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VS闘鬼と色鬼 其の弐

 昼休みもう一度俺達三人は集まった。俺と夜名津が二人で来た時には既に榎先輩は来ていた。


 俺達は円の形に座っては、俺と榎先輩は夜名津の方へと視線を向ける。夜名津の背中に憑いていた鬼は場所を移動してあぐらかいた夜名津の足へと偉そうな態度で座っている。


 夜名津は俺達の様子を見ては話をしていいという態度を理解したように話を始める。


「《鬼獄呪魔》。これが今起こっている儀式らしい」


 開口一番に何の前触れもなく、起こっている現象についての名前を口にする。


 鬼獄呪魔。聞き慣れない単語だ。


「鬼獄呪魔? 《煉獄烙宴》ではないの?」


 榎先輩は聞き返すようにして口を開くが同時にまた別の単語を吐いてくる。


 れんごく、らくえん? なんだそれ。


 俺と同じことを思ったのか、夜名津も口にして榎先輩へと注目を集める。だが、榎先輩はそれを答えようとせずに、いいわ、話を進めて頂戴、と進行を戻す。


 小鬼がそれを受け取ったように、ふんぞり返った偉そうな態度で続けてくる。


『いひひ。鬼獄呪魔。オレ達鬼を召喚して、鬼の王を決める戦イ。鬼を召喚できるのは選ばれし人間ダケ』

「まぁ、ぶっちゃけると聖杯戦争とか魔本の魔物が王になるための戦いみたいなもんだね」


 夜名津は簡単に類似作品の例えを出してくれる。オタクである以上、その言葉だけで大体のことは把握することができたため、あー、と納得の声が漏れる。


 しかし、俺には伝わったとはいえ、榎先輩にも今の説明で分かったかどうか。チラリと榎先輩の方へと視線を向けるとコクコク、と頷いている。


「なるほど、よくわかったわ」


 伝わっていた。あ、そうだ、この人サンデー派だったわ。中学の頃、りんねとかメジャーとかマギとか結界師が好きって言ってたし。ガッシュもサンデーだもんな。


 夜名津がガッシュの例えを出したのは正解だったようだ。


『いひひ。鬼の王になった暁には、契約した人間の願いくらい叶えてやるゼ。オレが鬼の王になったら気が向けば叶えてやるヨ、がのいち』


 そう唆してく……いやよく訊けば別に唆してはいない。普通に利用する気満々で最後は捨て去るヤツの卑怯な口振りだった。少しは隠せよ。


 だけど、目的はわかった。鬼達は鬼の王になることが目的で、そして、協力したパートナーである人間は願いが叶えることができるって感じの流れか。


「で、僕は選ばれて、この鬼が召喚できたみたいなんだ。ちなみにこの鬼が見えるのは、同じ仕鬼祇使い。……あ、鬼使いのことね。こういう鬼を仕鬼祇っていうらしい」

『この儀式専用の通称だがナ。『式神』でも『識神』でもない、『仕鬼祇』って言うんだゼ』

「こう書くらしいよ。さっき授業中に教えて貰った」


 ポケットに入れていたルーズリーフとシャーペンを取り出してわざわざ書いて見せてくれる。

『式神×』と『識神×』と『仕鬼祇○』といったご丁寧な具合に。


 ……コイツの席教卓の目の前なんだけどな。よく会話とかできたな。


 仕鬼祇使いね。まあ、名称自体はどうでもいい。鬼使いでも、仕鬼祇使いでもなんでも。


 細かい部分は別にいい。今はこの儀式についてや他にどんなことがあるのか知るのが先決。


「識神…いえ、仕鬼祇にしろ。それはその鬼と契約したってことでいいのね? 一体どうやって? あなたは霊道師あるいは霊能力者か何かなの?」


 話の続きを聞く態勢でいたが、疑問を飛ばせなかった先輩から横から突っ込みを入れられる。榎先輩は夜名津を見て信じられないっていうような顔で注目している。


「違いますけど。しきがみって言われても、結界師のコピーロボットくらいにしか」

「あれは『式神』。主に紙に自身の霊力と術式で発動して自身の分身や簡易的な使い魔といった便利なものを作り出す、術者なら誰もが最初に習うものよ」


 式紙について簡単な説明をしてくれる。結界師の式神の話でいいそうだ。


「そしてこっちの『識神』の方は、こっちは召喚に応じて契約を結んだ正真正銘の使い魔といったもの。狐や鬼、そういったものね。……結界師以外の漫画とかではこっちの方がメインの役割が多いわね」

「……漫画結構読むんですね」

「サンデー派だもの。当然よ」

「サンデーは植木の法則が好きです」

「嫌いな人なんてこの世に存在しないわよ。サイケまたしてもいいわよ」


 夜名津がこちらへと視線を向けてきては「この女面白い。友達になってもいい?」と訴えてくる。……まあ、好きにすれば?


