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VS多鬼 其の弐

「先日の事件で恥ずかしながら私の力不足を痛感したわ。正直あなた達がいなかったら被害はもっと出ていた可能性があるわ。……ええ、そうね。まずは感謝の言葉が先ね」


 事件の終息に一役買って出てくれてありがとう。


 と、先輩は深々と頭を下げてくるのに、俺が慌てていえいえといった俺達の方が世話になったし、助かりました、と言い返す。隣で夜名津もうんうん、と頷く。


 そのことに先輩は少し安心したように頬みが一瞬だけ浮かぶが、すぐさま真剣な表情を取る。


「けれど、同時にあの事件で今回の件がどれだけ危険なことなのか、あなた達も肌で痛感したでしょ」


 肌で痛感した、というよりも胸の内にどっかりと重いものがのしかかってきた。平常心こそ保っているが、肉体よりも精神的に結構ダメージがデカかった。


 昨日の夜に部屋に一人でいた時、ふと吉成君の事を思い出しては悪寒のようなものが走って、声を殺して泣いてしまった。吉成君はどうしてああなってしまったんだろう、他に打てる手はなかったんだろうか。


 もし、これが漫画とかなら、吉成君は立ち塞がるにっくき敵の一人でしかなかったんだろうが、実際に対面した身としてはそうは割り切れない。


 それに吉成君のことだけではない。学校の皆も……実際に死人がでた。現実に助からなかった人がいたんだ。それだけで俺の精神は苛まれる。


 やっぱり俺には漫画とかの主人公って役割は向いていない。元々、御札を先輩に預けて保護してもらう予定だったんだ。その癖、天鬼のチカラを使えるようになって、少し調子乗っていた。バカが調子乗ると痛い目に合うのは当然だ。


 今日呼ばれたのも、今礼を言われたが、おそらくこれ以上無闇に首を突っ込まないで大人しくしてろ、との忠告ために呼ばれたんだろう。


「防人として、一般人であるあなた達にはこの件には手を引いて欲しいと最初の方は考えていた。私だけの事件を処理するつもりだった」


 ………あれ?


 出だしこそ予想通りの内容だと思っていたけど、続く言葉に雲行きが少し怪しくなっていくのを感じる。先輩は躊躇いを覚えつつ、意を決したように告げてくる。


「お願い、あなた達の力を貸してほしい。この事件を収めるためにあなた達の協力が必要なの。勿論命の危険が纏わりつくことは重々承知しているわ。でも私一人の力ではどうすることもできない……だから恥を偲んで……お願いします」

「…………それって、また戦うってことですか?」


 頭を下げる先輩。少し間を開けつつ、不安を覚えながら確認を取る。


 いや、元から協力自体要請されていた。だけどそれは身の安全を保障することと引き換えに儀式の参加者として何か分かっていることの情報を提供することだった。


「……ええ。事件の全貌がまだ何も見えていない。おそらくまた戦う可能性がある。この間のようにあなた達の方が私より先に事件に巻き込まれることだってあり得る。私が間に合わず護り切れない可能性があるわ」


 確かにあり得る。先輩でも四六時中ずっと一緒に俺達の傍にいれるわけではないだろうし、町で起きているらしい事件は他にもあると言っていた。その調査にだって出るわけだ。


 その際、先輩は一人でまた吉成君のような人間と闘い、そして学校の皆のような多くの犠牲者が出るかもしれない。その時、もし俺が何もしないで自分の身が可愛くて、隠れて事件から目を逸らしていたら俺が助かっても、また多くの人が死んでしまうかもしれない。


 少なくとも俺は戦える。天鬼のチカラを借りて、天之命を握って振うことで誰かを助けられることができるなら。それなら!


 結局のところこの儀式自体安全圏や自分だけ辛い道から逃れて助かるなんてこと俺にはできない。


 …………腹をくくるか。


 闘う覚悟を決めて彼女の要請を請け負うとした瞬間、隣から手を上がり告げられる。


「あ、なら一つだけ条件良いですか?」

「何かしら?」


 夜名津が何やら条件があるようで榎先輩は構える。一体何だ、と俺も気になり奴に注目をすると夜名津は口を開き、大したことではないような調子で告げてくる。



「僕はこの事件、僕の創りたい作品の取材としてこの事件に関わり、あなたに協力します。だから、作品作りに関してあれこれ文句を垂れないでください」



「「……は?」」


 かなり予想外の、最初何を言ってきたのか全く理解できないことを言われた。


 は? 創作? 取材? 文句を垂れるな? ……はあ!??


