……言葉の意味を考えてみたの。『裏切られて死ぬよりか、騙し討ちされた方がマシ』って」


 昼間、夜名津が言っていた言葉だった。ちなみに夜名津は真っ直ぐと家へと帰った。


 唐突に、二人で移動しておきながら沈黙に耐えきれなかったから先輩はそんな話題を振ってきたのか。俺らってそれくらいの距離だっけ? と思いつつも俺はその話に、どうでしょうか、と返す。


「正直どっちも意味は変わんないと思うんですけど」

「一見そうだけど、でもこう思えないかしら? 裏切りは信じた相手だからこそ効果はあるけど、騙しは誰に対しても当てはまるものって。信じると信頼は同じようなものだけど、別種のもの」

「……あ!」


 そう言われてみれば確かに。


 信頼から起きる裏切りではあるが、別に信頼関係があろうとなかろうとも騙し討ちできる。


 例えば、見ず知らずの相手が助けてくれ、と言われた場合、そこに信頼云々は関係なく、とりあえず詳しいことを知るために接近はするだろう。そして接近した所を隠し持っていた凶器で襲いかったら騙し討ちは成功となる。


 裏切りは仲間や友達といった、身内の和だから生じる言葉ではあるけど、騙しというのは関係に限らず誰であろうと通用する言葉にも成り得るということか。


 信じると信頼は違う。少し過大解釈違いとも感じるが。


 そういえば、信じるは現状判断、信頼は過去の実績。と誰かが言っていた。


「アイツらしい、言葉選び……いや言葉遊びか」

「まぁ、正直判断としては間違っていないとも思うわ。いきなり出てきた相手に自分の持つ鬼を寄越せ、と言われれば拒否するなんて当然のことよ。この戦いにおける敵かもしれないし。……そういう意味では彼は冷静で的確な判断ね」

「……それだと俺が凄い間抜けなヤツになりませんかね?」


 昼間に比べて夜名津の評価が上がり、相対的に俺の判断は間違えたお馬鹿なヤツとして評価が下がってしまっている。なぜだ? 先輩の言葉を信じて疑わなかった純粋な健気で真面目な後輩なのに。


 榎先輩は「大丈夫よ、私があなたを裏切るわけないじゃない。信頼には答えるわ」と夜名津の言葉を使い上手く返してくれる。


「昼間は私も頭に血が上り過ぎたわ。もう少しスマートにやるべきだった」

「アイツといるとペースを乱される感じがありますからね」


 昼間のことを思い出しているのか、ため息混じりに少し反省している先輩を励ます。付き合って数ヵ月で今では馴れたけど、アイツはだいぶ自分ペースで生きているヤツだ。他のヤツのことなんてあまり考えていない。


 乾いた笑いを浮かべていると、先輩は声のトーンを変えて真剣な声色で訊ねてくる。


「……彼はなんで死にたい、なんて言っているの? いじめでもあっているの?」

「いえ、そういうのは……クラスに馴染めてないのはありますけど、いじめってほどでもないし、本人もその辺のことは気にしている様子はないです。しょっちゅう言っているんで『死んで楽になりたい』とか口癖のように」

「……悩みとかない子が口癖レベルで『死にたい』って口にするもんじゃないでしょ」


 そう突っ込んでくる榎先輩だったが、考えるように間を開けてから思い出すようにゆっくりと言ってくる。


「彼のあれってわりと本心よね? 普通の人が『勉強が嫌だ、死にたい~』とか『部活で疲れて死にそう~』とかの冗談半分から口にする類いじゃなくて」

「……たぶんそうなんっすんよね」


 否定はしなかった。夜名津の死にたいの言葉は冗談やその場でつい出て来た言葉の類のように感じられない、何やら闇を秘めたものをいつも感じられる。


「アイツの死にたい、ってなんか本気っていうか、鬱病患者みたいな不安定感な人間の独特の危うさがあるんですよね」

「……彼は一体何悩んでいるの?」

「さあ?」


 さぁ、って友達なんでしょ、と少し責めた視線を向けられてくる。


 正直アイツが何悩んでいるのか分からない。一緒につるむようになって少し経つが、ぶっちゃけアイツ自身、人間関係や将来、自分自身、その他色々と悩み自体はあるように思えるが、これだ、というような深刻な一番の問題自体は垣間見れた気になれない。