 友人と友人(というよりか先輩だけど)が友達になるための仲人になった瞬間だった。そんな冗談はさておき、先輩の方で話が続く。


「その鬼は明らかに『識神』類いね。召喚され、自我を持ち、契約者であるあなたの言うことに従う。……従う? まあいいわ。一体どうやって召喚したの?」


 友達どうのことはともかく、一人真剣に夜名津の鬼の性質について分析してはその方法について訊ねてくる。


 召還方法がかなり重要だと言わんばかりの強い眼を向けてくるのに対して夜名津は。


「なんか昨日の夜寝てたらなんか急に起こされて。なんかうっせえな、って思ったらなんかコイツがいて、なんかの夢かなにかだと思ってボコったら、なんか呪符だとか御札になっていて、なんか弄ったら反応して、そしたらなんか出てきて、どうこうの今説明していることを聞きました」

「はあ? ちょっと待って。その鬼はあなた自身が呼び寄せた訳じゃないの?」

「はい」


 何度「なんか」って使ったのか、ものすごくどうでも良さそうなふざけた調子で適当に話してくるのだが、話自体には嘘がないのか。榎先輩も話を信じられないと言わんばかりの疑うように目になる。


 その視線を逸らす。誤魔化すというよりも視線を向けてきたから避けるといったもの。友達がいないヤツ特有のあれだ。


 その態度がますます榎先輩の癪に障ったのか顔は穏やかだがピクピクと眉が動いている。残念ながら二人が友達になる道は遠そうだ。


『いひひ。夜戦鬼器。召喚の儀式ダ』


 答えたのは我鬼だった。


『オレ達を召喚して、闘い、そこでオレ達の実力を認めてさせることができたなラ、オレ達と契約を結べるもんダ』

「……夜戦鬼器。なるほど」

「知っているんですか?」


 どこか意味深に呟いては納得したような表情をみせる榎先輩に俺が突っ込むと、ええ、と頷く。


「少しね。問題なのはその選ばれし召喚者はどうやって選別されているのか、よ」


 冷やかな瞳をで「答えなさい」と我鬼へと問いただす。榎先輩の態度が気に入らないのか、我鬼は嫌いなもの見るような険しい目になって答える。


『知らねえヨ。オレ達は鬼の王を決めるためにこの儀式が開かレ、選ばれた人間がオレ達を召喚しテ、その真価を確かめさせてもらウ。実際に儀式が、何がどうして行われたのかなんて知るかヨ。儀式を開くのも、作るのもお前ら人間が勝手にしていることだろうが脳ミソ足りなさすぎるゾ、クソオンナ。おい、がのいち。オレ、こいつキラいダ。コロせヨ』