 あまりにも自分勝手な、場違いな一言に困惑を隠せずに言葉詰まる俺達に、夜名津は「あ~」と言いにくそうな、やっぱりそういう反応するよな、と分かり切ったような気まずそうな声を漏らしながらも続けて言ってくる。


「いや、だから。僕って創作活動をしようって思って、その作品のモデルにこの事件について取材します。だけど、そうするとやっぱり『不謹慎だ』とかのそういった批判がありますよね。それをやめてください。あ、作品として感想として批判は構いません。僕が影で泣くだけですから」

「いや、誰もそんなことを聞きてえんじゃねーよ! いや、ほんとお前何言ってんだよ! 馬鹿なのか! 人が死んでんだぞ!!」

「……インスピレーションってやつかな? なんか、こう、湧いてきたっていうか、なんか頭の中であ、こんな感じの話書きてえーってね」

「お前なあ!」


 前から変なヤツ、おかしなヤツ、やべー奴だとは思っていたがそれでも人が生き死に関してはだけは真摯なヤツだと思っていたのに、それなのに、コイツはあの事件を創作活動の題材にしたいって、いったいどういう神経してやがる!


 大声でそう叫ぶと夜名津は何を考えている分からないいつもの表情で向き直る。


「別にお前の創作活動自体批判してねえよ、お前がやりたかったことは知っているからな。だけど、この状況でこれをモデルにするのはダメだろ!」

「……一応、話自体は僕が書きやすいように変えてあるよ」


 その返しは譲る気がないと告げてきている。我を通すことだけはコイツは一線を退かないことは知っている。普段なら俺が折れて譲っている所だが、今回のは流石に譲れない。


 睨み合う俺達。ある意味初めての夜名津との対立。


 俺達の間にビリビリとした一触即発の空気が支配する。


「……なに、ノンフィクションの漫画か何かを創る気なの?」


 割って入るように先輩から怒りとも困惑とも取れる絶妙な声色で訊ねてくる。夜名津の真意を確かめるつもりなんだろう。夜名津はいつも調子で返す。


「ノンフィクション、とは少し違いますね。僕としてはあくまでもモデル。話の内容は僕が創りやすいようにしますし、気に入らないことがあったら絶対に入れませんね。あくまでも形やガワが僕としては欲しいんです」


 といって、夜名津はスマホを取り出して、何やらスマホのアプリを起動させてはそれを榎先輩へと差し出す。榎先輩は訝しげにそれを受け取った。そういえばコイツ、俺が来るまで神社の前で何か弄っていたな。


 榎先輩はスマホの画面を覗いては眉を顰めてそれを読み上げる。


「えーと、『主人公(仮)はある日、京都に単身赴任中の父から不思議なデバイスが届く。同時に世界中に悪魔や妖怪達に出現する。主人公はデバイスのチカラで戦うことなり、どうして世界にこうなってしまったのか、そしてどうして父はこのデバイスを送ってきたのか、それを知るため友人達と共に京都を目指す。まずは福岡を目的に目指すと福岡では吸血鬼が支配していたエリアだった。何とか吸血鬼を退治して、船を使い、九州を脱出。山口に到着した(プロローグから第一章終了)』」


 ……思ったよりもこの間の事件とは違う話だった。抑えているポイント自体は俺達が知っている程度で話自体はまた別のものと呼んでいいだろう。


「……なにこれ、メガテン? いや、メガテンって程じゃないけど」


 読み終えた先輩は自分の記憶を照らし合わせるように言ってくる。夜名津は首を横に振って返す。


「僕ってメガテンってやったことないんですよね。ゲームだとデビルサバイバー。漫画はデビチル。アニメはペルソナ視てますけど」


 正直、二人が何の話をしているのか分からない。多分ゲームなんだろうけど、俺はゲームをほとんどしないから付いて行けない。分かったのは唯一アニメで視たペルソナくらいだ。