 あえて言うなら、そういったものが総合して相まってしまい、元々心が傷付きやすいだけなのかもしれない。


 その事を端的に話すと榎先輩は、ふぅーん、と目を細めて口元のほくろを引っ掻く。


「なんにしろ、彼がガキだってことは変わりなさそうね。心が弱い人間ほどひねくれて根暗に陥りやすいものだし」

「それはまあ、否定はできませんかね」


 バッサリと斬って冷たく言い放つ榎先輩に苦笑しながら頷く。


 心が弱いからあんな風な性格になってしまった。そう言われると何も言い返すことができない。


 なんというか、今朝のこともあってかふと思ったのがりりの事を思い出す。


 この人はりりとは違う意味で強い人だと思った。


 心のあり方というべきか。


 りりは人のために思える強さは『人と人とが手を繋ぐような強さ』というべきか、暖かく、近くに寄り添って、共感できるもの。


 対して、榎先輩の強さは正しさや正義感、責任感からくる『真っ当な正しき強さ』と呼べばいいのか。バレー部の時からそうだった。この人は清く正しく、真っ直ぐで真剣な態度と本気の覚悟を持って周囲を押し上げて、引っ張る。


 二人は別種の強さを秘めているもの。


 でも。


 頭に過る、死んだ目をした鬼に取り憑かれた友人を思い出す。


 心の強さっていう点なら、夜名津以上に歪な強さを持っている人間はいないとも思った。


 誰もが目を逸らしたくなるほどに薄気味悪く、不気味で、歪で、強固で、意固地で、己を貫くあり方を知ら示すそれの壊れた存在を。


 アレの強さは異常だと。


 夜名津の話をそこそこに、その後は思い出話……といっても俺達二人が共通する中学時代の話とかではなく、町の変化に対しての話に盛り上がる。


 地元を離れて、しばらく見ない間に地元が変わったことに思いを馳せて懐かしむ、なんて出戻ってきた時の感慨さなどではない。離れるどころかずっとこの町に住んでいるわけだし。


 そうでなくとも住んでいる町の変化は感じられるもの。


 例えば商店街は子供の頃と今では閉まる店が増えた、あの店の看板はできた頃は新品だったのに今では塗装が剥がれた、逆にこの道は舗装工事がされて新しくなった。先輩はあの店の饅頭が好きだったけど、後継ぎで少し味が変わって残念だ。


 何気ない地元話に花を咲かせながら目的の場所へと到着する。


「ここがそうなのね」


 俺の家の近くに存在する公園。鬼が現れて、俺を殺しにかかってきたあの危険地帯だ。


 昨夜のことを思い出して身震いを覚える俺とは対象的に、榎先輩は昔話で微笑んでいた頬を閉め直し、真剣な表情を取りになる。


 公園全体をざっくりと一瞥し、しばしの間公園内を何かを探すようにして歩き回る。


「……ダメね」


 一通り見て回った榎先輩は息を付いて首を横に振る。


「何らかの儀式のようなもの召喚陣どころか、召喚に用いられた道具なんてものもない。霊力の乱れも感じられない。本当にここであっているの?」

「はい。……えーと、ほら、あそこ」


 疑い眼差しを見てくる榎先輩に対して俺は周囲を見回して証拠たるものはと指をさした。それは破壊された柵。昨夜俺が鬼の攻撃を受けたことで破壊されたままだ。


「昨日、鬼が風の攻撃をされて俺がぶっ飛ばされて、それであんな風に」

「ぶっ飛ばされたって、あなた体大丈夫なの?」

「まあまだ少し痛みはありますけど、大丈夫です」

「中学の頃から思っていたけど、あなたも大概丈夫よね……」


 なぜか榎先輩から奇異なものを見るような目で唖然とした調子で言ってくる。そんな夜名津を見るような目で見られても……失礼な。


 榎先輩はまだ調査するつもりなのか、興味深そうに公園を一瞥している。


「それにしてもここ、あまり来たことないのだけど、なんとなく見覚えがあるわね。子供の頃に何度か遊んだかしら?」


 と思ったら、調べているわけではなく、昔の記憶が甦って懐かしんでいるのか、どことなく遠い目をしている。それに俺も頷く。


「ほら昼間も言いましたけど、昔七夕祭りをやったじゃないですか」

「七夕祭り?」


 俺が七夕祭りのことを話すとちょとんした様子。初めて聞く言葉だと言わんばかりの様子。


 あれ? と思いつつ、ここで昔祭りがあって先輩が織姫様をやったことを話してみる。榎先輩はその時のことを思い出そうとしているのか、瞼を閉じて少し間を開けるが首を横に振る。


