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VS血鬼 其の漆

 吉成先輩との戦いは終わった。羽交い絞めをしていた夜名津を離すと、夜名津は俺から……というよりも倒れた吉成先輩からか、少し離れてはその場でしゃがみ込み、頭を抱えてしまう。


「どうした?」

「あ~、ちょっと待って。……………今、……………テンションを、元の根暗に戻すから」

「いや、できれば明るくなってくれねえ?」

「人を殴った後で明るいテンションってそっちの方が怖くない?」

「そうなんだが……あ~いや、……んまあ、いつもの感じの変な感じで頼む」

「オーライだ。…………はぁ~、やっちまったな」


 口ではいつもの調子に戻すというが、ガチ凹みの声を漏らしていた。さっきまで行動が相当自分にとってダメージが強いらしい。


 基本的に、ブラックというかマイナスで根暗ではあるんだが、人を傷つけること自体はあまり良しとしないタイプだからな。罪悪感どうのって。


 落ち込んでいる夜名津を見守りつつ、吉成君の方を見る。仰向けに倒れている彼は、俺が知る限り見たことのないほどのボロ負けの大敗した姿だった。


 吉成君はどうしてこんなことを……?


 漫画とかなら作中に事件を起こしたきっかけについて自分から話してくれることがあるけど、実際の事件というのは自ら吐露するというものはない。ヒントとして、香久山先生と何かあったようだけど、両者倒れている以上詳しい事情を聞ける状態ではない。


 どことなく釈然としない気持ちになりながら俺は御札に戻していた、天之命を再び顕現させて雨之太刀の状態にする。


「あ~、先生は大丈夫? 生きている?」


 ドキッ、と心臓が跳ね上がる。慌てて後ろを振り返ると、夜名津は俺へと背を向けた状態で相変わらず落ち込み塞ぎ込んでいる。こちらの動きに気づいている様子はない。


「……ああ。大丈夫ちゃんと傷は治したけど、お前と違って目は覚まさねえんだ」

「そっか。よかった」


 そういうと吹っ切れたのか、起き上がってこちらへと振り返ってみる。


「でさ、………え? なに、とどめ刺そうとしてんの? 止めといて。ラストアタックボーナス狙い? 一人だけ経験値貰う的な? おいおい、別にゲーム世界転生系じゃないから、そんなもの手に入らないよ」

「違うわ! 吉成君の傷を癒そうとしたんだよ!」


 あまりいつものやり取りで突っ込んでしまい、しまった、と動揺が走る。ついさっきまで戦って倒した相手なのに恐る恐ると夜名津へと視線を向ける。夜名津は口元に手を抑えるように手を組んでは真剣な眼差しで深刻さのある声色で答える。


「え? 無限レベルアップバグ裏技? 倒しては回復させて、倒してを繰り返す永久機関?」

「違うわ!! なんでゲーム作品あるある『初期バグ利用で世界最強』系で例えられる!?」


 ……頭の回転の速さがいつも通りのボケに戻ってきている。立ち直っていることに喜んでいいのか何というか。だが真面目な話をしようとしているのにテンションを狂わせられるのはやめてほしい。


 はぁー、と嘆息をしてから、気を取り戻しながら夜名津へと言う。


「お前には悪いけど、吉成君の傷を癒そうと……あ、いや分かっている。吉成君がやったことは許されることじゃないことは。……でもこのままにしとくのは」


 完全なる私情。知り合いだから、昔世話になったから、傷ついているから、そういった俺の中で湧き上がる感情……夜名津が口にする『罪悪感』とは似て異なる……『同情心』か。


 よく同情は良くないものとされがちであるけど、実際にこの場面で吉成君に対してその感情を向けているのはあまり好ましくないんだろうけど……。


 それでも俺の中で、吉成君を助けたい、という感情を背くことができない!


 夜名津に悪い、と思いつつ俺は傷を癒すことの許しを得ようと頭を下げる。


「よし、その前に縛り上げようか。また喧嘩することになったらさすがにもう勝てないし」


 あっさりと返しては「えーとタオルタオル」と鈍器として使っていたタオルを探そうとあちらこちらへと見渡しながら、ちょろちょろと動き回る。


「……いいのか?」

「え、何が? ラストアタックボーナス? ディアベルはん?」

「ソードアートやめろ。じゃなくて、吉成君の傷を治すこと、お前は反対じゃないのか?」

「いや、別に僕は殺人鬼じゃないから。死にそうな人間を助けられるなら助けるよ。そりゃあ」


 さっきとどめを刺そうとしていた人間……!