 榎先輩は夜名津の馬鹿な提案に怒りを覚えているのか、さっきまでの懇願はどこへやら暗く顔を落としている。


 馬鹿、お前、マジで怒らせるなよ。その人怒らせると静かに笑うタイプなのに、マジ切れする人の空気になっているじゃん! 俺が怒るのとは訳が違うんだぞ。


 先輩が一体全体今どんな心情なのか、不安を抱きながら彼女の様子を窺う。


「(本当に何を考えているの、この子!? 一度は死にかけといてこんな。……でも、この子の性格を考えるとおそらくここで断れば、また一人で別行動して事件に首を突っ込むはず。……冗談じゃないわ。例えいくら頭がおかしな子でもこの地を護る防人として人の命を見捨てるわけにはいかない! それにあの霊能力の素養を監視しておかないと、いつ怨霊士として堕ちるか分かったもんじゃないわ)……いいわ。認めます」

「いいんですか!?」

「え、いいんですか?」


 まさかの許しが出たことに驚く俺と意外そうな夜名津。頭を悩ませて文字通りに目を瞑って。ええ、と渋々と頷きながらも、ただしとこればかりは譲れないラインを言ってくる。


「ただし創作自体は認めるけど、内容はこちらで拝見させてもらうわ。いくら取材とはいえ何も配慮されていない状態のあまりに不謹慎な内容だったら、その場で破り捨てるから覚悟しなさい!」

「流石にそこまで空気を読めないことはしませんよ」

「「((もうそれをする時点でやっているんだよ)のよ)」」

 夜名津の一言に俺と先輩の心情が重なったのを感じる。

「まあ、許可は下りたから僕はなんやかんやでやるけど、君は?」


 許可を下りたことで雑に流すように俺へと振ってくる。


「……まあ、この程度なら別に。話自体も色々と突っ込むところがあるけど。自重は多少あるみたいだし」

「大丈夫、敵の吸血鬼は可愛い女の子だ。むさくるしいオッサンじゃない」

「そこは心配してねえよ。というか吉成君は別にオッサンじゃない」

「というかそっちの話じゃなくてさ。君はこの事件に関わるつもりなのかい?」


 どうやら最初に訊ねてきたのは「君は?」は創作に関してではなく、事件の方に協力するかどうかだったらしい。


 もちろん、やるに決まっているだろ、というか言う前にお前が邪魔してきたじゃねえか。と口を開こうとするが、その前にまた先に話をされる。……コイツ、俺に話させる気ねえじゃねえの?


「別にいいんじゃない、やらなくても。保護してもらえば。また学校でテロリストごっこしたヤンキーみたいな人と闘うことになるかもよ、僕的にはただの御礼参りに来たいい年こいたヤンキーだけど、君にとっては友達だったんだろ? この間、相当辛そうに戦っていたし」


 口こそ悪いがそれは夜名津なりの俺の事を慮ってか。そういえばあの時も最初、俺と吉成君との戦いのマッチングを拒否って買って出た。……まあ吉成君の身体を乗っ取った血鬼とは戦う羽目になったけど。


 ……なぜ、その辺の気遣いはできるのに、この事件をモデルに創作活動しようと思い至って行動するのか、そこが分からない。


「……それならお前だってそうだろうが。今回はたまたまだけど、この事件で知り合いと闘うことになるかもしれねえし、もしかしたら大切な人が死ぬかもしれねえだろ?」

「え、僕、君と阿尾松君しか友達いないし。阿尾松君も入院したしさ。折角できた友達が死ぬとか嫌だし」

「……………………お前はほんとうに、もう、よ」


 悲しいやら嬉しいやらなんやらの複雑な感情が沸いてきて、言葉が詰まってしまう。どうしてこいつは、こう、……なあ!


 気持ちを御して冷静になっては目だけを夜名津へと向けて返答する。


「俺以外、誰がお前のアホな暴走止めるって思ってんだよ。それに吉成君みたいな人間いるなら放っておけねえし、それでまた誰かが傷ついたり死ぬのも俺は嫌だ。例えばお前だろうとな!」


 夜名津にそれだけ告げては、榎先輩の方へと改めて向き直って真っ直ぐ彼女の瞳を見詰める。


「先輩、俺も協力します。コイツとは違って真面目です。吉成君みたいな人は今度こそ止めてみせますし、友達や誰かを傷つけさせることなんてさせません」


 本心を告げると、榎先輩はそれを受け止めたように深く頷き、ありがとう、と零す。そしてすぐさま気持ちを切り替えて話を本題へと移す。


「じゃあ早速、あなた達にやってもらいたいことがあるわ」

「分かってます。あれですよね、一つの事件に解決したことですし、それでやることは―――僕達の決め台詞を決めるんですよね?」

「刀語のノルマやめろ」

「……戦い方について覚えてもらいます」


 夜名津と俺の漫才を無視しつつ、先輩は言い直す。


 戦い方について覚えてもらう。


 この儀式に参加する上で必要最低限の強さが必要だとはわかる。けど俺に関しては天鬼のチカラがあるからそこそこ戦える自信があるのだが。


「この間の戦いで幾つか分かったことがある。雨崎君は鬼のチカラを使いこなせずに体力バテ、我一君に関してはたまたま火事場の馬鹿力で巫力を無理矢理引き出したけど、血鬼に有効打を打てなかった。二人とも基礎ができていないわ」


