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VS天鬼 其の壱

 陽光は沈み、夏の青黒く光り輝く夜空の下は爛々と輝く提灯の光で照らされた世界、肉やソースが焼けた食欲を湧かせる匂いと、甘い綿菓子やりんご飴の匂いがあちらこちらから漂ってきて、子供たちのはしゃぐ声と大人たちの笑い声が響く、祭囃子の言葉に相応しい宴会場。


 七夕祭り。


 笹の葉に飾らされた願いの短冊らが風によって小さく揺れ動く。それはまるで祭りの神が祭囃子に誘われ、共にこの祭りを舞って楽しんでいるかのような賑やかな動き。


「ほら、こっち。もう始まっているぞ」

「う、うん」


 幼き声が二つ、人混みをかき分けて少年と少女が駆けていく。


 小学校高学年と中学年ほどの少年と少女。少年が前に出ては手を繋いで引っ張っていき、少女は導かれながらもその後を追う。傍から見たらまるで仲の良い兄妹のようだ。


 二人が進んだ先にあったのは小さな舞台。前の方に陣を取る。舞台の上ではもう舞踊が始まっていた。


 舞台へと少女は顔を上げてその光景を目に焼き付ける。


 内容は七夕にちなんだ織姫と彦星の物語。


 演技はもう既にクライマックス間近のもの。


 舞台の上には小さな織姫と彦星が天の川によって二人の仲は割けられ、絶望に浸るところ。太鼓の演奏も相まって悲壮感が漂うに空気が途轍もない。


 見ていた少女は、ああ、とショックを漏らした声を零して、不安そうにして舞台上の二人の行方を見守る。


 最愛の人と別れて、悲しみと絶望に浸っている彦星の前に一匹の白鳥が現れては優しい声色で語りかける。


『彦星さん、彦星さん。そんな悲しい顔をしないでください。さあ私の背に乗ってください。私が二人を繋ぐかけ橋になりましょう』


 白鳥の言葉を信じて、彦星は乗って天の川を渡り切って無事に織姫と再会を果たした。


 その後、誰もが知っての通り、彦星と織姫は一年に一度だけ再会を許されることなったことで、舞台の劇は幕を下ろしたのだ。


『はい、では織姫と彦星の演舞でした。小さな織姫と彦星に皆さんもう一度暖かい拍手をお願いします』


 司会者の一声で会場に大きな拍手が響き渡る。劇は大絶賛で成功を収めたのだ。


 それを見ていた少年少女の二人。


 少女は目を輝かせていた。


 彼女は感極まって、声を大にして宣言する。


「―――」


 その言葉を聞いた少年は驚いた顔をしたが、でもすぐにいつもの優しい微笑みを浮かべてその言葉に返す。


「―――」


 その言葉を聞き、目を大きく開けて驚いた顔をする少女。まさかの言葉に、だけど彼ならばそういうだろうと心のどこかで分かっていた。


 少し涙目になりながらも彼女は嬉しそうに微笑んで、二人は笑い合う。彼らは大事な約束しあった。


「ちひろ、来てたのか。こっちで遊ぼうぜ」

「あ、よしなりくん。うん」


 友人から発見されて、少年は返答して彼女の手を差し出して、一緒に行こうとする。


 そして、―――魔法の時間は解けたのだ。



 暗い宇宙に輝かせる、恋人達を裂いた天の川だけがその真実を記憶している。



× × ×



 期末試験間近に迫った今日この頃、本日も学校の授業も全て終えた放課後。今週から来週の期末試験のため部活も委員会もない。


 俺、雨崎千寿(あめざきちひろ)も帰宅しようと思い、荷物を纏め、そちらへと目を向けるとそこにはもう既にアイツの姿はなく、慌ててバックを持って教室へと出て、アイツの背中を見つけて急いで追いかけて隣を歩く。


「夜名津、今日どうするんだ?」

「なにが?」


 俺が話しかけると誰よりもさっさと教室へと出て、そそくさ帰ろうとしていた奴はこちらを向かずに訊ねてくる。


 緑っぽい黒い髪をした、この世全てのことがどうでもいいと言わんばかり無表情で死んだような目をした男、友人の夜名津我一(よなつがのいち)。夜名津は俺の質問に対して本気で意味が分からないとばかりのニュウアンスを含んでそう返してくる。