 いや、まあ、助ける方向に気持ちが傾けてくれるのは俺としては喜ばしいことなんだけど。


 ありがたいことだけど何か引っかかるものを感じつつも、タオルを見つけて縛り上げようとして「手伝って、ほら」と言ってくる夜名津に困惑しつつ、吉成君を縛り上げようとする。


「待ちなさい、彼の傷を癒すことは反対よ」


 待った、の声がかかる。


 俺達が声の方へと視線を向けるとそこに立っていたのは榎先輩だ。暑さ……いや結界の解除の疲労からか、額に汗を浮かべて肩で息をしているような辛労が伝わってくる。


 彼女は真っ直ぐと戒めるかのような形相を浮かべてこちらへと向かってくる。


「幾つか言いたいことがあるのだけど、まず確認すべきことは電話でも話した通り、吉成君、彼が首謀者でいいのかしら?」


 榎先輩の問いに俺達は顔を見合わせては、俺が頷く。その反応を見てそう、と受け入れるように頷き返す。


「この地を護る、防人として彼を拘束させてもらいます。傷の治療も私が最低限します」


 いいわね、と反論は許さないと言わんばかりの眼力を俺へと向けてくる。言い返そうとしたが、その言葉には逆らえず「はい」と了承してしまった。


 まあ、治療自体は先輩の方で施して貰えるだけマシか。何も殺すわけではないだろうし。


 そう、納得して大人しく引き下がる俺を理解したのか、次に夜名津の方へと、こちらは強く警戒したような強い眼光を向けていた。


「あなたに話があるわ」

「はい、わかっています」


 深く頷いては真剣な表情で受け応える夜名津。その表情はこれから榎先輩から何を言われるのか分かっていると言わんばかりの調子で続けて言う。


「御札は上げます。この間は生意気なこと言ってすいません。学校を救おうとして血界を破った、あなたは信頼できる人です」

「……それじゃないわ」


 こめかみを抑えるように目を潰って違うと否定する。夜名津は夜名津で、あれ、違った? と困惑している様子だった。


 まあ、どっちにしろ我鬼は今ここにいないんだが。アイツはあのまま図書館で寝てしまい、夜名津が「邪魔になるし、いっか」と言って図書館にそのまま置いてきたのだ。


「今の戦い、一連の流れを見ていたのだけど」

「え? 見ていたのに助けてくれなかったんですか?」

「……」


 先ほどの敬意を表した態度とは打って変わり、信じられないものを見るような責め立てる目を先輩へと向ける。その一言が刺さったのか先輩も少し黙ってしまう。


「ラストアタ……」

「違う!」


 再びラストアタックボーナス疑惑をかけてくるのを被りがちに否定する。二人して一触即発のような視線を交わし合いつつ、空気が重くなる。


「あなたは一体何者?」

「? 夜名津我一です」

「……いえ、だからそうじゃなくて、……あ~もう!」


 昨日と同じやり取り。夜名津との意思疎通のやりにくさに、話の噛み合わなさに頭を抱えている榎先輩は憤るが、冷静に絞り出した唯一確認しなければならないといった調子で告げてくる。


「これだけはハッキリさせて、あなた自身は霊能力者ではないのね!」

「え? ……あ~、……はい。違いますけど」

「…………」


 知らない人から話しかけられては知らない質問に答える時の受け答えで返す。いや、まあ、分かるけど。分かるけどさぁ! もっと、こう、なんか他になんかあるだろう!


