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VS血鬼 其の伍

「まだ見つからねえのか、カスども!!」


 古郡吉成は校長室に戻って踏ん反り返って、雨崎千寿と夜名津我一の二名が連れてくるのを待っていたが、中々見つからないことにイライラと怒りを募らせていた。


 中には護衛の男子女子生徒がそれぞれ二名の計四名。内一人の男子生徒は今の叫びと同時に蹴り飛ばされる。ピクピクと陸に上がった魚のように動いては「あ~、あ~、あ~」と壊れた機械のように唸っている男子生徒。


 ただの痛みからくる反応ではない。血が足りないのだ。


 もし今の彼に意識があったならば、蹴られた痛みよりも体中に巡る血の欠乏によって眩み、割れるような頭痛、呼吸困難と様々な症状に苦しんでいただろう。


 残りの三人はそんな危険な状態の彼のことを心配はせず、また彼と同じように自身も暴行を受けるかもしれないという恐怖も覚えず、ただ直立した状態で充血した瞳で主人の指示を待つ。


 彼らは考えない。思考が停止している。思考するほどの血のリソースを回せないから。


 そんなギリギリの状態近くまで彼らは血を奪われ、古郡吉成の命令に忠実に動くことができる状態のゾンビ。


 あ~、あ~、と壊れた機械のような声を上げる男子生徒に舌打ちをして命令する。


「おい、ソイツ掃除しておけ」


 まるで不快な汚物が視界に入ったから目に届かない場所まで拾って捨てておけ、というように死に体の彼を運ばせる。もちろん、運ばれるのは保健室なんて場所ではなく、この場所ではないどこか。


 三人係りで男子生徒を運んでいき、部屋から護衛が消えて、古郡吉成一人が校長室に残される。


「ったく、一人くらい残っておけよ、本当に使えねえな」


 一人だけ残されたことに悪態を吐く。


 古郡吉成の実力上、またこの学園を陣地として支配下に置いている以上、護衛というのは名ばかりで、本当は自身の周囲の面倒させるための給仕であり、ストレス発散などのサウンドバッグやそれ以外の役割の存在でしかない。


 男子生徒一人、確かに体重があって三人必要かもしれないが、もう一人の男子一人でも運べないことはなかった。女子二名残ったならば、怒りを発散できる『お楽しみ』ができたかもしれないのに、と人形達が、気が利かないことが腹立たしい。


 ……意識こそ刈り取られているが、もしかしたら三人で出て行ったのは無意識化の意識でこの場から逃げ出したい、という淡い願いがあったのかもしれない。


 人形達のことは思考の奥に置いておき、別の事に意識を切り替える。


 雨崎千寿の事を考える。


(千寿の野郎、上手く逃げてやがるな)


 後輩、弟分のような存在であった雨崎千寿を頭の中に浮かべる。


 昔から、正義感が強い、というよりも誰に対しても優しく友好関係を築ける、お人好しの弟分。子供の頃から付き合いだから分かる。


 おそらくは今、あのクソ根暗を連れて身を隠しているのだろう。


 だが、それも時間の問題。


 それは人形共が雨崎千寿や夜名津我一が見つけることを指しているのではない。夜名津我一が死んではもはや護る者なく、一人となった雨崎千寿は打って出られずに得ない。現状を解決するために、この俺を倒すべく、と彼は考える。


 実のところ雨崎千寿は回復手段を持っていて、それによって夜名津我一が回復して現在対策に講じているのだが、そんなこと古郡吉成は当然知らない。


(……ガキの頃から自分のためというよりも、誰かのためってヤツだった。そういう所が気に入っていたんだがな)


 少しだけ雨崎千寿とのことを回顧する。


 幼き日の頃の思い出。友達が困っている所を見過ごせずに助けた姿、頑張っている友達を必死に応援している姿、そういった好感を持てる熱く、心優しき人間性に古郡吉成は良く思っていた。


 だが。


(千寿、お前はなんであんなクズを庇う必要がどこにあるんだ?)