「いや、早く帰って何すんのかなって」

「テスト前だよ。帰ってゲームするに決まっているじゃん」

「勉強しろよ」

「数学だけには自信がある」

「なぜ数学? そこは国語じゃないのか」

「数学は数式覚えていれば解けるからね。他の教科は覚えるものが多くて覚えられない」


 との談を語ってくれる。


 夜名津は本人曰く記憶力は壊滅的で、基本興味のあることと、受けた屈辱のどちらかしか記憶に残らない人間だ。クラスメートの名前も俺と阿尾松というもう一人の友達くらいしか覚えていないほどだ。


 わかりやすく言うとぼっちで陰キャなのだ、コイツは。高二に上がって俺や阿尾松と友達なってもそれはあまり変わらない。


 陰キャなのが変わらないんじゃなくて、ぼっちなのが変わらないのだ。


 放課後、俺に声かけることなくそそくさと教室を出て帰るように。


 一緒に帰ろう、一緒に勉強会しよう、とかの考えはなく基本一人でいるのがコイツだ。


 友達になったんだから、そこらへんの協調性は少し持ってもらいたい、とこちらとしての考えなんだが、本人にその意思はないようだ。


「で、なんかよう?」


 相変わらずこちらを見ずに足すら止めず、何の用なのか聞いてくる。


 何の用かと聞かれれば、今言ったテストの発言で夜名津の得意科目が「国語ではないのか」と出したことに関係してくる。


「作品の進捗どうですか? って話」

「いや、全然全くこれぽっちも」


 駄目ですとの返答が返ってくる。


 作品というのは、俺達は五月のゴールデンウィークでリレー小説やダイス抽選小説といった遊びをして、その際に夜名津は創作活動に目覚めたようで自作品を創ることに挑戦している。


 俺はそれの読者として読ませて頂こうと楽しみに待っているというわけなのだが、どうやら進捗自体は芳しくないようだ。


「色々と考えてはいるんだよ。だけど、なんというか……思うことがあってね」

「なんだ、書きたいものが決まってないのか? 特撮ものの百合系きららを書くって言ってたじゃん」


 少し前プロット会議の際にそんな感じの作品を書くと意気込んでいたことを思い出す。夜名津は「あ~」とぼやいて。


「それもあるけどね。……そういうことじゃなくてね」


 と、夜名津は一拍おいてから逡巡して自分でもよく分かっていない、悩んだ調子で言ってくる。


「何も小説って形だけじゃないんだよね」

「?」

「実は、僕が一番やりたいのはノベルゲーなんだよ。ほら、パワポケで育った男だから」

「なに、ゲームを創りたいわけか? でも結局はシナリオに書くにしろ、文章として形になるから結局最初は小説じゃないのか? いや、アドベンチャーチャートだから会話だけでの話を書きたいわけか?」

「あー、違う違う。そうじゃなくてね。別にパワポケみたいに書きたいっていうのは内容がああいう風なものが理想って話で、会話のキャッチボールだけじゃなくて、文章もちゃんと書いた伝奇ノベルをやりたいって話。ゲームを創りたいって言ったのも、……まあ、単純にパワポケがゲームだったからって話。深い意味はない」


 面倒くさげに夜名津は説明してくる。つまりは憧れの作品がゲームシナリオだったから自分の創る作品もゲームとして創りたいというだけの話なんだろう。


「やりたいっていうのは別にいいけど、ゲームなんて創れるのか?」

「ノベルゲーならそう難しくはないと思うけどね。まぁ、問題はウチの中古pcが耐えられるかどうか……最近、フリーズが多くてね。文章書くだけならともかく画像処理が関わってくると途端に動かなくなるから」


 そんなことを言いつつも「まあ、結局ゲームでも小説でも結局は話を書かないと始まらないからね。まずは話を書くよ」と、形はどうであれ結局の所は創るための内容がないと何も始まらないと当たり前の結論に行き着く。それに対して俺も頷いた。