「ごめんなさい、一体なんのことかしら?」

「? 忘れたんですか?」

「その頃って多分、祖母が倒れて、代わりの防人の巫女として修行が始まったくらいだから結構バタバタしていたわね、むしろそっちの方が記憶として強いのかしら」

「あー、なる……ほど?」


 納得できなくもない言い分でもあるけど、少し煮え切られない。まぁ、別に思い出せないのなら別にいいのかもしれない。今朝のりりのこともあって無理矢理思い出しても、自分が出たイベントで女の子一人大怪我をしてしまった事故起きた祭りなど空気が重くなるだけかもしれないと思い、俺はこの話題をやめて別の話を切り出してみる。


「大変だったんですか? その、修行って。具体的にはどんな感じなんですか、滝に打たれたりとか?」

「まあ、それもあるけど、基本は知識と瞑想のようなものよ。祖母が倒れてベッドから起き上がれないから言付けと、あと仏霊会の人から手解きを受けた」

「仏霊会とは?」

「巫女や霊能力者といったものが所属する大きな組織ね。私のような場合この土地の防人としてだから特定地域での活動に限られているけど、この仏霊会に所属する人は全国あちらこちらに見られる異常現象、主に霊や妖怪の仕業と思われる場所に赴いて解決する組織ね」

「漫画とかでよく見る設定のヤツだ。現実にもあるんですね」


 はぇー、と榎先輩の説明に雑に理解すると、榎先輩はクスと苦笑しては肩を竦める。


「漫画みたいに常に妖怪や悪霊と戦う訳じゃないけどね。一般的なお祓いとか普通で、新築祝いやその逆の解体工事といったもの。他にも訳ありの道具とかの管理や供養といったものね。ほら、夏によくやるホラー番組でやっている、お経を唱える程度の働きよ」


 大したことじゃないと告げてくるが、すぐに真剣な表情となり続けていってくる。


「でも最近、この町に何か異常が起こっているのは確かよ。鬼が出現するようになったの」

「鬼って俺や夜名津とか鬼のことですか?」

 昨夜の鬼や我鬼のことを思い出して訊ねてみると違うわ、首を横に振った。

「あれが識神の類いなら別に問題ないわ。識神は術者との契約が施されている、いわば首輪付きの飼い犬。私が言っているのは野良の鬼のことよ」

「野良の鬼!?」


 ここにきて知らない重要なワードが開示されて声を上げて驚く。榎先輩は頷いては話を説明してくる。


「本来、野良の鬼なんて現代社会でそうそう出現することはないわ。でもこの土地は霊脈があって幽霊や妖怪を出現しやすいいわばパワースポットになっているの。それを護るために封印や霊力を散らしたりするのが防人の巫女である私達の一族のお役目なんだけど、でも最近野生の鬼が多く出現するようになったわ」

「そんなことが? 一体なんで……あ、夜名津達が言っていたこの鬼獄呪魔とかいう儀式の影響?」

「分からない。けど、間違いなく何らかの関係があると思うわ」


 むしろこの状況で全く関係ないことなんてあり得ない、と榎先輩は静かに答える。


 俺は少し考えて頭の中でハッと思い付いたことがあり、それをすぐに話す。


「それって鬼が現れたのって単純に仕鬼祇使いを探していたってことですか? ガッシュで例えると、魔物が本を読めるパートナーを探していたのと一緒で」


 鬼が現れるようになったのはこの鬼の王を決める戦いに参加するためで、自身のパートナーである人間を探しているんだと。


 それならば話の辻褄は合うと語る俺を榎先輩は「……多分それは違うわ」と首を横に振って否定された。


 え、嘘、違うの? と顔をする俺に答えてくれる。


「最初は私もそう思ったのだけど、でも違ったわ。あの鬼も言っていたでしょ、参加の資格として使われた儀式が夜戦鬼器」

「ヤセンキキ?」


 そういえば鬼獄呪魔の他にそんなことも言っていたような……。それに先輩も最初からこの町には何かの異変が起こっているってことで俺達に接触してきた。


 首を傾げて、それは一体なんなんですか? と質問する。


「夜戦鬼器。鬼限定の識神を呼び出し契約するための儀式よ。召喚される鬼は、実力は大小あれど共通するレベルとしては意識疎通できるほどの知恵のある鬼。これはあくまでも契約のために行われるため、喚び出した召喚者との一対一の結界が張られるの」