 頭に思い浮かべる、死んだような目をした根暗の少年、夜名津我一。


 古郡吉成にとって夜名津我一の印象は最悪だ。初めて出会った時の態度が生意気な後輩であり、……のために一度のしてやった。


(友達思いなのでは大事だが、『友達を選ぶ』ってこと覚えろよ)


「ま、アイツはいいヤツだからな。しゃーねえか」


 内心では忠告するが、口ではそう割り切る。雨崎千寿の誰かを思う優しさは長所であり、同時にそこが短所であることが分かっているからだ。


 そして、その友達が失ったことで雨崎千寿は怒り狂って、自分と前に立ち塞がるに違いない。そのことを考えると古郡吉成の身体に武者震いが走り、熱く血が騒ぐ。


「俺とやる以上は容赦しねえからな」


 口角が釣り上がり、恐ろしいともいえる笑みを浮かべる。空手において強敵を立ち合う前はいつもこうやって戦闘意欲が高ぶらせていた。



『出て来いよ、人形遊びしかできねえドチンピラ!! この世の人間全てがお前の言うことを聞いてくれるママじゃないんだぞ。一人で喧嘩もできねえ甘えん坊が。悔しかったら一対一でちゃんと喧嘩してあげるから、ちゃんと負けた時の言い訳考えてこいよ!! ばーか!!』



 外から響き渡る声量、拡張器なのだろうが、その音量はまるで風が突風と共に運び窓ガラスを叩きつけるような爆音のようだった。


 そしてその内容は明らかなまでに古郡吉成に向けられた暴言だった。


「あぁん!?」


 カチンと頭に来た古郡吉成は、すぐさま解除して元通りだったその姿を鬼へと変身して窓をぶち破って乱暴に外へと飛び出しては叫ぶ。


「誰だ、殺すぞ!!」


 窓がから飛び出た先には待ち望んでいた雨崎千寿の姿と、何故かまだ生きているどころか怪我から回復している夜名津我一、二人がグラウンドに立っていた。


 雨崎千寿の手には先ほども見た緑色の刀が握られており、また夜名津我一の手には拡張器が握られていた。先ほどの声の正体はそれなのだろう。


 怒る古郡吉成だったが、夜名津我一の存在に目が入ると少し驚いたものの、拡張器が目に入り怒りが再燃して叫ぶ。


「てめえ、殺されてえよーだな! あぁん」


 吠える古郡吉成に対して、夜名津我一はそっと隣へと視線を移して小さく零す。


「……正直、今のでマジで飛び出てくるとは思わんかったわ(出て来たってことはあの人、自分で認めたことになるけど分かっているのかな?)」

「いいから、そういうことは!」


 余計な事に対して突っ込みを入れられる。距離があったために古郡吉成の耳に内容は届かなかったが、目の前で内緒話をしている様子にバカにされていることは分かり、手を向けて〝放血玉〟を放つ。


「おっと! (っぶな)」


 飛んでくる血の玉に反応して雨崎千寿から離れるようにして躱す。狙いが完全に夜名津我一個人を狙ったものだったため雨崎千寿は動かずにいたが「夜名津!」と心配の声を上げるが、それに対して「大丈夫大丈夫」といつもどうでも良さそうな調子で返される。


 かすりもしない無事な様子を見て、チッ、と大きく舌打ちをして吐き捨てる。


「避けんなよ、クソが」


 悪態の一言が聞こえた夜名津我一だったが、無言で一睨みするだけで何も言わず、はぁーと小さくため息を吐く。その態度に突っかかる。


「なんだ、言いたいことがあるなら言えよ」

「…………」


 それでも夜名津は何も言わず、避けた際に膝に付いた地面に払っている。その腹立たしい態度にもう一度、今度は歯軋りを混ざった大きな舌打ちをする。


 このクソ野郎は今すぐ鉄拳体裁を加えてやりたい処だったが、これから雨崎千寿とやり合うのにそんなことをしたら余計な疲労とゴミを殴ったことで気分が萎えるかもしれないと考え、怒りを抑えて指を鳴らす。