 ほら、見てみろよ、榎先輩の表情が完全に『訊いている私がバカみたいじゃない』と少し羞恥と怒りの混じった複雑な顔になっているじゃないか。


「そんなことよりも学校の皆を助けましょうよ、救急車とか呼んだり。下手すると昨日から操られている人とかいるんですから。人命第一」

「え、ええ。もういいわ。それで。(……この子、昨日、死にたいとか言っていなかったかしら?)」


 話がかみ合わないことで諦めがついたのか、現状の問題の方へと話を変わる。見方を変えれば話題をすり替えたように思えるかもしれないが、そうではない。


 実際アイツはこの事件を、闘いを何よりも早く解決することを優先して危険を冒して打って出た人間だ。学校の皆の身の安否を第一として……いや、それは第二か。


 第一は己の精神に降りかかる罪悪感、か。誰かを助けたいのではなくて、誰かを傷ついて、それを見た自分が嫌な思いをしたくないから助ける。という謎の理論で行動した。


 ……もしや。吉成君に対してのあれは…………。


 と、そこまで考えた所で「雨崎君」と名前を呼ばれる。


「スマホ、救急車に電話して。先輩は警察の方にお願いします。このよく分からない立てこもり犯を警察に突き出しましょう。そのあと学校の中を手分けして命がヤバそうな人に応急処置やらなんやらで」

「ええ、そうね。分かったわ。……いえ待ちなさい。なんであなたが仕切るのよ」

「え、ああ、すいません(だって、二人とも動いてくれないから。僕スマホ持ってきてないし)」


 夜名津から流れるように指示を出されて従おうとしたがおかしい気付いて突っ込んでくる先輩。だけど指示自体には文句はないのか、スマホを取り出して電話をし始める。


 それに倣って俺も電話をかける。……なんて説明すればいいんだろう? とりあえず大勢の怪我人とかそういうのを入ればいいのか?


 何というべきか迷いながら同じ連絡している先輩の言葉を倣おうと思い、スマホを打つふりをしながらバレないように耳を傾けてみる。


「あ、飢儀さん。どうもいつもお世話になっております。『葬儀屋』の方で仕事の依頼をお願いしたいんですけど。場所は学校の方で、はい詳しい話は後程」


 ……あの人は今どこにかけているんだ? 気のせいか葬儀屋って聞こえたぞ。


 何だかよく分からないが手本にできないと思い、繋がった際には大量の人が倒れているから救急車を大量に、場所はウチの高校の名前を出す。悪戯扱いされないかと不安だったが、話自体は丁寧に聞き入れてくれて一先ず事なきを得た。大体十分以内に到着するとの話。


「十分くらいで来るそうです」

「そっか、じゃあ、急いで僕と雨崎君が手分けして学校内を見て回って、先輩はやってきた救急車と警察の誘導をお願いします」

「ええそうね。……だからなぜあなたが仕切っているのよ」

「ああ、すいません(だから言うの遅いだもん)」


 また同じやり取りを繰り返して夜名津が頭を下げていた。なんでコイツ、ボッチの癖に無駄にリーダーシップというか判断力がいいんだろう? そしてそれらを日常生活にいかせないんだろうな?


 そんなことを考えつつ、コホン、と榎先輩の方で仕切り直す。


「とりあえず、今の話通りで。学園の方の処理や吉成君の処遇については私の方で何とかするわ。あと、あなたたちも詳しい事情は話を聞き―――」


 ―――たいから、一緒に来てもらうわよ。


 多分、先輩は言いたかったんだろうが、最後まで言い切ることなく、何かが走った。


「んっ!?」

「っ!!」

「あだ!」


 まるでプッシャーと吹き出す鮮血のような勢いと速さであり、実際に二つの血が大きく吹き散ったのだ。


 その鮮血の攻撃は夜名津、先輩、そして俺の順に襲い掛かってきた。俺は天之命を通じた天鬼からの知らせもあって何とか刃でその一撃を防ぐことができたけど、二人は反応ができなかったのか、まともに喰らって血を吹き出して地面へと倒れ伏せる。


「夜名津! 榎先輩!」

「チッ、一人仕留め損ねた」


 二人の名を呼ぶ俺と違う別の声が聞こえる。失敗したと木霊するその声は確かに聞き覚えのある低い声、夜名津が倒したはずの吉成君の声だった。


 そして、実際に攻撃を仕掛けてきた張本人は、俺の目で姿を確認した存在は確かに倒れて気を失っては夜名津に拘束されていたはずの吉成君だった。


 彼は手に付いた血を嘗めながら悦んだ凶暴な笑みを浮かべながら俺へと言ってくる。


「だが一番面倒癖え、巫力使い共は両方沈めた。後はお前だけだ、天鬼の担い手。キキキ」


 そう告げてくる何かに対して、俺は敵意を覚えて刀を向けてすぐさま返した。


「……誰だ、お前。吉成君じゃねえだろ!」


 確かにその姿は吉成君だった。だけど違う。


 内面から放たれる雰囲気が、存在感が、印象が、俺の知っている吉成君のそれではない。


 何よりもヤツの額から生えたあの角。


 吉成君の時は真っ赤な血を固めて作られたような角だったのが、今の角は本当に頭蓋骨から剝き出しに生えている、最初からそういう形として生えたような角。本物の角のような存在感を放っていた。