「……つまり、野良の鬼として町を蔓延ることはしない?」


 ピーンときて言うと正解だったようで、そうよ、と頷かれた。


「そう、だから町に出現している野良の鬼とはまた違う方法で召喚されている可能性がある。どこかにあの世とこの世をつなぐ穴でもあるのかしら? でも管理されているスポット周辺にはなかったし」


 何やら考え込んで小さくぶつぶつと呟く榎先輩。その間に俺も俺で頭の中で整理する。


 この町は現在、鬼獄呪魔と呼ばれている鬼の王を決める儀式が起こっている。それには俺や夜名津が参加していることになっている。同時にこの町には鬼が出現しているが、その鬼は鬼獄呪魔にやる上での鬼とは別種の存在。だけど、二つ分けるよりも何かしら繋がっていると考えた方がいいのか?


 うーん、要領の得ない感じ。


 まとまってはいるが、具体的な、明白な部分、確固なる証拠といえばいいのか、その辺が曖昧だからなんとも言えない感じがする。


 同じく考えがまとまったのか、榎先輩は少し戸惑ったような躊躇したような態度をしている。俺のことを見て視線が合うと迷いを覚えている様子。


 なんだろう、告白でもされるのかな? すいません、俺、年上はちょっと。


 なんてバカなことを考えていると、覚悟を決め改まった調子で向かい合ってくる。それに倣う形で俺も聞く姿勢を取る。


「今、町では鬼獄呪魔なんて儀式によって鬼が出現しているの。……正直保護の対象とか言っておいて気が引けるのだけど、……雨崎君、あなたには色々と協力してもらう必要があるかもしれない。もちろん危険な目に遭わせない。戦えとか無責任なことは言わない。ただ、この儀式の参加者であるあなたから得られる情報があると思う。ほんの少しでいいの、私に協力してもらえないかしら?」


 頭を下げてきて俺は慌てる。


「いえいえ、頭を上げてくださいよ、それくらいなら俺だって協力しますって。俺も参加者ってことは無関係って訳じゃあなさそうだし、知らんぷりとかできませんし、協力できることならなんでも」


 町の危機と聞いて黙っている訳にもいかない、俺にできることがあるならなんでも協力するつもりだ。その旨を伝えると榎先輩は嬉しそうに微笑んでくれた。


「ありがとう」


 そう礼を述べると、いつものきちんとした調子に戻って本題へと戻す。


「私は防人の巫女としてこの鬼獄呪魔の儀式を止めるわ。そのための目下の目的としては私がこの儀式の参加者になることが目標とするわ。そのためにも雨崎君、昨晩の出来事をもう少し詳しく教えてほしいの」

「分かりました。って言ってもこれ以上教えようがないんですけど。情報はあらかた話しましたし」


 俺から伝えられることは全て話した。昨日の出来事も含めてこの場所にも案内した。これ以上詳しく、と言っても言葉は続かない。


 その事に理解しているのか、そうよね、と重々しい調子で返してくる。


「実際の現場にやってきたけど結局何もなかった、と……」


 二人して黙り混んでしまう。完全な手詰まり。


 榎先輩としては儀式そのものに自分が参加することで儀式を内側から解体を企んでいるんだろうが、その儀式そのものに入り込む方法が見つからない。


「少し考え方を変えてみましょうか。場所ではなくて、儀式に選ばれた、君やあの子がやったこと、……何か共通点はないかしら?」


 考える方向性を変えてきた。俺の話だけじゃなくて、同じ境遇である夜名津も含めて考えるという方法。情報は多いほど信憑性が増し、データとしての統計で物事は決まるのは基本的なやり方だ。


 問題は本人である、夜名津自身がこの場にいないことで話を聞けないことが痛い。とりあえず今考えられる範囲でそれを絞り混んでみる。


 俺と夜名津が選ばれた参加者としての条件とは?