「まあいい、てめえの相手はコイツらだ」


 パチーン、と響くと同時に学園へと雨崎千寿達を探しに出していたゾンビ達が一斉にゾゾっと三人の立つグラウンドへと集結する。その数は四百近く。古郡吉成は手を上げて『待て』のポーズをして襲うことを留める。


 古郡吉成の合図でいつでも夜名津我一へと襲うことの準備は整った。


「千寿は大人しくこっちこい。お前とは俺が精々堂々と一対一でやってやるからよ」


 雨崎千寿に体育館へと来るように仕向ける。夜名津我一のことは完全に蚊帳の外に、ゾンビ達に任せて、あくまでも雨崎千寿との一騎打ちを望む。


 本来なら数に物言わせて夜名津我一共々襲わせればいい話のはずが、それをしないのは古郡吉成から雨崎千寿への昔ながらの付き合い。可愛い弟分への配慮だった。


 雨崎千寿は相手を見据える。けれどその相手は古郡吉成ではなく、


「夜名津、いいんだな?」


 死んだような目をした相方へと投げ掛ける。


 受け取った彼は心の内では、予定と少し変わったけど、まあいい感じかな、と現状に満足良き、ああ、と返しては古郡吉成へとハッキリと告げる。


「いえ、僕の相手はあなたで、彼らの相手が彼だ」

「あん?」


 一体何を、と訊ねる前に「雨崎君!」と声が掛かり、雨崎千寿はその手に持つ刃を水色へと変えて振り下ろす。


《雨之太刀〝沈む雨〟》


 天へと掲げて振り下ろした刀に倣うようにして空から降り落ちてくる、大粒の雨。


 それは激しき降雨は重く、強く、滝のように振り落ちてくる。それは視界が潰れて前が見えなくなり、身体も衣服や肌が破れてしまうのではないかと思えるほどの打ちしげるほどのどしゃ降り。


 雨崎千寿を除いたグラウンドに出ていた全員、その場に打ち止めされていた。


(雨? 血界内だぞ!? いや、中で千寿が無理矢理降らせたのか?)


 結界内……古郡吉成の言う、『血界』内の効果は人間や生物の入室は許すが、一度入ったら出られない効果の他に、外部からの攻撃を防ぐといった、単純に遠距離射撃やもっと言ってしまえば空中から爆弾を投下されるなどは危険な代物は防ぐ働きも存在する。


 同時に雨も遮断される。血は水で溶ける性質上、雨は天敵。故に雨が降った際は外から雨が降ればその時は結界としての霊力、呪力のみで雨を遮断される。


 言ってしまえば血界に雨で濡れる心配はなかったのだが、雨崎千寿が使役する鬼、天鬼はその名通り、天気の性質を秘めた力を持つ。結界内で雨を降らせることも十分可能。


 水色の刃は新たなに緑色と変身させ、舞うようにして振う。


《風之太刀〝旋風陣〟》


《雨と風の、重之太刀〝渦巻く雨檻〟》


 吹き荒れる旋風はどしゃ降りの雨と共に雨崎千寿、古郡吉成、夜名津我一三名を除く皆を台風の如く吹き飛ばして渦巻いてみせる。そして三人が立つ場所を中心にまるで台風の目のような陣地が作成される。


「はぁはぁ……閉じ込めてやったぞ!」

「流石だ。あと任せろ」


 疲労困憊の雨崎千寿の言葉に夜名津我一は受け取っては前へ立ち、古郡吉成と対面する。


「では、一対一でやり合いましょうか」


 拳を前にボクサーのポーズを取る。拳にはテーピングの代わりなのだろう、タオルが巻かれており、形だけならば素人ボクサーのそれだ。


 その姿を見てハッと鼻で笑う。


「ハッ、お前まさか俺に勝つでいる気か。そんなボクサーさながらもタオルで両手を巻いてよぉ。知らねえのかバカが、アレはパンチを強くするためじゃなくて、拳を護るためのシロモンなんだよ、カスが! パンチの威力を上げんじゃなくて下げるのが目的なんだよ」

「…………」


 拳に巻かれたタオルを見て、格闘技の『か』の字も知らないずぶの素人だと馬鹿にする。見た目からしてそれほど鍛え上げられた肉体でないことは明白。実際に蹴たぐった感触はスポーツをしない人間の貧弱さだ。