 この間の戦いに関して指摘してくる。確かに俺は終盤体力切れでピンチになった。天鬼《天之命》の天気を司るチカラは確かに強力なものだ。だけど使い手の俺自身が上手く御していなかったから追い詰められたと言われれば否定できない。


 ……力の使い方と実戦経験が足りないってヤツだろう。


「まず、あなた達には霊力についての最低限の知識と使い方について教えます」


 水性ペンを取り出してホワイトボードに何やら書き出していく。『魂』を中心に『霊力』、『巫力』、『呪力』の三種を書き足していく。


「まず人間には三魂力と呼ばれている霊力、巫力、呪力の三つ力のチカラが存在するわ。魂からそのまま浮き出たチカラのことを霊力、徳が高く、戒め、高潔さから生まれるのが巫力。恨みや怒りと負の感情から生まれるのが呪力。この三つがあるわ」


 霊力、巫力、呪力。漫画だとよく聞く用語だ。漫画とかだと大体この手は『霊力』の一言で統一されて、強さの強弱や性質で識別するよな。


 霊力三種にさらに何やら数字を書き足しされる。霊力が『60』、呪力が『30』、巫力『10』の100の割合。


「通常の人間はこの三つの比率は霊力が60、呪力が30、巫力が10の形となっているわ。勿論人によって比率は異なってくることはあるけど、大半はこの形」

「なんでですか? それは平均的な意味ですか? それとも……えーとなんていうんだっけ? こういう時……まいいや」


 夜名津が気になったのか、上手く言葉を出そうとするが、結局思いつかなかったようで諦めた。榎先輩はその質問は来るものだと分かっていたとばかりにすぐに返す。


「言いたいことは分かるけど、一般的な比率の形はこれくらいだと思って頂戴。理由としては人間の感情の起伏として形。魂として、生まれ落ちた人間の大半は喜怒哀楽といった当たり前の感情と、善悪の区別。所謂一般常識や普通として形の許容範囲はこの霊力が面しているの」


 普通の人間性として側面。……つまり誰も持ち合わせている社会的な規則や秩序に従い、人が人として常に持ち合わせている感性的な部分、常識を指しているのか。ならば霊力が一番多いことは頷ける。


 人間は社会性の生き物だ。知恵があり、感情があり、常識がある。そういった当たり前を持っていないと人は人として生きていけない。


 故に霊力は人の魂における常識的な社会性といった部分が反映されるという話なんだろう。


「次に呪力に関しては所謂、恨みや怒り、嫉妬といった負の感情、悪の面。それが行動などに移る部分に強くうつるのが呪力。人間誰しも何かに怒り、不満を持つもの。それの度が過ぎたらカッとなって暴力や貶めるといった悪意的な行動になってしまうわよね。そういった行動のしやすさ。魂として表したら30は秘めていると考えられる」

「正直僕にはもう少し多いと考えますね」

「…………人間は負の面に染まりやすい特性があるものね」


 皮肉か、あるいは本音なんだろう夜名津がそう口にすると、榎先輩は少しだけムッとした調子になるが、息を吐くようにしてその意見には肯定を示した。


「最後の巫力はその逆で理性のこと。よく勘違いされるけど、巫力は呪力の逆というだけで……所謂良いことや優しさ、という正当な面が反映されると思われるけど、正確には違うわ。巫力は戒めるや許すといった徳の高い魂を巫力と反映されるの。呪力の説明で例えるなら、自身がしてしまうような度を越えた悪意を抑える理性といった面。悪意に傾きそうになったとき感じるのは霊力という常識よりも強い理性が働くことを巫力として指すわ」

「そうなんですか? あ~、でもなるほど」


 これについては驚かされ、関心する。言う通り、普通呪力の、悪意の逆と考えたら親切や他人へと慮る心といったものが強さのことを指すのだと思うがそれは違う。いうなれば、悪いことする時に『してはいけない』という抑制や『やってしまった』という顧みた時に起きる反省のことを指すんだろう。