「俺やアイツの共通点……単純に男や同年代といったヤツの他にと言われると……正直アイツとは共通点を探す方が無理な気がしてきた」

「二人で一緒に占いか何かを受けたとかはないの?」

「男二人で占いなんてしませんよ。……なぜ占い?」

「いえ、思い付いたこと言ってみただけ。占いで何か呪具……霊力のある石や御札を買わされたみたいなことがあったんじゃないかと思って」

「そんな詐欺まがいなこと俺達は信じませんよ」


 しかし、二人で何かしたと言われると特にないな。せいぜい。


「せいぜい、回しラノベをやったくらい?」

「回しラノベ?」

「あー、いや関係ないですよ。五月くらいのことですし。ただの落書きですよ、落書き」


 俺が関係ないことだと言うと、言葉から聞いても無関係だと思ったのか榎先輩も触れないでくれた。


 単純に俺とアイツの共通点で、二人でやったことと言われてすぐに思い付いたのがそれだっただけ。あれに何か特別な何かあるわけがない。


 他に何かなかったか、としばしの間考えてみるが特に思い付かない。


「駄目です、特に何にもなかった気がしますね」

「……そう」

「とりあえず明日にでもまたアイツと話して、アイツの事情とか聞きましょうか。昼間はあんな態度でしたけど、アイツ自身、俺が参加することが分かったら組むみたいなこと言ってましたし、上手くいけば協力できますよ」

「……ええ、そうね。今は少しでも情報が必要よね」


 昼間の一件が尾を引いているのか、文字通りに目を瞑って頷いて俺の提案を受け入れてくれた。


「アイツとの付き合い方は話し半分に聞くことがいいですよ。でなきゃこっちが疲れるだけなんで」

「でしょうね。……よくあの子と友達といられるわね」

「変なヤツでヤバいヤツですけど、一応面白いヤツでもあるんで。いい所あるんすよ、あれでも」


 目を逸らしつつフォローの言葉を一応かけておく。いや本当に悪いヤツではないんだ。ただ、おかしくてヤバいヤツなだけであって。うん。


 友達としても少し評価に困る夜名津のことを思っていると、隣で何か思い出すように榎先輩は微笑んでいた。


「変わらないのね、昔から友達思いで、どんな人間とも仲良くなれるところ」

「いや、まあ~」


 結構な高評価をもらいどう答えていいのか分からずに照れていると。


 その刹那、背筋にゾゾッとくる感覚に襲われる。昨夜と、あの鬼が現れる前触れと同じ感覚だ。


 周囲一体の空気が変わる。淀みのような空気間は障気の言葉が似合うもの。


「先輩、これ……」


 異変に対して先輩へと呼び掛けると先輩も神妙な顔となり頷く。


「ええ、妖気を感じる。……何か来るわ、下がって!」


 俺を守るようにして前へと立つ。


 情けないと思いながらも俺は彼女の陰に隠れるような位置取りになりつつ、先輩と同じ視線の先をみる。


 地面からというよりも地面に停滞する闇の障気から這い出るかのような常闇の住人が次々と現れてくる。


 小柄の肉体に額に角の生えた存在、鬼。形としては俺の時の天鬼よりも弱そうな、夜名津の我鬼に近い感じがする。


「『囲め囲め、我が在るは現世と隠世の狭間。生なるものは光へ還れ(もどれ)、邪なるものは闇へと還れ(かえれ)、《境界》!』」


 榎先輩が呪文のようなものを唱える。すると、周囲一体がぐわん、とした奇妙な揺れのようなものが起きる。これと同じ感覚を昨晩味わった。


 視界が二重にぼやける感覚。周囲一体を四方向で囲むような線が走り、榎先輩を中心に陣地を敷かれたような。……結界?