(そんなヤツがこの俺と一対一だ)


 笑えるのを通り越して、怒りが先にやってきた。


 チラリ、と雨崎千寿へと視線を向ける。肩肘を突き、刀を地面へと突き刺しながら息を荒くしている姿。今の攻撃が相当疲労した様子だった。


 古郡吉成は気付いていない。


 確かに二つの天気の性質を持つ《重之太刀》はこれまで一つ一つ出していた技とは比べ物にならないほどに体力を消耗する型である。が、攻撃事態まだ終わっていない。


 台風の如く吹き荒れては四百人もの人間を追い出して、台風の目の陣地を敷き上げる。結界は一定の霊力……エネルギーが必要とし、それを固定させることで一定時間発動するものだが、同時に継続効果のための十分な貯蔵が必要とされる。


 古郡吉成の血界は最初の構築の際に自身の霊力と呪力、仕鬼祇の力、そして生贄に捧げた数名の生徒達の生き血によって形成させた。その後、侵入してきた生徒教師陣を眷属化しては血を採取することで霊力を賄え、強度と継続化が向上される。その効果は現状で一年は持つと考えられる。


 反対に、雨崎千寿の《重之太刀〝渦巻く雨檻〟》の継続化は弱く、単発の技。雨崎千寿が無理矢理供給させることで維持している状態。雨崎千寿の体力が尽きるか、技を放つ源である刀から手放す化した場合この技を解除されてしまう。


 言ってしまえば、本来なら雨崎千寿からしたら古郡吉成から提案された一対一は望むべき形だった。そうすれば被害が二人だけで済んで他が傷つくことがないからだ。


 けれど、そうなった場合夜名津我一が四百人を相手取ることとなってしまう。四百人相手に対して夜名津我一が抑えられる術はない。一方的に袋叩きにされて終わってしまう未来が安易にわかる。


 ならば夜名津我一を一人隠れさせて、雨崎千寿が単身で古郡吉成へと突っ込むべきだったか? いや、その場合四百人を使ってくる可能性も考えられたからだ。実のところ、古郡吉成としては雨崎千寿との一対一の対面自体は望むべきことだった。が、雨崎千寿達側からしたらそんな思惑があるとは到底考えられないし、今の危うい古郡吉成が追い詰められた時に人質として使ってくる可能性が十分にあると考えられた。


 なので、結論としては古郡吉成と四百人のゾンビを分けることは第一条件であり、それができるのは雨崎千寿しかいない。


結局のところ雨崎千寿が四百人を抑え、夜名津我一が古郡吉成を相手取る図が一番の形なのかもしれない。


そんな事情があることを露知らず、古郡吉成は夜名津我一を相手にする気になれず、雨崎千寿へと呼び掛けようとするがその前に。


死んだような据わった瞳を向けて、小さいながらもハッキリとした声色で告げてくる。


「そういうあなたは、その素人相手に鬼の力を使わないと勝てないんですね。今も操っている人達に僕を相手させようとしたり、あ、そういえばいつも操った人がボコボコにしてからじゃないと僕のことを痛めつけませんでしたよね。それって」



 ―――そんなに僕の事が、怖いんですか?



「あん?」


 聞き捨てならない、特大の侮辱の言葉を浴びせられて反応する。眉間に寄せられた皺は血管が浮き出てきたそれで、相当な怒りを秘めていることが一目で伝わってくる。大抵の人間はその形相に怯えてしまうのも無理はないだろう。


 が、その変人はどうでも良さそうな調子で言ってくる。


「ああ、いえ何でもないです。ごめんなさい、言い過ぎました、本当の事を言って。どうぞどうぞ。お好きなようになさってください」

「…………」


 明白なまでに人を見下した挑発の言葉を吐かれた。古郡吉成は思考が停止したかのように目は冷え切った状態。遠巻きに訊いていた、事前に打ち合わせで「挑発する」と聞かされていた雨崎千寿も顔を落として呆れた様子。