「なら我一君、あなたはどうやって儀式を開いたの?」

「だから寝ていたので知りません」

「嘘よ、なにもしていないのに鬼を召喚なんかできるわけないでしょ!」


 訊ねる相手を我鬼から夜名津へと切り替えるが、切り替えた相手も相手で一筋縄の行かない相手だった。知らないと告げる夜名津に信じられないと榎先輩は一人滞ってしまう。


 たぶん夜名津と我鬼も嘘は言っていないと思う。それは榎先輩も感じてはいるのだろう。……助け船を出すがてらそろそろ俺の方も切り出すべきか。


「あ、あのう、先輩、俺からも一ついいですか?」

「雨崎君? そういえばあなた」


 手を上げて恐る恐ると口を開くと、榎先輩もハッと何かに気づいたようにして俺へと注目する。


「俺も昨日の夜、鬼に襲われて、で、それが契約なのかどうかは分からないんですけど、これを手に入れました」


 尻のポケットから一枚の御札を取り出してみせる。《天鬼》と書かれた御札。榎先輩はみせて頂戴、とことわりながらも返事を聞かずに俺から御札を奪ってみせた。


 御札に集中しては口元のホクロを掻く。


「……パッと見、召喚媒体というよりも封印されているタイプね。だいぶこった術式が組み合わされているわ、私程度では解読は無理ね」


 ぶつぶつと何か意味ありげなことを呟いては見終わったのか、礼を言って俺へと返却してくる。


 もう一度我鬼の方へと振り返って質問する。


「夜戦鬼器は私にも受けることが可能?」

『知らねえヨ、受けられんのは選ばれしものだけダ』

「その選ばれし者になる方法は?」

『同じ質問が二度目だゼ、バカ女! 知らねえって言ってんだろうガ! 早くコロせヨ、がのいち。頭がアレな女はキライダ。お前もそうだロ?』

「僕が嫌いなのはヒステリーを起こす女だ」

「なんなの、あなた達……!」


 まともに答えようとしない態度の二人。だが、実際は本当に知らないのだろう。夜名津の性格上会話の際に嘘や冗談、説明を面倒くさがる所があるけど、真面目な話で、必要な情報ならばちゃんと開示する。


 だけど、夜名津の性格について何も知らない榎先輩にとってはまともに取り合わないと憤慨している。二人が適当に答えているのだと思って榎先輩は苛立ちを募らせている。


 このままじゃあ不味いと思って昨晩の事を思い出して、俺の方での情報を提供する。


「俺の時は赤い月が出てきて、地面に変な召喚陣ってやつが浮かんできて、なんというか、天気を操る鬼みたいなのが出てきました」

「……そう。ありがとう雨崎君。場所はどこ? やっぱり自宅なの?」

「いえ、家の近くの公園で。ほら、昔七夕祭りがあった場所ですよ」

「七夕祭り?」


 む? と首をかしげてなんのことかしらと言わんとばかりの顔をする。あり? もしかして忘れているのか? 昔の事とはいえ自分が参加した演目の入った祭りの事なのに。


 思い出せるように簡単には説明しようかとするが、その前に先に夜名津の方が割って入ってくる。


「ああ、君の鬼が天気を操るって、だから『天鬼』なわけ? じゃあ君は我を操る……我を通す鬼だから我鬼?」

『だからそう言ってんだろうガ。『我は鬼』『我を通す鬼』。それがオレ、我鬼ダ』

「なるほどなるほど。そういうことね」


 なにやら納得したような口振りの夜名津。その流れのまま質問を投げかける。


「ちなみに聞くけど、その儀式にもし負けたらどうなるの?」

『あん? 知らねえヨ。召喚者を殺して成り代わって過ごすんじゃあねえノ?』

「え? いやそれないだろう。現に俺の場合、一方的にボコられたけどその後勝手に御札になったけど?」


 我鬼の言い分に俺は突っ込んだ。昨夜の俺とあの鬼の闘いは俺が勝ったなんて言える代物じゃない。一方的にボコられて死に掛けたのは俺だ。だけど、奴はとどめを刺すことせずに傷を癒して、御札になって俺に託したのだ。


 成り代わるっていうならあの時俺は殺されていてもおかしくない。あの鬼に俺は手も足も出なかったのだ。本当にそうなら俺はもう死んでいる。


「ってことは、この雨崎君は偽物である可能性があるのか」

「は、はあ!? い、いや、違うぞ! 俺は本物だぞ!! 皆して変な目をしてくんな!」


 夜名津の一声で全員から俺に対して疑いの眼差しが向けられてくる。慌てて誤解だと言うものの、テンパり過ぎてて逆に怪しいヤツの言動になってしまった。


「こういう時は一応本人しか知らないことを訊くべきなんでしょうね」

「……中学時代のバレー部の顧問の先生の名前は?」

「土屋、土屋隆治先生。理科系の担当で、眼鏡をかけた理系だけどスポーツセンスは抜群で、結婚している。娘さん大好きな子煩悩」

「合ってるわ」

「じゃあ、君が最初に好きになったロリキャラは?」

「化物語の千石撫子。ごちうさのチノちゃん」

「僕が聞いた限りじゃあ合ってる」

「え、あなたロリコンだったの?」

「……いや、違うんですよ! アニメとかだけ! 現実では普通です!」

『今一番コロしたいヤツは?』

「お前に関しては俺の何を知っているんだ!」


 三者三様の質問に答えると、まあまあと夜名津がなだめるように言ってくる。


「まぁ、ぶっちゃけさっきの話を聞いている限り『実力を示したら』なんて言っていたから勝利条件じゃないんだろうね」

『ぶっちゃけ、相性の問題だナ。まぁ召喚に応じた時点でその辺は大半は上々ダ』

「ならバトルの必要性は?」

『オレ達は〝鬼〟だゼ。チカラあるやつに従うのは当然だろうガ』


 常識だと言わんばかりの口振り。だが、その言葉は納得できる。強い存在はより強い存在に惹かれるもの。創作物の鬼は決まって強さが全てみたいな存在が多い。その認識で間違いはないんだろう。