 漫画知識が頭に過りつつ、先輩へと訊ねる。


「え、今のなんすか?」

「いわゆる人払いの結界みたいなものよ、とりあえず今は下がってて」


 簡潔に答えては先輩構えるように手を出して唱える。


「《成道・戟》」


 瞬間、先輩の掌に土色の光の粒子が溢れては細長い薙刀のような武器が成型される。それを握りしめて、鬼達へと向ける。


「小鬼が数体ね……丁度いいわ。雨崎君、少しレクチャーするわ」

「……え?」


 榎先輩は余裕と言わんばかりに言い放ってくる。よっぽど自身の腕に自信があるのか。一対多数の現状でも問題ないと言わんばかりの様子。


「鬼には色鬼と呼ばれる、五色があってそれぞれに特徴があるわ。言ってみれば属性ね」


 五色? 


 言われてみると、確かに現れた鬼達は五色の色に分けられていることに気づく。


 赤と青が三、黒が二、緑と白が一ずつの合計で十体いる。


 赤鬼と青鬼達が攻めてくる。


 奴らの持つ、営利な爪と牙は明らかにそこら辺の刃物よりも凶悪な代物。人間の肌などいとも簡単に破り捨て。肉をえぐり出してしまえることは一目で分かる。


 実際、昨夜それで体内を貫かれた俺だ。その危険性は十二分に理解しているつもりだ。


 榎先輩は自身が出した薙刀を使い、襲いかかって来る鬼達を捌く。


 薙刀術は上流から下流へと下る流水や風に吹かれる柳を思わせる可憐で優雅なもの。押し寄せる力に対して逆らうのではなく、緩やかに軌道をずらして鬼達の攻撃を捌いて、最後の一匹の青鬼も軌道をずらして地面へと尽くす。


「まずはこの青鬼は憤怒型。鬼の中でも攻撃が強く、防御もある。だからこんな風に接近戦を仕掛けてくるわ」


 ……そういうのって赤じゃないんだ。基本、ゲームとかだと赤が攻撃タイプって分類されやすいんだけど。


 説明に対して内心で思いつつ、榎先輩は地面に尽くした鬼の頭を薙刀で容赦なく切り伏せた。


 分断される頭と身体は切断の際にプシャー、と勢いよく血を吹き出すようなグロテスクさはなく、変わりに闇の靄のようなものが出て、鬼の肉体は闇へと解けて消え去るのだ。


(殺した? ……いや、分身か何かだったのか? でも……今のって明らかに倒した感じだったぞ?)


 目の当たりにした肉体の消失は分身が破壊されたような呆気なさがありつつも、裂いて飛ばされた頭の質量感や肉体は生物のそれだった。


 違和感を覚え、それを訊ねたかったが戦闘中の榎先輩にそんな暇はない。仲間の一体を倒されたことに怒り、警戒したのか鬼達は、今度は一直線ではなくて榎先輩を囲うような位置取りをする。


 背後の青鬼二体と赤鬼が一体、合計三体が飛びかかる。振り返らずに薙刀を青鬼の頭へと突き刺し、続くもう一体の青鬼へと振り払う。二体の迎撃に成功する。これで青鬼は全滅だ。


 青鬼の襲撃を利用するようにほんの僅かな攻防による一瞬の隙、それを狙って赤鬼の一体が薙刀の払いを掻い潜り、懐へと一撃を食らわせようとする。先輩は強引に軌道を切り替えて防御する。


 刹那の間、ギリギリで防御に成功したように見え、安堵する俺だったが違った。


 鬼の手が薙刀に触れた途端、薙刀が崩れていく。


 壊れるのでない、形が崩れていく。もっと言えば鬼の手に吸い上げられていくのだ。


 まるで掃除機にでも吸い上げられてしまうような勢いで、霊力でできた薙刀の穂先が消え、そのまま棒の部分も無くなり、やがて鋭利な爪が榎先輩の柔らか肌へと到達しようとして。


 フン! と踏ん張りを利かせた声と共にクロスカウンターの如く右ストレートが赤鬼の顔面へと入る。見事に入った赤鬼はそのままぶっ飛ばされて青鬼同様に闇へと消えていく。


(ただの怪力じゃない。右手に霊力を纏っていた?)