 そんなことを話している内に一階まで降り終えて下駄箱までの廊下にて彼女と俺達は遭う。


 最初に気づいたのは彼女の方からだった。


「ああ、チヒロセンパイ。どうもです! 今帰りですか?」

「ああ、そっちは?」

「私は友達と勉強会して帰ります!」

「そっか」

「おやおやそちらはお友だちさんですか?」


 一歩遅れて彼女は俺の隣をいた奴の存在に気づいた。夜名津は彼女に視線を送ると人懐っこそうな笑みで挨拶をしてくる。


「どうもはじめまして、先輩。チヒロセンパイにはお世話になっております」

「……どうも」


 明るい声で挨拶するりりに対して、夜名津はどうでも良さそうに受け答える。あまり話したくないらしい。人見知りで、人間嫌いな人間だから。


 二人の間を取り持つようにフォローの言葉を入れることにする。


「りり、コイツは夜名津。で、夜名津、コイツは言乍(ことさ)りりって俺の小中の頃からの後輩」

「へえ、そうなんだ」


 これまたどうでも良さそうに受け答える。コイツにとって俺の交友関係はさほど意味の無いものらしい。……少しくらい興味持ってくれないか? 最悪フリだけでもいいからさ。


「お二人も試験に向けて勉強会するんですか?」


 友人の無関心さに肩を竦めていると、りりがそんなことを聞いてくる。それに対して首を振って、違うと言って否定するとりりは少し責め立てた感じで言ってくる。


「あー、テスト前なんですからちゃんと勉強しないといけませんよ。夏休み補習受ける羽目になっちゃいますよ。まあ私も友達に教えてもらわないと危ないですからね。友達からも部活の先輩から『あんた、バカだから』って言われてますから」

「まあ、実際お前バカだから」

「あ、ひどい!」

「ほら、中学の時、お前補習受けて部活できないあまり空気椅子でテスト受けたとかなんとかそんな話あっただろ?」

「だって構えが似ているじゃないですか、中腰で、こう」


 中学時代のことを思い出す。俺が男子バレー部で、りりが女子バレー部。学年や男女で違うが、バレー部と合同練習とかもあって交流があった。その時に話の流れで聞いたエピソードなのだが、正直馬鹿だと思った。補習中に空気椅子ってスポ根漫画のキャラかよ。


 そんなエピソードを夜名津に話してみるが、夜名津がいつの間にかいないことに気づいて、周囲を探すとアイツは下駄箱まで行ってそそくさ帰ろうとしていた。


「あ、おい。待てよ! りりまたな!」

「あ、ハイ! またです」


 慌てて後を追おうとりりに簡単な挨拶だけして急いで靴を履き替えて奴の隣へと急ぐ。


「勝手に行くなよ、おい!」

「ん? 君とは別に帰る方向違うし、彼女と話したいなら話せばいいじゃん」

「いや、そうだけど、……そうだけどさ! はぁ〜、お前マジでそういうところドライというか、ストイックだよな」


 興味がなければ切り捨てて先に行く、自分方位で動く奴だ。コイツ今までどうやって生きて来たんだろう?


「可愛い娘だね、付き合っているのかい?」

「いや別にそういうのは……なんだ? 惚れたのか?」


 などと思っていたら珍しい反応が返ってきた。人間嫌いのコイツがこんな風な言い回しをしてくるなんて驚きだ。


 しかし、コイツは顔色を変えずにいつもの興味ない時の決り文句で否定してくる。


「いや、全然全く」

「でも、珍しく褒めたな」

「初めてあった人の見た目を罵るほど人間はできてないよ」


 肩を竦めて答える夜名津に対して「人間ができないは使い方違うだろ」といつものように突っ込む「そうだね」とこれまたどうでも良さそうに受け答える。


 夜名津は人間嫌いで、性悪説を信奉者なので人間の悪虐的解釈で物を言うことが多いのだ。なんでも小中時代が人間関係にひどく悩んでいたそうで、今ではその影響で何事もそのように認識するらしい。