 キキキ、とその吉成君の姿をした、何かは厭らしくも口元についた血を舌なめずりして答える。


「血鬼。ヨシナリの相棒だ。キキキ、夜露死苦!」


 血鬼!? 吉成先輩の仕鬼祇か!?


 だが、なぜだ? 吉成は鬼の能力を肉体に反映させるタイプで、これまでその鬼存在感を一度も放っていなかったのに、一体全体なんでこのタイミングで出てきた? ……いや、違う。そうか! 倒されて気絶したから自我が表に出て来たのか。


 一番あり得そうな線が俺の中で浮上してくる。そして同時にとある考えが思いつく。


 コイツが今回の事件における吉成君を影で操っていた本当の首謀者だということを。


「そうか、この事件を全部仕組んだのはお前か! 吉成君を口先で誘導してこの学校に結界を張ったり、皆を操ったりして」

「イヤァ~、違うがぁ~」


 すげえームカつく調子で否定してくる。完全に人をおちょくっている時、特有の嘘を吐いている時に出る声だ。


 瞬時に斬りかかってやろうかと思ったが、その前にヤツの口が続けてくる。


「確かに『血界』と『眷属血』は俺様の能力だが、使うと決めたのはヨシナリ自身の判断だぜ。お前さんだって天鬼から能力を教えて貰っているがどう使うかはお前さん自身が刀で振っているわけだろう?」

「っ!」


 的確にも言い返せない部分で指摘してくる。


 確かにそうだ、俺も天鬼から助言を貰っているが、どういう風に使うか、またどんな威力として使うかは俺自身の判断で使っている。


 その証拠に操られた人達を止めるだけなら雨と風の技じゃなくて、雷を使えば簡単に全員を止めることはできた。けれどしなかったのは威力を絞っても下手すると簡単に死人が出る可能性があったからだ。天鬼から前以てそう告げられ、雨と風を使うことに判断したのは俺自身の判断だ。


 便利な道具、それをどう使うかは人次第。それによって人を殺すことにも人を救うこともできる。……吉成君は人を陥れることに力を使ったのか。


 本当は別の敵がいたことで吉成君の汚名を払拭しようとしたが、実際の事実は全く違っていたことにショックを受ける。


「ちなみに自分判断で勝手な振る舞いができるのは、そこの不気味なにぃちゃんとこの我鬼だけだ。我鬼の自身の能力って部分もあるが、自ら肉体が使っている分縛りが薄いところが大きいもんな」


 さりげなく教えてくれる、夜名津の相棒の秘密。作戦会議の時は『自分よりか弱いヤツをいたぶる』のなんの使えなさそうなことを言っていたが……なんだろう、今のニュウアンスからするとあの鬼の能力はなろう特有の解釈次第で最強のチート能力説が強まったぞ。


 少し気になりつつあるも、血鬼は話を変えて気安く、まるで世間話をするかのように俺へと語りかけてくる。


「俺様としちゃ~、色々と都合が付くから病院がいいって言ったんだが、ヨシナリの奴がどうしてもここがいいって。そこの血糖値が高いオッサンやそこの不気味なにぃちゃんと何か因縁あるみたいだけど……イヤァ~、そこはぷらいばしーぷらいばしー。何があったかは教えない」

「鬼の癖にプライバシーなんて横文字使ってんじゃねえよ」

「いや、俺様生まれは大和じゃねえし。なんつったっけな、南蛮とかのぱんぱんつーみたいなヤツの伝承を元に現代の大和のニンゲンの虞魂で生まれた鬼だし」

「は? ………もしかしてヴァンパイアのこと言ってんのか?」


 ヴァンパイア。吸血鬼。


 海外のホラーでも今や日本でも最も有名な怪物の存在である、吸血鬼。それの伝承から産まれた存在?