 殴った時、先輩の拳にはオーラらしき、桃白いものが見えていた。怪力の正体はアレだろうと予想を立てる。


「赤鬼は強欲型。他者の霊力や霊術、生命力を奪うことができる」

「え、クソずるいヤツ」


 というかやっぱ青と赤って普通逆の効果じゃね? 赤は攻撃力があって、青がその手の絡み手を使ってくるもんじゃあ……。


 そんな細かいところに突っ込みを入れていると、第二軍として残りの赤鬼二体が襲いにかかってくる。


 溶けて欠けた刃先は霊力を込め直したのか再び刃が生成される。武器のアドバンテージがなくなったことでチャンスと思ったのだろう赤鬼達はそれに一瞬驚くものの、すぐに関係ないと言わんばかりに突っ込んでいく。


 ならば、もう一度奪えばいい! との考えからか。


 向かってくる鬼に対して、慌てた様子もなく薙刀を振るう。ばかめ! と吐き捨てるかのように先ほどの赤鬼のように薙刀へと拳を振るう。


 赤鬼二体は呆気なく切って捨てられた。


「吸収できるのは霊力と呪力だけで巫力は違う。怪異にとって巫力は弱点。吸収の際に巫力を流し込めば簡単にやられる」

「ふ、りょく?」


 疑問の言葉を溢してそれはなんなのか、と問いただそうとするが、榎先輩に鬼火と表現していい火の玉が飛んでくる。


 難なく薙ぎ払ってそれを打ち消す。 


「黒鬼は疑心型。頭がよく、こんな風に鬼術を使ってくることがあるわ。赤青が接近戦なら、黒は遠距離型って言ってもいいわね」


 鬼火を放ってきた正体は黒鬼二体だった。黒鬼達は打ち落とされても構わず次々に鬼火を放っていく。……頭の中でドラゴンボールの気弾の連発を思い出す。


 鬼火の雨を臆せずに榎先輩はその中を突っ込んでいき、薙刀の射程内へと入り、黒鬼を切り殺す。


 これで残りはあとは二体。


 緑鬼が動く。いや、奴は最初から動いていた。


 他の鬼達が攻撃か様子見のどちらかに対して、緑鬼は俺達の姿を捉えるとすぐに両手を合わせて、何やらぶつぶつと念仏でも唱えるかのようにずっと何かを口にしていた。


『しゃあぁぁーー!!』


 詠唱を終えたのか、迫力のある一声を放つと、緑鬼を中心に周囲が薄緑色の空間が広がる。まるでその空間一体が奴の領地と言わんばかりのもの。


「緑鬼は怠惰型。一番弱いけど、自身だけ空間の足場を作る陣地作成、分かりやすく言うと結界術ね。少し違うけど」


 最後の方は意味深に言い残す榎先輩は薙刀を舞うように振りかぶって、


「《成道・鞭》!」


 強く放つ。途端に剣先は鞭のように延び上がっては緑鬼へと強打する。バシィーン! という激しく空気を破る音が響く。


 鬼の頭をぶっ飛んでいき、その身体だけ残り闇へと消えていく。


 鞭状になった薙刀は元通りに収まり、穂先を確認しながら榎先輩は言う。


「どんな仕掛けがあるか分からない領域にわざわざ中に入る必要はないわ。遠距離で対処できそうならそうするわね」


 ……その遠距離の攻撃手段がない俺はどうすればいいんだろうか?


 一先ずこれで九体目。残るのは一体だけ。


 その一体、白鬼はどうでもよさそうな調子でこちらを見ては頭を掻いている。そこに仲間を殺されたショックによる怒りや悲しみ、あるいは恐怖といったものはなく、『あ、次はオレ? はいはい』といったマイペースな様子。


 なんというか夜名津に似ている。そういえば夜名津のパートナーの鬼、我鬼も白鬼だったな。 


 緊張感のない能天気な奴だな、と思っていると、反対に榎先輩は真剣な表情かつ難しそうなもの。


「最後に白鬼。これが一番厄介。我執型と言われていて、黒鬼や緑鬼と違った意味で特定の条件の鬼術を使ってくる」

「え? 一番強いってことですか?」

「一番厄介……面倒くさいってことなの!」


 言葉を返すと同時に再び薙刀を振りかぶって鞭の攻撃を放つ。


 空気を切るシュルルの振動音。細く、素早く、しなる曲なる動きは目で捉えるのも難しいもの。当たれば間違いなく肌を破り、最悪先ほどの緑鬼のように首が飛んでもおかしくないだろう攻撃。