 だが、それなら。なぜあの鬼は俺に従うことにしたのだろうか。一方的に翻弄されてなす術もなく敗北した俺と契約を結んだのは。


 昨夜のことを思い出し思考に耽っていると、夜名津から呆れたような声を溢す。


「……寝惚けているヤツに負ける鬼って、一体」

『いひひ。鬼の中の鬼であるこのオレを倒したんダ。お前がさいきょーダゾ、がのいち』

「まぁ、子供の頃に伊達に『鬼』『悪魔』とか言われていたしね」

「それは意味が違うだろう……」


 変な納得の仕方をする夜名津に突っ込みをいれると、特段気にした様子もなく夜名津は話を切り直してくる。


「で、話を戻すけど、僕は普通に鬼獄なんたらの話を疑って、なんだったらこの鬼の存在についても、もしかしたら中二病とイマジナリーフレンドでそんなことなってんのかなー。って思って。僕が正常か異常かを判断するためにも、ついでに話が本当なら敵味方判別兼ねてとりあえず、コイツを視認して反応した人間探っていたわけなんだけど……」

「その当たり判定が俺だったって訳だ」


 ここでようやくコイツがずっと我鬼を出していた理由を判明した。オタクのバカな妄想と疑心暗鬼だったのを俺という人間が存在を認知したことで、空想の一人遊びではないと証明したことになったと。


「そう、見事に君が引っ掛かったわけだ」

『マヌケマヌケ、おら、シねヨ! コロせヨ、がのいち』


 黙れ、と鬼に一喝する。


 今朝の件でも確認したが、俺も仕鬼祇使いになっているらしい。俺もあの御札から夜名津のように鬼を召喚できるってことか。


「どうやって出すんだ? 俺のって結局うんともすんともしないんだけど」


 手元の御札をピラピラと振って訊ねる。やはりうんともすんとも言わない。……もしかして契約結べてねえんじゃねえの、これ。実際俺昨日負けたわけだし。


 ここまで反応がないと、この御札(の中身?)は実は空っぽでした、なんてことあり得るかもしれないと不安を覚える。


 眉間に皺を寄せて不安げな顔を浮かべている俺に夜名津は言ってくる。


「こういうんだ『開け羅生門の門よ、この世は地獄。輪廻の輪を乱す者に鉄槌を、虐げし者に雷よ、我が暴力(チカラ)と契約し、仕鬼祇よ。現鬼』って」

「……マジでそれを言う?」


 めっちゃ中二病的詠唱召喚を告げられてきては同時に、こういうの本当にあるんだ、という驚きと困惑。榎先輩の方を見てこれで本当にいいのか? とだけ訴えると、榎先輩も『さあ?』と知らないのか、自分の知識とは違うものなのか曖昧な感じ。


 夜名津は真っ直ぐと死んだような淀んだ瞳を俺へと向けてくる。心なしか、普段の淀みよりか薄れているような気がする。


「僕が嘘をついたことがあるかい?」

「わかった、信じるぞ。『開け羅生門の門よ、この世は地獄。輪廻の輪を乱す者に鉄槌を、虐げし者に雷よ、我が暴力と契約し仕鬼祇よ。現鬼』!」


 ………………。


 何も起きなかった。


「まあ、嘘なんだけどね」

「お前、殴っていい?」


 しれっと嘘であることを告げてくるこのバカを本気で殴ってやろうかと殺意がわく。こいつの膝元で偉そうな態度でふんぞり返っている鬼はけらけらと『騙されてやがル、シねヨ』と高々に笑い転げている。