 一瞬の間フリーズするが、思考が現実に戻ってきたと同時に己の額に生えた血を思わせる赤い角は消え去さった。鬼化を解き、人間に戻ったのだ。


 そして最初に口から出てきたのは膨れ上がった笑いの声。


「プハハハ、随分とまあ……面白いこと言ってくれるんじゃねえか、なぁ、おい。―――クソが、ブチ殺されてぇのか? てめえなんぞコイツの力なんてなくてもボコれるわ」


 ドスの効いた殺意が込められた声、聞いた者は背筋を凍らせて恐怖にくすんだとしてもおかしないものだった。


「……はぁー」


 心底どうでも良さそうにため息を吐いた。まるで聞き分けのないバカを相手している時の態度が逆鱗に触れる。


「ぶっ殺す!!」


 殺意を込めた一言を上げると、真っ直ぐ夜名津我一へと突っ込んでいく。正拳突きの一発、いや数発、いや顔がぐちゃぐちゃになるまで打ち込まないと気が済まない。死刑確定。格下相手に嘗められることは我慢ならない、古郡吉成のプライドが許さない。


 突っ込んでくる敵に対して、夜名津我一はカウンターか腰を思いっきり捻ってまるで右拳を隠すようにして、フック気味の拳を放とうしている。


(動作がデケえんだよ、バーカ)


 鍛えられた反射神経で瞬時に何をしようか判る。威力を出そうとして身体を捻ったんだろうが、それでは俺に届く前に俺の拳が届いてお前は倒れる。一発は耐えきれると考えているんだろうが、お前の体重と体幹じゃあ無理だ。と内心で毒を吐き、夜名津我一へと拳を繰り出す。


 バシィ!!!


 激しく強烈な空を切るような音とも伝わる鋭い痛みが古郡吉成の顔に走る。


(はっ!? い―――)


「痛っ――――!?」


 叫ぶよりも先に第二破、第三破が撃ち込まれた。伝わる激しき痛みが古郡吉成を苦しめて視界が暗くなる。怯む古郡吉成を他所に連続で攻めてくる。


 反射的に防御の姿勢を取るが、攻めは激しく、今に打ち破れてしまいそうになってしまうほどの威力。 


「あっ、ぐあ、お、や、や、やめえ!」


 一発一発に耐えながら漏れる呻き声。眩む視界の中で受けて分かる、拳ではない攻撃。どちらかというと平手打ちに近いそれだった。


(なんだ、これ? 殴ってんじゃねえ。……鞭か?)


 ようやく安定した視界で取られたのは振るわれていた細長い白い物体、それは濡れたタオルだった。


 夜名津我一が拳に巻いていたタオルを解いて、それを鞭のようにして振っている。


 濡れたタオルは水分によって重くなりながらも、元が柔らかな繊維としてはしなやかに流動しては鞭打として強力。つまりはブラックジャックという武器として十分な働きをする。


 空手で鍛え上げられている肉体を持つ古郡吉成でも鞭打という遠心力を使い、簡単に肌を腫れさせる威力、下手すると皮すらも削いでしまうほどの危険性のそれに耐え切れない。


「ちょ、おま、くっ!や、 やめ、がっ! ひきょ、あがっ、んぅ! 」


 口では「やめろ、卑怯だ」と言おうとするが、聞く耳を持たず夜名津我一は徹底的に攻める。相手に対して容赦はせず一切攻撃を仕掛けさせない。


 そうしなければ夜名津我一では絶対に勝てないからだ。


 体格差、身体能力の差、顔の圧、声の大きさ。そのどれもが夜名津我一では空手で日々己を鍛えていた古郡吉成に凌駕されてしまうから。


 純粋なスペックの差で夜名津我一では勝つことは不可だ。ならば、勝つために武器を使用して、相手の手番をやらずに一気に攻め落とすしか方法がなかった。


 ビジュン、ビジュン、と鋭い音と共にベン、バシッ! と破裂するかのような激しい音が響く。


 そんな激しい攻撃を受けて、ふと古郡吉成の頭に過ったのは一方的に殴られた、大学での出来事。フラッシュバッグと現状の重なりが古郡吉成の怒りが限界突破する。


「ちょ、―――調子乗んな!!!」


 雄叫びと共に放たれる霊破の衝撃、近距離で攻めていた夜名津我一はそれを受けて足が地面に引かれ大きく後退する。


 正面に見やると、もう一度古郡吉成の額に角を生やし、鬼へと変身した。


「遊びはここまでだ、殺す」


(空手やってんですから、素人に武器を使わせてくださいよ。何も金属バッドや椅子でぶっ叩いてるわけじゃないんですから。ほら、タオルタオル。って煽ったら絶対怒られるな。よし黙っとこう)