 困った性格をしている。


 やれやれと呆れていいのやら何やらと肩を竦め、気持ちを切り替えて話を戻す。


「どうする? 一緒に勉強でもするか? それとも遊ぶか?」

「いや、いいよ。面倒くさい。今日はそういう気分じゃない」


 振られてしまった。なんともまあ誘い甲斐のないやつだ。


「大体、勉強って一人でするもんだよ」と、どうのこうの文句を言いながら俺達は駐輪場へと。夜名津は原付に、俺は自転車へとそれぞれ乗り込もうとする。

「榎先輩、勉強教えて下さいよ」

「カイちゃんごめんなさいね、しばらく家の手伝いもあってできそうにないの」

「あれ? 夏祭りはまだ先じゃないですか?」

「演舞の練習でしょ、毎年この時期になると忙しいからね」

「そうね。代わりにこのサツキ先輩が教えてくれるわ」

「え〜、木下先輩教える下手じゃないですか」

「悪かったわね、教えるのが下手で」


 ふと話声が聞こえてきては一つ集団に目がつく。部活の先輩後輩グループなのだろう……と思ったらカイちゃんと呼ばれたのは同じクラスの貝塚だった。


 俺はその集団をなんとなく見つめていると榎先輩が俺の視線に気づいたのかのように、こちらへと視線を送ってきた。


 思わず軽く会釈で返すと「どうした?」と原付を押してきた夜名津から呼ばれる。


「あー、いやそこに貝塚と榎先輩達がいてさ」

「……誰?」

「クラスメートの名前くらい覚えろ」

「そっちじゃなくて、その、榎田先輩の方」


 貝塚さんってあれだろ? あのうるさい女。僕が読書している時に話しかけてくるうるさい女。一年の頃に一時期隣の席だったから話しかけてきたから迷惑だった。と、相当貝塚のことが嫌いなのか、心底嫌そうにうるさい女と連呼してくる。


 まあ、アイツは話好きな奴だからな。例え相手が人間嫌いの夜名津に、隣の席って理由だけで話しかけるとはなかなか。


 大抵は話しかけないか、話しかけてもコイツは無視するのに。そしてそれでもお構いなしにマシンガントークをぶちかますのが貝塚だ。


「榎田じゃなくて、榎先輩だよ。ほら、家が神社の」

「いや知らないけど。家が神社だから有名なわけ?」

「そうじゃなくて、学校の後ろに丘があってそこに神社があるだろ? そこの人なんだよ」

「へぇー」

「中学時代一緒でな。あっちは女バレーだったけど、同じ体育館で練習していたから」


 ついでに言えば貝塚も同じ中学だ。田舎の学校なので大半は地元民。選択できる学校は少ない。夜名津だけが中学は別だ。


「なに恋してた? さっきの後輩といい、先輩といい、目移りが激しいね」

「いや、そういうのじゃなくてだな」

「よく懐く後輩の次は幼馴染みの先輩か、明日は謎の転校生でも出るのかい?」

「そんなギャルゲー展開はねえよ」

「はぁー、僕もパワポケみたいなことが起こるなら野球部入って、屋上をうろつきまくったよ」

「お前はそればっかだな」


 夜名津はパワポケという野球バラエティだか、トラウマレベルのギャルゲーが大好きな男だ。少し前に触れさせてもらったが、確かにストーリーは凄まじい作品だと思った。


 コイツが俺に心を開いたのも『雨崎』っていうキャラがいるからそれで仲良くしようと思った、とそんな理由だ。


 ……単純すぎないか、コイツ?


「で、なんでその先輩を見てたわけ?」


 頭パワポケなおかしな友人は再度訊ねてきた。


 特に深い意味があって見ていたわけじゃなかった。なんか、聞き覚えのある声がしたなって思ったから振り返っただけで特に深い意味はない。


「いや、なんか懐かしいなって思っただけ。高校入って部活してないから『そういえば久しぶりに見たな』って思ってさ」


 中学の時は毎日のように体育館で顔を合わせていた。部活自体は別だし、特に会話といった会話自体もしたわけじゃなかったが、それでも久しぶりに見たら懐かしく思えた。


 話しながら視線を向けるともうそこには榎先輩達の姿はない。立ち去った後で、道には下校している生徒達が歩く姿があった。


「それが恋さ」

「だから違うつーの!」

「ロリコンが治ったようで、さらにキャラが弱くなったね」

「いや、ロリコンじゃねえからな! キャラが弱いってなんだ!?」


 もし、俺のキャラが弱いのだったらそれはお前の存在が濃いからだよ!