 隣で頭を抱えている榎先輩が言ってくる。


「道理でおかしいと思ったわ。契約前ならいざ知らず、契約しているのにわざわざそんなおかしな詠唱なんて必要ないもの。大抵は名前を喚べば出てくるもの」

「そうなんですか?」


 というか知っていたんならさっきアイコンタクト送った時に言って欲しかったんですが。


「だろうね、今のやつ僕が授業中に考えたヤツだから、あ痛て!」


 陰キャオタクに中二病によく効く頭のツボをグーで押してやった。


 はぁ~、と溜め息を吐きつつ、取りたくない確認を確かめてみる。


「あのさ、こういうこと言いたくないんだけど、もしかして俺って契約失敗(ミスった)系? バトル負けたわけだし」


 胸に抱いていた可能性を口にしてみる。だけどそれはあっさりと夜名津から否定される。


「それはないんじゃない? 鬼は同じ仕鬼祇使いか、霊感のある人にしか見えないらしいし。ようは妖怪だからね。これもさっき聞いた。というか今朝の先輩の反応を見て初めて知って、聞いた」

『仕鬼祇使いで見えるようになったやつと、元から霊が見えているヤツの違いなんていちいち説明しねえーッテ。しらねえヨ、おら、その女もコロせ! 女はコロすもんだろうガ!! コロせヨ、がのいち』

「で、確認しますけど、あなたは違うんですね?」


 我鬼の話を無視して、榎先輩へと訊ねる。先輩は首を横に振って否定する。


「ええ、違うわ。霊が見えるのは生まれつき霊感があるの。家柄として、巫女としてこの地を守る防人としての力を持っている」

「逆に君は昔から鬼とか妖怪とか幽霊とか見えたことは?」

「夏の肝試しの恐怖体験含んでいいか? 持ってねえよ」

「肝試しとかは本人の資質云々じゃなくて、場所的な霊脈や人の恐怖による虞魂や呪力によって一時的なスポットとして機能が働いて見えたりするの」


 冗談の皮肉の意味で霊感がないと告げると、横から専門家として捕捉なのか、そんなご教授を承った。


「雨崎君、君が鬼を呼び出せないのはあなた自身の霊力に問題があるのかもしれない」

「まぁ、霊感が元からないわけですし」

「いえ、そういうことじゃなくて」

「?」


 身も蓋もないことを言い返してみたら、榎先輩はそういう話ではないと困った顔をされる。どう説明するべきかといった具合に頭を悩ませている。


「それ言うと僕も霊感ないよ」

「お前はあるだろう。というよりかなんか死神とかそういうのに取り憑かれているタイプだろ」

『契約ではオレ以外は取り憑いてねえゾ、いひひ。よかったナ』

「契約関係じゃなくて取り憑いているのか。まぁいいけど」

「契約にしろ、取り憑いているにしろ、どちらでもいいわ。雨崎君、あなたは鬼を出せないこと自体いいことよ」

「いいこと?」


 俺達のおふざけに注意するように割って入ってきた榎先輩の言葉を聞き返すと、改まった雰囲気を醸し出していた。それは一言に怒っているという空気というよりも、年上としての責任、本気の忠告といったもの。


「いい、今すぐそれを捨てなさい。あるいは私に預けなさい。鬼を使った、大きな儀式なんて危険なものよ。わざわざ私が注意しなくてもそんなことは分かるわよね?」


 と、俺の目を見てそう促してくる。真っ直ぐと向けてくる真摯な紫色の双眸。言うことを聞きなさい、というような上から圧をかけてくるものではなく、心配から来るものだと伝わってくる。


 ああ、分かっている。榎先輩からこんな風に言われなくてもこいつが危険な代物だってことは。昨夜、一方的にやられて、殺されかけて、命の危機というのは十分味わった。


 元々、俺はこの御札を榎先輩にお祓いを頼もうと思っていたんだ。それをあちらから渡すように言ってきてるんだ。断る理由がない。


「先輩、お願いします。コイツは俺の手には余ります」


 俺は榎先輩に御札を素直に渡すことにした。先輩はええ、と頷いて天鬼の御札を受け取った。


 それを見ていた夜名津が、ふぅーんとどうでもよさそうな顔をしつつも何か言いたげな様子だ。


「なんだよ、文句あるのか?」

「別に。君と組もうと思っていたからね。やる気がないならしょうがないよ。命が危ないしね」

『くきき。オンナ、いいこと教えてやるヨ。それを持っていたところでお前には使えねえヨ。使えるのは選ばれし者、契約を結んだ相手だけダ』


 我鬼は嫌な笑いを溢しながら嫌味たらしく榎先輩には使えないことを告げてくる。榎先輩はふん、と鼻で笑って流すようにして言い返す。


「おあいにくさま、最初から使う気はないわ。というか、あなた」

『あん?』

「鬼の方じゃないわ! あなた、我一君の方!」


 榎先輩は、今度は夜名津の方に体を向けてくる。さっきからずっと思っていたことだが『我一』と下の名前を呼んだのは我鬼に釣られてなのか。夜名津も、え? とまさか自分に矛先が向けられてくるとは全く考えてなかった反応。