 内心では真っ当な(?)意見を口にするが、古郡吉成の険悪な表情を見て胸の内だけで押し黙る。挑発は最初だけ。必要以上に怒らせて手に付けられない状態、怒りのまま暴れまわる暴走状態にしないようにすることを心掛けているのが夜名津我一だ。


 もちろん手遅れだ。


 先に動いたのは夜名津我一だ。というか古郡吉成の一言が放っている時に途端同時に動き、内心で突っ込みながら殴るために走っていた。


 変身されては勝てない。そのことは分かっているが、タオルブラックジャックがどこまで通じるか、通じるならば先ほど同じようにひたすら殴るしかない。夜名津我一にできることはそれしかないからだ。


 打ち出させる顔面狙いの痛撃の一撃。バシッ! 鋭い音が響く。


 だが、軽く頬を叩かれた程度の反応。打たれて思わず横に背けたが、喰らったこと自体大したことがない様子。なんかしたか、の言葉が出てきそうな反応。


 その言葉出る前に二発、三発と何発も打ち込む、顔に、肩に、腹に、横腹に。太ももに、脛に、腕に、とありとあらゆる箇所に猛威を振う。


 だが、通じている様子はない。


 やがて、片手で両手のタオルを一枚一枚捕まえて、動きを封じては弱者を見るような目で嘗めてみて告げてくる。


「効かねえよ、パンチはこうすんだよ!」


 構えられるのは正拳突きの構え。


 不味い、とタオルから手を放して後ろへと飛ぼうと態勢をずらして、両手を前―――放たれた。


「―――っ!!!」


 バン! と放たれた正拳突きは両手の防御を打ち破るように、両手の骨をへし折ったのではないかと観るもの聞くもの、受け止めた夜名津我一本人でさえ思わせる威力。


 遥か後ろへとぶっ飛ばれ、雨風で出来た嵐の壁を破って、ゾンビが蔓延る外へと夜名津我一は退場する。


「夜名津!」


 ―――……しまった!


 そう思った時に遅かった。雨崎千寿は動揺のあまり、陣地として敷いていた〝渦巻く雨檻〟が解除してしまったのだ。


 いや解除されたこと自体はあまり問題ではなかった。外へと飛ばされた以上、解除されるされないは関係なく夜名津我一へとゾンビ達は集結する。


 やはりダメージが大きかったのか、地面に転がって起き上がる様子はなく、逆に蹲る姿勢の夜名津我一の姿。そして大きい餌に釣られた腹を空かせた魚の如くゾロゾロと向かっていく。


 急いで助けへと駆け出そうとするが、


「さあ雑魚は片付いたぞ、やるぞ千寿」

「っ、吉成君!」


 先回りして行く手を阻む古郡吉成。もはや夜名津我一のことなぞ眼中にはない様子。


 身体に硬直するような緊張感が走りながらも、それを抑えて刀を向けて言う。


「どいてくれ」

「おいおい寂しいこと言うな、どうしても行きたいんなら押し通って行け」


 その言葉を聞き、一瞬だけ迷いが生じる。


 一度は戦うと覚悟は決めた。自分が相手取る、と口にした。だが、実際に対面すると胸が締め付けられる感覚に襲われる。


 昨日鬼と戦ったとはまた違う、別の恐怖が呪縛のように襲われる。親しかった相手との戦いであると同時にこれまで雨崎千寿が体験してきたちょっとした小競り合い程度の喧嘩やスポーツとは違った、一歩間違えると命を落としてしまう、殺し合い。