 なんとなく意味合いを自分なりに解釈してその内容を面白い話だなと思っていると、隣でまた夜名津が皮肉気に言ってくる。


「パワポケでも正義の反対は別の正義、あるいは慈悲や寛容って言ってましたしね。割合として呪力が高いのは。人を傷つけたいという人間の本能が、それを抑える理性が弱いって考えですか?」

「……ぱわぽけっていうのは知らないけど。ええ、残念ながらそうよ、人は弱いもの」


 夜名津の趣味の発言に戸惑いながらも、榎先輩は少し開き直ったような調子で返す。


 人は弱い生き物。性悪説か。人は生まれながらにして悪を秘めているという話。確かにこの魂の三力に均等と理由を知るとその節が正しいということを考えてしまう。


「(それでもやっぱ、霊力50、呪力40、巫力10のように思えるな。なんだったら、霊力30、呪力60の割合でもおかしくない。僕が今まで出会って来た人間達のことを考えるなら)」


 夜名津は手を支えに何かを考えるようにしてそっぽを向く。


 まとめるとね、榎先輩は口に出しては例えを口にする。


「そうね、例えるならからあげにレモンにかけることや酢豚にパイナップルを入れることは誰だって許されない外道なことでしょ?」

「ああ……え? ん?」


 え、ちょっと待ってこの人今なんて言った?


 突然の話の方向性が明後日の方に行ったことに困惑を隠せない。けれど榎先輩は力説するようにさらに続ける。


「それに対して声を荒げて『こんなもの食えるか!』とちゃぶ台をひっくり返して料理を粗末にする人は呪力の面が強い人と呼べるわ。逆にかけた人や作った人に対して『そこはみんなの意見を聞こうよ』『半分だけかけようね』『パイナップルを入れるな』と優しく諭してあげるのが巫力が強い人。そして普通は黙って食べてあげるかパイナップルを避ける。こういうことをする人が霊力が強い人よ」

「………その例えで合っているんですか?」

「(僕だったら黙って食うな)」


 なんか急に話がしょぼくなった。さっきまで真面目な人間の魂の在り方から分けられる三つのチカラの理由の解説だったのに、具体的な例えられたら急に今までの話が信じられなくなった。


「だって、パイナップルって人の食べるものじゃないでしょ、あれ。同じ理由でキウイも同じよ」

「それは先輩の舌が刺激に弱いだけでは?」


 例え話のようで単にこの人、好き嫌い問題なのでは?


 中学の頃、部活の休憩とかでハチミツ檸檬や梅干し自体は食っている所は見たことあるけど、刺激系果物が苦手だったのか。いや、単に食べ合わせの問題なのかもしれない。


 俺の突っ込みを無視して、先輩は話を戻して夜名津へと話しかける。


「で、我一君。君、今日はあの鬼、我鬼はどこに」

「いますよ。ただ神社っていう神聖な場所だから悪鬼がいるのはどうかと思って、御札にしています。出そうと思えば出せますけど?」


 そういえば今日はまだ見てないなと思っていたがそんな理由でしまっていたのか。てっきり家に置いてきたとばかり。狙いがあったとはいえ、この間までずっと我鬼を外に出していたから俺の天鬼とは違って、ずっと外に出しているんだとばかり思っていたんだが、アイツも御札に戻せるんだ。


 何故か変なところで気を使うヤツだ。


 出した方がいいですか、と訊ねる夜名津に「別にいいわ、余計なことしか言わないもの」とバッサリと断る。どうやらこの間のやり取りで我鬼のことが相当キライな様子だ。相性悪そうだもんな。


「おそらくだけど、仕鬼祇は三魂力の出力の仕方次第で鬼が出る形が変わると思われるわ。まず霊力の出力として雨崎君。君の刀のような武器として形として現れる『霊力型』。次に吉成君。彼は呪力の出力で体内へと宿してその鬼を半受肉させて肉体が変化系する『呪力型』。そして最後に、我一君。君は巫力を出力することによって鬼そのものを顕現させている『巫力型』。本来なら識神として一番その形が正しいもの」


 戦いの中で分析したのか、確かに俺の天鬼は刀として発現して、吉成君は自分自身に鬼を宿して、そして夜名津は我鬼そのものを召喚している。これまで三つの形に対して俺も疑問に思っていたが、確かにこの三力として当て嵌めた時にその法則性は合っている可能性は高い。