「あなたもこの札、その鬼を召喚している御札を渡しなさい。私の方で管理させてもらいます。一般人に鬼のチカラなんて危険なものそのままにしておけるわけないでしょ。今朝の約束は守ってくれたようだけど、いつ暴走するか」


 夜名津相手にも鬼の御札を預けるように告げてくる。小うるさい口調だったけどこれも心配からくるものだと伝わってくる。


「あ、いや、別にいいです」

「なっ!」


 それに対して夜名津は断った。その返答が予想外だった榎先輩は驚きの声を上げる。


「おい、夜名津、お前な!」

「いや、別にさ。……最悪預けてもいいよ。だけど君にとっては信頼ある人かもしれないけど、僕にとっては初対面の相手だから……こう言っちゃあ悪いけど、信頼できない。……本人の前でこう言うのもなんだけど、もしかしたら、この戦いの参加者で騙して戦力失ったところを殺しにかかるかもしれないって、あり得そうなことが起きるかもってこと」

「って、お前な……!」


 夜名津が馬鹿げた話を持ち出してきて言葉に詰まる。が、すぐにそれは考えすぎだと呆れる。


 確かに夜名津の言う通り、俺と榎先輩は中学の頃から付き合いでそれなりに信頼はある。高校になって出会い、半年程の付き合いの夜名津よりも、どっちを信頼するかって話をされたら夜名津には悪いが、榎先輩の方を信じる。


 それくらいに信頼感はある。少なくとも、さっき嘘の呪文を教えたヤツよりかはマシ。それで信頼の天秤が傾いたのが一番の要因ではあるが。


 榎先輩の方をみる。と、先輩もそんなことしないわよ、と言わんばかりの表情を浮かべて小さく溜め息を吐いていた。この様子からして夜名津の考えは的外れだと分かる。これが演技なら女優を目指せる。


『おっ、おっ、おっ! コロす? コロす? コロすカ? がのいち』


 唯一、一体だけ、我鬼は今日一歓喜の声を上げては夜名津に甘えるようにして抱きついては悪いことを誘う、文字通りの悪魔の囁き……にしては大きな声だが、我鬼はニヤニヤと騒ぐ。殺さないよ、と反論して宥めつつ、夜名津は続ける。


「いや、僕もね。最悪渡して殺されても別にいいんだよ。うん、死んでもいいんだよ。でも、どうせなら裏切られて死ぬのなら『あ、この人になら裏切られても殺されてもいいや』と思った人の方がいい。僕にとってあなたには裏切られて殺されるよりかは、騙し討ちで殺された方がいい」


 いつものよく分からない自分ルールを出してきては面倒臭そうに説明してくる。


 いや、裏切られても殺されるのと騙し討ちの違いは殆んどないんだが。


 そう突っ込もうとするが、その前に何やらぶつくさと言いにくそうにしており、やがて開き直った調子で言ってくる。


「このゲーム、……儀式? 何でもいいけど、別に長生きしたくないしさ。……ああ、面倒くさい。ぶっちゃます。僕はこの戦いに参加するのは死んでいいや、との気持ちです」

『はあ!?』


 話している途中で面倒くさくなった夜名津は結論を口にする。それに声を出して反応したのはパートナーである我鬼だった。が、声に出したのが我鬼なだけで夜名津の一言に驚きはこの場の全員のもの。