 そういえば夜名津も作戦会議中に言っていたか、『血を操るから吸血鬼みたいだね』とかなんとか。


 正直、吸血鬼が血を操るのはバトル漫画的な解釈が多くて、実際の吸血鬼(ま、元々の創作系怪物なんだが)としては血を操ることよりも、血を吸うことで眷属を増やす、人間を食べる描写が強いため一概に頷けない、まあいつもの夜名津の戯言的な何かだと思って受け流していた。というか、それをヒントに赤鬼の属性が『強奪』とか『吸収系』だと思い出せたことの衝撃の方が大きい。


 けれど、ここにきてコイツの正体が吸血鬼というビックネームに驚きを隠せ……あれ?


 ふと気づいた。今の話のニュウアンスからにするに、内容からしてこいつは吸血鬼というよりかは……。


「え、ならお前、日本産まれの鬼じゃねえの? 所謂カレーライスみたいなもんだろ。インドから来たカレーを日本で米と食い合わせでアレンジした『カレーライス』的な」

「イヤァ~、違うがぁ~!! キキキ、誰が何と言おうと南蛮生まれの俺様は『ぱんぱいや』ってヤツだ。ああそうだ。俺様が外国の虞魂の頂点のぱんぱいやだ!」


 全力で否定してきた。……え、もしかしてコイツ、否定する時コレが素なのか? というか、子供舌みたくちゃんと言えてないんだが『ヴァンパイア』。


 必死で主張してくる血鬼に俺は何とも言えない目になって怪訝な瞳で見つめていると突然、楽しそうに笑いだしてくる。


「キキキ、なるほどなるほど。ヨシナリが気に入るわけだわ、お前さん。どうだい? 今からでも遅くねえ、俺様と組まねえか?」


 突如として切り出してくる仲間にならないかという提案。一体、今のやり取りで俺の何を気に入ったというのか。あるいは何かしらの罠なのか、という考えに俺は警戒心を強める。


「やなこったね。誰がお前なんかと組むか。それよりも吉成君を解放しろよ」


 提案を断り、先輩の身柄を解放するように告げる。と、血鬼は大したことのない事実を告げるようにして言ってくる。


「ああ、ヨシナリなら死んだぞ」

「……は?」


 唐突に明かされた吉成君の死亡。何を言われたのか分からず一瞬だけ思考がフリーズする。


 え、待て。夜名津が殴り殺した? いやでも拘束している時はまだ息が合った。薄っすらとした呼吸音を俺の耳にも入ってきた。やっぱり気絶しているだけでコイツが表に上がってきたと言われた方がまだ説明が付く。


「う、嘘だ! 吉成君があの程度で死ぬわけねえだろう! 空手でやってて殴られたり殴ったりは日常茶飯事のあの人が夜名津にボコられた程度死ぬわけねえだろ!」


 動揺が走るあまり言葉が詰まって上擦った声になってしまったが、それでも自分の中で吉成君が死んだなんてことは全力で否定する。


 すると、血鬼は俺の動揺に嘲笑うかのようにしては愉しそうに返してくる。


「キキキ、嘘じゃねえよ、ヨシナリは死んだよ。別にあの不気味なにいちゃんがボコったくらいで当たり所悪かった程度じゃ死なねえよ。むしろ、巫力使われて死にかけたのは俺様の方だっての」


 まるで殴られた箇所の痛みが響いたかのように顔を優しく撫でる。


 夜名津が与えたダメージ。そういえば昨日榎先輩が言っていたか、鬼を倒すのに一番いいのが巫力だとかなんだとか。夜名津が榎先輩と同じように巫力を使って、吉成君に取り憑いていた鬼の方にダメージが行ったという話も信じられる。実際に俺はそれで倒されている所をこの目で見ていた。


「だったら、なんでお前じゃなくて吉成君が死んだことになるんだよ! 巫力は鬼の弱点じゃないのか!?」


 巫力で鬼を倒せることは知っている。コイツ自身から口に出したように、吉成君の身体に潜んで力を隠れていた血鬼にもダメージが伝わったことも理解できる。


 だけど、そこからなんで先輩が死んだことに繋がってくるのか、そこの部分が納得いかない! 真実を確かめるべく言及する。


 と、血鬼は俺の反応を愉しんでいるかのような邪悪な笑みを浮かべながら「ああ、そうだ殴った程度じゃ死なねえ、むしろ俺様の方が危険だ」ともう一度まとめて整理するように繰り返してから、残酷な真実を告げてくる。


「ヨシナリは殺したのは俺様だ。俺様がヨシナリを依り代に完全受肉するために俺様が魂を喰らっただけだ。ヨシナリの魂はもうこの世にはない。俺様が食ったからな、だから死んだ。キキキ。納得したか、ニンゲン」

「…………」


 殺したのは俺。


 魂を喰らったのは俺。


 食ったから死んだ。


 至極当然のように鬼は嗤いかけてくる。


 キキキ、キキキキキ! キキキキキキキキキ!!