 だが、白鬼は片手でそれを払ってみせた。


「!」


 構わず鞭を切り返して白鬼へと攻撃を仕掛けるが、白鬼は蚊でも払うかのように鞭を弾いてみせたのだ。


「《成道・戟》」


 鞭から薙刀へと形を整え直して今度は接近を試みる。これまでほとんどの鬼を切り殺して薙刀捌きの攻撃だ。また容易く切り捨て御免の問答で片付くかのように思えたが、なんと白鬼は薙刀の一撃すら防いでみせたのだ。


 榎先輩は怯まずに肉体のありとあらゆる箇所へと何度も切りかかってみせる。だが、白鬼には通用した様子はない。


 白鬼の肉体は別に他の鬼達と比べて優れているわけではない。明らかに痩せ細った幼子に近い身体をしている。


 それなのに斬るどころか食い込むことすらできず、霊力の刃より強靭な鋼の肉体だと体現しすぎているのだ。


 最後の一撃を放つと同時に榎先輩は一度距離を取る。


「(全身に利かないパターン、ね)こういう風に物理は一切効かなかったりするのよ」

「物理無効!?」


 言われてみて気付き、納得した。今の怒涛の猛攻をこれまで鬼達を屠ってきておりながら、白鬼には一切通じなかった。


 肉体的にはあまり変わりないのに。だが、……榎先輩はこれまで色鬼における特性を説明していた。そしてこの白鬼の特性は物理無効ということか。


 つよ!? 明らかに下級の存在がもっていい能力じゃないだろ、それ!


「だけど」


 万事休す。打つ手はないのかに思えたが、榎先輩は俺の心配をよそに問題ないと言わんばかりに口にする。


 鬼からの攻撃。先ほどのラッシュのお返しと言わんばかりに攻めてくる。


 対して榎先輩は握っていた薙刀を放し、くるっと指先でわたあめでも作るかのようにゆったりと優雅な動きで薙刀を回して、棒の形状が崩れて渦巻きの曲を描き、やがて玉へと姿を変えて見せたのだ。


「《破道・丸》」


 そう呟くと同時に霊力の弾丸の玉となったモノを放ち、それによって白鬼は肉体をぶち抜いて呆気なく散ったのだ。


「こんな感じに別の技に弱かったりするわ。面倒なのはその相性や条件のルールがなんなのか初見では分からず、見誤ることが多いことね。下位の鬼ならこんな風に見抜くことが容易いのよ、上位の鬼は下手すると勝ち筋が分からずに詰むことがある。……まあ、白鬼の上位種なんてめったにいないのだけど」


 パッパ、と手を払いながら肩を竦めている。


 強い……!


 俺に説明しつつ、十体の鬼を圧勝して見せた。端から見ていても榎先輩は相当な実力だと見てとれる。


 すげえー、と感嘆の言葉を呟くと、少し得意気な顔になりながらも努めて難ともなさげな体面を取り作っている先輩。この表情はよく知っている。クールな人であるが、称賛の声や誉められた嬉しさを隠そうと取り繕うとする癖があるのだ。


 クールだけどどことなく幼い可愛いさがある、と中高時代から男女から慕われているに人気の秘訣の一つだ。


 コホン、咳払いをして改めてこちらへと近付いてきて声をかけてくる先輩。


 ―――まるで振り返った瞬間を狙ったかのようなタイミングでその異変を俺の視界には捉えられた。


 先ほどの緑鬼が敷いた緑の闇の異空間。陣地だったか。術者が死んだら術も終えるのは、漫画とかの鉄板であり、実際にその陣地は緑鬼が死んだと同時に消えそうになっていた。もはや風前の灯とも言っていいほどの効力が弱まっていることは、素人の俺から見ても一目瞭然。


 だけど、完全にはまだ消えていなかった。


 それはユラリ、と陽炎の如く不穏に揺れ動く。


「今回は下位の小鬼だから私一人で祓いながら解説できたけど、おそらくこれから儀式において上位の―――」

「先輩、危ない!!」

「え? ―――!!?」


 気づくのが遅れた。


 緑鬼が敷いた陣地から這い出る闇から一つの巨体の影が飛び出てくる。


 先行する突き上げられた拳はまるで地獄の底から登り上がってきたことを鼓舞するような迫力のある、力強さのあるもの。


 その拳が榎先輩へと直撃する。


「先輩!!」

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