 爆弾発言。死んでもいい、と。儀式の犠牲になってもいいと吐いたのだ。


 おい、冗談だろ、がのいち、ふざけんナ! と荒れてバチバチと叩く我鬼の手を受け止めて面倒臭そうにハイハイと対応する。


 俺も一言言ってやろうか、と口に出さそうとするがそれは阻まれた。隣から発せられる、押し潰すかのような静かな圧が合ったからだ。


 榎先輩は先程まで夜名津へと向けていた眼差しは変わり、表面は硬く、同時に無機質を見るかのような冷たいものへと変わる。


「……君は一体何を言っているの?」


 その声はすごく冷えきったものだった。一瞬、榎先輩の口から零れたとは思えない異質な声。少なくとも、今までの付き合いで聞いてきたものとは違う。


 思わず、ゴクリ、と生唾を呑み込んでしまう。俺は動いてもいないはずなのに、一歩下がってしまった感覚を覚えてしまった。


 榎先輩が放つ空気に、夜名津は相変わらずの調子で答える。


「……凄んでも無駄です」

「純粋に怒っているのが分からないのかしら?」

「……はぁー。まあそうですね。僕が悪いです」

「なーなーの態度で謝って話を逸らそうとしないで頂戴」

「…………」


 黙り込む夜名津。どう言うべきか考えているのかもしれない。榎先輩はその様子に険しく睨み付けては、やがて口を開く。


「死んでもいいってどう言うことか分かっているの? そんな子供みたいな態度をとって。死にたいなら勝手に自殺するなり難なりするといいじゃない!」


 榎先輩の言い方は叱りつける言葉であり、同時に少しだけ冷たいもの。そりゃあそうだ。会ったばかり人間が命を賭けるかもしれない危険の儀式に対して『死にたいから』という理由で参加するというのだ。訳の分からずに困惑と同時に怒りを覚えて当然だろう。


 二人のやりとりはまるで先生と子供の図の光景。見ているこっちが痛々しくてしょうがない。


「……自殺で片付くなら簡単なんですよ」


 ボソッと呟いた。俺にも先輩にも夜名津の言葉は聞き取れたがその意味を聞き返す前に夜名津は口を開いて進める。


「確かに僕は早く死にたい、っていう子供じみた動機で参加しますよ。ですけどあなたにとやかく言われる筋合いはありません」


 言いきった夜名津に対して、堪忍袋が切れたように榎先輩は立ち上がり、夜名津に対して首元を吊り上げるようにして起こし上げハッキリと告げてくる。


「いい年した男が甘ったれたことを言ってるんじゃないわよ」


 今にもビンタの一つでも飛んできそうな勢いの榎先輩。


 夜名津の顔が曇ったのは接近した榎先輩によって影ができたからだけじゃないだろう。



「―――」



「ま、待て、夜名津! 先輩も! すいません、こいつ、根暗野郎だから。こっちで言っときますんで!」


 夜名津から放たれた不穏の雰囲気。


 絶対的なまでに関係を壊すほどの亀裂を走らせる致命的な一言を吐こうとするのを察した俺は無理矢理遮って、二人の間に立ち夜名津の頭を下げらせる。


 夜名津も俺の顔を立ててくれたのか、一先ず言葉を飲み込んで「すいません」と頭を下げる。榎先輩は少し考えるように瞑目して、こちらも溜飲が下がったのか頷く。


「こちらも言い過ぎたわ。……いいわ、あなたの鬼について勝手になさい。ただ私は何も責任を取らないわよ」

「ええ、分かってます。元々頼む気もありませんでしたし」


 売り言葉に買い言葉。再び二人の間に一触即発の空気が淀んでくる。また俺が仲介して諫めようとするが二人はそれ以上何を言わず夜名津が顔を逸らし、その態度に榎先輩は眉をピクつかせている。


 おいおい、最初は漫画で気があっていたんだから、仲良くしようぜ!


「あの、ずっと気になっていたんですけど防人について訊ねても?」


 空気の流れを変えようと俺から話題を振る。だが、これはずっと気になっていたことだった。


 話題を振られたことで気分を切り替えたのか、それとも空気読んでくれたのか、榎先輩は俺の質問に答えてくれる。


「祖母から受け継いだ、この土地を守護するという防人としてお役目。この土地って霊脈があって霊体を寄せ付けやすい土地なの。土地で起こる異変とか対処するのが私のお役目。漫画で例えると結界師の烏森の地とそれを守る墨村と雪村と一緒よ」

「地下に中心丸でも封印されているんですか?」

「違うわ、普通に地脈として意味が強いわ。学校という一部的じゃなくて街のあちらこちらにパワースポットが存在して散り散りに広がっている感じね」


 夜名津の質問に榎先輩丁寧に答えてくれる。……何故、漫画の話題になるとちょっと仲良くなるのなんなの? いや仲がいいことうれしいけど。


 なるほど、そうだったんだ。と頷いている夜名津の背中には我鬼が抱きついて気味の悪い声を漏らす。


『いひひ、知ってる。だからこの土地は鬼獄呪魔に選ばれタ。じゃなきゃあ俺達を喚ぶことはできないからナ。いひひ』


 我鬼は不気味に嗤う。


 この土地に選ばれたのは地脈が関係している? どういうことだ? 単に鬼が召喚しやすいってことか、あるいは他にも理由があるのか?