 そう突っ込むが聞く耳を持たずに原付を押してどんどんと校門の方へと進んでいく。慌てて俺も自転車の鍵を開けて後を追う。


「お! お前は夜名津! 夜名津じゃないか!」


 校門近くで帰宅確認の為か、一人の男性教諭が夜名津の存在に気づいて笑顔で手を振って呼んでくる。


 ……見たことがあるが名前が咄嗟に出てこない。確か、生徒指導の担当の人なんだが。


「呼んでいるぞ。えーと、……名前なんだっけ?」

「さあ? 特に何かやらかした覚えはないけど」


 こちらも名前を覚えていない。本当に人の名前を覚えるのが苦手なやつだ。


 その教師はこちらへと向かってくる。普段なら無視して帰るのが夜名津だが、流石に教師相手となるとクラスメートと同じ対応はまずいと思ったのか、大人しく待つ。


「夜名津! 今帰りか? 学校で勉強していかないのか? わからないところに質問に来ないか? ええ? 俺にできることなら何でも答えてやるぞ!」

「いや、先生の科目取ってないですし」

「確かに、お前は選択で俺の技術の授業を取らなかった。代わりに音楽を取った……なんでだ!?」

「鉛筆が音楽を選びました」

「そんな鉛筆捨ててしまえ!!」


 ……なかなか癖のある教師だった。あ、思い出した、香久山だ。選択授業の技術科担当で、生徒指導の香久山先生。


 うちの学校は選択授業で音楽、美術、技術があり、それに対して夜名津は今言ったように音楽で、俺は美術を取っている。


 どっちにしても彼が担当している技術を取っていない。


 接点自体はないが、生徒指導担当ってことで全校集会の時にいつも一言二言注意事項などを言ってくる教師だし、たまにこうやって校門の前で見送りなどをしてくる人だ。


「いいんだぞ、俺にわからないことを聞いても。一応、これでも数学の方も教員免許取っているから教えられるぞ」

「僕、数学は得意なんです」

「ほう、気が合うな! ならいつでも聞きに来い! 百点出せるように付き合ってやるぞ」

「はあ〜……」


 強引な攻めの誘いに、どうしていいのかわからないといった調子の生返事で返す。


 困っている夜名津に助け船の意味も兼ねて、疑問に思ったことを訊ねてみる。


「なんで、先生は夜名津に対してそんなに気にかけているんですか?」

「ああ、コイツ、夏休みや冬休みになるとバイト入れるんだよ。テストの結果悪いと追試やらなんやらでいけなくなるだろ?」


 それじゃあ可哀想だろ? と香久山先生とそんなことを口にする。あ、そっか。バイトって生徒指導の先生に許可貰わないといけないんだっけ?


 校則を思い出す。ウチの学校バイトは基本禁止だが、夏休みなどは許可を貰えて働くことができる。まぁ、学校に許可をもらわずにバイトをしているやつなんて結構いるが。


 意外なことに夜名津はちゃんと正規の手続きを取ってバイトをしている。こういうの無視していそうなヤツなのに。


「他にも……いやー、コイツはこんなんだが悪いヤツじゃないし、話しているうちになんとなく気に入っちまってな」

「一人の生徒に入れ込むはどうかと」

「な! こんなクールな感じが面白くてな!」


 安心しろ、お前だけじゃなくても他の生徒の心配もしているぞ! と、夜名津の肩を叩いては豪快に大笑いする。夜名津は痛いです、とどうでも良さそうな調子で応答する。


 香久山は一度俺の方へと視線を向ける。


「というか、夜名津、お前友達いたんだな」

「よく言われます」

「よく言われるって、……お前な」


 その返しはどうなんだ、と悲しんでいいのやら突っ込んでいいのやら深堀しにくいことを平然と言ってくる。


 その返答にさらに笑っては、何かに気づいたように「お?」と呟いては「じゃあ、本当に困ったらちゃんと聞きに来ていいからな!」といって校門の方へと去っていく。校門近くに生徒ではない、私服の見た目ヤンキーみたいな男性がいた。


 はて、あの人どこかで見たことがあるような? もしかして……いやでも今あの人、空手の推薦で地方の大学に行ったしな。


 既視感を覚えていると不審者の存在に察知して、香久山先生は彼に注意しに行ったのかと思ったが、どうやら知り合いだったようで、久しぶりだの挨拶を交わして、彼を学校内へと入れてどこかへと行った。


 慌ただしいというか忙しない人というか、剛胆な先生だ。今どき珍しい熱血体育教師の像(科目は技術だが)。だが、ウチの田舎学校にはあんな風に生徒と距離が近い先生も多い。