 耳鳴りにも似た、あるいはうざったらし蝉の鳴き声のような嗤い声が俺の頭の中を何度も何度も反響する。


 鬼は言葉を続けてくる。



「キキキ、やっぱ人間は魂よりも血肉だよな」「魂だけ食っても物足りねえというか、美味いちゃあ美味いんだけど、歯ごたえってやつがな」「キキキ、所謂舌と喉を促す、嗜好の一品と腹にガッツリとくる」「ヨシナリの記憶でいうところの、ガキの頃に行った、高くて量が少ないのが遅れてやってくる飯屋よりも安くて量が多い早い飯屋ってやつか、キキキ」「こういう食通なところは俺様達気が合うというか、相棒との共通点ってやつだな」



 なぁ、と優しい声色で笑顔をこちらへと訊ねてくる。


「お前さんもそう思うだろ? チヒロ、キキキ」


 まるで可愛い弟分を相手する時のような気軽さで、そうっすね、と同意の言葉を待っているかのような伸び伸びとした間を開けて、長い付き合いの友達とのどうでもいい雑談しているかのような距離感で邪悪な鬼は俺へと接してきた。


 俺は慣れ親しんだ兄貴分の姿をする鬼へと、


 聞き慣れた声で話す鬼へと。


 見慣れた少しだけ怖い笑い顔をする鬼へと―――


 ―――刀を振り下ろした一閃を走らせる。


 おっと、とギリギリで反応して水色の刀身から放たれる鋼の一撃から躱す。


「おいおい、あぶねえじゃね―――」

「…………もう何も口を開くな、何も喋るな……お前を殺す!」


 ヤツの言葉を遮るように絞り出した殺意を以って言い放つ。


 もう頼むから口を開くな。お前の姿で、声で、顔で、……付き合っていると気が狂いそうでどうにかなってしまいそうだ。


 殺意を秘めた俺の瞳を見てか、肩で竦めて心底残念そうな声で言ってくる。


「あ~あ、残念だ。まあいいや、ヨシナリのとの約束通り、お前さん含めた全員血祭に上げてやる。キキキ、前哨戦(ふぁーすとこんたくと)には持ってこいの血の量と霊力だ」


 その言葉をきっかけに俺と血鬼の戦いが始まった。


《雨之太刀〝断つ雨〟》


 水を纏った刀身でヤツへと斬りかかる。


 夜名津から教えられた攻略法、血を溶かすための水を使うこと。実際に吉成君はずぶ濡れになったことで血の攻撃を放つことはなくなった(……というけど、夜名津が一方的に攻めていた面が強かった気もするが)。


 繰り出される水を纏った太刀に対して、嗤いを保ったまま言霊を放つ。


「《鬼術〝血禍万祭〟》」


 ザザザ!! 波打つような音共に大量の血があふれ出てくる。まるで濁流のような勢いで血が俺へと迫ってきて刀を振り下ろすことはできずに押し出される。


「……ブゥー!!!ゴッホ! オホオホ!!」


 口の中に入った血を吹き出して、嗚咽を漏らしながらすぐに息を整える。臭い鉄の味と水などと違うドロドロした気味の悪い感触の口の中に広がる。


 だが、いつまで寝転がってもいられない。顔を上げると再びその血の波は襲い掛かってくることを知り、咄嗟にジャンプをして回避する。


 その波……いや流動する大量の血液と敬した方が正しいか、避けたことも構わずに追いかけてくる。


 追尾式!?