 なんとなく気になるニュアンスに疑問を抱いて聞き返そうとすると、我鬼の口元に手を起きて遮って黙らせた夜名津はゆっくりと立ち上がる。


「では、失礼します。僕から話せることはこのくらいです。僕は適当にこの闘いに参加するんで、安心してください。別に誰かに迷惑かけることはしないんで」


 そう言って夜名津はこの場から立ち去ろうとする。「おい、待てよ」と慌てて呼び止めるが、夜名津は「これ以上怒らせるのも、怒られんのも互いに気分が悪いでしょ」と言って夜名津はこの場から立ち去ってしまった。


 後を追うべきかどうか迷ったが、今のあいつに話しても意味がないだろう。とりあえず頭が冷えるのを待つしかない。


 夜名津が消えて、俺と榎先輩だけが残る。と、榎先輩ははぁー、大きなため息を漏らしてはどうしようもない存在に対して呆れ果てた調子で言う。


「彼、本当にガキね」

「すいません、基本的にマイペースの自分ルールで生きているヤツなんで。悪いヤツでは、たぶん、ない……と思います?」

「最後の方疑問系じゃない」


 正直、夜名津については分からない。何を考えているのかも、何を思っているのかも、よく分からない。ゲームとかアニメ、漫画といったオタク面で気が合って友達になったけど、学校の一緒のグループというわけでもない。


 そう、一緒のグループの友達じゃない。


 俺には俺の活動グループはある。夜名津は二年に入ってオタク会話とかできるから仲良くなったが、そこからグループに入るとはまた違うものがある。


 友達とまた別の友達。二つを繋げて友達の和を広げよう、といった小学生の理論はなく。俺と夜名津はノリが合っても、俺の友達と夜名津のノリが合うとは限らない。アイツのノリとセンスは人を選び過ぎるところがある。


 俺や香久山先生のように、面白おかしなヤツと受け入れられればいいが、大半が榎先輩のようにおかしなヤバいヤツの認識としか知られない。


 人間、付き合い方次第でだいぶ印象が変わるんだけどな。


「あいつは、ただ『夜名津我一』なだけなんですよ。そこらへんで割り切って付き合うしかないってことですね」


 とりあえず俺にできる精一杯のフォローの言葉をかけておく。普通の人としてではなく、『夜名津我一』という一人の人間として接した方がいいと。


 ふぅーん、そうなの。と榎先輩は言葉が伝わったのか伝わらなかったのかよく分からない生返事で俺の言葉を頷きつつもため息を吐いて言ってくる。


「ああは言ったけど。あなたと同じ保護対象よ、彼。もちろん彼本人が何か危険なことをやらかそうとした場合は責任を持って私が相手をします。だけど、彼が鬼の力に飲まれそうになったり、他の仕鬼祇使いと戦うようなことがあるなら私は助けるつもり。それが私の役目」


 夜名津とは敵対するような仲違いし、冷たい態度を取っていた榎先輩だが、彼女の使命、そして、彼女の性格上夜名津を見捨てるということはない。


 よかった、そういう所は俺の知っている先輩だ。


「そうしてあげてください。アイツに任せたら一体何をやらかすのか分からないですし」


 そう言って話は終わり、黙り込んでしまい俺達の間に奇妙な間が空いてしまう。


 ……不味い、話す話題がない。


 現状起こっている自体の異変について、訳知り顔の夜名津と専門家の榎先輩、そして何も分かっていない俺の三者において、二人があれやこれやと会話をしてくれたおかげで俺は聞き手に回れていた。


 だけど、夜名津が抜け、そして俺が元々予定していた天鬼の御札も榎先輩に預けたことで話はある意味終えてしまい、もう話題がない。


 じゃあ解散しようか、感の空気が充満している。お開きにするべきか?


 などと考えていた、榎先輩の方から切りだしてきた。


「雨崎君、今日の放課後時間がある?」

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