 隣でふぅーと嘆息が零れた。


「悪い人じゃないんだよね。良い先生だと思う。うん」


 フォローのつもりなのか夜名津はそんなことを口にする。


「含みのある言い方だな」

「高校入学してさ、君を含めてなんだかんだ優しい人が多いなって思って。中学までが本当に最悪だったな、って」


 やはり含みのある重い言い方をする。聞いた話だと、中学時代にあまりいい思い出がなかったらしい。


 その後、俺達は校門で別れてそれぞれ帰路へ。


 ペダルを漕いで自分の家へと走らせる。


「ん、誰だ、あれ?」


 家が見えてきたところで家の前に誰かがいることに気づいた。遠目からわからないが白髪の背丈のある男性だった。


 とりあえず近づいていき、その人がこちらに気づいて振り返ったとの同時に自転車のスピードを緩めて、程よい距離間のところで止める。


 顔立ちは精悍といえばいいのか、若さはあるがやはり高齢のシワが目立つ男性。年齢は50代から60代といったところか。黄土色の着物を身に纏っている厳格な雰囲気がある人だ。


「あのう、ウチになにかようですか?」

「……ああ。この家の子かね?」


 一瞬、なにか見定めるような鋭い目つきのような……殺気だったものを感じたが、何事もなかったように男性は俺へとそう返してきた。


「……はい」

「ならば訊ねるが、雨崎でいいかね? 雨崎樹海の家で? お孫さんか?」

「はい。雨崎ですけど、じいちゃん知のり合い、ですか?」

「……ああ、そうだ、旧知の仲だな。祖父は息災か?」


 少し間を開け、男性は頷いて返してくる。


「いえ、ウチのじいちゃんは数年前に病気で亡くなったんで」

「フッ、毒でも病気でも死なない奴のはずだったが、結局病で伏したか。天寿全うしないとは……」


 驚いては呆れ、小馬鹿にしては果てにどこかホッとしたような口調で呟く高齢の男性。嫌味ではあるが、なんとなく口調からしてそれなりの仲であったのだろうという態度を感じられた。


「あのう、よかったら上がって線香でも上げて行きますか? それとも墓にでも……よかったら案内しますけど」


 じいちゃんの知り合いと聞いて、家に上がってもらおうかと勧めてみる。事によっては墓の場所まで案内するべきかと親切心のつもりで提案してみる。


 少し遠いが、時間もまだ夕方まで時間はあるし、今の時期は夏。行って帰るだけでも空は十分に明るい。


「別に構わない。……旧知の仲といっても別に深く交流があったわけではない」

「あ、はあー」


 首を横に振って提案を断られ、呆気を取られる。


 仲が悪かったのかな? ウチのじいちゃん仲のいい友達とか多かった方だと思うけど。


 そんなことを考えていると、男性は姿勢を正して俺の方へと視線を向ける。その瞳は怪しく、観察するような何かを推し量っているかのようなもの。向けられてあまり気持ちのいいものでなかった。


「少年、名前は?」

「俺は……雨崎千寿です」

「そうか、千年長寿と書いて千寿か?」

「はい。じいちゃんから長生きしろ、って意味を込めて千寿って名付けてもらったそうです」

「そうか。ならば長生きするといい、少年。祖父よりも長く、そして平凡に生きること心から祈っているよ」


 まあ、もっとも。と一度区切りながら小さく意味深にも呟く。


「奴の血筋なら今後の運命に大きく揺れ動くだろうな」

「はあ?」


 そう訳の分からないことを言って、高齢の男性は俺と交差するように道を進んでいき、立ち去ろうとする。


 目で追う彼の後ろ姿は何故か悲しいものを感じられた。哀愁というべきか。


 それが何故だか分からなかった。何だかんだ言ってじいちゃんが死んでいたことがそれなりにショックだったのか。それとも他に何か理由があるのか。会ったばかりで少し会話を交わした俺には分からない。


 だけど、じいちゃんの友達だったんだろうな、と思えてしまった。


「あの」


 気がついたら彼へと呼び止めてしまった。彼は立ち止まるとこちらへと「なにか?」と訊ね返してくる。


 正直何も考えてなかった。少し目を泳がせながらも、必死に考えてはとりあえず名前だけ聞いておくことにする。


「あのう、名前は? あなたの名前は?」

「木戸だ。木戸諦政(きどていせい)。ではな、樹海の孫よ。君は奴のような人間にならないことを心から祈るよ」


 木戸諦政と名乗った老年の男性はそういったまま今度こそこの場を立ち去ってしまう。


 しばしの間、ポカンとする。


「じいちゃんの知り合いにしたら変わった人だったな。父さん達にも一応伝えとくか」


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