 一つの疑問を除けば。


「コイツが巫力を出力するのがイマイチ納得いきません」


 夜名津が巫力型という点について。


 だってコイツ、常に世の事を恨んでいるような根暗野郎だぞ。どう考えたって呪力型の人間だろう。


 そのことには夜名津も「まあそうだよね」とどうでも良さそうであるけど納得している。そしてそれは榎先輩も同じだった。


 ……この場にいる全員、夜名津が巫力型である事実がおかしいと認識している。


「それは私もそう思うわ。でもあの戦いの際に見せた君のあのチカラ、アレは間違いなく、巫力だったわ」


 吉成君との戦い。あの時確かに夜名津から不思議なチカラの流れのようなものを感じた。同時に何とも言えない危うさのようなものを感じていた。確かに、あのチカラがあったからこそ吉成君を追い詰めたのは確かだ。


 アレが巫力だったと断言する先輩は夜名津へと詰め寄って訊ねる。


「あの戦いであなたは巫力を引き出していたけど、具体的にあの時はどう思っていた? 許せないとか怒りがわいてきたの?」

「どう感じたって言われても……あの時はとりあえず、あのよく分からないヤンキーが先生殺したから。ああ、やっちまったな、って絶望しました」

「は?」


 詰め寄られたことで目を逸らしながらも、当時の事を思い出そうとして、口を開く。放たれた言葉に先輩は疑問符を浮かべた。


 先輩を他所に夜名津について知っている俺は、ああ、コイツのことだから、と少し納得しかけた。つまりコイツはあの時……。


「いや、僕を庇ったせいで先生が傷ついて死んだ、って思ったら……少し昔の事を思い出して、後は無我夢中っていうか、何というか。まあ、ヤンキー自身に怒りを覚えたというよりも自分に対して? って感じですね。八つ当たりですよ八つ当たり」


 要領の得ないような調子で話すが、それでも言わんとすることの何かは伝わってきた。


 つまり、コイツはあの時―――自身を戒めていたのか。


 確か、戒めや許すといった徳の高い行動は巫力に反映されるって話だった。夜名津があの時感情は他人に傷を負わせたことに対する戒め? だとすれば巫力型だということにも頷ける。


 夜名津は根暗で他人を嫌う傾向が強いが、同時に他人に対して怒りや迷惑をかけようという悪意といったものは実はあまりない。むしろ他人に迷惑かけること自体を嫌い、したら自己嫌悪に陥るタイプだ。


 そのことになんとなく察した榎先輩もなるほど、と頷く。


「あと香久山先生は生きているわ」

「あ、そうだったんですか。よかった」


 無表情でありながら香久山先生が生きていることに安堵した言葉を吐く夜名津。こればかりは本音なんだろう。何だかんだ香久山先生には心を開いていた様子だったし。


 香久山先生の安否も確認し、また霊能力の話は一度ここで終えて、榎先輩は話を切り替える。


「霊能力の基礎についてまずこの程度ね。次に雨崎君、君には血統者について話をさせてもらうわ」

「けっとうしゃ?」

「?(決闘者? あの、友達は別売りで遊べない欠陥カードゲームのことかな?)」


 榎先輩の新たなワードに俺と夜名津がそれぞれ反応を示すと、まるでタイミングを計っていたように声が上がった。


「それについては私から話をさせてもらおう」


 声が聞こえて来た方へと身体を向けると道場の出入口に一人の少女が現れる。


 キリっとした感じ強い眼つき。デコのある小さなポニーテールというよりも後ろに括った髪型。恰好は白を基調にした空色の夏用のトレーニングウェアスポーツ。一目で「あ、剣道やっている人だな」と言うことが分かる少女。


 ……姿勢や佇いからして何となく年上ってことが分かる。


 剣道少女(仮)に対して驚きながらも懐かしむような調子で榎先輩が告げる。


「りっちゃん、もう来てくれたのね」

「ああ、久しぶりだな、らっ……」


 先輩が歓迎するように優しい顔を浮かべては、それに応えるように優しい顔で返そうとして、途端に何故か止まった。


 まるでゴキブリか何かでも視てしまい、フリーズしたかのように。


 やがて睨むように、いや実際に睨んできて彼女は忌々しそうに確かめるように零す。


「……我一?」

「……あれ、もしかして、……切利ちゃん?」


 彼女は夜名津の知り合いでもあった。


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