 その緊張が雨崎千寿の心を蝕んでいく。


 けれど、同時に向けた目の先に、立ち塞がる古郡吉成のさらに奥にいる、苦しみ動けずに今にもゾンビに襲われかけている友人の姿が目に入る。


 ……迷っている暇はない。


 覚悟を決める。刀身を青く水色へと変える。雨崎千寿の意志を秘めた瞳が伝わったのか、凶悪そうな笑みを浮かべ、両の腕を刀に対抗してか血で出来たグローブ状のコーティングが施される。そして応える。


「そうだ、やろうぜ、千寿!!」


 歓喜と言わんばかりの雄叫びを上げて、それを合図に両者は走り出す。


《雨之太刀〝断つ雨〟》


 雨を纏った青き刀身がその刃を古郡吉成の肉体へと斬りかかろうとした時、



 ―――ピキィ、ピピピピピキピキピキピキピキ、パリィーン!!!



 血界が破られた。


「なに!?」

「(なんだ!?)」


 両者それぞれ驚き合う。殴り斬り合うくらいに接近した距離にいた二人だが、空間の異変に気付き互いに一度距離を取り合い、空を見上げる。


 学園に敷かれていた真っ赤な結界が崩壊していく。そして同時にそれはゾンビ達だった生徒達が次々と地面へと倒れていく。


「(そうか、榎先輩が破ってくれたのか)」


 瞬時に血界が崩壊した理由に得心がいった雨崎千寿は安堵したような表情を漏らす。


 反対にどうして解かれたのか理解できずに狼狽えた様子の古郡吉成。右往左往と見回して何が原因なのか探っている。


「なんだ! どういうことだ! 一体何がどうなってやがる!? どうして血界が破られた!? 千寿……いや、あのクソ野郎が何かしやがったのか!」


 そして一つの結論に出る。向けられていた先にいるのは夜名津我一。


 周囲では襲い掛かかろうとしてゾンビ達は掛けられていた呪いが解けたことで次々と力尽きて倒れていく。異変に気付いたのか、起き上がり、痛みに耐えながら周囲を見回している夜名津我一と目が合った。


「どんだけ人の楽しみに水を差せば気が済むんだ、ゴミクズのカスが!!」


 咆哮を上げて疾走する。向けられた激情を完全なる見当違いな逆恨みでしかない。


 不味い、と夜名津我一と雨崎千寿はそれぞれ反応する。夜名津我一は「何か知らんが、逃げるべきだ」とその場から離れようと、雨崎千寿は瞬時に風之太刀へと切り替え、到達する前に切り伏せようと動く。


 だが、遅かった。血の操作によって肉体の強化、通常とは比べ物にならないほどに引き出された身体能力は遅れて反応した二人では古郡吉成が放つ一撃には間に合わない。


(もう一発喰らうか、完全に折れたな、これ)


 秒すらかからず早々に逃走を諦めた。多分、ヒビが入ったであろう両の腕を完全に犠牲にすることで次の一撃を防ぐ。そして後方から来る雨崎千寿にバトンタッチ。


 ついでいえば遅れてやってくるだろう、榎設楽(夜名津我一は名前を忘れている)がこの事態を何とかしてくれるだろう、自分の出番はここで終わりと、飛んでくる一撃が何かと見定めながら防御の構えを取る。


 ラリアットの構えから元はグローブ状だった血で成形されたものは大鎌の形へと変えて古郡吉成の腕から生える。生かす気のない肉体を安易に両断するであろう、その形。


(あ、これ死んだかも)


 普段無表情の死んだ目をした少年の顔に、心底楽しそうな笑みが浮かんだ。


「なに、笑ってんだ!!! やっぱりお前が犯人か!!」


 その笑顔を挑発として受け取った、古郡吉成は容赦なくその血の大鎌を振り切ろうとする―――その時予想外の出来事が起きた。


 二人の間に遮る影が走ったのだ。


 雨崎千寿ではない。榎設楽でもない。榎設楽は今ちょうどグラウンドにやってきてはこの場面を直面した。


 その相手は……



「ごほっ」

「か、香久山!?」

「!」



 香久山教諭だった。

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