 キキキ、と不快な嗤い声が聞こえて、流動する血液から逃げつつそちらへと視線だけ向ける。


「いい血だろ? この学校のニンゲン全員血色がよくて助かる」

「お前……これ、皆の血か!!」


 大量の血液の正体は学校の皆から集められたもの。しかも明らかにこの量は一人に注射器一本分どころか十本でも取られてもおかしくない量だ。不味い、夜名津が心配していた死人が出てもおかしくないって話は想像以上に深刻だ。


 あとは救急車が来て大丈夫どころか、病院にあるストックされている輸血パックが全員分あるかどうかですら心配になるほどの危機的状況。


「クソ、しつけえ!」

《雨之太刀〝沫く雨〟》


 切り上げるような剣筋は沿ってまるで遮断するかのような大きな飛沫をあげる。向かってくる血の波とぶつかり合う。


 ドバシャーン! と雨の壁と血の打ち波とがぶつかり合う。


「!?」


 敗北したのは俺の方だった。血の波に呑まれてそのまま校舎の壁へと激突する。


「ゴハッ!」


 水で血は溶ける。その性質は間違っていない。だけど、溶けた水が血に染まって液体の量が増したのだ。


 しまった、赤鬼の特性は『強奪』。天之命の雨の水を奪われた。


 地面に膝づきながらなんとか起き上がろうとする。血鬼は俺の姿を見ては流動体をクルクルと手遊びするようにして自身の周囲に回しては勝ち誇ったように言ってくる。


「水相手に血を形成された技が使えないのは痛いが、こんだけ大量の血液を流動させた血を操作すれば水だろうと何とかなる。キキキ! ヨシナリじゃあここまで上手く使えねえからな」


 そう高々に嗤って血液の塊を仕分けするようにして操作する。そして幾つにも分散してできた液体を放出するように俺へと放ってくる。


「なめんな!」


 向かってくる血に吠えながら刀を向ける。雨で駄目なら風でぶっ飛ばしてやるよ!


 水色の刀身を緑色の刀身へと切り替えて、風を纏った刃を舞うようにして振う。


《風之太刀〝旋風陣〟》


 襲い掛かってくる血の放出を吹き荒れる風の壁で弾き飛ばす。雨では水によって増量されたが、荒れ狂う風によって散り散りに削り飛ばしては血の流動は消えてなくなった。


「さっすが~! アレを吹き飛ばすとは」


 パチパチ、とまるで曲芸を見て称賛するかのような声を上げてくる。余裕綽綽というべきか、血を吹き飛ばした程度ではアイツ自身を痛くも痒くもないのだろう。


 やっぱり、本体であるアイツを斬らなければダメージを与えることができないのか。


 ……あの体を、吉成君を斬らなければならないのか。


 未だに俺の心の中に迷いが生じる。今目の前にいるのが吉成君ではないこと分かっている。魂を喰らい殺した血鬼のこと許せずに倒す覚悟も決めた。


 だけど、どうしてもあの身体に、そうじゃなくても誰かを傷つけることに刃を向けることはにどうしても気が引いてしまう。


 自分の半端な覚悟に対して怒りを覚えていると、血鬼は拍手をやめて両手を大きく広げて、どうぞと言わんばかりに。


「じゃあ、おかわりだ。《血禍万祭》」


 血鬼の周囲から再び大量の流動する血を出現される。


 ……マダラか、てめえは!


 音楽の指揮者のように両手を振って、流動する血液をぐるぐると螺旋回転を描いて仕掛けてくる。再び〝旋風陣〟で吹き飛ばそうと、刀を構え放とうする。


「キキキ、また吹っ飛ばすのは構わないが、その分ニンゲン達の血がどうなるんだろうな?」

「!!?」


 旋風陣を放とうとした型を途中でやめてその場から離れる形で血液から逃れる。相変わらず追尾式は俺へと狙ってくる。それから必死に逃げる。


「キキキ、逃げろ逃げろ。血界は解けたが血の採取はまだ続いている! 《血禍万祭》を消えればまた出す。その度にニンゲン達は血を奪われる。キキキ、勿体ないことをすんなよ、チヒロ、キキキ!!」

「この、野郎ぉ!!」


 極めてゲスの技を繰り出してくることに再び怒りが湧き上がってくる。この野郎だけは絶対に許せねえ!!


 ―――吉成君、ごめん。


「なら、お前自身をぶった斬って……!」


 完全に斬る覚悟を決めて血鬼へと向かおうとした時だった。力を込めたはずの身体の力が抜けたように足がもたつき、そのまま地面へと倒れる。

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